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田家(でんか)
刈りかけし田面の鶴や里の秋 (かりかけしたづらのつるやさとのあき)
一昨日東京まで車で行ってきたということを昨日書いたが、帰りは高速道路の料金を節約しようと思ってづっと下を走って来た。その間中NHKラジオの深夜放送を聞きながら走ってきたのだが、これが案外面白い。その時は「江戸時代は太陽エネルギーだけで人間は生きていた、実に理想的なエネルギー循環型の社会だった。」というような放送をしていた。つまり、現代のように石油エネルギーを環境に投じないし、また現代ではゴミと考えられる稲藁や灰や糞尿までことごとく利用されたのだそうである。例えば当時の都会である江戸の町などでも人糞は農業用に高く売れたし、また灰屋などという人がいてカマドの灰を買っていって肥料にしたという。ところで私の家でも僅かばかりの田圃を作っているが、どうしても農薬がいる。山間地のせいか、農薬を使わないと稲熱病(いもちびょう)が必ずでるのだ。江戸時代の人は農薬を使わないでどのように稲作をしていたのだろう。
句とは関係ない話になってしまったが、いずれにしろ、そういうような農薬を使わないような農をやっていたから、鶴なども安心してやって来たに違いない。
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四十四歳(鹿島詣)
●秋ー秋・田を刈る
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賎の子や稲摺りかけて月を見る (しづのこやいねすりかけてつきをみる)
風流人が月を見るのは珍しくないが、賎の子(農家の子)が月を見るというところに俳諧的面白さを見つけた句。あまり書くことも思いつかないので二三句。
月が出た大したこともない生かな
散らばるやはっきり言って君は秋桜
気がつかなかった紫苑が咲いている
かすみ草体の芯がふるえています 空音
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四十四歳(鹿島詣)
「稲摺り作業に使われる農家の子も、ふと忙しい手を休めて、冴えわたる月を眺める。」
●秋ー月・稲摺り
※稲摺り 籾すり。籾(もみ)を磨り臼にかけて皮を除く作業。
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313
芋の葉や月待つ里の焼畑 (いものはやつきまつさとのやきばたけ)
解説では「農民の生活に焦点を当てている」とあるが、私には農民の生活に重点があるというよりは、むしろそういったものは背景で眼前にある風景を視覚的に切り取って見ているという感が強いのだが。これはやはり芭蕉が一茶などと違って農民ではないから、そういう雰囲気になるのではなかろうか。うーん、だがもしこれが一茶の句だとしたら、当然解説のような解釈になるような気がする。作者を離れて句は存在しないということだろうか。
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四十四歳(鹿島詣)
「里近い焼畑には芋の葉がよく育って、豊かな収穫が目に見えるようだ。名月にこの芋を売り出そうとする里人らも、さぞ収穫が楽しみだろう。」
●秋ー芋の葉・月
※仲秋の名月は「芋名月」といって必ず里芋を煮て食うのが習慣。
※「月待つ」ことは普通は風流の心だが。句は、収穫した芋を都会地に売り出すのに名月を待つと転じて、農民の生活に焦点を当てた。
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314
月はやし梢は雨を持ちながら(つきはやしこずゑはあめをもちながら)
「持ちながら」がもたもたとだらだらと下手のようで上手い。持ちながら、さてどうしたなどと思っているうちに、梢が雨の重みを感じている様がありありとしてくる。そうこうしているうちに、句全体が芭蕉の境涯を詠んだもののように見えてくるから不思議だ。こういうのを「へたうま」と言ったらどうだろうか。
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四十四歳(鹿島詣)
●秋ー月
※八月十五日、常陸鹿島山に月見に赴き、年来の参禅の師仏頂和尚(鹿島根本寺の前住職)を山麓の隠居寺に訪ねて泊まった夜の吟。『鹿島詣』によれば当夜は雨で暁方に晴れ、和尚に起されて月見をした。
※真蹟色紙には「山家雨後月」と前書きがある。
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寺に寝てまこと顔なる月見哉 (てらにねてまことがほなるつきみかな)
自分を外側から少しからかいの気持ちで眺めている句。余裕と言ったらよいか、狂信的な人間にはこれができない。聖戦だとか十字軍だとか、もし神がいるならアメリカ人もアラブ人も彼が存在せしめたものではないんですかねえ、ラディンさん、ブッシュさん。どうも話がそっちに行ってしまう。
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四十四歳(鹿島詣)
「寺に泊まって清浄厳粛な空気に薫化されいつになく敬虔な顔つきで月見している自分だ。」
●秋ー月見
※前句と同夜の吟。
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神前
この松の実生えせし代や神の秋 (このまつのみばえせしよやかみのあき)
私の住んでいる部落は、「根上り」という地名である。何でも以前大きな根っこが地上に出ているような松の大木があったそうなのである。根っこが、根上り状態になるのは、地中の岩か何かに根がぶつかってまっすぐ地中に伸びられなくなったせいだろうか。よく分からない。
また先日テレビで、移植した樹木より実生の樹木の方が根が地中にまっすぐ深く伸びていって、干ばつやら風やら出水に強いのだという話をしていた。
芭蕉は、ここでは神社に参拝しているのだが、一般的に日本人はそんなに激しい宗教心は持たないが、あらゆる宗教に比較的寛容なのではなかろうか。もしそうなら世界平和ということにも、何か違った形の貢献が出来るかもしれない、と思ったりするのだが。美しい憲法も持っていることだし。
今日は、気持ちが散漫であっちこっちに話が飛んでしまう。
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四十四歳(鹿島詣)
「この松は遠い神代の昔に実生えしたのか。そんな思いを抱かせるほど境内の秋は尊厳である。」
●秋ー秋
※鹿島大神宮の神前での吟。「松」は鹿島七不思議の一つといわれる境内名物「根上りの松」。
※実生え 接木・移植によらず、種子から芽生えて成長した草木。
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蓑虫の音を聞きに来よ草の庵 (みのむしのねをききにこよくさのいほ)
実際には鳴かない蓑虫を「ちちよちちよ」と鳴くと清少納言は感じたらしい。「父よ父よ」とも「乳よ乳よ」とも取れ、なかなか情感の籠った言葉だ。実際に鳴くスイッチョと山鳩で二句。
山里や慈悲慈悲(じーひじーひ)と虫の鳴く
藷掘るや空空虚虚(くっくうこっこう)と鳩の鳴く 空音
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四十四歳(続虚栗)
「秋深く寂しさの極まるわが草庵に来て、ともにあわれ深い蓑虫の声を聞けよ。わが友よ。」
●秋ー蓑虫
※「蓑虫」は実際には鳴かないが、『枕草子』に「八月ばかりになれば、ちちよちちよと果なげに鳴く」とあり、以来、秋風が吹くと悲しげに鳴くものとして文学に扱われた。
※『あつめ句』に「草の扉(とぼそ)に住みわびて、秋風の悲しげなる夕暮、友達の方へ言ひ遣はし侍る」と前書きがある。
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草庵の雨
起きあがる菊ほのかなり水のあと (おきあがるきくほのかなりみずのあと)
『老子』に大嵐によって大木は倒れてしまうが、名もない小さな草はやがてまた起き上る、というような話があった気がした。アフガニスタン情勢をテレビなどで見ていると難民の数が何百万人だという。権力も武器も富もない人々だ。今回の騒動がどういう形で収まるかわからないが、力を誇示している大木はいずれ倒れ、名もない普通の人々が生き残るだろう。またそう願う。
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四十四歳(続虚栗)
「秋の大雨で水をかぶり、植えてあった菊もなぎ倒されてしまった草庵の庭。だが水の引いたあとを見ると、あんなか弱そうな菊が、なんと、自力で起き上り、立ち直る気配をほのかに見せているよ。」
●秋ー菊
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痩せながらわりなき菊のつぼみ哉 (やせながらわりなききくのつぼみかな)
我が家のテレビはチャンネルを選ぶのに昔式のガチャガチャと回すやつである。しかもカラーテレビの筈が最近は白黒にしか映らない。その白黒テレビでもアフガニスタンの風景を見ているとどうも緑が少ないように見える。岩山のような風景が目に付く。この人達は食料をどこで生産しているのかと心配になってくる。しかも今回の騒動でのたくさんの難民。子供達も多いようだ。いつも不思議に思うのだが、貧しい国ほどたくさんの子供たちがいる。富める国はだんだん子供が少なくなってゆく。そしてこれも不思議だが貧困の真っただ中に居るような子供達の可愛らしいこと。逆に富める国の子供たちは少しひねて見えてしまうのだが。
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四十四歳(続虚栗)
「花を咲かす余力とてなさそうな痩せ菊が、それでも自然の時が来ると、何としても花を開かねば、とでもいうように、たくさんの蕾をつけている。」
●秋ー菊
※「わりなき」は「理(わり)なき」。理性を越えた隠微な秘力に動かされて止むに止まれず、の意。」
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旅人と我が名呼ばれん初時雨 (たびびととわがなよばれんはつしぐれ)
読んだ瞬間「後々の世まで芭蕉という人は旅人であった、と呼ばれたいものだ」というように取ったが、今さんの取り方は下のようになっている。私の取り方は、いささか気負いがあるが、大きな普遍性もある。『笈の小文』の旅がどのようなものだったかで、芭蕉の意図も分かると思うが、いずれにしろ両方を掛けていると見れば、そのほうが句として厚い。
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四十四歳(笈の小文)
「潔い初時雨にぬれながら、道々で『もうし旅のお人よ』と呼ばれる身に早くなりたいものだ。」
●冬ー初時雨
※『笈の小文』の旅の出立吟。
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