521                 2002年5月7日

 最上にて紅粉(べに)の花咲きたるを見

眉掃きを俤(おもかげ)にして紅粉の花 (まゆはきをおもかげにしてべにのはな)

 眉掃きというものを知らないが(知るわけがない)、下の紅花の形からすると、耳かきの後に耳を掃除する棒の先にふわふわしたものがついたあれのようなものであろうか。

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

「いかにも眉掃きの面影を偲ばせるように、紅粉の花が咲いているよ。」

●夏ー紅粉の花
※最上地方は全国一の紅粉花産地。女の口紅に製する紅粉花から、それとやや形の似た化粧道具の眉掃き(白粉をつけた後、眉を掃く小刷毛)を連想した。
※紅粉花  茎の高さ約一メートル。上部で分枝し、夏、枝先に直径約三センチの紅黄色の花をつける。


522                 2002年5月8日

閑かさや岩にしみ入る蝉の声 (しづかさやいわにしみいるせみのこゑ)

 瞑想的という観点からすれば「古池や蛙飛び込む水の音」と双璧の句ではないか。私の感じでは、「古池・・」の句が内観的なのに対し、この句は外側の自然に自らが溶け込んで行くという感じがする。
 また、この瞑想的な両句が、音を題材にしているというのも面白いところだ。よく、目は能動的、耳は受動的というが、人間、全き受容の心持ちに達した時、この瞑想的な境地に達することが出来るということか。
 ところでこの句、案として次のようなものがあったらしい。

寂しさや岩にしみ込む蝉の声
山寺や石にしみつく蝉の声

これだと、掲出句のような瞑想的な感じは出ていない。掲出句は自然を感受する深い心と、それを言葉に練り上げる技術が二つながら備わった人物の傑作と言ってよいだろう。

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

●夏ー蝉


523                 2002年5月9日

五月雨をあつめて早し最上川 (さみだれをあつめてはやしもがみがわ)

 この句も有名な句だ。しかし、それほどの句だろうか。私にはこの「あつめて」という言葉がこの句の弱点のような気がする。「あつめて」というのは知的に考えて把握した最上川の有りようだから、まさに眼前にある最上川の感じを表すには弱い言葉のような気がする。かといって、よく比較される蕪村の「五月雨や大河を前に家二軒」のほうがすぐれているとも思えないが。斎藤茂吉の次の短歌は文句ない。

最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも  茂吉

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

●夏ー五月雨


524                 2002年5月10日

 ☆風流亭

水の奥氷室尋ねる柳かな (みずのおくひむろたづねるやなぎかな)

 たいてい毎日の鑑賞を前日の夜書くことが多い。今は夜の十一時だが、今ごろになると、蛙の声があまり聞えなくなる。聞えなくなって初めて、ああ今まで蛙達が鳴いていたのだ、と気付くのだ。そして、何かほっとしたような気分になる。緊張が解けたような気分である。知らず知らずの内に耳が働いていたのだろう。こんな田舎の蛙の声でさえそうであるから、都会の騒音に慣れさせられている人達はさぞかし知らず知らずのうちに緊張を強いられているに違いない。 今日は句とは関係なかった。

元禄二年 四十六歳(曽良書留)

☆ 新庄(現、新庄市)の富商、渋谷甚兵衛の俳号。

「青々と茂る柳陰を清らかな水が流れて、いかにも涼しそうだ。この柳を目印に水上を尋ねて行けば、きっと氷室に尋ねあたることだろう。」

●夏ー氷室
※涼しく居心地のよい住まいの環境を賞した挨拶の発句。六月一日の作。その日は氷室の節句に当る。「氷室」は冬期、山陰に穴を掘って氷や雪を貯蔵する所。夏取り出して飲食に供する。


525                 2002年5月11日

 ☆盛信亭

風の香も南に近し最上川 (かぜのかもみなみにちかしもがみがわ)

 最上川をまだ見たことがない。見たかも知れないが実感としては見たことがない。むしろいろいろな句や歌で、知っているような気になっている。案外、何かを知っているというのは、その程度の事が多いのではないか。例えば、身近な肉親の事を考えても、果たして自分は彼等を本当に知っているだろうか。いや、もっともっと極言して、自分は自分を知っているだろうか。否否である。だからこそ、インドのラーマナ・マハリシという人は「私は誰」というのを瞑想法としたくらいだし。ソクラテスは「自分は何も知らない」ということを宣言したのである。
 話はそれたが、この句ではやはりその最上川という固有名詞が句を引き締めている。

元禄二年 四十六歳(曽良書留)

☆ 渋谷九郎兵衛。風流の本家。新庄随一の富豪。

「やわらかい南風が薫って、まことに涼しく心地よい。この涼しさは、南に近く流れる雄大な最上川から運ばれて来るのだろう。」

●夏ー風の香


526                 2002年5月12日

有難や雪を薫らす南谷 (ありがたやゆきをかをらすみなみだに)

 爽やかで良い句だと思う。「雪を薫らす」というフレーズが殊に新鮮に感じる。雪は普通目で愛でるものだが、それを香りとして捉えたところが新鮮で、このように普通とは違う感覚器官で捉えて、それが的を得ているとそれだけで良い句になる。たとえば観音菩薩、あるいは観自在菩薩などといって観音には、音を見るという能力があるという。音を見たり、雪を嗅いだりするというのは多分、感覚器官を越えた所の深い心の働きのような気がする。わたしも以前この句に触発されて一句作ったことがある。

 雪香る妻香る家に帰り来し  空音

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

「霊場羽黒山のこの南谷は、千古の雪を頂く周りの山々から涼を運んで、薫風爽やかに吹き渡る、まことに心澄む有難いお山です。」

●夏ー南薫
※亭主会覚(えがく)への挨拶の発句。「南谷」は羽黒山の別当寺若王院の別院の所在地。別当代、会覚阿闍梨の居所。芭蕉もここに泊まった。


527                 2002年5月14日

涼しさやほの三日月の羽黒山 (すずしさやほのみかづきのはぐろやま)

 「ほの三日月」という、繊細で女性的で優しい言葉と、「羽黒山」という男性的で太い感じの言葉の対比の妙。
 ここまで書いて目まいがしてきて、一日休んでしまった。この目まいは時々ある、本で調べるとメニエール病というものに近い。周りの事物がぐるぐると回ってとても辛い状態だ。ちょうど、ぐるぐると体を何回も回して急に止まると、周りの風景はなおも回り続ける、あのような状態が数時間続くのである。激烈な症状の時は吐き気などもともなってくる。最近はこの状態が来そうな予感がすると、すぐに寝てしまう。そうすると落ちついてくるのである。
 掲出句。女性的なものと男性的なものとの対比で、さわやかなエロスさえ感じる。

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

●夏ー涼し


528                 2002年5月15日

雲の峰幾つ崩れて月の山 (くものみねいくつくづれてつきのやま)

 私は初め、雲の峰が幾つも崩れては立ちまた崩れては立ちして、そのうちに月が出てきて、あたかも雲の連なりが山のように見える、というふうに取っていたのだが。
 『おくのほそ道』に月山登山のくだりなどもあるようだから、やはり「月の山」は月山のことなのだろう。また山に登っての作か、あるいは山の下で仰いでの作か議論があって、加藤楸邨などは山の上での作と取りたい、と言っている。私も、山の上での作と取ったほうが、雲の広がっている感じが出てきて良いように思う。
 しかし、やはり私の最初の感じも捨てがたい鑑賞だと思うのだが。

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

「炎天の昼間、月山(がっさん)の峰に幾たびか大きな入道雲が立っては崩れて、やがて日暮には崩れ去り、月が昇って、山頂は山の名にふさわしく月光に輝く。」

●夏ー雲の峰
※「月の山」(月に輝く山)に月山を込め、「月」に「尽き」(雲が尽きる)を掛けた。月山は羽黒三山中の最高峰。1980メートル。


529                 2002年5月16日

語られぬ湯殿にぬらす袂かな (かたられぬゆどのにぬらすたもとかな)

 湯殿山の御神体は男女の性器を象徴するという。そういう事実から考えるとこの句はかなりエロティックである。「語られぬ」「湯殿」「ぬらす」「袂」、これらの言葉がみなそういうふうに思えてくる。多分芭蕉もそういう意識を持って書いたと思う。インドなどでは特に男性器などはシヴァリンガムといって、信仰の対象になっているし、カジュラホの男女合体像などを見ても、人間の性というものは、その基本的性格において宗教的なものなのである。

元禄二年 四十六歳(おくのほそ道)

「山中の様子いっさいを他言することの許されない、神秘不思議な湯殿山の尊さに、ただありがたくて涙を流すばかりだ。」

※湯殿山の参詣者は山中の様子を他言しないことを誓約させられた。『ほそ道』にも「総じてこの山の微細、行者の方式として他言することを禁ず。」と記す。湯殿山は出羽三山中最も神秘視された修験道場。神体は深い谷間の熱湯の噴き出る褐色の巨岩で、男女の性器を象徴するという。


530                 2002年5月17日

その玉や羽黒にかへす法の月 (そのたまやはぐろにかへすのりのつき)

 「玉」という言葉を広辞苑で引くと、三番目の意味に「美しいもの、大切なもの」とある。この辺の意味が魂という言葉の意味と重なるのだろう。また四番目の意味に「丸いもの」というのがあるが、これも魂の意味とだいぶ重なるだろう。考えてみれば、世の中の基本的なものは丸い形が多い。地球、星、太陽、宇宙、点、原子構造物・・・。人間の魂を丸いものとして考えるのも当然かもしれない。
 手前みそになるが、以前私は抽象的な絵ばかり描いていた事があるが、丸ばかり書いていた時期がある、何か丸を描くと落ちつくのだ。今は点ばかり描いている。

元禄二年 四十六歳(真蹟懐紙)

「この霊場に照る月は仏法の不可思議な法力で、遠流の地に眠る天宥法印(てんゆうほういん)の亡き魂を、再びこの羽黒の山に呼び戻してくれることだろう。」

●秋ー月
※句の前文に、羽黒山第五十代別当天宥法印の追悼文がある(省略)。天宥は羽黒山境内に大土木工事を敢行、堂塔を増改築して当山興隆に尽した傑僧。のち冤罪をこうむって伊豆大島に流され、延宝二年そこで没した。「玉」は魂。