■ 研究室(日本電工研究所)
パソコンのモニタ−や機械類が並ぶ。
その中にイスに座ってコンピュ−タ−を操作する白衣の工学博士。
博士「留守中、一応、この設定でやってはみましたが....」
その隣でモニタ−をのぞき込む奥山崇。
奥山「言語反応なし...」
博士「はい.....」
奥山「生体の方は?」
博士「(画面を操作して)血圧、神経反応、発汗....全て調べてみましたが....」
博士、デ−タ−類をモニタ−に表示する。
奥山、腕を組んで険しい表情。
奥山「アイデンティティか.....」
博士「一番難しい部分ですが....」
突然、ピ−ッと鳴り出す机上の電話。
「奥山さん。車が到着しました」
奥山「すぐいく.....待たせとけ」
博士「本社ですか?」
机上のフロッピ−ディスクを鞄に積める奥山。
奥山「管理職の一部がごね出した。(苦笑し)独立も楽じゃない.....」
博士「(席を立ち)私もお供しましょうか?」
奥山「(助かったという表情)頼むわ」
二人、出口に向かって出ていく。
残されたコンピュ−タ−のモニタ−。
モニタ−には、コンピュ−タ−グラフィックで描かれた脳と複雑な回路。
浮かび上がるメインタイトル。
『モニタ−の向こうの彼女』
■ 日本電工本社
東京の街中にそびえ立つ摩天楼。
■ 同・12F廊下
大会議室前に置かれている看板。その文字は「マルチステ−ション対応編集ソフト
プレゼンテ−ション」
中から漏れ聞こえてくる男の声。
男 「......以上のような結果からも、このソフトが優れていることがわかります」
■ 同・室内
真っ暗な室内。正面に映し出されるスライド。その横の演壇では、スライドを差しな
がら男が解説している。
男 「これから過酷なマルチメディアの戦国時代に際し....」
円卓に並ぶ社員の面々。どれも真剣そのもの。
男 「我々K社は自身をもってお薦めします」
男の背後のイスに控えるのは加藤英司。
英司、緊張の面もちで締め慣れないネクタイをいじっている。
男の声「以上、K社の××でした....」
同時に、電気がつく。
円卓から割れんばかりの拍手がまきおこる。
男、拍手に一つ一つ頭を下げながら、演壇を降りる。
横目で疎ましそうに見る英司。
司会席の開発部長、マイクを握る。
開発部長「では、次に、加藤英司企画の加藤英司さん、お願いします....」
英司、上着をただして演壇へと歩く。
同時に円卓席では席をたち、荷物をまとめ出している社員たちの姿。
社員A「(出口の社員に)これから名古屋ですので.....」
社員B「(近くの同僚に)では、また明日....」
社員C「(隣の人に)あと、よろしく....」
バタン、バタンと、けたたましく開閉するドア。
ほとんど空席の円卓を前にする英司。
英司「え−、我が社で開発したものは....」
英司の眼前で大アクビをする社員D。
英司「(目を反らし)マルチメディア時代を担ったもので....」
開発部長、ため息をついて書類を閉じる。
英司「非常に便利なものです」
空しく響く英司の声。
■同・廊下
奥山、博士と肩を並べて喋りながら歩く姿。
奥山、目を反らし、ふと前方を見遣ると、数メ−トル先にトボトボと歩く
英司の後ろ姿。
奥山「悪い。ちょっと....」
奥山、小走りで英司に追いつく。
奥山「(肩を叩き)よう。英司」
振り返る英司、奥山の顔をみて明るい顔をつくる。
英司「奥山....」
奥山「珍しいな、こんなところで。どうした? ネクタイなんか締めちゃって....」 英司、(持っていたス−ツケ−スを持ちあげる。
英司「今日はしがないセ−ルス活動」
奥山「ホ−? どれどれ、ちょっと見せてくれよ」
英司「.....いま、断わられてきたところだ」
奥山「かまわん! デキがよかったらオレが 進言してやるから!」
と、ケ−スから書類を奪い取る奥山。
奥山「(書類をあけて)新型の編集ソフトか」
英司「ここもマルチステ−ションを標準するってきいてな.....」
奥山「.........」
英司「これまでのディスク編集を捨てて、自動編集機能を活かした表示にしてみた....」
奥山、顔をしかめる。
英司「(その顔を見て)ダメか? やっぱり」
奥山「いや.....実は、これと同じ企画書を見た......」
英司「え?」
奥山「昨日、開発部長の机の上で。K社のヤツだった」
英司「そうか.....やっぱり、そうだったのか」
英司、ガクリと肩を落とす。
奥山、書類を戻し、英司の肩を叩く。
奥山「....それより、ひさしぶりだな。えッ」
英司「ああ......」
落ち込む英司。
奥山「(大振りで時計を確認し)どうだ? ひさしぶりにメシでも。オレも、あと ひと仕事やったら終わりだ」
英司「いや、遠慮しとくよ。他の仕事あるし......」
奥山「そんなモン、後にまわせよ! 今日は 奢ってやるからよ」
英司「(書類を持ち上げ)これ、ダメだったからな」
奥山、返す言葉がない。
英司「じゃ、悪いが、これで........」
と、歩き出す英司。
奥山「あ、ちょっとまて.......」
英司「.........?(振り返る)」
奥山、手持ちの鞄を探り出す。
奥山「いや、みやげ買ってきてな」
英司「どこかいってきたのか?」
奥山「(探りながら)台湾。今度、向こうで工場つくることになってな。その視察なんだが
....あ、こいつ」
と、取り出したのはフロッピ−ディスク。乱筆の台湾語のパッケ−ジが目だつ。
奥山「向こうのジャンク屋で見つけてきた」
英司「(怪し気に).....なかみは?」
奥山「人生ゲ−ムだ」
英司「人生ゲ−ム? いまさらそんなモン.....」
奥山「(再び鞄を探り)いやいや、それが単なる人生ゲ−ムじゃないんだよ−。
(書類を取り出して)これがリスト....」
英司、書類を受け取り、見入る。
奥山「おまえが対話形式のシュミレ−ションゲ−ムをつくってるってきいてな。
どうだ? 少しは役に立つ....」
と、奥山が見上げたときには、ランランとした目になっている英司。
奥山「......ようだな」
英司「さっそくやってみる」
奥山「OK。それと、これが補助プログラムディスクだ」
奥山、鞄からもう一枚ディスク出し、渡す。
英司「じゃ、また......82」
奥山「おう。頑張れよ......」
と、英司の去って行く姿を見送る。
見計らって、工学博士、奥山に近付く。
博士「誰です?」
奥山「ああ、大学時代の友達だ」
博士「あの.......あの人、もしかして加藤さんじゃ.....」
奥山「ん? よくしってるな」
博士「以前、開発部でお目にかかったことが.....」
奥山「ああ...(ちょっと嫌悪な表情)...そういえばそういう時期もあったな」
博士「あの人、いまどこの部門です?」
奥山「(大きなため息をついて)三年前に自ら退職した。いまはフリ−で下請け
やっている」
■霞が関官庁街
通産省ビルを背後にマイクを握る新米記者。
記者「政府は依然として打開策を出せないようです」
記者を業務用カメラで映すのは香川慶子。
記者「通産省前から××がお伝えしました」
慶子、カメラを置く。
記者、不安そうな表情。
記者「また.....NG?」
慶子「オッケイとしましょう。あんたにしてはいいデキだよ」
慶子、機材を運び出す。
■首都高速
遠くにそびえ立つ日本電工ビル。
それを横目に慶子、ライトバンを運転する。
荷物席はカメラと取材機器でグチャグチャ。
■英司の部屋のあるマンション前
停止するバン。
降り立つ慶子、買物袋を手いっぱいに抱え持っている。
■ マンション・某号室ドア
立ち止まる慶子、深呼吸を一回し、ドアをおもいっきり開く。
慶子「やっほう! きたよ−」
閉じられるドア。
そこに張り付けられた電光ボ−ド。流れる文字。
『コンピュ−タ−プログラミング、回路修繕、個人レクチャ−......
なんでもやります!加藤英司企画』
■ 同・廊下
薄ぐらい室内。
機械むき出しのコンピュ−タ−、散乱するコ−ド、膜の破れたスピ−カ−.... そうした機械類が山積みのジャングル。
慶子「お−い! エイジ!」
わずかにできた獣道をドカドカと歩く。
一歩あるくごとに、キ−ボ−ド、半導体回路などがガシャ、ガシャ落ちる。
■ 同・仕事部屋
真っ暗な中、光輝くコンピュ−タ−パネルの数々。まさに空港管制室のような 室内。その中央のパソコンの前で、マウスを操る英司の姿。
慶子「ヤッホ−、エイジ!」
英司「......」
マウス操作に夢中になっている英司。
英司の前に立つ慶子。
慶子「ヤッホ−!」
英司「..........」
慶子、英司の耳もとで叫ぶ。
慶子「ヤッッホォォォ−!」
英司「オォォォォ?」
英司ビックリして振り返る。
慶子、満面の笑顔で手をあげる。
慶子「チャオ!」
英司「...なんだ、きてたのか」
慶子「いまきたとこだい!」
英司「(苦笑いして)なんだ、今日はヤに早いな。会社いいのか?」
慶子「なんで? いつもどおりじゃん」
英司「え.......」
英司、あわてて時計を見る。
英司「ありゃ。もうこんな時間かよ。仕事やんなきゃ」
慶子「仕事じゃないの? それ」
英司「これは趣味........」
慶子「(呆れて)仕事も趣味もコンピュ−タ−。やってることはおんなじよ」
慶子、居間へといってしまう。
英司、再びパソコンを続ける。
居間から聞こえてくる慶子の声。
慶子の声「ア! 朝食そのままじゃない! ウワ−、腐ってる」
英司「(パソコン操作しながら)......ああ。今朝起きたら会社に直行した」
慶子の声「どうだった〜?」
英司「......ダメだった......辞めたとこだからなあ」
慶子の声「そうじゃなくて〜、ゴハンの方〜」
英司「.....GOHAN?」
慶子の声「一口も食べなかったの〜?」
英司「.....ああ、メシね.....急いでいたから...」
慶子の声「モ〜。つくっていくの、やめようかな〜」
英司「......いや.....」
慶子、ドアごしに顔を出す。
慶子「どうしたほうがいい?」
英司「......うん」
慶子「もう!」
慶子、拳をキ−ボ−ドの前に置く。
慶子「自分の女がきてんだぞ!」
英司、慶子のドスのきいた顔に戦く。
英司「う、うん」
英司、片付け出す。
慶子、台湾語で書かれたフロッピ−を見つけて、
慶子「ところで何なの? それ」
英司「人生ゲ−ム。奥山のみやげ」
慶子「奥山って、大学のときの、あの奥山クン?」
英司「ああ。台湾行ってきんだって」
慶子「ヘ−」
周囲を見回す。
無数にのびる配線......その先に接続するコンピュ−タ−本体、CD−ROM 、ノ−ト型パソコン。
慶子「ずいぶんまた、ハデにやってるわね」
英司「ちょうど開発中のソフトがあってね。テレクラあるでしょ。あのパソコン版
なんだけど....」
慶子、英司の前のパソコンに目を移す。
英司「オレが開発しようとしているのは相手の人も同時進行で成長していくの...」
ドライブランプが点灯しているパソコン。
英司「しかも、こっちが勝手に時間を設定できるんだ。すごいだろう?」
慶子、パソコン注目。
英司「問題はどうやって相手のを成長させるかってことで壁にぶち当たっていた
んだ...」
慶子、モニタ−下のスイッチ発見。
英司「そしたらあるもんだね。こいつはオレのソフトとほとんど同じでさ」
スイッチに書かれたOFFの字。
英司「いやあ、助かったよ。みてよ、ここのプログラム.....」
OFF‥‥。
英司「このプログラムなんてのは、オレの理想どうり....」
OFF=I
英司「それからさ....」
慶子、モニタ−下のスイッチを切る。
プツッと消えるモニタ−。
悲鳴をあげる英司。
英司「ワッ! ちょっとォ....」
慶子「もう! いい加減にして!」
英司「いい加減にって......大丈夫かな」
なおもパソコンを気にする英司。
対して慶子、部屋を飛び出す。
慶子「アタシ、帰る!」
英司「(慌てて)ワッ! ちょっとまって!」
追いかけていく英司。
無人の室内。玄関から聞こえてくる二人の声。
慶子の声「放してよ!」
英司の声「いや、ゴメン。オレが悪かった」
パソコン本体に注目......。
慶子の声「そうやって、この間もTDLすっぽかしたじゃない!」
英司の声「いや、その.....」
本体のドライブランプ、断続的に点滅している。
■朝日を浴びる町並み
マンション前を出発する慶子のバン。
■ 英司の寝室
床に散乱するトランクス、Yシャツ。
ベッドに眠っている英司。
枕元の時計、カチッという音と同時に鳴りだす。
英司「(寝言).....んん」
と、虚ろに手を伸ばす英司。手探り、手探り。
ようやく時計を捜し当て、頭のスイッチを押す。
時計、ピタリと鳴りやむ。
英司「(寝言)あとちょっと.....」
再び鳴り出すベルの音。
英司「(イラだたしげに)もう!」
英司、時計をはたく。
が、時計は止まっている。
なおもけたたましく鳴るベル。
英司「........?」
ベルの鳴る方を見遣る。
それはテレビのスピ−カ−。
テレビ画面で点滅する「8・30AM」
英司「......も−、なんなんだよ! こんな 時間に....」
リモコンでアラ−ムを解除する。
と同時に表示される大きな文字。「大阪出張」
英司「........そーだった!」
慌ててはね起きる英司。
■ 同・居間
急いで着替える英司。
ネクタイがなかなかしまらない。
英司「クソッ、クソウ!」
■ 同・台所
冷蔵庫を探る英司。
扉を開けたままハムをかじり、レタスをかじり.....手当り次第。
手に取るパックジュ−ス。
同時に壁掛け時計を凝視。
秒針は五十秒をまわる.......
英司「(見ながら独り言)ラスト......」
グッと猛烈な勢いでラッパ飲み。
秒針、五十五秒経過......
英司「(きつい!)」
秒針、ジャスト。
英司「(プハアと息をついて).....レッツゴ−!!」
空にしたパックジュ−スを放り投げ、出て行く。
バタンとドアの閉じる音。
同時にポトリと卓上に落ちるパックジュ−ス。
その隣には、慶子の用意した朝食を包んだフキンが。
■東都テレビ・報道制作部
スタッフの雑踏のオフィス内。
中央の席で私用電話をしているのは報道制作部長。
部長「いや、そんなこといわないでよー」
同時に響く女性局員の声。
局員「部長! 三番に笹木さんからお電話です」
部長「あー? 笹木?」
部長、不満気に切り替える。
部長「はい。なんだ? え? 今どこ? 機内?」
同時に室内に入ってきた慶子。
部長「(受話器をおき)オイ! 香川ッ!」
慶子「はい?」
部長「笹木が海外から戻ってくる。出迎え頼む」
慶子「いまから成田ですか?」
時間を気にする慶子。
部長「羽田だ!」
■羽田空港・国際線ビル玄関
バンで乗り付けた慶子。
慶子「そういえば笹木さん、台湾だったっけ....」
かけよってくる男を発見。
笹木である。
笹木、助手席に乗り込む。
慶子「何ですか? わざわざ」
笹木「シッ!」
笹木、前方を指さす。
前方でタクシ−をとめるのは、白髪のロシア人学者マクシモフ理博。
慶子「(小声で)誰です?」
マクシモフ、タクシ−に乗り込む。
笹木「オッシ。尾行しろ....」
慶子「はあ.....」
■首都高速
疾駆するタクシ−、直後を走る慶子のバン。
■慶子のバン・車内
タバコを吸いながら説明する笹木。
笹木「あの老人はマクシモフっていうロシアの理学博士だ」
慶子「理学博士?」
笹木「表向きは生体医学の権威だが、そうとうな札付きだ」
笹木、タバコを灰皿にこすりつける。
笹木「91年、ロシアからアメリカへ頭脳流出。州立医大で臓器移植の臨床をしていた が、二年前、担当患者の死亡事故が発生、それに疑問を抱いた遺族が訴訟。その
裁判前夜失踪したっていう、とんでもない野郎だ」
慶子「それがどうして台湾に?」
笹木「ンなことまではしらん。同じ便で見かけたからつけた」
慶子「そのためにわざわざ」
笹木「けどよ、こいつはとんでもないモンを捕らえたかもしれんぞ」
慶子「.....どーゆーこと?」
笹木「二年前の訴訟事件、ある移植実験の疑惑がもたれているんだがなんだと思う?」
慶子「なに.....」
笹木「脳だ.....脳機能移植実験疑惑」
慶子「脳....」
慶子、ジッとタクシ−を見据る。
■東京・新幹線ホ−ム(一週間後の夜)
ホ−ムに到着する新幹線。
ドアが開く。
ドヤドヤと降りるビジネスマンたち。
その中に貧弱な背広の英司の姿。
疲れた表情と手にさげたおみやげ。
■英司のマンション
自宅に入る英司。
閉じられるドア。
電光ボ−ドに流れる「本日休業」とのサイン、プツッと消える。
■ 同・居間
ドサッと床に荷物をおき、目の前のソファに飛び込む英司。
英司「今日はもう寝るぞー!」
英司、安堵の表情。
英司「.......?」
ふと片目を開けると、チカチカと点灯するルス電。
英司、スイッチを押す。
巻戻すルス電。
英司、ムクリと起き上がり、台所に向かう。
同時に再生するルス電。
■同・台所
冷蔵庫を開ける英司。
聞こえて来るルス電の音声。
慶子の声「アタシだよ−!」
英司、思わずビ−ルを落とす。
慶子の声「......大阪に一週間出張だって? 聞いてないぞ!」
何気なく卓上を見ると、ジュ−スのパック......そして山なりのフキン。
慶子の声「ところで、気付いてくれたかな...?」
英司、フキンをとる.....。
慶子の声「....朝食」
そこには、腐敗しきった朝食の姿。
慶子の声「四時に起きて一生懸命つくったんだから....」
慌てて換気扇をまわす英司。
慶子の声「ちゃんと食べて、出張、頑張ってきて下さい....」
鼻をつまみにながら、ソ−ッと生ゴミに捨てようとする。
慶子の声「.....捨てたら承知しね−ぞ!」
思わず飛び上がる英司。
■同・居間
戻ってきた英司、缶ビ−ルの栓を抜く。
機械の声「X月X日、X時X分です」
英司、ビ−ルを口につけたと同時に、
奥山の声「もしもし、オレだ。奥山だ」
英司「(不機嫌そうに)なんだよ、もう.....」
奥山の声「どうだったよ? あのソフト.....」
英司「うるさいなー」
無視して飲もうとするが.....
奥山の声「あれからずっと電話ないから、心配してんぞ.....」
英司「.....」
奥山の声「わかってんのか?」
英司「.....ああ! もう! わかったよ!」
英司、ビ−ルを置いて仕事場へ。
■ 同・仕事場。
奥山の声「台湾はすごかったぞ。向こうは日本の八十年代だ。そのうち日本の技術
を抜くかもしれんぞ......」
居間から聞こえてくるルス電の声をよそに、英司、パソコンの主電源スイッチ に手をかけようとする。
英司「......?」
見ると、手元の主電源のスイッチ、ONのまま。
英司「(独り言)あれ? きったはずだよな」
英司、まさぐってあちこち探る。
モニタ−下のスイッチ、OFFになっていることを発見。
英司「(独り言)しまった。入れっぱなしだったか.....」
モニタ−スイッチを入れ、操作する英司。
モニタ−に映し出される機械語。
英司、機械語で入力すると、即座に返答がかえってくる。
英司「......?」
キョトンとする英司、なおもキ−を叩く。
× × ×
《(英司の作文する機械語)》
突然、画面一杯に大きな日本語。
《ようやく通じた!》
× × ×
唖然とする英司。
その静けさの中に響く奥山のルス電。
奥山の声「それより、どうなってんだ? 慶子さんとうまくいってるか?」
■同・英司の仕事部屋(翌日)
モニタ−をのぞき込む慶子。
慶子「どういうことなの?」
その隣でコンピュ−タ−を操作する英司。
英司「どうも留守の間にゲ−ムのキャラクタ−が勝手にそだっちゃったらしい」
慶子「でもスイッチ、きっといたはずでしょ?」
英司「いや、主電源は入れっぱなしだった」
慶子「え? ケンカしたときでしょ。アタシが切ったじゃん」
英司、キ−ボ−ドから手を放し、モニタ−下のスイッチを指さす。
英司「あのとき、ここのスイッチをきっただろ?」
慶子「うん.....」
英司「これはモニタ−のスイッチ.....」
スイッチをON、OFF、ON、OFF....。
画面はついたり消えたりするが、内容はそのまま。
英司「ナッ。消えないだろ? (パソコンの方を指さし)主電源はこっち」
慶子「じゃあ、ずっと電気入れっぱなしだったんだ。もったいない!」
英司「(操作しながら)そんなことより、こいつ結構、頭よくてね....」
慶子「どれ?」
慶子、モニタ−をのぞき込む。
× × ×
モニタ−に入力される文字。
《EIJI;じゃ、そろそろ仕事しなきゃだから》
直後、文字が出て来る。
《KEIKO;え? もう? もっと聞かせて下さい》
× × ×
慶子「へ−。ちゃんと返事が返ってくる!」
英司「どうも、人格をもったキャラクタ−ができちゃったらしいんだ....」
キ−ボ−ド操作で入力する英司。
× × ×
《EIJI;学校の方、大丈夫なの?》
直後...........
《KEIKO;アタシ、ほとんど単位とっちゃってるから》
× × ×
慶子「ヤダ、女の子なの? これ」
英司「名前、KEIKOっていうんだ」
慶子「え.....」
独りで顔を赤らめる慶子。
同時に呼び鈴がなる。
■同・玄関
慶子、ドアを開ける。
顔を出したのは奥山である。
奥山「......オッ、ひさしぶり」
慶子「どうも」
奥山「......英司、いる?」
慶子「どうぞ、どうぞ」
スリッパを用意する。
奥山、慶子を見て吹き出す。
慶子「えッ? なに?」
奥山「いや−、なんか若奥様だなあって........」
慶子「(照れて)い、いやあね、もう!」
奥山「(深刻な顔で)籍、入れた?」
慶子「(気の抜けた笑い)タハハハ」
奥山「ったく、しょうがないな。あのパソコンオタク!」
奥山、居間へと歩いて行く。
慶子、それに続く。
■同・英司の仕事部屋
気合いいっぱいに入ってくる奥山。
奥山「ヨッ!」
英司「(眼線はモニタ−のまま)よう........」
奥山「これか」
奥山、横からパソコンのモニタ−を覗きこむ。
英司「ちょうど対話していたところだ。オマエも話すか?」
奥山「え.........(急に緊張して)いいのか?」
英司「ああ。チャットアプリケーションでできる......」
奥山に席を譲り、近くのイスに馬乗りする英司。
奥山、一呼吸おき、震えた指で入力する。
× × ×
モニタ−画面。
《OKUYAMA;はじめまして。私は英司の友人です》
入力すると、すぐに返答。
《KEIKO;アッ。はじめまして。KEIKOです。いま都内
の短大に通っています。友達がすくなくって困っているんです》
× × ×
モニタ−を前に興奮する奥山。
奥山「学習機能の類推か。定性推論も完璧だ.....」
× × ×
モニタ−画面。
《OKUYAMA;あなたの御両親は、どのようなお仕事をなさっているのですか?》
《KEIKO;お父さんもおかあさんも、子供の頃なくしました。海外出張中、
テロに巻き込まれて......》
× × ×
あいかわらず興奮している奥山。
奥山「ヒューリスティクスもあるな......」
× × ×
モニタ−画面。
《OKUYAMA;あなたは....》
そこまで入力した瞬間、
《KEIKO;あれ? もしかして奥山サンですか?》
× × ×
驚愕する奥山。
奥山「そ、創発推論ッ!」
見ていた英司、あきれた様子。
英司「おまえが今日来るってんで、聞かせてやった」
奥山「そうか.....」
奥山、周囲を見回す。
パソコン周辺はCD−ROM、ノ−ト型パソコン、それらをつなぐコ−ド。
その一つ一つをのぞき込む奥山。
奥山「CD−ROMまでつけて....」
英司「(指さし)ロムがケイコの頭脳になっている。それから、あれが行動体系。 こっちのROMは彼女の街や学校、周辺環境だ」
奥山、マニアックな目つきで一つ一つを見入る。
英司「.....それで、調査の方だけど.....」
依然としてマニアックな奥山。
英司「おい?」
奥山「あ?」
英司「調査.....」
奥山「(ようやくハッキリして)......ああ、そうか」
慌てて手持ちのバックを探る奥山。
奥山「あれからこっちでも、いろいろと調べてみたんだが......」
バックから取り出したファイルをめくる。
奥山「あの台湾製ソフトだがな、プログラムソフトの方に数値設定に欠陥があった。 特にキャラクタ− 育成のタイムスケ−ルが無限大になってた。ひどいもんだ」
英司「どれ?.....(ファイルをのぞき込み) ア−。ここかあ。確かに....」
奥山「そこに、おまえが開発した方のプログラムをかけ合わせると、いくつかの
矛盾ができる」
英司「その部分に進行中のゲ−ムが入り込んでいったのか」
奥山「起動中のコンピュ−タ−は、出口を求めてつじつまのあうプログラムを
つくっていく。その拍子に 別のデ−タ−にも入り込んで、ゲ−ムを超越した
学習機能をつくりあげていく。当然、キャラクタ−ライズもその通りに進化する」 英司「で、最後はハ−ドウェアに入り込み、プレイヤ−との対話を突き止めた...」
奥山「(感嘆し)まさに偶然の産物だよな.....」
脇で傍観している慶子。
慶子「つまり、このKEIKOさんは二度とつくれないってこと?」
英司「まあ、簡単にいえば....」
奥山、ファィルをめくる。
奥山「それにしても、このKEIKOのプログラムは完璧だ。ここまで優れたALは
みたことがない。学習から感情や意志を引き起こした事例はこれが世界で
初めてだろうよ。まさに画期的な発明だ」
英司「発明といってもなあ....」
慶子「(遠巻きにモニタ−を眺めて)でもホント。ほとんど一人の人間だもんね」
奥山「(英司に)視覚の方はダメなのか?」
英司「それができれば。こっちの世界を教えてあげられるんだが.....」
奥山「(自慢気に)任せろ!」
奥山、ガサガサとバックを探り、取り出したのは集積回路。
奥山「視覚解析回路だ。ウチのエンジニアが趣味でつくったもんだ」
英司「いいのか?」
奥山「かまわん! こんな機会がなけりゃオクラ入りのもんだ.....ホラ」
英司に集積回路を渡す。
英司「(配列を見て)こりゃ凄い....」
奥山「企業秘密だぞ! おまえ、それを本体に接続しろ。オレはこっちやるから‥」 と、配線工事をはじめる奥山。
英司「OK、OK!」
子供のようにはしゃぐ英司。
慶子「(ため息まじりに)まったくこいつらは....」
慶子、疲れきった表情。
■マンション外景(夜)
■同・英司の仕事部屋
なおもコンピュ−タ−操作する英司。
台所からやってきたエプロン姿の慶子。
慶子「ゴハンできたよ」
英司「.....うん」
英司、キ−ボ−ドで踊るタッチを緩めない。
慶子「ゴハン.........」
英司「.....うん、うん」
慶子「ねえ。聞いてる?」
英司「........ちょっと待って!」
慶子「(イラだって)もう!」
英司「待ってくれよ。もうすぐなんだから」
慶子「もう!」
同時に懐中の携帯電話が鳴り、慶子、受ける。
慶子「もしもし?」
■Tホテル・玄関付近
脇に停車している慶子のバン。
その運転席には笹木の姿。
笹木「俺だけど、すぐTホテルきてくれないかな」
慶子の声「これから?」
ロビ−にはマクシモフの姿。
笹木「マクシモフが動きだしたんだよ!」
■英司の仕事部屋
携帯電話をきる慶子。
慶子「男の人に誘われちゃったからいくね」
英司、あいかわらずパソコンに夢中。
慶子「聞いてる?」
英司「(関心なさそうに)......ああ。いってらっしゃい」
慶子「もう!」
床にエプロンをたたきつけて出て行く。
■同・玄関
勢いづいて靴を履く慶子。
慶子「(いっちゃうぞ!)」
トントンと何度も靴先を叩きながら振り返る。
カチャカチャと聞こえてくるキ−の音。ほとんどテンポを崩していない。
慶子「(本当にいっちゃうぞ!)」
機械の山を蹴飛ばす。
すさまじい音で崩れる。
どうだ、と振り返る。
ピタリと止まるキ−の音。
慶子「(息を潜める)」
今度はウィィンと別の機械音。
慶子「..........!」
バタンとドアを閉じる。
■ 同・仕事場
機械音をたてて作動するスキャナ−。
モニタ−には、送信された写真の数々が表示されている。
その横のウィンドウに浮かび上がるKEIKOの返答。
《KEIKO;これが街ですか?》
英司、キ−ボ−ドをうちけつける。
《EIJI;これがオレのいる街》
《KEIKO;.....》
《EIJI;もしもし?》
《KEIKO;英司さん。もしかして、あたしって人間じゃないの?》
英司「(思わず口漏らす)え.......」
《KEIKO;あたしの周りには、こんな楽しそうな街、ない》
英司、返答できない。
《あたしって人間じゃないんですか?》
英司「.......」
英司、真顔でうちつける。
《EIJI;ああ。キミはボクがつくったコンピュ−タ−フィギアだ》
《KEIKO;.....》
じっとモニタ−を見つめる英司。
《EIJI;大丈》
とまで書いたとき...........
《KEIKO;でも、こうやって貴方の顔が見れただけでいい。うん、それだけで
いいんです》
英司、慌てて入力。
《EIJI;今度はディズニ−ランドのフィ−ルドを》
《KEIKO;ごめんなさい!》
瞬間、プッツリ切れるモニタ−。
真っ黒なモニタ−を前に呆然とする英司。
■Tホテル・ラウンジ
ハンディカメラを持った慶子、周囲を見回しながら笹木を探している。
そのとき、新聞を読んでいた男にグイと引っ張られる。
度肝をぬく慶子。
「俺だよ」
新聞をたたむと、笹木の顔が現れる。
慶子「ア−ッ、ビックリした」
笹木「ビックリするのはまだ早い」
笹木、顎で左前方のマクシモフをさす。
マクシモフ、荷物を抱えて座っている。
慶子「何がはじまるんですか?」
笹木「あの様子だと、ホテルを引き払うみたいだな」
">< マクシモフ、周囲を見渡す。
慶子「誰かと待ち合わせているみたいですね」
笹木「おそらく、日本に呼び寄せたヤツがくるんだろう」
そのときマクシモフ、立ち上がる。
入口から入ってくるサングラスの男。
笹木「おいでなすったようだな」
慶子、カメラのファインダ−を男の方に向け、スイッチをいれる。
男、サングラスを外す。
慶子「.......え?」
サングラスの外された男の顔は、奥山である。
慶子「どうして.........」
奥山、マクシモフと堅い握手を交わす。
かぶさる英司の声。
英司の声「そのあと、何度も呼びかけたんだが......」
■ 走行中の車・車内
リアシ−トに並び座る奥山と英司。
奥山「そうか。向こうとしてもショックだろうな」
と、隣を見る。
英司「むこうは本気で自分を人間だと思っていたらしい......」
ドヨンと落ち込んでいる英司。
奥山「(ヤレヤレという表情).....ま、いい機会だ。ここいらで彼女と時間を置い< てもいいんじゃないか?」
英司「どうして.....」
奥山「最近コンピュ−タ−のKEIKOさんばかりだろ? 人間の慶子さん
大丈夫か?」
英司「あいつゥ?」
奥山「なんだよ、その態度は」
英司「あいつは大丈夫だよ.....」
奥山、ハンと毒気づく。
奥山「しらんぞ。どうなっても」
英司「それより奥山......」
英司、窓辺をながめる。
■ 同・車外
のどかな田園風景を走る車。
英司の声「どこまで連れてこうって気だ?」
左ウィンカ−を点滅させる。
英司の声「ずいぶん遠くまできたなあ」
左折と同時に出現する広大な施設。
門前の看板。『日本電工研究所』
■ 研究所内
静寂しきった廊下。奥山、英司の足音だけが響く。
奥山「実はな、オレ、いま、ある研究計画をマネ−ジメントしているんだ」
自慢気に歩く奥山。
英司「へ−......」
むしろ周囲に見とれている。
■ 同・控室
入室する奥山と英司。
奥山「あれだけ優れた人格をもっているんだ。必ず役に立つ」
奥山、壁にかけられたブラインドの前に立つ。
英司、近くのイスに腰をかける。
英司「何のことだ?」
奥山「これだ......」
奥山、ブラインドを引き開ける。
ガラスの向こうに映る研究室実験室。
室内では、数人の白衣の研究員が作業している。
その中央に置かれた緻密な機械。電脳である。
奥山、ガラスを叩いてニヤリと笑う。
奥山「人工知能だ」
英司「ついに完成したのか.....」
奥山「いや、これは完成体ではない」
奥山、ガラスごしに白衣の一人を手招きする。
白衣の人物、奥山と英司の控室に入ってくる。
奥山「紹介しよう。脳移植手術の権威、マクシモフ教授だ」
マスクをとり、英司と握手を交わすマクシモフ。
英司「脳移植手術?」
奥山「実はこの人工知能、アイデンティティがまだ生まれないんだ。何度も
実験したんだがな。人工学習から意志や感情を生み出すことがどうしても
できなかった....」
英司「じゃ、あれは?」
奥山「あれは脳機能を機械化しただけだ。記憶や命令は忠実にできるが、
自ら判断することはできない....」
英司「ハコだけってことか?」
奥山「そうだ....」
英司、ハッとする。
英司「まさか、オマエ!」
奥山「そうだ。あの人工知能にKEIKOを入れたい」
英司「おまえはケイコをこの研究に巻き込むつもりか?」
奥山「......反対のようだな」
英司「当り前だ。何のために開発する必要がある? そんなモンが軍事転用され
てみろ! ......それこそ!」
奥山「バイオエシックス(生命倫理)か。.......ったく、らしくねえなあ」
懐中から封筒をとり出す。
縦に書かれた文字.........『辞表・加藤英司』。
奥山「三年前、オマエが出したヤツだ」
英司「(顔をしかめて)まだとっといたのか。そんなモン......」
奥山「おまえが人工知能や電子頭脳開発の危険性を持ち上げるのもよくわかる。
けどな、医学では人工肺機能、人工眼手術、脳移植.....コンピュ−タ−ではマイ
クロチップ開発、新型コミュニケ−ション理論。善か悪は別として、これからの
時代、科学はより人間に確実に入り込んでくるんだ。それらと対応するには、
こうした実験が絶対必要になってくる」
英司「そんなことはわかっている」
奥山「(辞表を机にたたきつけ)だったら何なんだ?」
英司「開発する環境があまりにも悪すぎる.....」
奥山「環境? 世論の反対か?」
英司「それもある....」
奥山「それなら大丈夫だ。この研究、お偉方も乗り気でな。ウチのお偉方、
マスコミ通なの知ってるだろ? やるとなれば来月からでもキャンペ−ンを
展開できる」
英司「そこが危険なんだよ..」
奥山「え? どこが?」
英司「だから.....」
説明しようとするが、奥山の無垢な表情。
英司「まあいい.....(と席を立ち、出口へ)」
奥山「なんだよ! ハッキリ言えよ!」
と、ドアの前の英司に言う。
英司「(見据えて)オマエもそのうちわかるよ.....」
ドアを閉じる。
奥山、打ちのめされて動けない。
奥山の声「......ちょっと待てよ!」
■ 日本電工本社・廊下(追憶・三年前)
ズカズカと歩く英司。
奥山「辞めるってなんだよ!」
それを追う奥山。
英司「(無視して歩く)」
奥山「オイ!」
ようやくエレベ−タ−の前で捕まえる。
奥山「(腕を掴み)説明しろ!」
すると振り返る英司。
その表情、憤怒に満ちている。
奥山、言葉を失う。
同時に開くエレベ−タ−のドア。
英司「(怒りを抑えて)おまえもそのうちわかるよ....」
と、腕を振り解き、乗り込む。
閉じていく扉。
■ 研究所・控室
打ちのめされている奥山。
英司の声「おまえもそのうちにわかるよ」
響く過去の声。
対して奥山の暗湛たる眼差し。
英司の声「おまえもそのうち.....」
奥山「......わかんねえ」
口漏らし、顔を起こす。
閉じられたドア。
奥山「.......わかんねえんだよ!」
いきりたち、閉じられたドアに向かう。
■ 同・玄関口
タクシーに乗り込む英司。窓越しに奥山。
奥山「英司!」
英司「東京まで.......」
奥山「(怒鳴る)あの脳を使えば、ケイコを人間にできるんだぞ!」
英司「.......」
ミラー越しに見る運転手。
運転手「お客さん、いっていいの?」
英司「ああ....」
タクシーが出ていく。奥山が舌打ちする。
■ 同・門前
タクシーが出てくる。停車しているバンの屋根上のカメラがそれを撮っている。 ■ 同・バン内
笹木が書類を見ながら呟いている。
笹木「マクシモフは何をやってんだ? こんなところで」
慶子「......」
タクシー内の英司の姿をモニターで見ている慶子。
■ 英司の仕事場
モニタ−に表示される文字。
《エイジ;お−い。ケイコ》
瞬間、画面はパッと消え、文字が削除されてしまう。
《エイジ;あのさ》
たどたどしいテンポで打ちつけるが.....
《もう話かけないで!》
スイッチが切れ、真っ黒な画面。
× × ×
モニタ−の前で失望する英司。
英司「(深いため息)」
まいったなあ、と髪をかきあげる。
と、突然背後から女の声......
「ずいぶんお悩みのようですね」
英司、ビクッと振り返る。
慶子、パジャマ姿で英司の前に立つ。
英司「泊まってくの?」
慶子「ねえ......」
英司の顔に唇を突き出す。
が、英司は立ち上がり、逃れるように居間に向かう。
慶子「なんで避けるの(と後を追う)」
■ 居間
英司、ソファに座ってテレビのリモコンを取ろうとする。
慶子「ねえ!」
リモコンを奪い取り、迫る。
英司「(ため息ついて)ゴメン。今日はそんな気分じゃないんだ」
慶子「そんなに好きなの?」
英司「?」
慶子「もう一人のケイコさん....」
英司「(笑って)わかった! ゴメン! だめだよな。この好奇心」
慶子「本当に、好奇心だけなの?」
マジマジとしした視線を注ぐ。
英司「ああ。.......なんだよ、その顔は」
慶子「あ−あ。それだけ人間の慶子サンも愛されたいよ」
英司「十分愛してるよ」
慶子「(すりよって)ホントにホント?」
英司「うん」
慶子「ホントにホントにホントにホント?」
英司「(笑って)うん、うん」
慶子「じゃ、明日ハンコ持って、市役所いこう」
英司「うッ.......」
慶子「結婚しようよ−」
英司「オイオイ、ちょっと待って」
慶子「なんで?」
英司「ピクニックじゃないんだから。 キミの御両親にも挨拶しなきゃならない
し、結婚式もあげなきゃならないし......」
慶子「そんなのいいよ、面倒くさい」
英司「とにかく、これからどうなるかわからないし。もうちょっと落ちついたらに
しようよ.....」
なだめる英司。
その顔を直視する慶子。
英司「なッ!」
満面の笑顔。.......明らかにつくり笑い。
慶子「(立ち上がり)アタシ、やっぱ帰るわ」
英司「え?」
慶子、パジャマの上からコ−トを着る。
慶子「わかったから帰る」
英司「わかったって、何が?」
慌てる英司をよそに、そこらじゅうにある自分のものをバックに詰め込む。
慶子「うん、それで十分わかったから」
出て行く慶子。
英司「おい、待てよ! なんだよ、そりゃあ」
焦って追う英司。
■ 玄関
ドアの前で慶子捕まえる英司。
慶子「放してよ!」
英司「なにがわかったんだよ」
慶子「(キッと鋭い視線)アタシのことなんて....!」
言いかけたが、次の言葉に詰まる。
慶子「もういいッ!」
強引に振りほどいて、飛び出す。
残された英司、腹いせに床を蹴る。
■ 廊下
頭をかきながら寝室に戻ろうとする英司。
途中、ふと、仕事場を見る。
暗闇に瞬くパイロットランプ。
英司「.......?」
■ 仕事場
入ると、低い機械音が聞こえて来る。
英司「........」
壁ぎわの電気をつける。
白昼のもとにさらされたのはプリンタ−。
プリンタ−、微動しながら一枚の紙を吐き出す。
そこには一言。
『ごめんなさい』
英司、隣のモニタ−を真顔で見る。
■ 日本電工研究所
その応接室にて英司、奥山。
奥山「え? やる?」
英司「ああ」
奥山「(いぶかしげに)どうした? 急に.....」
英司「とにかくやりたいんだッ!」
奥山「(驚愕)オッ.....オイ、なんだよ.....」
英司「すまん.....。(自分を宥めるように)最近、なんか神経質で.....」
奥山「まあいい。わかった。すぐに準備に入ろう」
英司「ただし、条件が二つある....」
奥山「二つ?」
英司「まず一つは、やるからにはケイコを人間にすること.....」
奥山「つまり、ALの人体移植手術まで計画にもりこめってことか」
考え込んでしまう。
英司「クリア−できるか?」
奥山「多少、外部から引き抜くようになるが....まあいい、なんとか申請して
みよう。 もう一つは?」
英司「オレをこのプロジェクトに加えること」
奥山「おまえを? いや、ちょっと待てよ.....」
英司、黙って何十冊ものファイル書類を机の上に置く。
奥山、それをのぞき込む。
英司「この三年間、自分なりに研究してきた。プログラマ−でもいい。
加えてくれ」
奥山「(唖然)」
■ 英司の仕事場
そのモニタ−にはチッャト形式で。
《え?》
《エイジ;キミを人間にさせる》
《本当に? そんなことできるんですか?》
《エイジ;ああ。なんとしてでもやる》
《うれしい!》
《エイジ;ああ》
《本当にうれしいんですから!》
《エイジ;わかっている》
《人間って、こういう気分のとき、どうやって伝えるの?》
× × ×
モニタ−の前の英司、手を止める。
キョロキョロと周りを確認。
再び入力。
× × ×
《エイジ;キスをする》
《キス? どうやってするんです?》
《エイジ;唇を合わせる》
《唇? 口のことですか?》
《そう》
《そんなことでわかるんですか?》
《エイジ;わかる》
そのとき、鳴り出す電話のベル
× × ×
モニタ−を見ながら受話器をとる英司。
奥山の声「オレだ」
英司「(生唾を飲む)で?」
奥山の声「いま、計画に許可が出た」
英司「......」
奥山の声「おまえはオレの助手として働いて貰うことになった」
英司「(呆然自失)」
奥山の声「予算も人員も特別枠で確保したぞ! (興奮して)やったな!
オイ、聞いてるか?」
呆然とする英司。
その前のパソコンモニタ−。
そこには画面いっぱいにかかれた文字。
《キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい!》
奥山の声「(意気込んで)ケイコを人間にするぞ!」
■ 日本電工本社・会議室内
円卓に並ぶお偉方=B
その末席に座る開発部長、顔をあげる。
演壇で計画を説明する奥山。
開発部長、チラリと目を流す。
奥山の横で図解装置を操作する英司。
■ 研究所
紙を吐くプリンタ−。
けたたましく叩かれるキ−。
せわしない研究者たちの白衣、そして室内の喧噪。
その中を見回しながら廊下を歩く奥山。
コンピュ−タ−ル−ムの前で足を止める。
■ 同・コンピュ−タ−ル−ム
開けっぱなしのドアの向こうでス−パ−コンピュ−タ−が稼働する。
その前で研究員に指示を与えている英司。
奥山、開いた金属製のドアをノックする。
英司、振り返る。
奥山「(ヨッと軽く手をあげる)」
英司「(オッ、と返して)じゃ、これで頼む」
研究員、デ−タ−を受け取って持ち場に戻る。
奥山「なんだかおまえに乗っ取られそうだな」
談笑しながら入室する。
英司「みんな頑張ってくれてるからな」
奥山「そりゃそうだ。何たって世界初の人工人間開発計画だぞ。誰だって熱
がはいる」
英司「ところで、そっちの方、確保できたか?」
奥山「おお。いま届いたところだ。ちょうどいい、見に行こう」
■ 同・手術室
ところせましと並ぶのコンピュ−タ−、手術用機器。
床はコ−ドでいっぱい。
その中央には手術台。
手術台に横たわる女性の身体。
奥山「これがケイコの生体になる」
英司「これは?」
奥山「数日前、交通事故で亡くなった女性の身体だ」
英司「(しばらく見入る)」
奥山「結構いいだろう? プロポ−ションも悪くない。二十歳でこれだけのもの、
他にはないぞ」
英司「大丈夫なのか?」
奥山「ああ。脳死状態だ。脳は死んでいるが身体はちゃんと動いている..」
英司「いや、そうじゃなく..たとえば遺族の了解とか..」
奥山「ああ、そっちね。大丈夫。遺族などと話し合った結果、戸籍・親権等の
切り放しの誓約が出来た。(懐中から取り出して)これがその誓約書だ」
英司、誓約書を受け取り一瞥。
英司「(不満気に)こんなもんなのかな....」
奥山「何が?」
英司「血縁とか戸籍とか、こんな紙一枚で片付けられるもんか?」
奥山「...」
英司「仮にも二十年近く一緒に暮らしていた.....」
奥山「おまえ、左手首、見たか?」
英司「え?」
奥山、女性の手首を裏返す。
動脈上に幾筋もの切傷痕。
英司「こりゃ..」
奥山「少なくとも五回は切ってる.....」
英司「(絶句)」
奥山「死亡原因も、飛び込み自殺だ」
英司「どうして.....」
奥山「このコ、両親と血液型が合わないんだ」
英司「..!」
奥山「ま、今じゃ、ありがちなことだが、人それぞれだからな。こういう身体の
捨て方をする人もいれば..人間になりたいと願うヒトもいる。需要と供給だ」
英司「(険悪な表情)」
奥山「シケたツラすんなよ。これでケイコも人間になれる。それよりケイコは?」
英司「いま、CD−ROMに入れ替えている」
奥山「今日あたり運んできてくれないか? 頭脳開発チ−ムの準備ができ
た。すぐにでも調整に入りたい」
■ マンション・英司の仕事場
稼働するパソコン。
英司「んん..」
そして鼻歌まじりに作業する英司。
パソコンのモニタ−に表示。
《ディスクを入れ替えてください》
取りだしたのはCD−ROMのディスク。
それをすばやくファイル状のケ−スへ。
さらにケ−スを閉じ、足元のボストンバックに積める。
バックの中、ケ−スが詰まっている。
英司「(鼻歌)」
それを柱にもたれながら見ている慶子。
慶子「(皮肉っぽく)たのしそうね..」
英司「(無視して鼻歌)」
慶子「そ−だもんね−。大事な大事なケイコさんが人間になるんだもんね−」
英司、興ざめの表情。
英司「(蔑して)..皮肉か?」
慶子「(逆に言い返せない)」
積め終わり、バックを閉じる。
英司「じゃ、オレはいくからな」
バックを手にとり、去ろうとするが....
慶子「これは..?」
卓上の書類をかざす。
書類の表紙には『人工頭脳移植実験計画概要』
英司、慌てて奪い取る。
慶子、英司の後についていく。
■ 同・階段を降りる二人
英司「今日は仕事だろ?」
慶子「辞めた」
英司「どうして?」
慶子「(歩調をはやめる)」
英司「(引き離されそうになり)おい..ちょっと!」
■ マンションの入口
エンジンをふかした軽自動車。
慶子「(車の前に立ち)大切なケイコさんを電車で運ぶ気?」
英司「え..」
慶子「(バックを奪い)早く! 出発するよ!」
英司「あ、ああ..」
助手席に座る。
慶子、運転席に座り、バックをリアシ−トに置く。
英司「(申し訳なさそうに)あのさ..」
慶子「ん?」
英司「(改まって)ありがとな..」
慶子「(一瞬、ためらいの表情)な、なにいってんのよ!」
ドアを閉じると同時に.....
慶子「アッ!」
英司「(ビックリ)なんだッ!」
慶子「免許証、居間に忘れてきちゃった!」
英司「(ホッとして)なんだよ、もう」
慶子「ゴメン。とってきて....」
英司「しょうがないな−..」
手に持っていた書類を助手席に置いて、マンションへ。
慶子、英司が階段を上っていくのを見計らって、ポケットを探る。
取り出したのは免許証。
バックミラ−をみる。
誰もいない。
慶子「(アッカンベ−!)」
クラッチを踏み、車、出発。
慶子、もう一度バックミラ−を見る。
映るぐんぐん遠ざかるマンション。
英司は出てこない。
慶子「(ちょっと悲し気)」
車、遠ざかっていく。
奥山の声「..で、行方不明になった?」
■ 同・居間
ソファで落ち込む英司。
英司「うかつだった」
奥山「..ったく、だからあのとき....!」
英司「わかっている..わかってはいたが....」
奥山「マズいな。彼女の勤め先は....」
英司「.....」
そのとき、英司の眼の前の電話が鳴る。
受話器をとらない英司。
奥山、代わりにとる。
奥山「もしもし」
相手「(無言)」
奥山「あれ? もしもし?」
相手「(無言)」
奥山、受話器を持ったまま棒立ち。
奥山「なんだよ。イタズラか」
英司「あと五秒で切れる」
奥山「え?」
..3、2、1、0のタイミングでプツッと切れる電話。
奥山「なんだ?」
英司「慶子からだ.....」
奥山「(唖然)おまえ、だったら..」
英司「さっきからずっとだ..悔しかったら捜してみろってことだろう....」
再び鳴り出す電話。
奥山「(困惑し)おい..」
英司「わかってるよ。色々と調べてみた..自宅、友達の家、実家、会社..全部
あたった.....」
けたたましく鳴る電話。
英司「(苦悩の表情)全くダメだった..」
電話、鳴り止む。
引きちぎった電話線を持つ奥山。
奥山「おまえ、本当に見当がつかないのか?」
英司「ああ..」
倒れ込むようにソファに横になる。
それを険悪な表情で見つめる奥山。
■ 東京の街の夜景
そびえ立つ日本電工ビル。
手前を帰宅客で満員の山手線が通る。
その上をまたぐ跨線橋をクロ−ズアップすると、そこには一人、慶子の姿。
■ 跨線橋上
慶子、手摺りにもたれて夜景を見ている。
左の方から靴音が近づいてくる。
慶子、見遣る。
家路に向かうサラリ−マン。
慶子「(思わずため息)」
周囲を見回す。
街のイルミネ−ションと雑踏。
慶子「...」
ポケットから携帯電話を取り出し、かけようとする。
と、そのとき背後で足音がとまる。
男の声「ここだったか..」
慶子、思わず笑顔で振り返る。
そこに立っていたのは奥山。
奥山「ごめんな。英司じゃなくて」
慶子「よく、わかったね」
奥山「..車..」
慶子「え?」
奥山、右の階段下に視線を移す。
つられて慶子も。
× × ×
階段下にとめてある慶子の軽自動車。
ミラ−に吊るされた駐車違反のワッカ。
× × ×
奥山「ナンバ−、警察に照会した」
慶子「そうか..」
奥山「...」
慶子「そうか..(う−んと伸びをして).英司、やっぱりこなかったのか」
奥山「帰ろう..」
一歩、近付くが、慶子も一歩逃げる。
慶子「(身構えて)ここさ、初めてキスした場所なんだ」
奥山、目を反らす。
その視線に入る日本電工ビル。
慶子「三年前、あいつがウチの会社やめたとき、ここに呼び出されてさ..」
奥山「...」
慶子「これからどうなるか、わからないけど、必ず人工知能は自分の手で完成さ
せてみる。だから手伝ってくれないかって.....」
奥山「...」
慶子「眼がマジなんだもん。思わずコロッといっちゃったよ」
奥山「あいつが、そんなことを..」
警笛。
慶子「皮肉だよね.....」
直下を電車が轟音とともに通過していく。
慶子「こんな形で実現するなんて..」
にわかに周辺が明るくなる。
電車から漏れる明かりのせい。
その明りに浮かび上がるバック......。
■ 線路
遠ざかる電車。
断ち消える遠くの踏切の警報音。
直後、英司の大声。
「慶子!」
■ 跨線橋
慶子「(ハッと振り返る)」
右手の階段から登って来る英司。
慶子「こないでよ!」
とっさに足元のバックを開き、ディスクケ−スを取り出す。
慶子「きたら壊すから!」
英司「やめろ! バカ!」
慶子「バカじゃないもん!」
ディスクケ−ス、腕を伸ばし手摺の向こうの宙にかざす。
直下は山手線の線路。
奥山「(慌てて)英司ッ!彼女のいいぶんも聞け!」
英司「..」
奥山「(慶子に)条件は? 何か条件があるんだろ?」
慶子「この紙にハンコを押して!」
空いた片手で懐中一枚の紙を取り出し、英司に向かってかざす。
ビルの明かりに照らし出される婚姻届。
奥山「(呻く)そんなことをして..」
慶子「形式だけでもいいの! この三年間の意味がほしいの!」
悩む英司。
奥山「おい、英司...」
英司、奥山の方に眼を移す。
見れば脱力しきった様子。
奥山「お前が悪いぞ。ここんとこコンピュ−タ−ばっかで、彼女、ほっぽらか
してたじゃねえか。ただでさえ三年間も待たしてるのに....」
英司「...」
奥山「それとも、他に理由が...」
英司「(怒鳴る)奥山ッ!」
奥山「(ビクッとする)」
英司「(抑えて)..悪い。ちょっと黙っててくれ」
慶子「どうするの!」
手摺の向こうに見えるディスクケ−ス。
英司「(覚悟の表情)..わかった」
慶子「え..(言葉につまる)」
奥山「英司! いいんだな! 籍入れても」
英司「それでケイコが助かるなら....e8」
奥山「そうか、よし、これで一件落着だ」
安堵の表情で慶子のほうを見ると....
慶子「(泣き叫んで)どうして!」
握りしめたディスクケ−ス、割れそう。
慶子「どうしてそこまでできるの! こんな モンに!」
英司「(口ごもりながら)..必要だから」
慶子「そんなの答えになってない..」
英司「(イラだたしげに)..はやく返せ....」
慶子「答えてよ..ねえ!」
英司「(怒鳴る)返せっていってんだよッ!」
慶子「(叫ぶ)答えろッ!」
その瞬間、慶子に飛びつく奥山。
慶子「..!」
反射的に身をよじる。
奥山、慶子の足元のバックを蹴る。
バックは英司の方に飛んでいく。
奥山、なおも慶子の手中のケ−スを奪い取ろうとする。
慶子「(キンキン声)やめてよ−!」
拍子に、ケ−スの止め口が外れる。
滑り落ちる数十枚のROMディスク。
× × ×
闇夜に舞うROMディスク。
それぞれが街が放つイルミネ−ションに乱反射しながら落下していく。
× × ×
英司、手摺に身を乗り出して線路を見る。
線路上に散乱した無数のディスク。
英司「...!」
線路の彼方には、電車のライト。
とても拾っている時間などない。
× × ×
英司「奥山!」
奥山「(慶子を押さえつけながら、顔をあげる)」
英司「ライタ−かせ!」
奥山「らいたあ..?」
英司「ライタ−だよ! はやく!」
奥山「お、おう?(片手でライタ−を捜し、投げる)」
英司、受けとると同時に、手摺りに足をかける。
奥山「オイッ!」
同時に飛び降りる英司。
■ 線路上
英司、転がりながら線路の上に着地。
奥山の声「危ないぞ! 早く出ろ!」
英司「(何か燃えるもの!)」
見回し、フェンスにこびりついた新聞紙を見つける。
× × ×
警笛。
迫り来る電車のライト。
奥山「(慌てた表情)」
× × ×
英司、新聞紙を棒状に丸め、ライタ−で火をつける。
奥山の声「あきらめろ!」
その声に英司、キッと鋭い視線を返す。
英司「ケイコが!..死んじまうだろ!」
その火を電車の方に大きくかざす。
その様、まるで松明を振りかざすよう。
× × ×
跨線橋上の奥山と慶子。
奥山「(眼下の英司を見ながら)バカだよ....」
慶子「...」
× × ×
線路でグルグルと火を回す英司。
× × ×
奥山「(自分に言い聞かせるように)たかがコンピュ−タ−だぞ!」
慶子「(涙が落ちる)」
× × ×
新聞紙、火が消えそうになる。
× × ×
急ブレ−キをかける電車の車輪。
× × ×
奥山「(昂じて)虚像だぞ!」
慶子「(すすり泣き)」
× × ×
ブレ−キと警笛。
× × ×
慌てて上着に火を起こし、ふたたび大きくかざし、歩む。
× × ×
奥山「そんなモン..愛しちまいやがって....」
慶子「(すすり泣き)」
× × ×
ピタリととまる電車の車輪。
位置は英司のほんの数十メ−トル先。
英司、それを確認すると、拾いにかかる。
× × ×
奥山「ったく..」
英司を手伝おうと立ち上がる。
慶子「(涙声で)どうして..2」
奥山「(足を止める)」
慶子「(涙声)どうしてアタシじゃ満足してくれないの!」
と、奥山を突き飛ばして階段へ走る。
奥山「おい!」
慌てて後を追う。
■ 同・階段
慶子、かけおりる。
奥山も後を追う。
慶子「(振り返って)どうしてアンタが追いかけてくるのッ!」
奥山、同時に足がもたつき、階段を転げ落ちる。
降りた慶子、自分の車に飛び乗り、出発。
奥山「..てて」
傷をかばいながら顔をあげる。
遠ざかるテ−ルランプ。
奥山「..ったく」
と、突然背後で鳴る電車の警笛。
振り返ると、線路内で黙々とソフトを拾う英司。
立ち往生の電車、それをせかすように警笛を鳴らしている。
奥山「..ったく、バカだよ」
■ 道路を飛ばす慶子の車
猛スピ−ドで赤信号をつっきる。
あっちこっちからクラクションを浴びる。
■ 東都テレビ・報道部
室内で一人、笹木が受話器を握っている。
笹木「そうか、わかった。ありがとう」
受話器を置く笹木、イスをクルリと半回転させ、コンピュータモニターを見る。 笹木「日本電工へのハッキングも失敗。ったく、ここまで厳重なセキュリティを
組んで。いったい何をしでかすつもりだ?」
ハッとする笹木。眼前に慶子が現れる。
笹木「お、あんたか。悪いな、待たせて。このぶんだと絵の方はしばらく獲れ
そうも...」
慶子「....!」
慶子は笹木に抱きつく。
笹木「おいおい! どーした? 腹でも壊したのか? え?」
■ 研究室前(数日後)
鋭い目つきの警備員が立っている。
その後ろのドアに手書きのプレ−ト。
「関係者以外の立ち入り厳禁」
■ 同・室内
人口頭脳の前で作業する白衣姿の研究員たち。
白衣姿の英司、その中心でコンピュ−タ−を操作。
静寂した室内。それぞれの表情に緊迫感。
英司「記憶入力チェック.....」
隣で操作パネルで調整している研究員A。
研究員A「(ささやくように)OKです」
英司「よし、知性域と本能域の相互交換....」
目を移す。
× × ×
室内の離れたところでス−パ−コンピュ−タ−を操作する研究員B。
研究員B「順調です。問題ありません」
× × ×
人工頭脳の前の英司。
英司「じゃ、入力後、ニュ−ロン反応を..」
目を移そうとすると、ふと視線がとまる。
× × ×
控室の窓
奥山が手招きをしている。
英司「(いらだって)あと頼む......」
研究員Bに引き継ぎ、控室に向かう。
■ 控室
そこにはマクシモフ理博と人工頭脳開発担当の工学博士、そして奥山、英司。
英司「移植できない?」
奥山「(うなずく)」
英司「どうして?」
奥山「(隣の教授に)説明してください..」
マクシモフ「ALサイド(人工頭脳側)の脳波リズムと人体側の心拍測定の結果、
両者の間に弱冠ズレがあることがわかった」
奥山「つまり脳と身体の波長があわない、そういうことだ」
英司「もし、このまま強行すれば?」
マクシモフ「接合と同時に不整脈が発生し、呼吸器が麻痺する..」
との言葉に、デ−タ−用紙をめくる博士。
博士「それに血液循環がアンバランスなわけですから、全身体で機能障害が併
発しますね」
奥山「その矛盾がALへフィードバックし、脳幹は破壊され、ケイコは消失する」
英司「どうすればいい?」
マクシモフ「脳と人体の間に変調器をとりつけなければならんだろう」
英司「その開発はどれぐらいかかる?」
マクシモフ「これから人体とALの波長を調べ、波長を検証しながら負担のかか
らない相関点を発見し、それに基づいた回路を開発するとして..」
英司「(まじまじと見つめている)」
マクシモフ「(眉間にシワをよせて)まあ..短くて三カ月、長くて..」
そのとき、背後でワッと歓声があがる。
四人、背後の窓を見る。
× × ×
ガラスの向こうで研究員たちが拍手喝采。
奥山、手元の内線にわめく。
「どうした?」
それを受けたのは研究員A。
研究員Aの声「ケイコの人工頭脳、完成しました!」
スピ−カ−からのアナウンス。
ガラスごしに見える人工頭脳。
パイロットランプが点灯。
× × ×
奥山「(全員に)どうする?」
英司「(博士に)長くて?」
マクシモフ「(困った表情で奥山を見る)」
奥山「..永久に完成しない場合もある」
英司、ゴクリと生唾を飲む。
奥山「ケイコの命もかかってんだ.(英司の肩を叩き).判断はおまえに任す」
英司「...」
マクシモフ「予算、人員も補充するようになるが..」
奥山「そっちの方は私がなんとかします」
と、英司を見る。
英司に三人の視線が集まる。
英司「オレはやってみたい....」
同時にうなづく奥山。
奥山「よし。(全員に)至急、各セクションの担当者を集めてくれ。新規計画の
作成に入る..」
英司、再び目を研究室に目を向ける。
ガラスの向こうの人工頭脳。
英司「(自分に言い聞かせるように)ここまできて、諦められるかよ....」
■ 東都テレビ・報道スタジオ副調整室
制作スタッフたちの慌ただしい風景。
「おんえあ〜十分前ェ〜」
頼りない声でふれこんでいくAD。
ディレクターがパネルモニターに映るキャスターとインカム越しに話をしている。
キャスターの声「トップは政治家汚職問題ね?」
ディレクター「ま、とりわけて新しいモンじゃないから原稿通りに進めてくれ」
キャスターの声「ホント、最近ヒマネタばっか」
ディレクター「わかんねえよ。本番ど真ん中で入ってくっかもしれないぞ」
キャスターの声「どーだか」
そのとき扉から入ってくる笹木。ディレクターに書類を投げる。
ディレクター「どうした?」
笹木「トップ入れ替えだ。これが記事....」
ディレクター「あ?」
笹木「それと中継も挿入しろ! 大々的やるぞ!」
書類を見ながら慌てるディレクター。
ディレクター「待て! これは確かに事件だが。現場は....」
笹木は調整デスクのスイッチを入れる。
同時にモニターに映る日本電工本社の映像。画面を覗きこむ慶子の姿。
ディレクター「香川....!」
笹木「他に言うことは?」
■ テレビの画面
画面に映るキャスター、やや昂じた口調。
キャスター「我々が独自に取材した情報によりますと日本電工は.....」
画面下のテロップ。『日本電工、人造人間実験発覚』
キャスター「....コンピュ−タ−による人工の生命体を、人間の生体にあわせた電子 頭脳に挿入させ.....」
■ 某会社風景
何台もパソコン等をつかったハイテクオフィス。
社員達、柱の上のテレビを見ながら、それぞれ立ち話。
キャスター「....現在、脳死した患者へ移植する実験を試みている段階に入っている 模様です...」
■ 某商店街
展示中のマルチビジョン。
その前に買物のオバチャンやデ−トのカップルたちの人だかり。
キャスタ−「今度の事件をスクープした笹木記者に聞いてみましょう..笹木さん、人
造人間をいま現在、実験しているということですが..」
それを柱の陰で酒を飲んでいる浮浪者。
笹木「いま、まさに現実になろうとしています..」
浮浪者「(大声で)みろ! 機械、機械っていってるからこういうことになるんでぇ!」
■ 一般家庭
テレビを食い入るようにのぞき込む子供。
その瞳はまじまじとしたもの。
足元にはス−パ−ファミコン。それまでゲ−ムをしていたようだ。
笹木「..この日本電工、三年前にも同じようなことを起こしていましていました..」
■ 東京証券取引所
殺到するディ−ラの指。
大きな電工掲示板。隅には日本電工製のロゴマ−ク。
対して、日本電工の株価数値はグングン下がっていく。
笹木の声「..しかも、今回はロシアからスペシャリストを引き抜くなど、今度はかな り本格的なプロジェクトです」
■ 東都テレビ・スタジオ
笹木がテレビカメラに向かって熱っぽく語っている。
笹木の声「人類史上最悪の実験が、この日本で行われようとしているのです!」
キャスタ−「では、ここで現場の模様をお伝えします」
■ 日本電工本社玄関前
つめかける記者たち。
カメラに向かって実況する記者A。
記者A「..現在、日本電工は役員や関係者を集め、今後の対応について協議している
最中で..」
そんな中に入って来る一台の車。
途端、ワ−ッと記者、カメラマンたちが殺到。
実況の記者A「また誰か、到着したようです」
降り立つ奥山、同時にシャッタ−とフラッシュの嵐。
記者B「(マイクをさしむけ)人造人間開発は本当ですか!」
奥山「(かきわけて)すいません。通して下さい」
記者C「(前方を塞ぐ)あなたも関わっていたんですか!」
奥山「(カチンときて)ちょっと、通してよ..」
記者D「(押し寄せる)一言お願いします!」
奥山「(イラだって)通せっていってんだろ!」
ズイッと前に出るカメラ。持っているのは慶子。
奥山「あんた....」
慶子「(カメラを構えたまま)彼に実験をやめさせて....」
奥山「これは英司への報復か?」
慶子「やめさせてッ!」
同時にカメラマン、記者たちが詰め寄る。
記者たち「そうだ! 実験を停止しろ!」
慌てて屋内へと逃げる奥山。
■ 同・会議室
奥山の眼の前に横一列に並ぶ会社重役達と、開発部長。
その様相、まるで被告人のよう。
役員A「..以上が会議の結果だ」
奥山「...」
開発部長「....まだ開発途中だったのが幸いだった」
奥山「(役員Bに)マスコミ対策はどうなっ ていたんですか?」
役員B「一応、キャンペ−ンは実行寸前まできていた。我々としても、研究がここまで
はやく進むとは思わなかったもんでな」
奥山「(驚きと憤慨)思わなかった...?」
その声に役員B、動揺。
「..奥山クン」
代わりに答える開発部長。
開発部長「我々としても被害者なんだよ...。もともとこの計画は十年後実行を目標
にしていたものだろう。それがいきなり外部から得体の知れないものを持ち込ん
で、やれマクシモフ理博獲得だ、脳移植だってトントン進ませて....これ
じゃあ、なあ..」
奥山「(言葉につまる)」
役員C「もっと全体のことを考えてくれんと..」
役員D「それに、今回のスク−プの件、どうもキミの周辺から漏れたという噂が
あるじゃないか..」
奥山「(完全に閉口)」
役員A「とにかく事態がこうなったんだ。この結果に従ってほしい」
奥山「..失礼します」
ドアに向かう。
奥山がノブに手を廻したとき....
開発部長「ああ、それと、奥山クン..」
奥山「(不満気に)まだ、なにか?」
開発部長「発表までの間に、会社側に不利な書類は処分してくれ」
奥山「は?」
■ 研究所・手術控室
慌ててかけこんでくる奥山。
そこには何十人もの白衣の人々が集まっている。
人々、ガラスの向こうの手術室をまじまじと見ている。
奥山、見ていた工学博士を捕まえる。
奥山「..おい、変調回路、完成したのか?」
博士「いえ、とりあえず人工頭脳を移植するそうです。(アレ?という表情で)これ、
奥山さんの許可じゃないんですか?」
奥山「あいつッ!」
奥山、猛然と手術室に入る。
■ 同・手術室
脳手術をする外科医師とパソコンを操作する研究者たち。
奥山、助手たちにとがめられらがらも、ドカドカと踏み込む。
奥山「英司!」
手術台の隣のパソコンで、マクシモフと話し合う英司。
英司「(マウスを動かして)手術中だぞ。洗浄してこい!」
奥山、助手をふりほどいて、英司の前に立つ。
奥山「どういうことだ?」
英司「(無視して)ミスターマクシモフ。心脈は..」
奥山「この手術、オレは許可してないぞ」
マクシモフ、外科医師、研究員たち、え?という表情。
奥山「それに変調回路はまだなんだろう?」
英司「(顔をあげ、奥山を見る)」
奥山「ムチャクチャだ!」
英司「発表されちまったんだ。時間がないだろう? とにかくかけあわせることで、 相関点を見いだすことにした..」
奥山「そうか..移植しちまったか!」
壁にもたれかかる。
英司「どうした?」
奥山「ウエからの達しだ。..明日午前、本社で記者会見をする。計画中止の発表だ」 教授「計画中止?」
ざわつく手術室内。
奥山「予算打ち止め、計画撤回..重役会議の決定だ」
皆、英司を仰ぎ見る。
英司「(手元のマウスを動かし)..ドクターマクシモフ。手術を」
奥山「英司!」
マクシモフのメスを奪い取る。
英司「発表は明日だろ! ギリギリまでやる」
奥山「明日まで延ばしたのは、会社側の策略なんだよ!」
英司「なんだよ、そりゃ..」
奥山「発表までの間に、マクシモフ理博を連れ出し、証拠書類及びそれに関連した
物品を焼却する..」
英司「(呟く)証拠隠滅か..」
ハン、と毒気つき、マウスを投げ捨てる。
それを見た奥山、周囲の人々に叫ぶ。
奥山「マクシモフ理博。車を用意しました。それとみんな!それぞれの持ち場に帰り、
撤収作業に取り掛かってくれ」
マクシモフと研究者たち、半ば呆然として動けない。
奥山「(怒鳴る)はやく!」
マクシモフと研究者たち、追われるように手術室を後にする。
残されたのはコンピュ−タ−の前にいる英司。
奥山「(鋭い視線で)英司..」
英司「(離れようとしない)」
奥山、再び壁にもたれ、そのままズルズルと座り込む。
奥山「会社はお前に責任を押しつけようとしている」
英司「(モニタ−をチェックしながら)..ああ」
奥山「おい..わかってんのか?」
英司「(モニタ−をチェックしている)」
奥山「(ハッとして)..オイ? まさか、おまえ....」
英司「(振り返る)」
奥山「こうなるってこと.....」
英司「(微笑する)」
奥山「そうか.(天を仰ぎ、疲れた様子で).これがお前の言う環境ってヤツだっ
たのか..」
英司「あの開発部長.....」
奥山「(ん? と顔を向ける)」
英司「.....三年前、これと同じようなことがあってな..。当時オレは人工知能
開発の主任で.(苦笑).まだコンピュ−タ−から知能が得られるなんて夢の
話でな、こんな豪勢な設備もなく、半導体工場の空室を借りてシコシコやって
いた..」
奥山「(疲労の顔で聞き入っている)」
英司「..実験が佳境に入って、ようやく実用段階まで入ったとき、子会社の方で
工場用ロボットの事故が起こった..」
奥山「(吐き捨てるように)××工業ロボット疑惑か..そういやあったな、
そんな事」
英司「いまだからいうが..あのロボット事故、実はこの研究実験上の事故だった
んだ」
奥山「(しかめっ面)なんだと..」
英司「幸い傷は軽傷だったし、その子会社で実験していたんでな.....上からの
命令で、急いで関連書類を引き上げ、つじつまあわせをした」
奥山「おまえ、それに反対したんだな」
英司「(虚をつかれた顔)」
奥山「おまえらしいよ、そういうトコ..」
英司「(苦笑を浮かべ)ああ、抗議したよ。いくら社内秘研究にしても、こんな
やり方ひどすぎるってな.....その抗議した相手が、あの開発部長だったんだ」
奥山「(納得し)それで..」
英司「ヤツが返してきた答え、なんだと思う?(皮肉っぽく)あれはあれ、
これはこれ....」
奥山「...」
英司「大人だよ、あの人は..」
奥山「それで辞表を?」
英司「あいつを含めた重役への当てつけって意味もあったがな..ただ、こんな
調子で人工知能をつくったらどうなるかってのがまずあってな..」
奥山「(呟く)エンジニアの良心ってヤツか..(己を省みて)わかるな..」
英司「人工知能だけは自分で開発しようっていろいろ頑張ったんだがな.....」
と、モニタ−をパチッと切る。
真っ黒になるモニタ−。
奥山「しかも、それをオレがマネ−ジメントしていた...」
英司「オレも一緒になって、なんてな..」
奥山「...」
英司「バカだよな」
奥山「..ったく、大したバカだよ!」
英司「(ムッとした顔)」
奥山「バ−カ。誉めてんだよ」
英司「?」
奥山「(立ち上がる)自分のやったこと振り返ってみろ。電車に突っ込むわ、
彼女を泣かすわ、勝手に手術するわ、会社に裏切られるわ..」
英司「友達を困らすわ..?」
と、奥山に顔をみせる。
奥山、ニヤッとし、手術台のケイコの身体を覗く。
奥山「そこまでマジなんだもんな..」
英司「バカかもしれないな....」
奥山「(笑って)大バカ野郎だ!」
二人、たあいもない笑い。
英司「なあ..」
奥山「あ?」
英司「大バカついでに頼みがある..」
奥山「なんだ?」
英司「どうせ明日朝まで時間があるんだ」
奥山「(来たか、との顔)」
英司「マスコミの餌食にされるんなら、最後までやらせろ」
奥山「(フンと鼻を鳴らし)やっぱバカだよ。お前は..」
■ 真っ暗な手術室(夜)
時計、二時半をさす。
紫外線の淡い光の室内。
「ピッピッ....」
単調の音をたてる脈拍、血圧値調整の機械類.....。
青く映し出される手術台の身体。
恒熱保存のため、透明のカバ−がかぶさっている。
「ポッポッ....」
同じく鳴らす脳の人工心拍を示す機械。
その前のパソコンモニタ−で、ケイコと会話する英司の姿。
■ モニタ−
《エイジ;ゴメン》
《しょうがないよ。でも、これで十分。もういいよ》
《エイジ;(動かないカ−ソル)》
《ね。ちゃんとこうして話もできるし》
《エイジ;(動かないカ−ソル)》
《このままでもいいじゃない》
《エイジ;ダメだ。オレはケイコを人間にさせたい》
《もういいよ》
《エイジ;よくない! オレは愛してんだ! ケイコが好きなんだ!》
激しくキ−を叩く音が響く。
■ 手術室内
時計、午前三時半。
「ピッ..ピッ..ピッ」
と、脈拍の単調な音。
モニタ−の画面にはいっぱいに書かれた「愛しているんだ!愛しているんだ!」 「ポッ....ポッ....ポッ」
と、テンポの異なる人工心拍の音。
モニタ−の前で眠りこける英司の姿。
「ピッ..ピッ..ピッ..」
目は腫れ上がり、泣き疲れて寝てしまった様子。
「ポッ....ポッ..ポッ...」
だんだんスロ−に聞こえて来る。
「ピッポ....ポピッ....ポ.ピッ」
複雑に絡み合う音。
英司の子供のような寝顔。
「ポ−ッ..ピ−ッ..ポ−ッ..ピ−ッ」
ゆっくりに聞こえる。
英司の寝顔。
「パ.....ッ」
瞬間、重なった音。
英司「(ハッと目覚める)」
■ 研究所(翌朝)
朝日の差し込む廊下を歩く奥山。
手術室へと向かっている。
心なしか足が重たい。
■ 同・手術控室前
ふと立ち止まる。
入口上の赤ランプ、「手術中」と点灯。
奥山「...?」
■ 同・真っ暗な手術控室
電気をつけ、テ−ブルの上の書類を片付ける。
ふと隣室の手術室を見る。
奥山「...!」
■ 同・手術室1
パソコンを入力する英司の姿。
その様、まるで何かに憑かれたよう。赤目の中に浮かぶギラギラとした瞳。
手元のコンピュ−タ−のパロットランプ、せわしなく点滅。
■ 同・控室
研究者たちもぞくぞくと集まって来る。
奥山のように、英司の姿を発見するが、その雰囲気に踏み込めず、見入るだけ。 ■ 同・手術室
リタ−ンキ−を押す英司。
英司「(深いため息)」
キ−から手をゆっくりと放して手術台に目を流す。
手術台の身体、まったく動く兆しがない。
英司「(リタ−ンキ−をけたたましく叩く)」
× × ×
手術台のケイコの指。
ピクリとうごく。
× × ×
英司「!」
身体、ググッと力が入ったようにあちこちが微動する。
英司「(立ち上がり、歩み寄る)」
ケイコ、ゆっくりとだが瞼を開く。
ケイコの腕を取ってのぞき込む英司。
× × ×
控室で固唾を飲んで見守る奥山、研究員たち。
× × ×
英司、ケイコにささやく。
英司「おはよう」
ケイコ「....」
瞳孔が微動。まだ焦点があわない様子。
英司「おはよう。ケイコ」
「ケイコ」という言葉にハッキリする瞳。
ケイコ「..エイジ?」
と、ぎこちなく首を持ち上げる。
英司「ようやく会えた..」
その言葉に、ケイコ、涙がたまる。
ケイコ「あれ?(涙を擦りながら)目がおかしい..」
英司「....それが人間だ」
ケイコ「人間になれたんだね....」
英司「ああ。..今日からキミは人間だ」
エスコ−トするようにキスする。
ケイコ、初めのうちはビックリしたが、やがて受け止める。
× × ×
控室の連中、恥ずかし気に目を反らす。
しかし、奥山だけは眩しいように見つめたまま。
× × ×
唇を放したケイコと英司。
ケイコ「これが...キス?」
英司、言い聞かせるようにうなづき、自分の白衣をケイコに着せる。
ドアノブの開く音。
二人、振り返る。
奥山「ようこそ。人間社会へ......って、いえばいいのかな?」
見計らったように入って来る。
ケイコ「奥山さん?」
奥山「(おどけて)いつぞやは失礼しました..」
ケイコと握手したあと、英司の肩をポンと叩く。
英司「..変調回路の法則..」
奥山「ん?」
英司「..昨晩、ひらめいた...」
奥山「そうか.(肩を二、三叩く).ついにやったか」
英司、疲れた表情のまま、出入口へと向かう。
■ 同室・出入口付近
研究者たちの人だかり。
歩いてくる英司。
人だかりの一人、拍手する。
それに対して英司は疲労困憊。
拍手、すぐになりやむ。
奇妙な沈黙。誰もが言葉をかけられない。
英司「(呟くように)後は頼む..」
皆を押し退け、出ていく。
× × ×
奥山「...」
英司を見つめている。
その瞳に、一つの決意が感じられる。
■ 記者会見場
無数のカメラの砲列。
対して、沈痛な面もちで座席中央に座る奥山、それと開発部長。
瞬くフラッシュ。
奥山「え−、人工頭脳移植実験ですが...」
刹那、記者達の沈黙。
奥山「残念ながら、失敗しました」
■ 成田空港
第二旅客ターミナルビルの俯瞰。
奥山の声「まあ、実験そのものに様々な物議をかもしましたが..」
■ 同・ロビ−
ラウンジのテレビに奥山の画像。
画面の奥山「..当開発チ−ムとしては、様々な可能性を秘めたプロジェクトの失敗と
いう意味で..」
テレビの前にはサングラスをかけたマクシモフの姿。
それを横のベンチで見ている慶子の姿。
画面の奥山「非常に残念に思っております」
ポン、と肩が叩かれる。振り返ると笹木の姿。
笹木「いいのか。長くなるぞ?」
慶子「性にあってるんだよね」
笹木「.....?」
慶子「追われるより、追っているほうが」
慶子、再びテレビの方を見る。
画面の奥山「この責任はわが社を代表して、私が取ります」
記者の声「責任を認めた!」
と、一斉に瞬くフラッシュ、ざわめき。
同時に映る開発部長の蒼白の顔。
立ち上がるマクシモフ、ゲートへと歩いていく。
同時に慶子と笹木も、大きなカメラスーツと共にゲ−トの向こうへと消える。
ゲートにはモスクワ行き国際便の表示。
テレビ画面でなおも続く記者会見。
記者の声「ところで、この計画の中心に民間の方が関わっていると伺いましたが....」
■ 記者会見場の奥山
奥山「英司ですか......」
ふと笑みをこぼす。
■ 某高速道インタ−チェンジ
しなびた田舎の料金所。
無名の地らしく、車の気配が全くない。
年輩の職員、あくびをして液晶テレビを見ている。
画面は会見場の奥山。
画面の奥山「彼は本日づけで計画を去りました..」
車がやってくる。
記者の声「いま、どこに?」
職員、腰をあげる。
奥山の声「さあ..。私共にはわかりません」
車の窓が開く。
運転席に英司、助手席にケイコ。
奥山の声「ただ、あいつのことです.....」
英司、職員に料金を払う。
職員「(事務的に)お気をつけて....」
英司、満面の笑顔を返し、出発する。
奥山の声「....今ごろどこかで新しい生活を満喫しているでしょう」
車、前方に臨める山々に向かって走り去っていく。
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