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今村天主堂

福岡県三井郡
大刀洗町
1913(大正2)年
鉄川与助
解説
 仕事の関係で九州の久留米に行った帰りに立ち寄って描いたのがこの教会である。この道楽に手を染めてから、各地に残る西洋建築を扱った本を何冊か買っていたので、どのあたりにいけばどんな建物があるか、おぼろげながらわかるようになっていた。
 西鉄の駅からバスに乗るつもりだったのが、あいにく適当な便がなく止むなくタクシ−を拾う。佐賀県側から県境をこえてまもなく、農村風景の続く筑紫平野の中ほどにキリスト教会のシルエットが見えてきた。タクシ−を降りて近づいていく。田舎には(失礼)不釣り合いなほど立派な教会が地面からすっくと立ち上がっている。
 真正面から教会に向かい合う。2本ある八角形の塔が印象的だ。教会には保育園が併設されていて(私も30何年前寺院併設の保育園に通ったものだ)、前庭には遊具がいくつか備えてある。この辺りは教会正面から斜め右45度方向でアングルも悪くない。 そのひとつに寄りかかって作業をはじめた。平日のこと、近所のおばあさんが杖をつき、あるいは手押し車を押して三々五々朝の礼拝にやってくる。九州一帯は隠れキリシタンの土地柄である。この教会は300年近い弾圧に耐えた信者たちの信仰の結晶なのである。
 建物の顔である教会の正面は細部にまでさまざまな意匠、装飾が凝らされている。特に八角形の塔は2本あるうえに遠近法がとりづらく、描くのに予想外の時間を要した。考えあぐねて手を休める私の耳に、保育園から園児たちの歌う賛美歌が流れてくる。柄にもなく「神」とか「信仰」などの言葉が頭に浮かんだ。
 午後2時前、ひととおり描き終えたところで帰途につく。バス停まで戻るがまたも適当な便がない。しかたなくもと来た道を歩いて引き返すことにした。早春の筑紫平野をとぼとぼ歩いているうち県境をこえて佐賀県にはいっていた。
 1時間あまり歩いた頃、やっと追いついてきたバスに乗り込むことができた。はじめて空腹だったことに気づいた(久留米市内のマクドナルドで朝をすませて以後、何も食べてなかったのだ)。腹はへっていた。でも心は満ち足りていた。