ボリス・カーロフ


前々ページ前ページでは依頼人ルゴシについて長々書いてきましたが、まだ今回の事件の内容を全く書いてませんでした。そもそもの事件の発端は、ルゴシのもとにしつこく「吸血鬼をあざ笑うものは死に値する」などという嫌がらせの手紙が届く、というものでした。ルゴシ本人は無視していましたが、その噂がボリス・カーロフの耳に入ります。

で、カーロフが俺(=ピータース)に電話してきたのだ。ルゴシを心配して。時はまさに世界が激震にみまわれている時代。日本が真珠湾を攻撃した直後だ。ドイツがロシアに進撃し、誰もがひどく怯えている今、他の誰がルゴシの心配などするだろう。世界が崩れはじめて、新聞の紙面が恐ろしいニュースで埋められているせいか、怪奇映画には客が入らない。カーロフによれば、ルゴシは厳しい状況にいるらしい。車を失くし、家を失くし、尊厳までしこたま失くしてしまった。なんとか立ち直りつつはあるが、身体も神経もまいっている、ということだった。

そしてカーロフはこう言います。

「残念なことだが、ベラは私が大成功したと思い込み、憤懣やるかたないんだ。そこそこの成功にすぎないのに。私は割り当てられる悪役にうまく自分を合わせてきた。自分に合う役を与えられ、しかも常に仕事があるというのはありがたいことだ。私のことは内緒にしてベラに会ってもらえないか?」

というわけで我らがピータースは、カーロフの内密の依頼を受け、ルゴシの自宅を訪問します。

するとルゴシは「あんたは戸別訪問や電話で仕事をとるのかね?」なんてキツイこと言いながらも、内心嫌がらせに困っていたのでピータースに事件の調査を依頼することに決め、かくして物語の幕が開くことになります。

この小説でカーロフが出てくるのはこの箇所だけなんですが、実際にもカーロフっていい人だったようですね。当時の二大怪奇スターにしてライバルだったルゴシとカーロフ、ルゴシは性格が悪いってわけじゃないけどプライドが高くてカーロフにライバル心を燃やし、一方カーロフは撮影現場でも私生活でも人間的によくできた人だった、というのはいろんな証言からして事実なんだそうです。

さて、この場を借りて、カーロフの作品のうち当サイトでまだ取り上げてなかった歴史的に重要な作品を御紹介させてください。その作品とは、32年の「ミイラ再生」です。

これまたなんだか中途半端でB級なタイトルっぽいですが、原題は「The Mummy」、つまり「ザ・ミイラ」でして、ユニヴァーサル社がドラキュラやフランケンシュタインに続いて世に送り出したミイラ映画の原点なのです。なんでこういう歴史的に大事な作品の邦題に、原題をそのまま生かさず「魔人」だの「再生」だのといらない言葉を付けるかなあ、とは思いますが、当時の輸入関係者にしてみれば少しでも動員を増やすことだけが大事で、半世紀後の映画史上の位置付けなんて、まあ、気にしろというほうが無理な話なんでしょう。

私はこの「ミイラ再生」という作品、最初の数十分とその後では、違う作品だと思うことにしたい感じがします。と言いますのは、我々がイメージするあの包帯グルグル姿のミイラ男は、なんと最初しか出てこないからです。この点ちょっとズッコケますが、しかしそのわずかしか出てこないミイラ男復活のシーンは息をのむ迫力でした。芸術的と言ってもいいぐらいの美しさです。音声が一切消え、壁に立てかけられたミイラのアップ。すると静かに、静かに、その目が開いてゆきます。包帯の隙間から目の光が垣間見えるあのシーンの恐ろしさ。特殊メイク担当はジャック・ピアースという人で、「魔人ドラキュラ」「ホワイト・ゾンビ」「フランケンシュタイン」「フランケンシュタインの花嫁」など、ユニヴァーサル社のモンスターホラーのメイクを一手に引き受けた偉人です。現代の我々がイメージするモンスター像は、すべて彼が作ったのだと言っても言い過ぎではないと思います。

そういうわけで現代に蘇り脱走したミイラ男は、自らの包帯を解き、謎のエジプト人の姿で考古学者たちの前に再び現れます。この後は古代の謎が絡んだ幻想的なサスペンスミステリータッチ。そういうわけで、後半はもう違う話だと思った方がいいんじゃないかと書いたわけなんです。

この怪人物アーダス・ベイを演じたのがボリス・カーロフでした。包帯は巻いてないとはいえ、特殊メイクで顔中に細かい皺が刻み込まれていて不気味です。でも当たり前なんですがよく見ると目元口元はフランケンシュタインの怪物と同じなんですね。でもフランケンシュタインの怪物とは異なり、彼はちゃんと喋り、或る秘められた三千年越しの野望を達成するため暗躍します。迫力のあるいい演技でした。

「魔人ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」は御約束のラストで、ああ終わった終わったって感じですが、今回御紹介した「ホワイト・ゾンビ」と「ミイラ再生」はオチにちょっとしたサプライズがありまして、この点もよく出来てると思います。

「吸血鬼に手を出すな」、斜陽のベラ・ルゴシ

「ホワイト・ゾンビ」のルゴシ

マクガフィンとしてのフォークナー

白黒名画劇場開設3周年記念企画・トビー・ピータース・ミステリーの世界


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