ワイルダーならこうする!:「三谷幸喜からビリー・ワイルダーへ」


2001年お正月の3日にフジテレビで放送された「三谷幸喜からビリー・ワイルダーへ」、皆さんはご覧になりましたか?94歳の心の師ビリー・ワイルダーが住むロスに、あの三谷幸喜氏が会いに行くという特別番組。ただ、観る前は真面目なインタビュー番組なのかと思ってたら、もちろん三谷氏の気負い、緊張、興奮、感激はホンモノですが、でも構成はと言いますと、三谷流ジョークもたっぷりの、半ば三谷幸喜自作自演作品と呼んでいいものだった気もします。

あ、ところで三谷幸喜って皆さんご存知ですよね?日本じゃワイルダーの十倍ぐらい有名だとは思いますが念のため。彼はテレビドラマ「やっぱり猫が好き」「王様のレストラン」「古畑任三郎」その他いっぱい、映画だと「ラヂオの時間」を作った脚本家さんで、ワイルダーを神のごとく尊敬してます。三谷氏の話し方をご存知の方は分かると思いますが、あの通りのユーモアとサービス精神たっぷりの芝居がかった口調のままで、今回の番組ではインタビュアーのみならず全体の進行役も務めています。冒頭も彼の語るワイルダー映画の思い出から始まり、インタビュー本編でもしょっちゅう帰国後彼が感想を語るシーンが割り込んできます。意外にもそういう番組だったのでした。

もしかしたら異論もあるかもしれませんが、こういう一風変った構成のおかげで、私はこの番組を一層楽しむことができました。もちろん、私もワイルダー監督って映画の神様の一人だと思ってますから、現在のワイルダー監督のお姿を見ることができただけでも充分嬉しかったわけですけれども。

というわけで、このサイト最初で最後(多分)の特別企画として、このテレビ番組の内容をご紹介したいと思ったわけです。でも、ただ感想書いてもご覧になってない人には何のことやらわからないと思いますので、ここは一つ、実況中継風に、私のコメントも入れつつ、番組の進行にそってリポートしてゆきたいと思います。実際番組ご覧になった方にはあんまり意味ない企画かもしれませんが、おもに観逃した方のために今回は書いてみました。長くなると思いますがお付き合い下さいね。

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さて番組は、「お熱いのがお好き」のあの楽しいラストシーンで始まります。ワイルダーと言えばこのシーン、ってぐらい、ワイルダー映画で一番有名な会話の一つかもしれませんね。でもラストシーンをテレビで流すってのは、まだ観てない人のためにはよくないんじゃないかなあ?という気もしないではありませんが・・・。

このシーンに続いて三谷氏登場。カメラの前で自分がインタビューをうけてるっぽく話し始めます。これは帰国後に回想を語る、という形になっているようで、今後これをこの文章では「帰国後コメント」と呼ぶことにします。彼はひととおりワイルダー映画の思い出やなんかを語った後、自分の作品についてこんなことを言います。「ボクが脚本家になってからもワイルダーの影響は強くて、『パクり』という言葉は好きじゃないですけど、要は・・・パクっちゃったって感じですかね」

わはは。そんなこと言っちゃっていいのかな?でもたしかに私もつねづね思ってましたけど、三谷作品にはそういうところがチラホラみうけられます。パクり、だなんて謙遜してますがほんとは、分かる人には分かる気のきいたオマージュ、という感じですよね。番組中でも紹介されてますが「王様のレストラン」の毎回のエンディングのキメゼリフ「それはまた、別の話」ってのとか。元ネタはご存知「あなただけ今晩は」の酒場のマスターの「That's another story」(字幕だと「余談だが」)。この作品はカラーなので当サイトではご紹介してませんが。実はかく言う私も、当サイトの文中でこの言葉、よく使ってたりしてます。それから、三谷氏の「今夜、宇宙の片隅で」というドラマは、全編通じて「アパートの鍵貸します」を意識しまくったシーンがふんだんに盛り込まれてるとか。実は私このドラマ、出演者が一部あまり好きじゃなかったので、ちゃんと観てませんでした。ちょっと悔しいなあ。

そして画面は、三谷氏がワイルダーの数年前のスピーチ映像を観ているシーンに。これがこの番組でのワイルダー初登場場面ということになります。90過ぎて正装でシモネタかましてます。確かにこりゃ一癖も二癖もありそうな人です。三谷氏が「ボクの人生の中の転機となる出来事」とまで言い切るワイルダー監督との対談ですが、でも実際には会う直前まで、気難し屋で日本嫌い(知らなかったなあ。なぜなんでしょう?)のワイルダー監督だから、直前でポシャるんじゃないか、あるいは会えても相手にしてくれるのかな、むしろ恐いからポシャってほしいなあ、と不安でいっぱいだったとか。三谷氏、なんだか子供みたいでかわいいですね。でもそれは、それだけ彼の心の中でワイルダーが高い高い位置にいるということでもあるんでしょう。日本じゃあんなに偉い脚本家さんなのにねえ。

ここで番組のタイトル「三谷幸喜からビリー・ワイルダーへ」が画面に。あれ?このテンポだと、私のこの文章、すさまじい長さになりそうですね。はしょれるところははしょっていかないと、ちょっとまずいなあ。

タイトルが出た後のコマーシャルが終了。三谷氏今度は新宿TSUTAYAに登場。おお!私も愛用の店です。この店員さんも見たことあるぞ。それはともかく三谷氏、一体何しに来たかといいますと、自分の「ラヂオの時間」のDVDを探しに来たのです。これを事前にワイルダーに送るんだそうで。でも自分の作品なんて事務所にも自宅にもちゃんと置いてあるだろうに・・・、なんてつっこむのは野暮と言うもの。映画監督が自分自身の作品をテレまくりながら店員に探してもらうの図、というショートコント(?)をただやりたかっただけのようです。自称「人見知り」だそうですがホントはどうなんだか。コメディ俳優やっても食ってけそうなお茶目な人です。

次は、ワイルダー映画を観なおして予習するぞ、ってわけで飯島直子嬢同伴でなんと「お熱いのがお好き」上映中の渋谷シアターイメージフォーラムへ。おいおい、私もここで同じ作品観たってば。っていうか会員だってば!と、私が興奮してもしょうがないのですが、お客が二人以外いないところを見ると、早朝か深夜の営業してない時間帯に特別に観せてもらったんでしょう。贅沢なもんだ。でも平日だったら、通常営業時間帯に普通に入場しても時にはほぼ同じ気分が味わえますけどね。だって入場者数が・・・それ以上は言わぬが花。あんな素敵な映画館を潰さぬためにも、皆さんどんどん通って下さい。

無駄話をしてる場合じゃないですね。この後三谷氏と飯島直子嬢の対談シーンもありますが、これはまあいいや。それから筋金入りのワイルダーファンという俳優の杉浦直樹氏にも、三谷氏は会いに行きます。「ヒッチコックはカメラで映画を作ったが、ワイルダーは脚本と俳優で映画を作った」かあ。なるほどなあ。良いこと言うなあ。杉浦氏が三谷氏にアドバイスした内容が傑作。「次回作は何ですか、ってお尋ねになれば?」ですって。わはは。

次に三谷氏が行ったのは、キネマ旬報社。これも予習のためです。そこで3年前キャメロン・クロウ監督がワイルダーにインタビューした時の原稿を読み、ショックを受けます。「こんな念入りなインタビューの後に、たった1時間でボクは何を聞けばいいんだ!?」このインタビューって「ワイルダーならどうする?ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話」って本になってるやつですね(私未読)。ここで三谷氏は質問予定の再考を強いられるわけです。そして一つ情報も得ます。「ワイルダーはおだてに乗りやすい!」というわけでご機嫌とりにお土産を買いに行ったりするわけですが、まあここらへんもどうでもいいや。そろそろ動くワイルダーが早く見たくてストレス溜まってきたぞう。

ここでまた三谷氏の帰国後コメントシーンに戻り、やっと旅立ち前夜の決意を回想して語ってくれます。ワイルダーの仕事場には「How would Lubitsch have done it?」(=「ルビッチならどうする?」)という額が飾ってあったのだそうで、それに習って三谷氏も、「How would Wilder have done it?」(=「ワイルダーならどうする?」)という額を壁に掛けてるようです。クロウ監督のインタビュー本のタイトルと同じ言葉ですね。で、今回ワイルダーに会うわけなので、「私ならこうする。 ビリー・ワイルダー」と本人に書いてもらうという夢を実現したい、とのこと。そりゃたしかに凄いですね。かっこいいのでこの文章のタイトルに採用させていただきました。うらやましいったらありゃしない話です、あくまでもうまくゆけば、ですが。

ふう、やっと三谷氏、飛行機に乗ってくれました。もう道草しないでまっすぐワイルダーに会いに行ってね、と祈ったのは私だけではないはず。ところがこの視聴者の願いは、やっぱり裏切られるのでした。

ロスに着いた三谷氏、ワイルダーのとこにすぐに行くかと思いきや、また道草なのです。行った所はシャトー・マーモント・ホテルという建物。ワイルダーが脚本家として祖国ドイツから渡米し、最初に住んだところなんだそうで。ちょっと驚いたのが、この時ワイルダーと同居してたのがあの「カサブランカ」のユガーテ役の性格俳優ピーター・ローレだってこと。なるほど、ドイツからハリウッドに渡って来た仲間というわけですね。しかし私はこの事実を知りませんでした。勉強不足だなあ。

まだ三谷氏、ワイルダーのとこには行きません。次は「CLIFF OSMOND'S ACTOR'S STUDIO」という看板のかかったドアをノック。そうです、ワイルダー映画で脇役の常連だったクリフ・オズモンドのオフィスなのです。オズモンドも当然もうお爺ちゃんで、映画では太っちょなシルエットがかもしだす愛敬がウリでしたが、今はガリガリに痩せてます。オズモンドは今でもワイルダーを崇拝してて「彼の書いたセリフを口にするだけで、どう演技をすればいいか考えなくてもすんなり役を演じることができた」なんて言ってます。オズモンドのアドバイスは、「ワイルダーは時間に厳しい人だ。私が出た4作品では、撮影はいつも5時には終わっていた。」というもの。4作品って、あれ?何と何だっけ?「あなただけ今晩は」のレモンの上司の警官役(これが彼のデビュー作)、「ねえ!キスしてよ」の主人公レイ・ウォルストンの相棒役、「恋人よ帰れ!わが胸に」の私立探偵役、この3つは番組でもチラリとスチール写真が出てまして、私もすぐに思い出せましたが、あれ?もう1つは???調べてみたところ、「フロント・ページ」にもでてるんですって。思い出せないなあ。

そしてまだ三谷氏の道草は続くのです。今度はビバリーヒルズのワイルダーのオフィス。対談の前にスタッフに会って、予習の総まとめとしよう、という感じ。が、ここで一大事件が勃発します。「事務所に行ったら、いたんですよ。ワイルダーが・・・。」(帰国後コメント)というわけで、当然動揺しまくる三谷氏。なんか「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」みたいになっちゃってます(笑)

なんと滅多にオフィスにいないはずのワイルダーがよりによって今日はいる。その理由はすぐ後で明かされます。なにはともあれ、かくしてやっと現在のワイルダー監督が、過去の映像ではない形でご登場とあいなるわけです。番組始まってもう25分が経過してます。あれ?これって2時間番組だっけ?(注:1時間番組です。)まあいいや、楽しい展開なので許してあげましょう。意を決して、ワイルダーに近づく三谷氏。カチコチです。こころなしか恐い目つきのワイルダー。やっぱり写真や似顔絵と変らない、真ん丸でとても小さい顔のお爺ちゃんです。「はじめまして、君は誰だね?」「三谷幸喜です。」「ああ、映画のビデオ送ってくれた人かね。」こうしてファーストコンタクトの幕が開きます。

ワイルダー監督の「明日(の対談)は何時の約束だ?」との質問にスタッフは「9時です」。すると監督、「明日は時間通りに来てほしいもんだな。今日は随分待たされた。」ここで初めてワイルダー監督の顔に、ちょっとだけいたずらっぽい表情が浮かびます。

何が起きたのかというと、ズバリ、ワイルダーは三谷氏との対談の予定日を一日間違ってて、なので朝から三谷氏が来るのを(当然ムカムカしながら)待ってたのでした。面白すぎるぞ。あまりにも話ができすぎてる気もしますが、まあそれは言いっこなし、ということで。「今日は朝の7時からここにいたんだ。間違えたのは私なんだけどね。」可愛い笑顔を見せるワイルダー。まだまだ元気だという感じがよく分かります。ここで挟み込まれる帰国後の三谷コメント。「なんてことだ。だけどボクは確かにあの時、ビリーの目に茶目っ気のようなものを感じたんです。でもそれがほんとに茶目っ気なのか、お年のせいで目がショボショボしてただけなのかは、今となっては分からない。」三谷氏もなかなか言ってくれますね。

で、画面はすぐオフィスのシーンに戻ります。こっちの三谷氏は引き続きカチコチのまま。ワイルダーが窓を閉めようとすると、すかさず手伝うのですが、ブラインドの紐を挟んだまま窓を閉めちゃったりとか、観てるこっちまでドキドキしてきます。でも帰国後のコメントでは、「ボクとビリーの初めての共同作業」だなんて喜んでますけど。でもこの気持ち分かる気がするなあ。

引き続きワイルダー監督の言葉。「いまだに日本で私の映画を観てくれてる人がいるなんて嬉しく思うよ。」これは私も含め、当サイトのお客様皆さんに向けられた言葉と解釈してもいいわけですよね。どうもこれは単なるリップサービスではないようで、この後監督は「Shall we ダンス?」を観た話をしてくれます。周防監督にジェラシーむきだしの三谷氏。さらにワイルダーは、黒沢明監督とジョン・ヒューストン監督と一緒に写った写真も見せてくれます。「日本嫌い」との評判は、ずっと過去のものだったのか、あるいは単なるデマだったんでしょうかね。

今日は挨拶だけ、本格的対談は予定通り翌日に、ってことでおいとましようとする三谷氏。でも今すぐどうしても聞きたいことが一つだけありました。「ボクのお送りした作品は、観ていただけましたか?」勇気を振り絞って質問します。これに対するワイルダーの答えは、素晴らしいものでした。「観たに決まってるじゃないか。面白い映画だった。とてもチャーミングな映画だった。」そして「素敵な映画を見せてくれて感謝します。コメディはまだ、死んでないようだね、あれを観て実感したよ。」とも。

皆さんは最後の言葉をどう受け取りますか?私が三谷氏の立場だったら、チャンピオンベルトを獲ったボクサーみたいに飛び上がってガッツポーズをしたいぐらい、嬉しかったんじゃないかと想像します。だって、90年代だけでも山ほど「コメディ」とカテゴライズされる映画は作られたはずなわけで、でもワイルダーはそれを知った上で、内心「コメディは死んだんじゃないか」と嘆いていたわけです。この言葉は非常に重いです。つまり一見コメディ映画はちまたに溢れてるように見えるけれども、ワイルダー流、あるいはルビッチ流の気のきいたコメディなんて、もはやどこにも無いじゃないか!というわけで。とすれば、ワイルダーのフォロワーを公言する三谷氏にとって、ワイルダーが自分の作品を本物のコメディと認めてくれたという事実は、言いつくせないほど大きいはず。帰国後コメントでは「ちょっとした自信になりました」と謙遜してはいますがね。

ここでやっとビデオのカウンタは、30分を少し過ぎたところ。翌日ワイルダーはどんな言葉を語ってくれるのか?そしてこの文章は一体どれぐらいの量になってしまうのか?かくしてまだまだ続きます。(しかしほんとに、量だけなら大学の卒業論文ぐらいになっちゃいそうだ。最後まで読んでくださる人は存在するのか?)

さて、「妻のお父さんに初めて会った時と同じぐらい緊張しました」(帰国後コメント)というファーストコンタクトの後、三谷氏はAFI映画祭でジョージ・クルーニーを追いかけたりしますがこのあたりはすっ飛ばしましょう。翌朝、いよいよワイルダーとの正式な対談の始まりとあいなります。

場所は、今度はワイルダーの自宅マンション。挨拶しお土産を手渡したあたりで、ワイルダー夫人のオードリーさんが、聞かされてなかった突然のTVスタッフの来訪に驚いて怒ったりしたドタバタもあったようで、あんまり良い雰囲気じゃないまま対談に突入。

ここからがいよいよこの番組の本編です。

ワイルダー監督、ちょっと恐い顔で三谷氏の出鼻をくじきます。「初めに言っておかなくちゃならないのが、私はもう15年以上も映画を撮っていないということだ。とっくの昔に監督をやめてしまった人間なんだよ。」三谷氏の顔がこわばります。ちなみにワイルダー監督の最新作(という言い方も変ですが)は、1981年の「新・おかしな二人/バディ・バディ」ですね。レモン&マッソーコンビ主演のこの作品もとっても面白いだけに、この作品で事実上引退ってのがほんと惜しまれます。

さらに傷口は開きます。三谷氏が学生時代に「あなただけ今晩は」を観て感動したこと、自分だけでなくその時の観客全員が立ち上がって拍手したことを伝えますが、ワイルダーは「ありゃあ大した映画じゃない。私は嫌いだ。」とピシャリ。わはははは。三谷氏には可哀相ですが、これが何が起こるか分からない突撃インタビューの醍醐味ですね。あらかじめ打ち合わせしておいた予定調和のインタビューでは、こういうスリルとサスペンスはありえません。「ヤブヘビでした。他の映画の話をすればよかった」(帰国後コメント)。しかしインタビューではさらに食い下がって、も一つ傷口に塩を擦り込む形になったところで、三谷氏は撤退し話題を変えます。

ここで私の考えを。「あなただけ今晩は」、やっぱり私もワイルダーに賛成で、完全にストーリー展開をまとめきってない、というかドタバタでお茶を濁してる感じがちょっとだけして、そこが珠に傷って気がします。(あとシャーリー・マクレーンの娼婦役もミスキャストって気がしますが、その点についてはワイルダーがどう思ってるかは、私知りません。あくまでもこれは私の意見。)例えば同じドタバタコメディでも「お熱いのがお好き」のまとめ方は完璧に近い素晴らしさだと思いますが。皆さんはいかがお考えですか?

こうして冷や汗をかいた三谷氏は、作品論ではなく、脚本家兼監督であるワイルダー自身についての質問へとインタビューの方向転換をします。さてどうなることでしょう。

「今日おうかがいしたのは、ぼくら脚本家にとっては神様のような存在であるワイルダーさんにお会いできるというチャンスをいただいたので、神様にしか聞けないことをうかがいたいと思います・・・」少し省略しましたが、このような言葉を、あせる三谷氏はたどたどしく吐き出してゆきます。ところがまたもやワイルダーがピシャリ、「どれが質問なんだ?」。続けて三谷氏が「ラストシーンが浮かばない時、脚本家はどうすれば良いのでしょうか?」と尋ねると、さらにワイルダーは追い討ち、「どんな話かも分からないのに、アドバイスできないだろう」。今日はワイルダー笑ってないぞ。ホントに険悪なムードが流れ始めたのでしょうか。だんだん笑って観てられる雰囲気でもなくなり、さすがに三谷氏が気の毒になってきました。

がんばれ三谷さん!!、というか、ほんとに三谷氏、ここからがんばります。欧米人には具体的、直接的な質問のみが有効なわけで、三谷氏は質問を「ラストシーンが浮かばない時、あなたならどうしましたか」と言い直します。すると今度こそワイルダーはちゃんと答えてくれました。帰国後コメントでも三谷氏が言ってるように、ここでやっと対談が軌道に乗った感じです。ああよかったですねえ!

ワイルダー監督の答えはこう。「そんな時は、一旦前に戻ってもう一度台本を読み直すことにしていた。そうすれば煮詰まった原因が見えてくる。そういう時は、たいてい前半か中盤のストーリー展開に無理がある時なんだよ。」「それに実を言うと、ラストが書けなくても落ち込む必要なんてない。私なんか最後の10ページはわざと書かない時もあったぐらいだ。これはけっこう良い作戦だった。撮影をしながらラストを考えていくんだ。俳優たちに実際に動いてもらうと、彼らは予想もしないようなことをするから、そこからイメージが広がっていく。何でもないシーンが大きく膨らむこともあったし、逆に大事だと思っていたシーンが意外にそうでもないことが分かった時もある。脚本も自分で書いていると、そういうことができた。それが、脚本を自分で書く監督のいいところだよ。」

・・・むう、一つ一つが素晴らしいお言葉ながら、全部そのまま書き写していると、作業が辛くてだんだん涙がでてきます。今後は、発言が長い場合は要旨だけを書くってことでご勘弁下さい。ところで、このワイルダーの言葉のバックでは「サンセット大通り」、「七年目の浮気」、「アパートの鍵貸します」のエンディングシーンが次々流されていました。最初の方でも書いたけど、これっていいのかしら?(と言いながら私も「アパートの鍵貸します」の解説では、エンディングのことばらしちゃってますけどね。申しわけありませんが、未見の方はその部分読まないで下さいね。)

で次の質問。「魅力的なオープニングシーンとは?」すると答えは「すべてを説明してしまうのはよくない。」でした。なるべく早く話を展開させることが大事なのであって、説明的なオープニングほど退屈なものはない、とこういう意見です。たしかに、ワイルダー映画はイントロダクションがほんとに素晴らしい!「サンセット大通り」のイントロも凄いものでしたし(少し後でまた触れます)こちらのページでも後期の傑作「お熱い夜をあなたに」の興味深く楽しいイントロについて書きました。

さて三谷氏にもエンジンがかかりました。ところが3つ目の質問を何か言いかけたところ、突然さえぎるワイルダー。「ちょっと待ってくれ、聞かれたからさっきから答えてるけど、ほんとは映画をつくるのにセオリーなんか無いんだよ。」ありゃりゃこりゃりゃ、どうする三谷さん。

というわけでまたもや方向転換。「自分に才能が無いと落ち込んだ時にはどうしましたか?」するとワイルダー「知らんな。落ち込んだことないから。」・・・帰国後コメント「最悪の展開です。」を聞くまでもなく、最悪の展開です。ホントにどうすんの?

こうなったらめげずにまた新しい質問を繰り出すしかありません。「自信ある作品が、観客に受け入れられなかったことはありますか?」「当たり前だよ。」まだ不愉快そう。この言葉に続けて監督は、質問とはちょっとずれる話をしてくれますが、それはおいといて、先日「ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド」というワイルダー監督の分厚い伝記を読んでますと(私この本、ちゃんと頭からは読んでません。面白そうなところから拾い読みしてる感じです。)、「サンセット大通り」(解説はこちら)のイントロダクションについて、非常に興味深い話を見つけました。またちょっと脱線させていただきます。

この「サンセット大通り」の冒頭シーン、皆さん覚えてますか?実はこの作品にはもともと、全く違う別バージョン冒頭シーンが用意されてたんだそうです。我々が観たバージョンでは、死んでプールに浮かぶギリスの独白(!)シーンから作品は始まりますが、試写会までのオリジナル版では、これが警察の死体置き場のシーンだったんだそうで。くだんの本によりますと、ワイルダーはセットを作ると数十人の死体役俳優を雇い、全員並べて寝かせ、深夜彼らに「なぜ自分が死んだのか」をお互い話し始めさせて、で、最後にカメラがギリスが口を開くのをとらえる、とそういうさらに恐ろしいシーンだったそうです。うう、観てみたい。

ワイルダー監督お気に入りのブラックなアイデアだったんですが、現代ならともかく、当時の環境は彼のセンスにとてもとてもついてこれず、相棒ブラケットは「グロテスクすぎる」と大反対するわ、ワイルダー一人でこの部分の脚本を書いて撮ったものの試写会でもやはりヒンシュクをかうわで、しぶしぶあの名冒頭シーンを後で撮ってすげかえた、とこういう事情だったんだそうです。これは、ワイルダーが言うところの、自信があったはずなのに観客に受け入れられなかった事例の典型でしょう。余談ながら、そんなこんなでこの作品を最後にワイルダー&ブラケットの黄金コンビは決別することになってしまいます。

さて余談終り。こういうことをしてるから文章が膨大になるのですね。番組リポートに戻りますと、「当たり前だよ」の続きで、ワイルダーはこんなことを言います。「映画は完成するまでどうなるか分からないけど、きちんと準備した作品は必ずうまくいく。私はいつも脚本に神経を集中させてきたが、うまくいく時はいくもんだし、ダメな時はダメだ。落ち込んでる時はできるだけ明るい話を書きなさい。コメディがいい。そして調子がいい時はシリアスな作品を書く。私はずっとそうやってきた。」ちょっと論旨が不明瞭ですが、含蓄のある話です。そしてこれは一応、先ほどの三谷氏の「落ち込んだ時には?」という質問への答えにもなってるわけで。

ワイルダーが徐々にのってきてくれたので、さっき爆弾を踏んだ作品論へと、また方向転換します。今度はうまくゆくのかな?恐る恐る三谷氏、「アパートの鍵貸します」の名を挙げると、ワイルダー監督今度は「あれは私も好きな作品だ」ときました。こっちまでホッとしちゃいますね。

質問は、例の(観てない方はこれを機会にレンタルしてきましょう)割れた鏡の例を挙げ、伏線の張り方のコツを聞き出そうというもの。ですがまたここでトラブル発生。通訳者が「伏線」という語をワイルダーに伝えられなかったんだとか。なのでかなりドタバタしてたようですが、それを眺めて困り顔のワイルダーが一言。「大丈夫か?私もだんだん日本語が分かってきたよ。」

このユーモラスな発言で三谷氏もホッとしたようです。そしてなんとか質問の意図は理解してもらえたようで、ここからワイルダーは、割れた鏡のシーンについて結構長く語ってくれます。この番組のクライマックスの一つと言っていいでしょう。

が、今度は私が困りました。番組では先ほどからネタバレもどこ吹く風で、かなり細かいつっこんだ話になってますが、まだ観てない皆さんも念頭に置く当サイトの方針からすると、ちょっと書けないことばかりなのでした。マクレーンとマクマレーの劇中での関係は、一応映画途中までは内緒のはずですから。

なので粗筋に関することは一切書かないことにして、ワイルダーが自解した彼の脚本の作り方についてだけ。私なりにまとめますと、「あの割れた鏡のシーンこそが、それまで張り巡らせた伏線が一度に意味をもつ瞬間である。そこで私たちは、ジャックがごく自然に鏡を見るにはどうすればいいかを考えた。その結果、ああいう風に話を持っていったわけだ。すべては計画的に書かれている。こういうテクニックは経験で学ぶしかない。」とこんな感じでしょうか。つまり、場合にもよるでしょうが少なくともこの映画では、伏線と、それが実を結ぶキーになるシーンがまずありき、で、後で、不自然にならないようにそのシーンまで話をもっていく方法を考える、という順序のようです。私はもちろんシナリオライター目指してるわけじゃないですが、それにしてもためになる、興味深い話です。

あと余談ですが、この部分のワイルダーの言葉の吹き替えで、劇中のマクマレーのことを「社長」と言ってます。でもこれは正確には違うはず。ケアレスミスだと信じたいですが、もしも吹き替えの翻訳が全編通じてこの不正確な調子だとすると、それを信じてこの原稿書いてる私の立場も危ういですね。祈るしかないことですが。

三谷氏、この長いコメントを引き出せたことで、ワイルダーが会話を楽しんでることを確信した模様。質問を続けます。ワイルダーは、楽しいセリフを書く時は自分でも笑ってしまう、そしてまれに自分でも予想してなかった箇所で観客が笑うこともあって、そういう時には得した気分になった、なんて話してくれます。すると三谷氏「逆に、ギャグが受けなかったことは?」とまた自爆コース(笑)に話をもっていきますが、これはワイルダーの機嫌が良くなったのをみはからってのこと。ありがたいことにワイルダーは「実は、無いことはない。不思議でしょうがなかったよ。難しい問題だねえ。」なんて、今度は気分を害さず答えてくれました。私胸をなで下ろしてしまいました。

さらに、ワイルダーの内部での、監督ワイルダーと脚本家ワイルダーの関係について聞かれると、「お互いがお互いを尊敬している、理想の関係だよ」と。実りのあるインタビューになってきましたね。

ところが、ここでまたちょっと暗雲が姿を見せます。ワイルダー曰く「まだ質問は続くのか?半分まできたら教えてくれ。こういう質問は疲れるよ。」

帰国後コメントでも、三谷氏は「これがワイルダーのジョークなのか、暗にもうウンザリだ、と言いたいのか判断に悩んだ」と言います。どこがジョークなのかちょっと分かりかねますが、推測するに、おそらくインタビューが大詰めを迎えている所で「半分まできたら教えてくれ」という部分なんでしょうね。

そういうわけでこの対談は、締めくくりに入ります。最後の質問は、ズバリあれです。「ワイルダーなら、どうする?」

するとこれが、ワイルダーの答えでした。「はっきりしているのは、敏感になることだね。脚本を書く上でもっとも大事なのは、あらゆることに敏感になることだ。」

最後に三谷氏は例のお願いを申しでて、快く応じてもらいます。「私ならこうする。 ビリー・ワイルダー」を、見事書いてもらうことができたわけです。うわあ、これはもう家宝ですよねえ。三谷氏、字が小さすぎるのがちょっと残念そうですが、でも夢がかなってよかったですよね。帰国してさっそく額に入れたその文面を見せびらかす三谷氏の嬉しそうな顔ったらないです。画面にアップになったその文字、筆記体で「Billy Wilder:I would do this −」(=「私ならこうする。ビリー・ワイルダー」)とあって、その下、私はてっきり「敏感であれ」と書いてあるのかと思ったんですが、よく見るとそれ、さらに小さい字で「Billy Wilder」と書かれている気もします(違ってたら指摘して下さいね)。そうだとすると、「私ビリー・ワイルダーならこうする。ビリー・ワイルダー」と読む解釈もできそうですが、でももしかしてもしかすると、うっかり2回サインするところが94歳なのかもしれません(苦笑)。

さて、最後の帰国後コメント、ここでまた、ワイルダーが別れぎわに「あんた勇敢な男だよ」と言ったことを振り返り、どういう意味だったのか、つまりほめ言葉なのかイヤミなのかどっちなのか、と思い悩む三谷氏。「半分まできたら・・・」のとこでもそうでしたが、この気持ち、とってもよく分かりますよねえ。好きな人や崇拝する人と初めて話をした時は、相手の一挙手一投足までもそれがどういう意図だったのかって後でいろいろとかんぐってしまうもので。「敏感であれ」と言われるまでもなく、敏感にならざるをえないわけです。こういうとこからも、三谷氏のワイルダー監督への思いの強さが伝わってきます。最後の三谷氏のギャグは、イマイチなのでここでは省略。三谷氏らしい締めくくり方ではありますが。

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予想通り、当サイト始まって以来の最長文記事とあいなりました。ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。元の番組は1時間なのに、読むのは1時間以上かかったりして。

ワイルダーの60年代モノクロコメディ

追悼 ビリー・ワイルダー

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