徒然草

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11月19日(日) 「快挙」
 
テレビ界における最もビックニュースといえば、あのマダムキラーが司会をする赤坂局の朝番組が視聴率で全局トップになったと言うことではないだろうか。
 ここでも何度も朝番組の難しさを書いては来たが、朝番組の成功の秘訣は、とにかく1に忍耐。2に忍耐…と、結果が出るのは時間がかかるので腰を据えた番組作りが求められる。その点、赤坂局は忍耐が足らず、いつも途中で番組を変えてしまっていた。そして、最後の切り札と言わんばかりに、あのマダムキラーを顔にし勝負をかけてきた。
 知り合いの朝番組系をやっている人間に聞くと、結局は赤坂局がどこまで我慢できるかだろうと言っていた。つまり、あのマダムキラーをもってしても、朝番組の視聴習慣を変えるのは大変だろうと言う意味だ。
ところが、蓋を開けてみれば、番組スタートからおよそ1年半で天下を取った訳だ。
 これは見事の一言に尽きる。あの汐留局の老舗番組ですら渋谷局の牙城を崩すのに10年近い歳月を要したそうだし、台場局の朝番組も汐留局の老舗番組を破るまで10年という歳月がかかっている。それをたった1年半で成し遂げた事は、テレビ史に残る快挙と言っても良い。
 あの番組ではマダムキラーがズバッと怒り出すと数字が上がるそうだ。まさに、彼は数字を持っている。この赤坂局躍進の影響をまともに受けたのが、あのマダムキラーが好きな視聴者層がメインの番組という事になる。それは渋谷局と汐留局。つまり高齢者の視聴者層のパイを食い合う訳で、元々数字が低かった赤坂局は増えるだけだが、ある程度、数字を持っていた渋谷局や汐留局は、どうしても割を喰う。あまり影響を受けなかったのは、元々高齢者層の視聴者が少ないお台場局となる。これが今の朝番組の構図だ。
 その昔、汐留の老舗番組は、看板アナウンサーが司会をやっているのが売りだった。そのスタイルを踏襲するように各局も看板キャスター主義でやってきていた。
 しかし、ここ数年、朝番組のテイストは変わってきている。看板キャスターがメインであるというスタイルではなくなっているのだ。乱暴な言い方をすれば、キャスターの首を挿げ替えても、番組はなんら問題なく進行されていくスタイルになっている。汐留局にしてもお台場局のしても、今、メインキャスターが交代したとしても番組全体に影響を及ぼす事はない。お台場局のあのおじさんが、今、居なくなっても、何ら問題なく番組は続いていくだろう。
 その意味では、赤坂局が、メインキャスター主義を全面に出した番組作りをしている事が、成功の鍵なのかもしれない。それは、一方でアキレス腱ともなりうる。あのマダムキラーが番組を降板した途端、あの番組はその魅力を急速に失ってしまうからだ。マダムキラーが怒ると数字が上がるのだ。そこまで個人のキャラクターに依存している番組では、到底、誰も代わりを務められるわけだない。
 こうなると、後は、赤坂局の天下の行く末は、マダムキラーがどれだけ過密なスケジュールの中、あの番組を続けられるかに全てがかかっているといっても過言ではない。実は、汐留局の老舗番組の初代、2代目のキャスターたちも、60前には降板している。それほど、早朝の番組は厳しいのだろう。すでに60歳を過ぎたマダムキラーは、実際、あと何年できるのだろう?
 個人キャラクターにあそこまで依存して成功した事が、のちのち、自分の首を絞める事になる。それをひしひしと感じているのは、何を隠そう番組関係者たちに他ならないだろう。まさに、天下を取ったからこそ感じられる王者の悩みなのである。

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