2005年2月20日更新




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またまた、ご無沙汰で失礼致しました。

韓国ブームもますます加熱する中ですが、私も自分の興味の範囲の中で、
マイペースで韓国のことについて語って行きたいと思います。

本日は、もうちょっと封切からは時間が経過してしまったのですが
井筒監督の「パッチギ」を見て、映画とは直接関係無いかもしれないですが、
感じたこと、思い出したことなど、そこはかとなく、書いてみます。

※「パッチギ」とは韓国・朝鮮語で頭突きという意味であるそうです。

封切日に有楽町で見ました。年齢層は高めで、やはり30歳代以上の人の比率が
高いように感じました。男女比率は同じぐらいか、少し男性が多いかという印象。

朝鮮高校が、舞台になっているので、学生同士が、韓国・朝鮮語で、話している
シーンがありますが、当然、在日の朝鮮の人の学生ですから、日本語も話せるわけで、
韓国・朝鮮語と日本語が、会話の中でも混じっています。

朝鮮高校の学生役であった若い俳優たちは、とても上手に韓国・朝鮮語を話していて、
たいへんな努力をしたであろうことが想像されました。

そのなかで、ひとつ面白いことを発見しました。

韓国・朝鮮語での会話を、字幕を見ないで聞き取ろうとしていると、突然、
聞き取れなくなって、「あれっ」、と思う瞬間が発生します。
が、ほんの2秒後ぐらい後には
それが、日本語であることがわかって、続きの会話は聞き取れます(当たり前です)。

日本人であっても「韓国・朝鮮語を聞くモード」でいると、日本語が聞き取れないの
ですね。...これは、なかなか貴重な体験でした。

そして、「イムジン川」という歌についてですが、私の高校時代に、友人が
「放送禁止」のフォークソングばかりを集めたレコードを持ってきました。
そのレコードを借りて、その中に入っていたこの曲を知りました。
そのときは、なるほど、南北分断の悲しさについて歌っている歌なんだな、
ということを漠然と意識しただけでしたが、そのときに、
「なんで、この曲が放送禁止なのかな?」と不思議に思ったことは覚えています。
いまから25年以上前ですので、放送禁止の曲の中では、まずは岡林信康や高田渡の
ストレートに社会を批判する曲(歌詞)が強烈でした。その中で、この曲の
「放送禁止」はあきらかに異色でした。


※なお、韓国・朝鮮語と書いたのは、朝鮮高校で話されていた言葉について、
 どのように表現するのが適切であるかがわからないので、このように記しました。
 広く朝鮮半島(韓半島)を指す意味でのこの場合の朝鮮と、韓国と、どちらを
 先に記すべきについては私には判断できませんでしたので、
 一般的に日本で使われている韓国を先に記しました。
 大学の授業でも、朝鮮語としている大学もあれば、韓国語としている大学も
 あるようですね。

 NHKのハングル講座もこのあたりの表現をどうするのかが、難しくで、結局
 「ハングル講座」という言葉を使ったと聞いています。
 実は、「ハングル」とは、(李氏)朝鮮時代に作り出された「文字」の名前であり、
 言語の名前ではありません。
 ですから、「ハングル語」というものは、存在しません。

在日の韓国・朝鮮の人が、登場する(モチーフとなる)映画はいつくかありますが、
内容が濃いものが多いです。私の記憶に残るものでは、

・ホタル ・GO ・KT ・夜を賭けて ・血と骨 ・チルソクの夏
そしてこの「パッチギ!」と、どの作品もとても見ごたえのあるものでした。

そして、今年は「カーテンコール」という藤井隆主演の映画が控えていて、
この映画、実は、試写でみたことがあるのですが、久々に、泣きツボにハマル、
胸に染み込む作品でしたので、公開がとても楽しみです。

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そうそう、もうひとつ。映画には直接関係無いのですが、
私は、大学時代に俗に言う体育会の空手部にいたのですが、そのときに、
一度、朝鮮大学の空手部と交歓稽古をしたことがあります。
大学の道場に、稽古を申し入れにいらした、朝鮮大学の主将・副将の方そして
選手のメンバ−は、とても礼儀正しく、とても気持ちの良い稽古でした。



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ジャカルチ市場を「友へ(Ching)の真似をして走って
みました
下の写真と全く同じ場所ですよ!!

チルソクシクタンから外を見た風景。
振興の集団住宅が立ち並ぶ中に、こういう
下町の食堂街がある(Munhyon)
サンテクとジュンソクが久しぶりに再会した時、酒を酌み交わ
したチルソクシクタン(食堂)。
このあとジュンソクは、酔っ払
ったサンテクを、おぶって帰る
このチルソクシクタンを仕切るアジュンマ(おばさん)。
本店?は、改装中


 
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