戻る

3エントリ「ゼーガペイン」「場所と時間からの自由」「人間存在分析」

ゼーガペインへの長い道 −quantum signature−

ゼーガペイン公式サイト  DVD「ゼーガペイン 第1巻」(amazon)

巨大で、無骨で、不細工で――途方もない浪費と、途方もない試行錯誤
をくりかえしながら、一歩一歩それ自身の“進化”のコースを、手さぐりで
進んでいる宇宙……『宇宙は神の卵』か!彼は思わずクスッと笑った。
(小松左京「神への長い道」)

萌え理論blogさん「脳のバックアップ」
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060520/p4

上記、とても面白いです!!つまり「ゼーガペイン」ですね!!(マテ

私達は、肉体を失って量子サーバーの中で生きるデータ人格記憶体。
もはや地球上には生きた人類は一人もいない。
私達は機械の中の幻の街で暮らす、滅亡した人類の記憶なのよ。

(ゼーガペイン)

量子力学の発展とそれの実用的な応用(量子コンピュータ)によって、
いよいよ人間世界もゼーガペインな感じのメタレベル介入が
理論を超えて実践的にできそうな按配になってきましたからね。

メタレベルへの介入とはどういうことか。量子力学においては、過去の世界の
土台、因果律や同一性を真とする世界が、量子相関などのミクロ的特性や
ブラックホール(シュヴァルツシルト半径内)などの特殊な場所では
崩されていることが明らかになってきた。それだけではなく、量子の
時空因果を超えた特性(量子状態で世界が重ね合わせ状態になっており、
多重世界をその特性を利用して使用できる)を使うことによって、世界の
理とされてきたもの(時空の因果律、A=Aの同一性など)を超えたメタ・演算
を行うことが出来るかも知れない。例えば、量子の特性を使うことによって、
量子コンピュータが萌え理論blogさんの「脳のバックアップ」で書かれているように、
世界(人間の意識やそれを含む世界)をシミュレートすることができるかも知れない。

でもそうすると、我々の世界(今我々が居ると思っている世界)は元々シミュレート
なんじゃないか?という疑問がでてきます。つまり、我々が我々の生きる一つの
世界を超えたメタレベルに介入して、例えば量子的な方法で因果律を超えた情報を
手に入れたり、逆に我々自身が量子シミュレーターで世界を創造したりした時
(我々自身が下位に対する上位のメタレベルになる時)、我々にこういったことが
出来るんだから、我々自身もまたシミュレートされている存在でもおかしくないと
考えられる。寧ろ、メタレベル的な介入(因果律への侵犯)などが世界の内部から
行えるなら、この世界はまさにシミュレータの中のものではないか、ということですね。

量子サーバーに保存された幻体(シミュレート体)の自分。
皮肉なもんだな。肉体を失った自分が、(量子コンピュータ内で
自らと同じくシミュレートされている)生き物を見にくるなんて。

(ゼーガペイン)

量子特性を使って因果律を侵犯したりしている時は、我々は世界をメタレベルから
介入して操作している、つまり、我々はOS(宇宙)に動かされるアプリケーション(人間)
なんだけど、このアプリケーションは、OS自体を書き換えたり、自分自身の手で
OSの中に新しいOSを創ったりしちゃう、ということですね。そうすると、実は我々が
インストールされているOS自体が更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。
そしてそれもまた、更に上位のOSの中で動いているOSなのかも知れない。

………

逆に我々がOSの製造(世界シミュレータ作成)をした時、そのOSの中のアプリによって
またOSが創られるかも知れない。そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。
そしてそれもまた、更に下位のOSを創るかも知れない。

………

と、あらゆる世界が無限に続いていて、きりがない訳ですが、こういうことを
どうしても考えてしまうのが私のようなグレッグ・イーガン厨なのです!!(爆)
YU-NOやEver17はこの辺を上手にゲーム化していて、良い作品でしたね(^^)

まあ、世界がいくつもあっても、量子コンピュータが実用化しないと
それに対する実践的アプローチは出来ないだろう訳で、私や皆さんが生きている
間になんとか実用化されることを望みますね。もし、量子コンピュータの開発が
間に合えば、我々のバックアップを取って、我々は肉体を超えて生きることが
出来るかも。いや、もしかしたら既にこの今現在、我々が知覚している世界は、
量子コンピュータのなかのシミュレートであり、我々はシミュレートされた存在、
我々は既に肉体を超越した存在なのかも知れませんよ!!←それなんてゼーガペイン?

と、ここまでぶっ飛んで行き、更にそれを信じるとサイバー宗教に突入です(^^;
量子力学と宗教は相性がよいんですね。どちらもメタレベルへの介入を
目指す試みですから。ニューエイジの基盤の一つは量子力学ですね。
私は魔術師の端くれですが、魔術というのも、世界を超えてメタレベルへ介入
することを目指すものですし。まあ、実際に介入できたりしたことはないですが…。
まあ、実践的な量子コンピュータの開発を期待しながら待つくらいが、
一番良いんじゃないですかね。量子技術の発展によって、世界について、
いずれ何かが分かる時が来るでしょう。そして、例え何も分からないまま、
私達の生が終わったとしても、それはそれで私達の運命です。

マイクルは静かに笑った。
「そして、失っていちばん惜しくないのが信仰だ。
いったいなぜ、私が何かを失ったなんて思うんだ?
私は自分が価値を置いているものが、”神”という名の
――宇宙の外側、時間の外側、私の外側にある――
魔法の金庫にしまいこまれているというふりをするのをやめた。
それだけのことだ。私はもう美しい嘘がなくても、
自分のくだしたいように決断をくだし、
自分でいいと思える人生を生きようとすることができる。
もし真実が、そうしたことを不可能にするものだったら……
そんな決断や人生はそもそも手にはいらないものだったということだ」

(グレッグ・イーガン「万物理論」)

(人間によって作られたシミュレータの中で人間的な知性と意志を
持って生きている)AI達は、その思い出(己のこれまでの人生)
がこの区界で実際に演算されたことはない、と知っている。
自分の人格が、実は架空のエピソード群で育まれたと知っている。
そうして、それらがゲストに興じてもらうために
作りこまれたものだとも知っている。
それでもなお、それは大切な、かけがえのない、自分の思い出だ。

(飛浩隆「グラン・ヴァカンス」)

参考作品(amazon)
DVD「ゼーガペイン 第1巻」

新居昭乃「ゼーガペインOP キミへムカウヒカリ」

音楽CD「ゼーガペイン OST」

XBOX360ソフト「ゼーガペイン XOR」

小松左京「神への長い道」

飛浩隆「グラン・ヴァカンス」

グレッグ・イーガン「万物理論」

グレッグ・イーガン「祈りの海」

グレッグ・イーガン「しあわせの理由」

グレッグ・イーガン「順列都市 上巻」

グレッグ・イーガン「順列都市 下巻」

グレッグ・イーガン「宇宙消失」

グレッグ・イーガン「ディアスポラ」

キッド「Ever17」

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

場所と時間からの自由 −エロゲプレイヤーはDIOである−

荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」(amazon)

「きさま…いったい何人ものヒロインを本命ヒロインを手に入れる為に振ってきた!?」
「おまえは今までセックスしてきたヒロインの数をおぼえているのか?」

bmpさんが、私も取り上げた萌え理論blogさんの
「物語にとって「場所」とは何か」
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060519/p1
について書いておられますね。

bmp_69-雑記物語における「場所」と「時間」の諸問題
http://bmp69.net/mt/archives/2006/05/post_386.html

ここで悪夢と絶望を持ってくるとは流石は鬼畜紳士bmpさん!!
(鬼畜紳士とは鬼畜な紳士ではなく、鬼畜ゲーを愛好する紳士の意)

「さすがbmp!おれにできない事を平然とやってのけるッ
そこにシビれる!あこがれるゥ!」


という感じです(^^)
ちょっと補足すると、プレイヤーとのシンクロ率ということで云えば、私は
どちらかというと、悪夢の紳一様より、亡霊の紳一様の方が自身に近い感じですね。

萌え理論blogさん「現実とはエロゲにとってなにか」で、
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060520/p1
>プレイヤーというのは主人公に憑依したゴーストとか別人格みたいな感じでしょうか

と書かれていますが、まさしくその通りかと。プレイヤーはゲーム世界の時間と場所を
メタ的に超越しながらなおかつゲーム世界の存在でもある二律背反的な同一存在
である訳で、物語で描かれる主人公をそういった”プレイヤーに近い二律背反的同一存在”
(ゲーム内におけるゲーム内ルールに縛られた普通の人間を超えた存在としての主人公)
に近づけることで、主人公とプレイヤーのシンクロ率は上昇するように思います。
我々はプレイヤーは、ゲーム世界の存在である主人公であるとともに主人公のいる
ゲーム世界を超越した存在な訳で、いわば、DIO様のようなもの(爆)

「おれは人間をやめるぞ!ジョジョーーっ!!おれは人間を超越するッ!」
(DIO。「ジョジョの奇妙な冒険」)

プレイヤーはゲーム世界の人間でありながら、それを超越した存在でもある。
ゆえに、悪夢の生きている(ゲーム世界の生のルールに縛られている)紳一様よりも、
絶望の死んでいる(ゲーム世界の生のルールから逃れている)紳一様の方が、
自身により近く、ゆえに深く強くシンクロするものがありますね。純愛系では
YU-NOの主人公は時間と場所を超越するメタアイテム「リフレクター」を持つことで
プレイヤーに限りなく近くなっていますし(東浩紀先生もメタリアル・フィクション
としてこのことを取り上げていますね)、エロゲの臭作や
ギャルゲーのEver17は
それぞれ、メタ世界(現実世界)を知覚できるヒロインがプレイヤーに
語りかけてくる物語ですし。こう考えると我々エロゲプレイヤーは
二律背反的同一存在になることで無数の人生を生きている訳で、豪奢なことです(^^)

十数年前にエロゲプレイヤーになったが……これほどまでにッ!
絶好調のハレバレとした気分はなかったなァ…フッフッフッフッフッ
無数の世界に同一的に存在できる力のおかげだ、本当によくなじむッ!
最高に「ハイ!」ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ!!

他のヒロインを振る?振られたヒロインが不幸に?世界が大変なことに?
しかし… しかし!…このどたん場に来て…そう考えるとはやはりおまえは人間だ…
…くくくく…ごく短い時間の流れでしか生きない人間の考え方をする…
『あと味のよくないものを残す』とか『人生に悔いを残さない』だとか…
便所のネズミのクソにも匹敵するそのくだらない物の考え方が命取りよ!

 クックックックッ

このkagamiには そ れ は な い…
あるのはたったひとつの思想だけだ…た っ たひ と つ !

『愛するヒロインと結ばれる!』

それだけよ… それだけが満足感よ!
その為に他のヒロインを振ろうが…!世界が滅ぼうが…!
ど う で も よ い の だ ァ ー ー ー ッ!!

THE EROGEWORLD!!

参考作品(amazon)
荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」

スタジオメビウス「絶望 Standard Edition」

スタジオメビウス「悪夢 Standard Edition」

エルフ「臭作 DVD版」

キッド「Ever17」

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

人間存在分析 −ロマンシング・サガ編−

性においては、<いと高きもの>と、<いと低きもの>が、互いに密接に
結びついているのである。「天国からこの世を通り、地獄までも」

(フロイト「エロス論集」)

萌え理論blog「なぜ人は幸せの前に足がすくんでしまうのか」

萌え理論blogさんがいよいよタナトス(死への欲望)を取り上げそうな気配。
いいですね〜。楽しみです。無茶苦茶乱暴に萌え理論blogさんの文章を補足すると、
人間の破滅的な欲望が存在を破壊・毀損して欠如を穿ち、人間は自らの手で
自己を苦しませるのです。人間の破滅的な欲望によって毀損した外界は欠如を感じさせ、
欠如は再びそれを満たしたいというエロスの欲望(生の欲望)を人間に引き起こし、
欲望は永遠に稼動する。人間は弁証法的にグルグル螺旋の欲望を回るのです。

簡単に纏めますと人間存在とはロマンシング・サガのガラハドと主人公とアイスソードの
ような関係を無限にグルグル回しているのです。どういうことかと云いますと。

ガラハド「ついに ねんがんのアイスソードをてにいれたぞ!」

主人公「殺してでも うばいとる!!」

ガラハド「な なにをする きさまらー!」

冥府の神デス「生あるものが ここになにをしにきた!」

主人公「ガラハドを 生きかえらせろ!」


ここでロマサガの主人公のやっていることを考えてみましょう。主人公は
まずガラハドを殺してアイスソードを奪い取る。そして、次はデスに頼んで
ガラハドを蘇生させる。最初、主人公が欲しかったのはアイスソードの筈です。
然し、ガラハドを殺してアイスソードを奪い取った後は、今度はガラハドの
復活を望んでいる。ここで注意すべきは、主人公はガラハドが生きている時は
ガラハドの命など気にも止めなかったのに、ガラハドが死んだ後は、彼の命を
望むようになったということです。主人公は自らの手でガラハドを殺害する
ことによって、ガラハドの命を望むという欲望を自ら作り出したのです。
人間は生の欲望(エロス)によって欠如を埋めることを欲望するとともに、
死の欲望(タナトス)によって、満たされたものを破壊して自らの手で
欠如を作り出すのです。これは完全に人類のパターンとなっており、
無時間的に延々と繰り返されています。戦争と平和の繰り返しのことです。

平和な時代に生の欲望が引き起こす創造が世界を充実させて欠如を埋める。

死の欲望が引き起こす戦争によって存在を破壊して世界に欠如を作り出す。

再び平和な時代に生の欲望が引き起こす創造が世界を充実させて欠如を埋める。

再び死の欲望が引き起こす戦争によって存在を破壊して世界に欠如を作り出す。

これが延々と繰り返されるのです。個人の場合は、戦争は暴力となります。
人間は自ら平和を望み充実を望み欠如の充実化を欲望するとともに、
また自ら混沌を望み破壊を望み世界に自らの手で欠如を穿つことを欲望する。
…破壊→創造→破壊→創造→破壊→創造…という永遠のパターンに人間本性は
支配されており、どちらかだけを取り出すとかいうことはできないのです。
フロイト―アインシュタイン書簡でフロイトは云っております。
戦争は人間の存在の根幹、死の欲望に兆していると。人間の本性が
創造とともに破壊を生み出す。人間は生の欲望に支配されるとともに破滅を望む
死の欲望にも支配されており、悪から決して逃れることができない存在なのですよ。

ちなみに「なぜ人は幸せの前に足がすくんでしまうのか」に答えますと、
幸せを達成すること(アイスソードを手に入れること)は、
幸せを破壊することの欲望(ガラハドを殺すこと)と繋がっているので、
それに慄いているんですね、人間は――。人間とは、全く業深き存在です。

悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。
知識の樹とは生命の樹ではない。

(パスカル「パンセ」)

私は人間存在について考察すればするほどに、神の不在を感じずにはいられないね。
なぜなら、進歩して人間が良くなっているとか、善になっているとか、そういったものは
妄想だからだ。人間存在は時間とともに力を大きくしているだけ。進歩とは力の増大。
そして力が大きくなればなるほど、生の力とともに、死の力も増大して行く。
光の力と闇の力は同じように成長して行く。なぜなら、どちらも根源は同じだからだ。
どちらも、根源は人間の力。人間の力が増せばますほど、また悪も巨大に伸びて行く。
私は人間の善性の勝利とか信じているような奴を見ると、もう涙がでそうな気分になるよ。
善が強くなればなるほど悪もまた強くなる。どっちも切り離すことはできない表裏一体。
いずれ人類が宇宙に出て行くとしたら、人類は地球だけではなく、宇宙の星々にまでも
無限の争いをばら撒くだろう。そしてそのような存在を放置している神などという存在が
いるのならば、それはラヴクラフトが描いたニャルラトテップ神のような存在であろうね。
知識が増えれば増えるほどもう笑うしかない、アハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!
俺にはなんでこんな最悪に愉快すぎる世界の中に居て、それでどうして
みんなが真面目一辺倒でいられるのか、全然分らない…。

Nyarlathotep the Crawling Chaos
http://members.aol.com/SaitoDK/COC/COC03.htm
ニャルラトテップは無秩序で混沌の存在でありながら、
秩序と法を用いて世界を狂気に陥れるのである。………
欲求の強い者の前にニャルラトテップが現れる。
ニャルラトテップの姿は千なる異なる姿をもっているとされ、
どれが本性であるかわからないのである。
そもそも混沌に本性はありえないのだが。
たいていは友好的な美貌の人間の姿で現れる。
そして、その者の欲求(たとえば知識への渇望)
の望みをかなえてやる時もある
(神がその欲求を「おもしろい」と思えば、であるが)
しかしその欲求を満たすことは、
皮肉なことにそれをすべて失う結果になるように
神性は仕組んでいる。
それでも定命の者は願わずにはいられないのである。

参考図書(amazon)
「人はなぜ戦争をするのか? アインシュタイン-フロイト往復書簡」

フロイト「エロス論集」

パスカル「パンセ」

ラヴクラフト「ラヴクラフト全集第5巻」(ナイアルラトホテップ)

 

戻る