
同人誌評「My.yours.mine」 −わたしのなかの異性−
「我流痴帯」公式サイト 「My.yours.mine」紹介ページ(我流痴帯さん)
私達は他人と違います。その違いは(違いを意識することは)ただ単に
(ジェンダーの押し付け等の)弾圧(への反発)によるものではありません。
それは私達の(内面的な)嗜好、私達の性的な嗜好なのです。
(パット・カリフィア)
以前私が書きましたエントリ「オーバージェンダー」を読んだ
友人が、同人サークル「我流痴帯」さんの同人誌「My.yours.mine」
がきっと私好みなので読んでみてくれ、と云われて読みましたら…、
ほんとに、私好みな内容だったよ!!ありがとう!!\(^^)/
読んでいて、感動的なまでに凄くシンクロして、胸が熱くなったよ…。
ToHeart2の同人誌でして、ToHeart2の男性脇役の雄二君が主人公。
彼が、ToHeart2のメインヒロインであるこのみの母親の春夏さんと
関係を持つことで、自分の中にある女性性に気付き、そしてそれを
受け入れて成長してゆく姿を描いたビルドゥングス・ロマンです。
いやあ…雄二も春夏さんも、それぞれ魅力的な人物として描かれており、
そんな二人が男女の境界を越えてゆくセックス(女装等)を通して、己の
中の危機と向き合い、更にはそれを乗り越えて行く姿を描いているんですね…。
性という主体の変化「ジュディス・バトラー」
http://www.idd.tamabi.ac.jp/d46108/page4.html
バトラーは、本来抑圧的であるはずのパフォーマンス性を遊戯的に、
誇張、脱線させることによって、人は、常に変化し、揺らぎ、
規制の定義によっては捉えることの出来ない主体へと
逃走して行くことが出来る、と示唆してしまうことになった。
ちなみに春夏さんの造形は、上野千鶴子さんの著作「スカートの下の劇場」に
出てくるパンティコレクターの女性と完全に同じで、そこは笑った(^^)
「スカートの下の劇場」は既に下着フェティシズム系エロの理論的バイブル
みたいな感じですね。私が上野千鶴子さんを尊敬するのは、彼女の行った様々な
エロティシズム分析は、実際のエロス(例えば本誌のような18禁誌等)を
より充実する為に機能していることで、性の豊穣さを見事に花開かせている。
余談ですが、ジェンダーアカデミズムの日本研究者は海外文献ばかりに頼らず、
日本発のオタクセクシュアリティのジェンダーを研究すればいいのに…。
ジェンダー攪乱的なラディカルな作品がオタク文化には沢山ありますよ〜。
コスプレと異性装も大きく結びついていますし、性差を超える作品も数多い。
私は女性のパンティコレクターにあったことがある。………
彼女はそのフリルやレースや花柄のパンティに、
ナルシスティックな固着を抱いているように見えた。
「その日の気分や着ているものによって、パンティを選びますわねえ。
それを履いていると思うと、その日一日中、気持ちよいものですよ」
と彼女はうっとりと答えた。………
パンティは性器に究極的に近い為、男達はパンティを直接的に性的な
ものと勘違いしている。だが結局のところ、その日履いたパンティは
(セックスでもしない限り)誰の目にも触れずに終わるのだ。
そして男達は、自分達が女のパンティを見るのは、それが自分達の
目にさらされたときだけだ、ということをすっかり忘れている。
(上野千鶴子「スカートの下の劇場」)
「私がこっそり集めて履いている(パンティの)
コレクションよ。家族の誰も知らない」
(My.yours.mine)
当たり前のことですが、女性は年がら年中セックスしている訳ではない。
普通に暮らしている時、着飾った綺麗な下着を着けても、それを誰に見せる
訳でもない。それでも、そういったファッションをする。それは女性の
内面性と強く結びついた、誰にも知られない内面的表現の現れな訳ですね。
春夏さんは、そんなパンティコレクターの一人で、良妻賢母そのものと
云った女性を演じながら、自分の内面的楽しみとして、家族の誰にも
知られずに下着フェテッシュの世界に耽溺しているのですが、そんな
彼女に、危機が訪れる。彼女の大事な愛娘であるこのみが、ToHeart2の
主人公と付き合うようになってしまう(ToHeart2このみシナリオ)
大事な愛娘が自分から離れていってしまい、精神的に危機を迎えている
彼女は、本作の主人公である雄二と出会う。そして雄二が文化祭で女装を
させられることを知って、彼女は雄二を自分のパンティなどで女装させる。
彼女は精神的危機を、自分の内面的に抑圧された性的欲望を雄二に話して、
そして雄二にその欲望を共有してもらうことで、乗り越えてゆこうとする。
それによって雄二自体も、自分の中の女性的なものにだんだんと目覚めて行く。
雄二の持っていた抑圧された性的欲望、己の中の女性を解放したい気持ちと、
春夏の持っていた抑圧された性的欲望、己の中の女性を解放したい気持ちが、
非常に上手い具合にシンクロしてゆくんですね。実に見事な展開です。
「雄二くん。今日からこの部屋が…あなたの部屋よ」
「あぁ…これ、すごい…」
ベッドの上に大量に散りばめられた下着たち。………
「これから毎日好きなのを何枚でも着ていいわ」………
「冗談や嘘でやった訳じゃないのよ。この(パンティ)
コレクションも、性癖も、全部本当の私。
誰にも知られずにいた淫乱な私…」
「どうして…俺にだけ…?」
「さあ、どうしてかな。よくわからない…もしかしたら、
雄二くんに同じニオイを感じちゃったのかもしれないわね」
「同じって…?」
「誰にも言えない自分を持っている仲間」
(My.yours.mine)
この二人の関係が外面的なものではなく、内面的な共有であることは非常に
興味深い。春夏は云います、若い時は己の外面(外面的美しさ)が大切だと
思っていたけど、歳を取って、内面こそが輝きであったことが分かったと。
「…私も昔は、好きな人のためだけに綺麗になりたかった。恋人とか夫に
恥ずかしい思いをさせない、(外面的に)いい女であるためだけに
頑張った時期もあったなあ。まあ、その反動がこういう(パンティ)
コレクションになったわけだけど」………
「私は、もう、そういう綺麗さ(外面的な綺麗さ)
の意味がよく分からないのよね」………
「(外面的に)綺麗であり続けることを惰性で続けて、
意味があるのかなって…。価値観がだんだん変わってきている。
綺麗ではありたいけど…それで得たいと思っていたもの
(恋人、夫、家庭、娘)をもう手にしてしまったから…」………
「女性はどんな歳になっても、(自己に対する)それ相応の満足度を
欲しがるものだし。物質的なものから内面的なものへ価値の重心を
置き換えていくことは、自然なことなのかも知れない」
(My.yours.mine)
ここで春夏が述べていることは極めて興味深いですね…。
外面的なもの(他者からの評価)から内面的な充実(自己自身の抱く価値)
に向かうことで、自己自身を見据えて、己を受け入れる方向へ向かっている。
彼女との付き合いを通して、雄二もまた、自己のなかの女性性を自然な形で
受け入れて、成長してゆくんですね。彼の人間性に、深みがでてくる。
この物語の優れているところは、雄二の一人称で物語は進むんですが、
彼の一人称が「俺(男性としての一人称)」からだんだん
「私(女性としての一人称)」に変わってくる。彼の内面的な
モノローグも、最初は幼くごつごつした感じなんですが、それがだんだん、
自分のなかの女性性を受け入れることで、すごくしっとりとふんわりとした、
優しくて深みのあるものに変わってくる。彼が自らのなかの女性性を受け入れる
ことで心の落ち着きと優しさを手に入れて、人格的に成長してゆく姿が、
流暢な筆致で見事に描かれており、もう、非常に感動的で、良かったよ…。
雄二は男性としての意識を失った訳でもなんでもないんですね。そうではなく、
自らのなかの女性を認められるようになったことで、男性でもありながら、
女性でもある、両性的な豊かさを持った、深みのある人間へと変わってゆく…。
非常に良い作品です。特に、男性で、自分のなかに女性性を抱えている私の
ような人は、本当に読んだ方がいい。心、打たれるよ…。本当にお勧め。
男であること、女であること、そういった自らの中の垣根を越えて、
心は解き放たれて、本当の、男であり女であり、男女を
超えて己自身である自由な自分を受け入れてゆくんですね――。
最後とか、切なくてシンクロして読んでて涙が出たよ…。己のなかに異性がいる人には、
この切なく自由な、俺の中の私の気持ち、俺であり私である気持ち、きっと、分かる筈…。
冷たい風のなかを軽い足取りで歩いて行く。
一歩一歩、前に進むことがこんなにも楽しくてワクワクする。
俺と一緒に私が歩いている。私と一緒に、あなたもここにいる。
私のなかのあなた。あなたと一緒になった私。
何かを覆い隠した空が、私を誘う。
うん、なかなかいいじゃないか、私。
私と彼女の上に広がる空。
その夜、ヴェールの隙間から溢れ出した結晶が――世界を純白に染めた。
(My.yours.mine)
参考リンク
「我流痴帯」公式サイト
参考作品(amazon)
leaf「ToHeart2 XARTED」
ミシェル・フーコー「フーコー・コレクション第1巻 狂気・理性」
田崎英明「ジェンダー/セクシュアリティ」
伏見憲明「変態入門」