LA VITA E BELLA

  ライフ・イズ・ビューティフル
LA VITA E BELLA
1998年 イタリア  
1時間57分

監督:ロベルト・ベニーニ
脚本:ロベルト・ベニーニ
出演:ロベルト・ベニーニ
   ニコレッタ・ブラスキ
   ジョルジオ・カンタリーニ





 明日をも知れない極限状況に置かれながらも、決して人生の価値を見失わず、豊かな空想力とユーモアで愛する家族を守りぬいた、勇敢な男の物語。

 98年のカンヌ映画祭で審査員グランプリを受賞したほか、イタリアの最高映画賞であるダヴィッド・デ・ドナテッロ賞の主要9部門を独占。米アカデミー賞でも多数の部門にノミネート。そして外国語映画賞を受賞したのはもちろんその他にもロベルト・ベニーニが主演男優賞を獲得など3部門を制した。ロベルト・ベニーニは、外国語映画から誕生したアカデミー史上初の主演賞俳優となった。

 1939年、イタリアのトスカーナ地方。ユダヤ系イタリア人のグイド(ロベルト・ベニーニ)は、本屋を開く志を抱いて、詩人の友人フェルッチョ(セルジョ・ブストリック)と共に、叔父(ジュスティーノ・ドゥラーノ)の住むアレッツォの街にやって来た。到着早々、魅力的な女性との出会い、彼女のことを「お姫さま」と呼び胸ときめかせるグイド。偶然なのかその後もたびたび出会いを重ねるうち、その女性が、小学校教師のドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)であることを知る。
 グイドの本屋計画は、開店申請に出向いた役所でつまらないトラブルから官吏を怒らせてしまいあっさり挫折。そこで、ひとまず叔父の勤めるホテルでウェイターの職へとつく。そこでグイドは、客のあしらいに天性の器用さを発揮し、なぞなぞマニアのドイツ人医師レッシング(ホルスト・ブッフホルツ)から大いに気に入られることになる。
 ドーラからオペラ見物の予定を聞き出したグイドは、機転よくデートに漕ぎ着ける。ドーラは、グイドが小さな願い事を次々と魔法のようにかなえるのを見て、目を丸くする。グイドのユーモア、純粋さとロマンチックな人柄は、確実に彼女の心をとらえていった。しかし、実はドーラには婚約者がいた。ホテルで盛大な婚約パーティが開かれた日、初めてそのことを知ったグイドは、ショックで呆然とする。そんな彼の耳元に、「私を連れてって」とささやくドーラ。意を決したグイドは叔父の白馬にまたがり、婚約パーティの会場へ。ドーラの奪還作戦はまんまと成功し、ふたりはめでたく結ばれた。
 数年後、念願の本屋を持ったグイドは、ドーラと息子のジョズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)と共に幸せな家庭を築いていた。しかし周囲の情勢は、人種法が成立しユダヤ人の弾圧が着々と進んでいた。グイドは情勢を楽観視してユーモアをも持って接していた。だが、そんな彼も否応なく時代の嵐に巻き込まれる日がやって来る。ジョズエが5歳の誕生日を迎えたとき、彼は叔父と息子と共に強制収容所行きの列車に乗せられたのだ。一方、ユダヤ人ではないドーラは連行を免れた。しかし、愛する夫と息子が列車に詰め込まれ連れ去られようとするその時、彼女は自らの意志で列車に乗り込んだ。





  ロベルト・ベニーニ Roberto Benigni (監督・脚本・主演)
1952年10月27日、この映画の舞台でもあるイタリアのトスカーナ地方、アレッツォのミザルコルディアに生まれる。70年代のはじめ、ローマに出て実験劇場や即興喜劇に出演し、モノローグ芝居で人気を獲得。テレビにも進出し、脚本家兼スタンダップ・コメディアンとして名をあげた。 映画デビューは、ジュゼッペ・ベルトルッチ監督の『Berlinguer, Ti VoglioBene』(76)。86年には、ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バイ・ロー』に出演し、国際的にその名が知られるようになる。 以降、90年代に入ってからは、国の内外で八面六臂の活躍ぶりを展開。アメリカでも、『ナイト・オン・ザ・プラネット』(91)に続いて『ピンク・パンサーの息子』(93)に主演したことで、認知度と評価がいっそう高まった。ベニーニは、名実とも「イタリアの宝」と呼ばれる地位を築いた。
ニコレッタ・ブラスキ Nicoletta Braschi
グイドを虜にする「お姫さま」のドーラを気品たっぷりに演じる。1960年、イタリアのチェザーナ生まれ。ベニーニの初監督作『Tu Mi Turbi』(82)に出演したのを手始めに、『ダウン・バイ・ロー』(86)『小さな悪魔』(87)『ジョニーの事情』(92)『Il Mostro』(93)でも共演。
ジョルジオ・カンタリーニ  GIORGIO CANTARINI
グイドとドーラの愛息子ジョズエを演じる。素晴しい演技力と愛らしさにより、カンタリ−ニのバイオグラフィ−、本作品の出演決定までの流れについて、世界中から問い合わせが殺到した。だが、まだ幼い子供であるという理由から、プロダクション側の配慮により、その素性は明らかになっていないという。