----体験外記  シンプル けんちく探訪----

「軽井沢の山荘」バルコニーと桂離宮「月波楼」の月見縁
         1962(54)  1630?

           
                      設計;吉村順三 1908-1997(89)

                      設計;八条宮家初代 智仁(父)1579-1629(50) 14年間建
                          八条宮家2代 智忠(子)1619-1662(43) 20年間建

                              photo by Internet+book+mirutake




軽井沢の山荘 外観 掃出し窓が見える             居間からの掃き出し窓バルコニー※2



皆さんは吉村順三の「軽井沢の山荘1962」は よくご存じだと思います。
それは2階コンクリート床が、ピロテイのように木造の住まいを持ち上ており、建物が浮遊する感じをザインした別荘ですね。
これによって まずは1階には大きな軒下のような心地よい場所を造っています。大きな庇で舞台のようなスペースができており、ここで娘さんのチェロの演奏会を開いたりしています。ここが最初の大きな特徴になっています。その他1階内部は、風呂の焚口や暖房のボイラーが置かれサービススペースとなっています。

そして頭の当たりそうな階段を上がると、2階に居間が広がり、居間幅いっぱいのL字に曲がる開口部が、外部の樹木へと視線を誘います。作者は「雨戸、ガラス戸、網戸は全部戸袋に引き込めるから、室内にいながら戸外にいるような気がするだろう?木々のほかには何も見えない。この山荘ができて初めて階段を上がって見て、ぼくはこの2階がとてもうまくいったことを直感した。」と言っています。けれどそれは開口の開け方だけで成功したのか、作者はこれ以上明かしていません。
私にはこの奥行の浅いバルコニーが気になりました。
この写真を(居間に立って)眺めていると、意識が外部の樹間に飛び出してゆく感覚があります。
この感覚はどこからくるのでしょうか。部屋幅いっぱい以上にL字型に設定された開口、外に出られそうな木製のバルコニー、けれど奥行が浅く、手摺りもあまりに簡単、出られないなーと思っていると、自分がバルコニーに立っているような、居間がバルコニーであるかのような錯覚に捕らわれるのではないでしょうか。
窓辺に立って、バルコニーの奥行が浅いゆえに、怖さ無しに高さが感じられるようになっている。深すぎると高さ感が薄れて行く、と言う絶妙な造り。またバルコニーに立とうとすると奥行は浅いし、手摺りは低いし、バルコニーには立たなくていいよと、設計されているようです。これが第2の見どころです。


下図は軽井沢の山荘「居間と外部の関係」をバリエーション4断面図として示してみました。


A)普通にバルコニーがついている。内部にいると外部感は少ない。
バルコニーに出ると、喧噪の真っただ中にいることになる。外部の場所が作られており、現在この意識が常識となっている。

B)これに対して奥行きの浅い出られないバルコニーは、丁度良く外部感を作ってくれる装置と言うことだろうか。
これは2階という高さがあるから、内外の中間領域が大きく意味を持っているが、かつては1階の縁側にも中間領域という曖昧なのに外部との関係をつくる明快な意識があったのではないかと思いついたのですが。

C)バルコニー無しの掃き出し窓だと、敷居のすぐ外に1階大地が見えてしまって、はなはだ直接的で怖い感じ。おまけに手摺りが窓に直に付いていることになり、h1100の高さとなるので、手摺りが目立って無骨となる。外部感があまりに露骨で、建築デザインにならない。

D)言うまでもないが腰壁が付く窓になってしまうと、内部にいる感覚で、外部臨場感が無くなってしまうと言うことでした。

軽井沢の山荘はBですが、実は脱衣所でCが使われています。
こうして眺めてみると、実際に作られているのはAとDで、BとCは意識して創られたものであることがわかります。
 (同じ作者で山中湖 KATO HAUSE 1975と言うのがありまして、居間とバルコニーの関係は良く似ています。ところが手摺りが1本ではなく、外部が見えないように透き間で板が張ってあります。あれでは中間領域が外部へとつなげる意識は皆無となることが証明されています。13年の歳月が危険意識を生んだことが解ります。もう手摺りだけのバルコニーは不可能な時代になった。そこでガラス手摺りになったらどんな感じになるのだろうか?)


あの出られない奥行きの浅いバルコニーが何のために付いていたのか?内部でありながら絶妙な外部への臨場感を作ると言うことが、各タイプの比較の中でよく示されただろうか。

※2

また居間がバルコニーであるかのような感覚、わたくしはこれを3階の屋根裏部屋から居間の見下げで、掃出し窓を見る写真に感じたのです。手摺りが輪郭を造り居間の床が光ってバルコニーのようでした。浅くて出られないバルコニーが存在感を消し、その板張りであることが居間の板張りと連続して、外部にあるバルコニーと錯覚させたのではないかと思うのです。この身体が内部にあるのに、意識は外部にあるかのような臨場感が、この奥行の浅いバルコニーにはあると思います。
 そんなことはない、体ごと外部に出たほうが、外にいることを満喫できるじゃないか?
身体が外部に出ていると、風、太陽、また2階の不安定なバルコニーに立っていること、それらに外部にあることの喧騒に対抗して、身体を無意識が支えねばならぬために、樹間を満喫しようとする意識は大いに削がれてしまうことでしょう。外部に「いる」ことではなく、樹間とともに「在る」私を感じていたいということなのです。それがこの体は内部なのに、外部に浮遊してゆく意識を、この絶妙なバルコニーの設定だからこそ、私の意識は樹間に在ることができるのした。
 このようにバルコニーの奥行の浅さ=第2の眼目には深い意味が隠されていました。

最後にこの「軽井沢の山荘」は、できるだけ最小の寸法をとるべく試みられた建築ということです。
居間だけは平面も断面的にも小住宅ながら ゆったりとられています。その他は寝室も、台所も個室も極小、そして3階の屋根裏部屋など、立つと天井に頭が当たるほどになっていますね。この第3の見どころについては「けんちく探訪」「軽井沢の山荘」を参照ください。



※1
桂離宮 左「古書院」 右「月波楼」 


ところで「内部にいるのに外部がよく感じられる」という設定は、実は皆に愛される古典建築にもあるのでした。
桂離宮 月波楼の「月見縁」です。月波楼は桂離宮を回遊しながら立ち寄る茶席にあたり、特に月を見る場として最適な立地を与えられています。それは中秋の名月の方向に掃出し窓が正対しているのでした。


月波楼 濡れ縁と掃出し窓が見える※1       その内観 掃出し窓(建具を外して使っただろうか?)(ウィキペディァ)

そしてこの掃出し窓です。軽井沢の山荘とは反対に曲がるL字型です。また少し崖地になっている設定といい、なんといっても奥行の浅い濡れ縁=「月見縁」になっています。これは驚きです。「軽井沢の山荘」と同じ設定になっているのですから。手摺りも簡単に太い竹一本で同じです。(軽井沢は丸太)ですからここでも内部にいて意識は限りなく外部にあるような感覚を得られる設定になっているということなのでした。ここでは室内が畳ですので、軽井沢の山荘の「居間がバルコニーなのか?」というあの感覚は起こらないでしょう。濡れ縁の床が板3枚までで、残りは細竹でふかれています。これこそここに出ない濡れ縁の証明で、細竹ゆえに乗ってくれるなという意図が確認できるしょうか?

みなさんよくご存じのように桂離宮には古書院前に月見台があります。ここも月の出に合わせた立地を与えられており、ここでは外部に出て月見をする設定です。そこは中太竹で床がふかれて、足元の感触がごつごつで不安定にしています。もうお分かりのように、外部に体が出ている状態は、風、太陽、夜間ならその暗がり、月見台の高さが、これらの体を支える無意識の十全な働きなしには自己は支えられないのでした。いいえその体を支えるのに精一杯で、自己意識の活動は大いに削がれてしまうのでした。だからこそ、体は内部にあるのに、意識は外部にいるかのようなギリギリの設定を、ここ月波楼に作られたのではないでしょうか。
月波楼の月見縁は何故か「細竹」と「板3枚」の奥行700の構成です。この構成は何を意味しているのか。これはきっと古書院の「月見台」と「縁」との構成の喩になっていると思われるのでした。月見台と縁とを700mmここまで縮小して見せ、奥行4500mmと大掛かりな月見台の「喧騒の臨場感」とは違う、体が内部にある「余裕の臨場感」ができているだろうと、作者は言っているのでしょうか。

学生のころからこの桂離宮によく通い日本建築に精通していたといわれる吉村順三ですから、月波楼の「月見縁」の設定にも精通していたことは、ここまでお読みいただいた皆さんには あまりに明らかですね。

                                             2o131121 mirutake



 最後になりましたが、こんなことを確認しておきます。この文章は体験「外」記です。
軽井沢の山荘は外観だけは見学できましたが、内部は見ておりません。また桂離宮も見学していません。それぞれインターネットで集めた写真や本がネタなのです。勿論それはかなりの多様なアングル、自分の見学では得られない様々な写真体験、図面体験です。それらを資料に想像力で膨らませたのがこの文章です。そして何より自宅マンションでのバルコニー体験=生活体験がその核でしょう。わたくしの今までの(65年?)建築体験と建築写真体験からの、この想像解読文章は意義あるものと感じていただけたでしょうか。実際に体験しなければ、傑作に出会えないわけではない。「建築」は実際に見ること以上に、自分なりの想念を創りあげてゆくとき、はじめて理解されたものになると思えるのでした。




   参考資料
桂離宮 宮内庁管理部管理課参観係  (桂離宮施設案内動画あり)
国立国会図書館デジタル化資料 写真の中の明治・大正※1

桂離宮(ウィキペディァ)
吉村順三(ウィキペディァ)

吉村順三 軽井沢の山荘 (けんちく探訪)


    写真図版出典
「吉村順三作品集―1941-1978」 (1979年) 新建築社 (1979/03) ※2


   参考文献
1968 2007「終わらない庭」三島由紀夫 井上靖 大佛次郎  伊藤 ていじ 淡交社

1986「つくられた桂離宮神話」 (講談社学術文庫) 井上 章一 (1997/1/10) ¥ 1,008
1992「桂離宮隠された三つの謎」 宮元健次 彰国社 中古品¥ 390より
1998「日本庭園のみかた」宮元健次
2001「日本建築の見方」宮元健次 学芸出版社¥ 2,520 単行本
2003「建築における日本的なもの」 磯崎新 新潮社 ¥ 2,415
2012「桂離宮日本建築の美しさの秘密 」 斎藤英俊 (著), 穂積和夫 (イラスト) ¥ 1,680

1961「西洋の庭園」 (創元選書) [古書] 鼓 常良 (著) 東京創元社 中古品¥ 1,500より