だんだんと涼しくなってまいりました。しかし、今年の夏は暑かったし、また残暑も厳しかったですな。九月に入っても、いつまでも暑かったので、秋の訪れというのをなかなか感じられませんでした。ということで、ここらで一つ、ちょっと秋の落語をお届け致します。『質屋蔵』ですが、なぜ?と思われる方も多いと思います。そう、丁稚の定吉どんが熊はんを呼びに行って、連れて帰る途中、買ってもらうのが焼き栗ですわ。またマイナーな…。

 さて、話の方ですが、まずは質屋の旦那さんと番頭はんがしゃべり出すところから始まります。旦さんが風呂屋で、この質屋の三番蔵に幽霊が出るとか、化け物が出るとかいう噂を聞き、番頭はんを呼んで聞いてみると、やっぱり噂はあるということ。しかし、“それも仕方がないかもしれない。あの蔵には様々な人の思いが詰まった品物が質草に入っている。”と旦さんは言い出します。そうでしょうな。金持ちの人て、質屋はん行きまへんわな。私は一回も行ったことありませんが、質屋はんて、今でも畳敷きのとこあるらしいですな。

 とりあえず、ここから旦さんの話が始まります。背負いの、担ぎの呉服屋はんというものは、お昼に弁当食べるのに、心易いどこそこの家でと、たいがい決まっているとのこと。そこで、弁当を使い、お家のおかみさんにお茶を出してもらったり、漬物があったら出してもらったりして、食べ終わると、だいたいたばこを一服吸い付けての世間話。商人(あきんど)は一日商売して回っているので、話題が豊富なところへ、おかみさんは一日中家にいるので、話に引き込まれますわな。そんなこんなで、今年の呉服の柄の流行はこんなんでと、商売物を出すうちに、繻子(しゅす)の帯に目が走ったのを見逃すはずがない商人。『こんなんどうです』と言われ、『もう、そんなもん、うちが買える世帯やないのは分かったはりますやろ。』と言いながら、『まあまあまあ、よそでは十円より安うはならんもん、日頃弁当つかわしてもろてるお礼に、六円で。』と言われ、『ほな、うちの人に相談してから』と言いますが、『それやったら、これ置いていきますさかいに、相談しとくれやす。』と言われて、商人は帰ってしまいます。

 その晩、亭主が寝酒(ねざけ)の二合も飲んだところで、この帯の話をすると、買うてやろうということになります。『なんぼや?』と言われて、“六円だす”と言いたいところ、自分が勝手に一円値引きして、『五円だす』と言ってしまいます。この心情、とてもよく分かりますね。こんな経験、皆さんもきっとあると思います。そこで亭主が出入りの母屋(おもや)で五円を借りてきますが、そう、一円足りませんわな。嫁はん、支払いの期日までに一円貯めようと、竹の筒に穴あけて貯金箱を作ります。おかずをケチったり、内職の仕立もんをして、もらったお金をいくらか入れたり、亭主の寝酒を悪い方のにして、浮いた分を貯めたりと…。しかし、支払いの前日に開けてみると、九十四銭と、あと六銭足りまへん。その晩、『お酒を買いに行ってんけど、コケて徳利割ってしもてん。』と亭主にウソをついて、ようやく一円、五円と合わせて六円で払いを済ませます。親類の法事かなんかで、一回この帯を締めていくと、“いや、よう似合うてるわ。”、なんか言われたりして、その後、締める折なくしまっておく。

 次の節季(せっき)、つまり支払期日ですな、亭主がそろばんを前に浮かん顔。『ん〜。どうも三円ほど足らんねや。いや、母屋へはこの前に無理言うたしなあ〜。』、なんと言うていると、『それやったら、この前の帯を一旦質屋はんへ持っていって、融通(ゆうずう)してもらおか。』という話になり、まあ仕方なく、この質屋はんでお金を借りますわな。そうこうしているところで、この嫁はんが病気。そこへ、嫁はんの妹で、一旦縁づいたが、不縁になって実家へ戻ったはる人がいる、この人が亭主や病気の嫁はんの面倒を見ているうちに、嫁はんが“とうとう”ということになる。『あんたに随分と世話になったんやけれども、形見一つあげることができん。ちょうど繻子の帯があったんやけれども、質屋はんに入れたんの。わずか三円という金のために、あの質屋に取られてしもた。ああ、ああ、恨めしい、あの質屋』と、恨みはここへくる。これがすべて旦さんの話です。しかし、この語りの部分、よう考えてありますな。しかも、うんうんとうなづける。一円値引きするとことか、不縁の嫁はんの妹がいるとこなんか、まさに本当らしいですもんね。

 そんな思いが詰まった品物が置いてある三番蔵、今晩一度、本当に化け物が出るかどうか見届けてほしいといわれ、気の弱い番頭はん、別家、のれん分けを前にして、親元へ帰るとまで言い出します。それでは困るが、事情のわかった人間でないと、外でまたこの話を言われると難儀だと、もう一人、助立ちを付けようということで、手伝い(てったい)職の熊五郎がよかろうということになります。そこで、この話をふすま越しに立ち聞きしていた丁稚の定吉が、立ち聞きしたことを怒られた後に、熊はんを呼びに行きます。

 旦さんに怒られたもんで、『熊五郎、はよ来い言うて、怒ったはんで。』と言って、定吉が熊はんを連れて質屋はんに帰る途中、怒られてはたまらん、こっちから先にお詫びしようと、その怒られる原因が何かを探るため、焼き栗をエサに定吉に、その原因を尋ねますが、これがあやふや。繻子の帯が竹の筒へコロコロストン、十六銭の酒が十四銭で、二合の寝酒、足らん、足らん、て、なんや分からん。定吉に逃げられ、よくよく考えると、あの酒の一件かと思い、質屋はんに来るなり、酒の一件を謝ります。熊はんの嫁はんが、質屋はんへ法事かなんかで手伝いにあがっていると、台所の端に片口(かたくち)に一杯、何か入っている。女中のお竹どんに聞くと、これが燗ざ、燗ざましですな。誰も飲まへんのやったらと、嫁はんが持って帰ってきて、熊はんに飲ませると、これがおいしい。数日続いた後、ある日、飲んでみると、前のいつものまずい酒。それやったら、お竹どんにもろてこよかということになり、毎日二合ずつもらっていた、ある日のこと、質屋はんの裏手へ酒樽が二丁、毎日二合ずつでも一ぺんに一丁でも一緒かなあと、ちょうど車引いていたのを幸いにもろて帰ったとのこと。えらいことですわな。おもろいですけども。

 しかし、今日はそれで呼んだのではないとのこと。それでは、漬け物の一件かと。これも熊はんの嫁はんがお手伝いに上がっていると、時刻が遅くなって、熊はんの晩御飯ができなくなり、漬け物をもらって帰ってきて、おかずにします。これがうまい。数日続いた後に、食べてみると元の漬け物。またお竹どんにいうてニ・三本ずつもろてたんですが、ある日、また質屋はんの裏手に漬け物の樽が二丁、幸いに車で一丁と…。それも違う。今度は味噌の一件でと。次々にボロが出てきて、おもろいでんなあ〜。

 今日は、そんなことではなく、化け物の正体を見極めて欲しいとのこと。さすがに強い熊はんも、化け物は苦手とみえて、帰ろうとしますが、一旦家に帰ると、また出てくることはないと旦さんに言われ、仕方なしに番頭はんと二人、三番蔵の向かいにある離れで、ご馳走の御膳を頂きます。しかし、一旦家に帰ると、必ず夕方ぐらいに腹痛がおこって出てこないとは、旦さん、人の心がよくお分かりですな。この気持ち、よ〜く分かりますなあ。それと、燭台(“しょうくだい”、ろうそくを置く台)のろうそくの火が揺れたり、御膳の皿や小鉢がガチャガチャ鳴る、なんかいう震えているところの描写、これもよく分かりまんな。

 そこで二人が、やいやいと飲み食いしていると、やはり眠たくなるのは世の常。うとうととした頃に、三番蔵の戸の前に光るものがゴロゴロと、下座で大太鼓とドラが入って、ビックリしますな。二人とも腰が抜けて立てないところへ、この様子を見ていた旦さん、やはり自分でと、三番蔵を覗きます。中では、小柳(こやなぎ)繻子の帯と竜門(りゅうもん)の羽織が相撲を取っています。なおも見ていると、掛軸が一本、箱から出て壁に掛かりました。『あれは、角(かど)の時平(しへい)さん、藤原はんとこから預かっている天神さんの絵像やないかいな。』と。梅の折り枝を持った菅原道真(すがわらみちざね)公が絵から抜け出して出てきます。下座から楽の合方が入り、百人一首にも入っている有名な歌、“東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ”と詠み、旦さんに、『そちゃ当家の主なるか。質置きし主にとく利上げせよと伝えかし。どうやらまた、流させそうなわい。』と、これがサゲになります。道真公が九州に流されたのと、質で流されるのをかけているのですな。質に置いたのは“角の時平さん、藤原はん”というのは、道真公を九州に流罪にしたのが藤原時平だったことによっているのですな。この辺の意味を知らないと、全く分からないサゲになってしまいますが、私自身としては、粋なサゲのように思えますね。

 上演時間は、短くて三十分、長くて五十分前後になる方もありますが、だいたい四十分前後で終わるみたいです。前半は旦さんのしゃべりに退屈さを感じさせてはいけませんので、難しいと思います。相当の腕がいるでしょうね。しかし、その旦さんの長いしゃべりが、また魅力で、ググッと引き込まれると、これぞ話芸のすばらしさ、落語のすばらしさだなあと感じられると思います。後半は、定吉の焼き栗を食べながらのあやふやな思い出し、熊はんの告白、そして番頭はんと熊はんの御膳を前にしての会話、非常に笑いも多く、この後どうなるのかドキドキしながらも、楽しめるところですね。

 所有音源としては、桂米朝氏、笑福亭松之助氏、笑福亭仁鶴氏、故・桂枝雀氏、桂南光氏、笑福亭松喬氏、故・桂吉朝氏のものがあります。米朝氏は、このネタを昔は得意ネタにしておられたようで、好評を博しておられましたが、私は最近のものしか聞いたことがありませんので、そんなに長くなく、現在はあっさりとやられているような気がします。松之助氏のものは、やはり米朝型とは、異なっていまして、質屋さんの場所・名前が特定されていたり、旦さんの語りが、若い時の自分のことのようにしてしゃべったり、定吉どんが熊はんよりも先に帰る、また、離れ座敷で熊はんが唄を歌いだすなんて演出もあったりします。語りの部分や、離れ座敷での描写は、米朝型のように、そんなに細かくされてはおりませんが、おおまかな雰囲気をつかんでおられます。仁鶴氏も、あんまり演じられないネタではあるんでしょうが、そんなに派手な演出でもなく、じっくりとやておられましたな。枝雀氏も、大当たりの十八番ネタにしておられました。私も、大笑いさして頂きました。本当に笑ってしまうんです。何回聞いても。終わりの方で、熊はんが番頭はんと二人で御膳を食べているところ、お酒を飲んで、『うまい酒や。あ、うちのと一緒や。』という、あのギャグ、意表をつかれて、本当に笑いますなあ。そういえば、その他にも、帯と羽織の相撲の所で太鼓の音が入ったり、天神さんが梅の折り枝ではなく、笏(しゃく)を持って出てきたりと、変えたはる部分もありましたな。南光氏のものは、最後の天神さんの描き方が大変おもしろく、今でもその姿が目に浮かびますね。松喬氏のものは、細かい所もそこそこですが、大まかに全体を掴む話ぶりで、筋がありましたな。吉朝氏のものも、大笑いできて好きです。ここまで腕が上がったのだなあと、本当に感心させられます。

 私は、このネタ、本当に好きなネタの中の一つなのですが、やはり枝雀氏のものが一番好きです。秋の夜長、焼き栗を食べながら、“うちのと一緒や。”を聞いて、大笑いしてください。

<12.10.1 記>
<18.5.1 最終加筆>


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