やっぱり、二月ですなあ。さ〜むい、さ〜むい。そこで、体をホコホコと温めるために、今月は、池田の猪買いを選びました。

 話は、主人公の男が、甚兵衛はんのところにやってくるという、毎度おなじみの場面から始まります。この男、よく見ると、鼻の頭が真っ黒。聞いてみると、“やいとのあと”。最近は、あんまり聞きませんなあ、やいとを据えたはる人て。急所にもぐさを乗せて、線香で火をつけてねえ。関西近郊では、伊吹山のもぐさが有名でね、今でも向うへ行ったら結構売ったはりますわ。子供の戒めごとで、悪いことしたら、“やいと据えるで〜”なんか、よう言われましたわ。と言いつつも、私もいまだに一回も据えたことはおまへんねんけど…。この男、のぼせてしょうがないというんで、甚兵衛はんに“ちりけ”(つまり、ぼんのくぼ、これでも分かりまへんかなあ、最近は。首筋のところですな。)にやいとを据えて、その上へ上へ据えたら、よう火が降りるでと教わったので、こんなになったとのこと。つまり、首筋から後頭部、頭のてっぺん、額、みけん、鼻へと据えていったんですな。相当のアホやと思いまへんか。どう考えても重ねて据えるに決まってるやおまへんか。ここらが落語らしいとこでんな。ところが、そのやいとでのぼせは治ったんですが、今度は冷え気、体が冷えてどもならんとのこと。そんなら、体の内から温めるのが良いと、猪の肉を食べたらどないやと教えてもらいます。それも、その辺で売っているようなんではなく、捕れたての新しい肉がええといわれ、池田へ行くように勧められます。この当時は、まだ自分の足で歩かんと旅ができひん時代、明日の朝一番に行くということになります。それでは、“行く前に頼みがあるので、もういっぺん寄ってくれ。それから、池田は大阪と違うて、一段と冷えるところやさかいに、あったかい格好で出てくんねんで。”と、甚兵衛はんにいわれながら、主人公は自分の家に帰ってしまいます。

 明くる朝、甚兵衛はんの家の表をドンドンと叩く音。この男と分かっているので、“くぐりが開いたあるさかいに、入っといで。”“大戸を開けてもらわんと”と、戸を開けてもらうと、主人公はものすごい格好。冷えるこましたらどもならんと、家じゅうにある物を着て立っています。ちょっと笑うとこでんなあ。ほどほどに脱がされますが、甚兵衛はんの頼みとは、甚兵衛はんの分の猪の身を二百匁買うてきて欲しいとのこと。そうそう、ほん一昔前までは、みんな匁(もんめ)使うてましたわな。gと違うて。自分の分の三百匁と合わせて、五百匁、途中の渡し賃や弁当の茶代なんかで、“二円もあったら、心丈夫やなあ。二円というたら、わずかや。ちょっと、とりかえてやったら、どんなもんでやす。”という、一連のギャグが出てきますなあ。『天王寺詣り』『稽古屋』なんかにも使われてますな。それから、甚兵衛はんに池田で猪撃ちの名人・六太夫さんのところへ行く道を教えてもらいます。甚兵衛はんに、“分からなんだら、たんねて行きなはれ。”と言われた手前、忙しそうにしている人に道を尋ね、甚兵衛はんに教わった通りの道順を説明し、“今、あんたの言わはった通りに行きなはれ。”と言われたりします。この一連のギャグも『米揚げ笊(いかき)』と一緒ですが、いつ聞いても笑えますなあ。

 やがて、池田も山の手へかかりますと、さすがに寒気の厳しい折から、綿をちぎって投げるような雪がチラチラ、で、下座から雪の合方が入り、冬の雰囲気を十二分に醸し出しますな。かかしを本当のお百姓さんと間違え、その後に、牛を連れたお百姓さんに出会い、六太夫さんの家を教えてもらいます。この辺、“ちょっと、わしの手の先を見てみ”“太い指や”とか、“白壁がチラチラ見えて、松の木がニュッと出てるじゃろ。”という言い回しも、『七度狐』なんかに出てきます。ようようのことで、六太夫さんの家に着き、事情を説明すると、ちょうどおととい捕った猪があるといわれますが、どうしても今から撃ちに行って欲しいとせがみ、これから一緒に猪を撃ちに行くこととなります。息子の猪之(いの)に留守番を頼み、犬のサンを連れ、山に入ってゆくと、二頭の夫婦の猪が現れます。ごじゃごじゃしゃべって、なかなかねらいが定まりませんが、ようよう撃って、一匹が倒れます。主人公が、“これ新しいか?”と聞くので、六太夫さんは鉄砲を逆さにして、台尻のところで、猪の頭を、ボンボ〜ン。しかし、これが、本当に弾に当たって死んでいたものではなく、音だけで気を失っていただけだったので、頭を突かれた拍子に、ムクムクッと起きあがって、向うへさしてトコトコトコ。“どれ、客人、あの通り新しいわい。”と、これがサゲになるわけですな。

 上演時間は、二十分ぐらいから三十分、二十五分ぐらいあると、最後まで演じきれると思います。昔の上方落語の旅の話の前置きで、“北の旅は池田の猪買い”という件りがありまして、昔は『北の旅』としても知られていたようでありますな。また、最近では、縮めて『猪買い』だけでも通じるようになっています。このネタは、非常に古くからある旅ネタで、古風な型でやると、最初の冷え気のところで、淋病、つまり性病のやりとりがあったり、主人公が池田へ行く前に甚兵衛はんのところで御飯を食べる件り、牛を追うお百姓さんが牛追い唄を唄ったりする件りなんかが入っています。また、“あんまさんならもみ療治”とか、“毛さわって、えらい目におうたことあんねん”、“山もおやま(お女郎さんのことですな)もおんなじや”、“ドッコイ、ドッコイ、線の上へ止まったら、やり直し”なんかいう当てもん屋のギャグなんかも、結構古いもので、最近では省かれたりもしますねえ。よく、“前座ネタ”とも言われますし、他のネタとかぶるギャグがたくさんあるのですが、とにかく最初から最後まで非常に笑いの多いネタで、現在では結構よく上演されています。

 所有音源としては、故・三遊亭百生氏・桂米朝氏・笑福亭仁鶴氏・笑福亭福笑氏・桂南光氏・桂九雀氏のもの、その他にもたくさんの方のものを聞いたことがあります。百生氏のものは、東京の寄席でよくやられていたので、池田へ行く道の地名をちょっと省かれていたり、時間は十五分前後と、コンパクトにまとめておられました。結構古風な型なので、牛追い唄なんかも出てきてましたなあ。また、“猪の肉は、捕れたてのんでないと、薬の効き目がない。ここらで売ってるのんは、殺してから何日かたってんのんで、身は柔らかうて、おいしいけど、あかんねん。”と、捕れたてでないと冷え気には効かない理由を、きっちりと説明しておられました。米朝氏も、あくまでこだわって、分かって、古風な型のを演じておられます。しかし、何といっても、このネタは、仁鶴氏の代名詞となりましたなあ。二・三十年前の全盛期の頃に、このネタで売り出しておられました。今でも結構よくやられますが、その頃は、サゲまでを二十分程の早いテンポで演じられ、大爆笑をとっておられました。いやあ、懐かしい。とにかく、その頃は、他の人がいやがって、このネタをやらなかったというぐらいです。福笑氏のものも、六太夫さんが主人公を、“撃ち殺したろか”なんて言ったりして、おもしろいですなあ。南光氏のものは、米朝氏と同様におもろい中にも風情がありますなあ。九雀氏のものは、最初のやいとの件りを省かれているようですが、別に違和感もなく、また九雀氏特有の現代的なところも入っていて、よろしいわなあ。

 このネタ、私は大好きなネタです。山里の冬の雰囲気が非常によく出ている、米朝氏のものも大好きなんですが、やっぱり、“池田の猪買いといえば、仁鶴さん”“仁鶴さんといえば、池田の猪買い”でっせ。

<13.2.1 記>
<以降加筆修正>


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