今月は、一年中で最も寒いとされる二月にあわせて、不動坊を選びました。上演時間は、だいたい三十分前後、最初から最後まで笑いの多い、爆笑できる落語の一つではないかと思いますが、その割に結構古い言い草が多く、型はあまり崩せないものではないかと推測します。

 さて、内容ですが、まず、金貸しの利吉に、家主が、死んだ不動防火焔の女房であった、お滝さんとの縁談を持ってくるところから始まります。その会話の中で、「小口(こぐち)の糊屋のお婆んでっか。」というのが演者によって出てくることもあるのですが、この“小口”という言葉、“入った所あたり”という意味です。ある時、五十歳も過ぎた知り合いの人としゃべっている途中で、私が“小口”と言うと、「いまどき、そんな言葉、誰も使わへんで。」と言われたことがありました。本当に廃れているのでしょうか?まあ、それはさておき、この会話の中で、今晩すぐにお滝さんを嫁にもらうというのは、さすがに突然すぎて、いかにも落語の、作り物の世界のような気がしないでもないのですが、風呂へ行くのに鉄瓶を下げたり、中から閂(かんぬき)をかけたりするところは、いかにもうれしさが現れているように思います。

 風呂に入るとき、「めでたいな、めでたいな、めでたいことで洗おうなら」と利吉が言うところがありますが、これは、“厄払い”というネタにも出てくる、厄払いの文句で、「めでたいことであろうなら」をもじっているわけで、この後からのお滝さんが来たらこういう会話になるであろうという、“のろけ”のところは、実に面白いものであります。その中でも、同じ長屋の三人の“やもめ”の名前、すき直し屋の徳さん、かもじ鹿の子活け洗いのゆうさん、東西屋の新さんが出てきますが、徳さんは、紙を漉き直すので、徳用紙の意で徳さん、ゆうさんは、かもじ(付け毛)や鹿の子(まげの飾り)を、灰汁(あく)やお湯で勢い良く洗うのでゆうさん、東西屋とはちんどん屋のことですが、昔は、祓い給え屋(はらいたまえや)の新さんでやっていたらしく、神主さんの神さんからきているとのことです。祓い給え屋とは、神社に所属していない、民間にいる身近な“拝み屋(おがみや)さん”みたいなものだそうです。また、その風呂屋で利吉と徳さんとの会話に出てくる、“直し屋”とは、雪駄(せった)の裏を直す商売だそうであります。ちなみに、主人公の金貸しの利吉は、金貸しの金が利を生むという意味から、講釈師の軽田胴斎(かるたどうさい)とは、カルタの一種であった“どうさい”から、不動坊火焔とは、不動明王と、後背の火焔から、お滝さんは、不動明王の安置される近くには、よく修行の滝があることからきているようであります。これらの説明は、桂米朝氏のよるものでございます。さすがですね。

 風呂屋で自分の顔をけなされた徳さんが、ゆうさん・新さんと共に、利吉の家に不動坊の幽霊を出して、夫婦共に丸坊主にさせようとたくらみ、軽田胴斎に幽霊役を頼んで、いよいよ夜になると計画実行となります。下座に雪の合方が入り、雪のしんしんと降る夜、四人が利吉の家の屋根の上に昇り、幽霊を降ろすのですが、ここで小便をする件り、非常に私は好きなのですが、大体は省かれます。また、アルコールをあんころと間違うというギャグ、ものすごく好きなのであります。おそらく、この話の一番の笑いのツボではないかと思います。いよいよ幽霊が天窓から降りるわけですが、天窓の下が井戸というのは、やはり大阪の長屋にはちょっと無理があり、なかなか内井戸はなかったようであります。

 かけ引きに失敗した幽霊が、金だけもらって戻るとき、ふんどしが切れて家の中に落ち、「講釈師がこんなんで金取ってええのんか。」「はい、幽霊(遊芸)稼ぎ人でおます。」というのがサゲになっています。これは、昔、芸人を“遊芸稼ぎ人”と言っていたことによるサゲですが、今は全くの死語であり、マクラで説明しないと分からないようになっています。そのため、「幽霊だけに、私も随分迷いました。」とか、「幽霊だけに、宙に浮いております。」などというサゲに変えられて、演じられることも多いのですが、どう考えても私は元来のサゲの方が良いと思います。井戸にはまりまして、「こんな計略に、はまると思うたんかい?」「はまったんは、こっちでございます。」てなもんも、ありますな。

 所有音源としては、桂米朝氏、故・桂枝雀氏、笑福亭仁鶴氏、桂ざこば氏、桂きん枝氏、桂南光氏、桂文珍氏などのものがあり、他にも、林家染語楼氏、桂九雀氏など、多くの方のものを聞いたことがあります。特に、九雀氏のものでは、やもめの職業が分かりやすくなっていたり、サゲは軽田胴斎が井戸にはまって、『芸人は、浮き沈みが激しい』というものになっていて、随分と現代に近い感じを出しておられます。米朝氏・仁鶴氏・文珍氏は元来の、枝雀氏・南光氏は新しい方のサゲ、また、後二氏は幽霊が降りる時に大ドロだけで、三味線で寝鳥の合方を入れないという事実に忠実な型ですが、やはり、私は前三氏の元来の型の方が好きです。また、ざこば氏は、サゲは元来のもので、寝鳥の合方は入れないというものであります。といっても、会場やその他の都合により、ケースバイケースではありますが…。きん枝氏は、お時間の都合か、思い切って、風呂屋の後の相談から入られておりましたね。やはり、あんころを買うあたり、仁鶴氏に合ったネタではないでしょうか。

<12.2.1 記>
<19.4.1 最終加筆>


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