今月は、六月、梅雨といって、雨の降るネタはそんなにたくさんありませんが、ちょっと珍しいところで、日和違いをお届けしたいと思います。

 内容はそんなに大掛かりなものではありません、単なる笑い話ですな。主人公のある男が、十町ほど向こうに用事があって出かけようとしますが、今にも降りそうなお天気、友達に相談するところから始まります。降りそうならば、傘を持って行けと言われるのは当たり前ですが、破れたような傘しか持っていないので、持ち歩くのはみっともないと主人公は言います。何でも揃っている現代なら、考えられないところですが、地道と紙の和傘で歩く雨降りは、大変に嫌なことだったのでしょうね。ここが、このネタの少々無理なところではないでしょうか?いくら面倒臭いといったところで、破れていても何でも傘を持って出れば済む話ですが、持って出ると、このネタはここでおしまいになりまっせ。

 ネタ自体に文句を言っても仕方がありませんので、続けますが、易者の先生なら分かるかもしれないと言われて、主人公は占ってもらいに行きます。そこで、“今日は降るような日和じゃない”と言われて安心し、出かけます。ところが、途中でものすごい、にわか雨に遭い、雨宿りに米屋の軒先に入ります。この雨の描写が、いかにも大雨を連想させられるところですね。そこで、米屋のおっさんに、米の空き俵を着せてもらい、さんだらぼっちで頭をかぶせてもらいます。つまり、蓑と笠の代わりですな。“こんなものでも商売や”と言われて、お金を取られるところに、いかにも大阪の商人らしさを感じますね。

 これで、いざ出発となりますが、すぐに雨はやんで、晴れてしまいます。雨の降っているときはよろしいが、晴れているときに俵をかぶった人を見たらビックリしますで。それより何より、本人が恥ずかしくて仕方ありません。晴れているときに雨傘を持って歩くのですら、ちょっと恥ずかしいですもんね。何かの試合前に、一人でジャージ着て電車に乗ったり、畳一畳ぐらいのベニヤ板持って一人でバス乗ったり、ちょっと恥ずかしいですな。そんな経験ありませんか?

 帰ってきて、易者の先生に文句を言いに行くと、“今日は降ると言ったではないか”と言い返されます。“今日は降る。日和じゃない。”つまり、“今日は降る”で一回切って、“日和じゃない”と。ここがこのネタの一番の笑わしどころですな。思わぬ所に、思いもよらない言葉の威力が隠れていて、私も一番初めに聞いたときは、大笑いしました。

 数日後、また同じような天気に出かける用事があって、主人公は道端にいる人に、天気の具合を聞きながら歩いて行きます。この聞かれる人、主人公との会話によるシャレは演者によって異なるようであります。お菓子屋さんに、“雨でっか”と聞くと、“いや、これは有平糖いうて、砂糖でっせ”と言われ、雨と飴を間違われたり、八百屋さんに、“降りまっか”と聞くと、“やっぱり、瓜はまっかでっしゃろな”と、降りと瓜を間違われたりします。ここで、お菓子屋さんのことを、“かしんやはん”と言う件りがありますが、懐かしい響きですな。最近はほとんど使われなくなりました、関西の言葉です。最後には、魚屋さんがきます。“大降りかな”と聞くと、“ブリはないけど、サワラやったらありまっせ”、“何、サワラ。俵着るほど、降りゃすまい”と、これがサゲになります。降りとブリ、サワラと俵がかけてあって、数日前に俵を着たことがサゲになっているのであります。

 上演時間は、せいぜい二十分ぐらいが良いところかと思います。前半の傘を持って出ないところの無理を、無理がないように運ぶのがちょっと難しいのではないでしょうか。その後には、易者の先生の言い草がばれるところ、後半の道端でのシャレ、うまくいくと大笑いができるのですが、ちょっとでも間が合わないと、おもしろくなくなるのではと推測します。

 所有音源は、故・橘ノ圓都氏、故・笑福亭松鶴氏、故・桂枝雀氏のものがあります。あまりやられる方が少ないので、難しいのではないでしょうか。圓都氏のものは、型どおりですが、それでも笑いは多いです。松鶴氏のものも、型どおりではありますが、声がものすごく大きくて、なかなか熱のこもったものでありました。枝雀氏のものは、やはり爆笑でしたな。日和違いが日和違いでなくなっているような感じでした。

 まず、最初のマクラの部分がが変わってました。人間は、地球の誕生からすると、ほんの少ししか生きていないのに、アメーバの時代から今日まで、お天気はずっと存在するので、そんな人間がお天気を予報するということは、土台無理な話だということです。日本では、一年の中で約80%が晴れ、天気予報の当たる確率も約80%、ということは、一年中ずっと晴れという予報を出していても、晴れや雨やと予報しても、結局は変わらない、なんかいう話、笑いましたな。極めつけが、“気象庁の家族慰安会のソフトボール大会が、雨で流れたそうでございます。”この話、爆笑ですな。

 ネタの中でも、“車軸を流すような雨がザァー”という振り、なかなか真似はできません。後半のシャレの件りでも、お婆さんに、“お天気ですか”と聞くと、“おかげさんで元気です”と言われ、“晴れまっか”と聞くと、“いや、ハレはしまへんけど、痛いとこはありますねん”と言われたり、競馬の予想屋のおっさんに、“晴れまっか”と聞くと、“いや、5−3で手堅いでっしゃろ”と言われたりします。最後に、外人さんに、“雨降るか”と聞くと、“ノーノー、フランスフランス”と、雨降るかとアメリカのシャレをまじえて、フランス人と言われて、これで切って、終わりにしておられました。まあ、サゲではないといわれれば、サゲではありませんね。長く演じると、枝雀氏のものは35分ぐらいのときもありました。いつぞやの難波・高島屋ホールで行われたABC上方落語を聞く会の時のものは、風邪をひいておられたのか、途中で話がバラバラになって、後半では話の中で高島屋に入ったりと、これはこれで、違った意味で大爆笑でした。亡くなられて一年、もうこんな型の日和違いは、この後聞くことはないでしょう。改めて、枝雀氏の偉大さを感じますな。

<12.6.1 記>
<以降加筆修正>


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