槍ヶ岳と滑落 2006.5
大喰岳からの槍ヶ岳
5月2日(火) 新穂高温泉へ
行程:名古屋 19:30頃−0:20 新穂高温泉
明日は勤労感謝の日。全国的にゴールデンウィークの5連休が始まる日。ところ
が
わが勤務先では出勤日。しかもぐずつきが続いている今年の春,待ちに待った晴
天
の予報が出ているのです。
これは是が非でも行くしかないでしょう。強引に駆け込みで休暇を取りました。
"目的地は、雪の槍ヶ岳。
アプローチに前人未踏のルートを用いての登頂。
この冬は積雪が異常に多く,例年の3月並みの残雪量と聞く。現に4月末にも新
た
な降雪があったし、4月9日には想定ルートのすぐ脇にある穴毛谷で大雪崩のた
め
4名が亡くなっている。
かといって何も危険を冒そうとしているわけではありません。むしろ雪崩の名所
”滝
谷”や”ぶどう谷”を避け,ギリギリまで平坦なルートを歩いた上で,一気に尾
根に取
り付く安全策。いや、そのはずだったのですが・・・
時間にも余裕を持つため,前夜のうちに登山口に入っておく。1日目は夜明け前
に
登山口を発ち,日暮れまでに槍ヶ岳に到達し,槍ヶ岳山荘泊。2日目は早朝に槍
ヶ
岳登頂し,あとは下山するばかり。
過去のこの時期の登頂はいずれも「朝名古屋発,午後から登山開始,ほぼ徹夜で
槍ヶ岳に到達,翌日昼過ぎまでに登山口帰着」。それに比べれば1.5倍ほどの
時
間をとってあります。それというのも未踏ルートであることと、映画の撮影を兼
ね
ているから。
そう、映画の撮影。
自主制作の映画のために、雪の槍ヶ岳登頂を8ミリフィルムに収めてこようとい
う
計画なのです。
会社を定時に退社して急ぎ帰宅。嫁さん心づくしの夕食を食べ,用具一式を車に
詰
め込み,午後7時半に出発。
名古屋市内を抜けるのに1時間。以後,夜の国道41号線を時速50キロ程度で
高
山方面に向かう。
午後11時すぎ,高山市に到達。市の中心部を迂回し,途中のコンビニでおにぎ
り
を購入。自宅へ連絡を入れる。
ここから平湯を経て新穂高へ入るのだが,この50キロ弱の道中がなかなか長
い。
登山口の新穂高温泉駐車場に着いたのは,日付も変わった0時20分過ぎで
し
た。
5月3日(水) 未踏ルート経由槍ヶ岳山荘。滑落のオマケつき
行程:村営駐車場 5:15−5:24 新穂高バスターミナル 5:27−
5:37 ホテルニューホタカゲート −5:50 穴毛谷分岐 6:01 − 7:05 わさび平小屋 7:10−
7:42 小池新道分岐 − 8:28 奥丸沢 − 9:00 無名沢 − 9:05 中崎尾根支尾根取り付き −
12:20? 滑落 − 13:36 中崎尾根に合流 14:20 −19:00 飛騨乗越 − 19:15 槍ヶ岳山荘
車を止めて寝袋に入り、朝まで睡眠。ところが小用を足したくなってしまいまし
た。
コンビニでトイレに行ってあったのになぁ。
やむなく起きだそうとすると、今度は車のキーが見つかりません。こりゃえらい
こっちゃ。
寝袋の中を手で探るも発見できず。深夜、登山者の車でいっぱいの駐
車
スペースで、ごそごそとペンライトをかざして車内を探し回る。探し回る。探し
回
る。
一時間あまりも探し回って、やっぱり見つからない。
クタクタになって、もう不貞寝しようと寝袋をひっくり返したら、出てきた。
四次元ポケットだったのか?
1時30分過ぎ,就寝。
3時,隣の車がエンジンを唸らせ始め,起こされる。
10分ほどで止んだのでまた寝ようとすると、再びエンジンがかけられる。
これが延々繰り返され,眠れない。
察するに,中で寝ている人の防寒準備が不十分で,エンジンをかけては暖房して
い
ると思われる。
4時、たまりかねて駐車場を移動。すいている場所に停めなおす。
しかしもはや空は白白明け。
実質1時間半しか寝ていないけれど、もう出発したほうが良さそうです。
コンビニで買ったおにぎりをほおばり,身支度を整えて、出発。
時に午前5時15分。
空は高く、雲一つない。
駐車場の上流、バスターミナルから左俣林道へ入る。
槍ヶ岳に向かうなら当然に右俣林道なのですが,今回はルート開拓です。
もう一つには、3月のロケの際に左俣林道で撮影しているから、というのもあり
ま
す。
いや、本末転倒ですね。左俣林道で撮影をしたのは、そもそもルート開拓を念頭
に
置いてのことでした。
左俣林道には弓折岳方面にスキー登山をする人がちらほら。皆スキーを履くか,
背
負っています。
気温は低く、穴毛谷から先はまだ残雪の道。路面の雪はガチガチに凍っていま
す。
アイゼンを履いても良いくらい。
左手の小さな谷を埋めて,雪崩の堆積物が左俣谷にせり出していました。
7:05 わさび平小屋。
この時期は営業していないとの情報でしたが、しっかり掘り起こされ、20人か
ら
の団体が朝の体操をしています。
スキートレッキングのツアー用に開けたのでしょうか?
やがて小池新道への分岐にさしかかりますが、ここへ来て驚いた!
左手の斜面から押し出した膨大な量の雪崩が、幅百メートル以上ある谷を完全に
埋
めて、なおも積み重なってのたくり、まるで鉄砲水か、大溶岩流の瞬間を雪で再
現
したような状態。
苦労してこの白い溶岩流を越え、右手、林道の源流方向へ。
他の登山者は例外なく左手の小池新道を登って行きます。
最初の難所は林道がヘアピンカーブで登っていく急斜面。
崩落してきた雪で林道は完全に埋まり、45度の雪の斜面となっています。
しかも雪は不安定。
倒れれば谷底のデブリ(雪崩堆積物)の上へまっ逆さまです。
アイゼンを履き、そろそろとへつって通ります。おっかなびっくりです。
なんとか平らなところへ脱出したときには大きなため息。
この先、雪に埋まった奥丸沢を渡り、右手の稜線、中崎尾根へ支尾根から取り付
く
計画です。
9:05 支尾根に取り付く。
若干雪が腐り始めている。傾斜もなかなかきつい。ときに足が雪にめり込む。そ
れ
でも総じてふんばりは良く効き、快適な稜線だ。
途中でしばしばカモシカの足跡が横断している。
リス?の糞が集積している場所も。
その糞の主も思わぬ闖入者に驚いて走っていった。
そしてかなり登ったころ。
方位がおかしい。
奥丸山の先の稜線に取り付くはずなのに、このままでは奥丸山に向かってしまう
。
奥丸山のこちら側斜面には困難な崖,露岩帯が待ち受けているのだ。
どうやら一つ手前の支尾根に入ってしまったらしい。
傾斜がそれほどでもないのを幸い、トラバースして目的の支尾根に向かう。
手前の谷が深くて少々てこずったが,無事到達。
しかしこの支尾根は思った以上に傾斜がきつい。
平均45度を越える急斜面だ。
それでも樹木に覆われているので雪崩の心配もなく、アイゼンとピッケルをきか
せ、もう片方の手も使いながらじりじりと高度をあげていく。
2万5千分の1地形図によれば、この尾根はずっと樹林帯で、中崎尾根の間近ま
で
いけば傾斜も緩く、楽になるはずだ。
ひたすら攀じること2時間半あまり。
ようやく中崎尾根も目前となり、傾斜も容易になってきた。尾根が痩せてきた
が、
この程度なら問題なしだ。
そうして「もう一息」と思ってまたひと攀じりした眼前に、信じがたい光景が展開した。
尾根が、ナイフリッジになっている。
尾根が屏風の上の部分のように細く、左右が切れ落ち、まるでナイフの刃を上に
向
けたようになっているのだ。
左側は切り立った崖となって崩落した岩の垂壁をむき出し、その崖の上には尾根
に
積もった雪が庇のようにせり出して今にも崩れ落ちそうになっている。右側は申
し
訳程度に木が生えた50度を越えようという急斜面で、尾根は厚みのない一本の
線。
しかもその線は雪に覆われて、どこが本当の尾根筋かわからない。下手に歩
い
て雪が崩落したら、崖からダイブしてあの世行きである。
顔から血の気が引く。自分でそれがわかる。呆然とする。
どうすべきか。行くか、引き返すか。
引き返すとなれば今までの急斜面を攀じ下る必要がある。下りは登りより危険だ
。
幸い、尾根の右側にはそれなりの間隔で木が生えている。ここまでの斜面でも雪
は
存外しっかりしていたし、ピッケルを効かせ木につかまりながらトラバースして
い
けばなんとかなるだろう。中崎尾根も目前だ。
進むと決める。
恐怖心を抑えながら尾根の右側をそろそろと進む。
一歩一歩。
常に左手のピッケルを雪面に刺してから動く。
右手で木を掴めるところでは必ず掴んで。
一歩、また一歩。
突然、足元の雪が抜けた。
足元の雪が人の重みで急斜面を滑り落ちたのだ。
想像以上に腐っていたらしい。
当然、乗っている人間も落ちる。
刺しておいたピッケルも体重を支えられず斜めに抜けてしまった。
直ちにピックを雪面に打ち込んで自己確保する。
だが、腐った雪は深深と刺さったピッケルをそのままズルズルと受け流し
て
しまった。
落ちる。
その間数秒もあったかどうか。急激に勢いがつき、思わず叫んでいた。
細い木につかまるも止まれず。
全力疾走くらいの速さで滑り落ちる前方に若干の木々が見えた。
あそこに引っかかって止まれるかも。
その期待もむなしく、体は木々をかすめただけで下へと落ちていった。
腐った雪の急斜面での滑落。
ただ、下は露岩も出ていない雪の谷だと分かっているので、死ぬかもとは思わな
かった。
ピッケルが立たないなら体を広げて抵抗を増やせば良いかと試したが、止まらな
い。
ままよ、どこかで傾斜が緩くなって止まるさと一瞬投げやりな気持ちになる。
しかし数百メートルもこのまま行くのはぞっとしない。
若干傾斜が緩んだと感じたので、もう一度ピッケルを立ててみる。
ピッケルは腐れ雪を噛み、しばらく掻き分けていたが、やがて速度が落ちる。
止まった。
息が荒い。
やれやれと思った。登る距離がのびちまったわい。
さっきトラバースした谷筋の上方だ。
雲ひとつない空が青い。雪がまぶしい。
そうだ、サングラスが外れている。
視線を下に戻すと、顔から外れたサングラスが雪まみれになっていた。
スコップ代わりにサングラスで雪を掬ったような感じ。
その左眼側の雪は、全部が赤い。真っ赤だ。
いちごシロップのかき氷といった感じ。
それにしては赤の色が生々しい。
手を左眼側にあてると、額からとめどなく血が溢れ、鼻を伝って流れている。
サングラスをひっくり返し、鏡代わりにして見ると、左眼の上の額の皮が、二枚
貝
の殻のようにぱっくり開いている。
雪を拾い、傷を冷やしながらその貝の蓋を閉じる。
そのまま雪を当てつづけて冷やし、出血を抑える。
大き目の正方形のバンソウコウを持っていたはずだ。ウェストバックを開き、冷
た
い手で不器用に貼る。
これでひとまず応急処置は出来た。
体はどこも痛くない。
額の傷さえ痛みを感じないのが不思議だったし、幸いだった。
あらためてあたりを見回す。
自分は全身雪まみれ。帽子はない。カメラのキャップも飛んでいる。レンズは無
事
だ。
落ちてきた方を見ると、リュックの脇に入れていた三脚とストックがそれぞれ大
分
離れて斜面に転がっている。
いま居る場所も40度近くある斜面、安閑ともしていられないが、登り返すのも
う
んざりである。
嫁さん、怪我しちゃってごめんなさい。
ヘリの爆音が聞こえる。
朝から断続的に飛んでいる奴だ。
好天を捉えてあちこちの山小屋に荷揚げをしているのだ。
多分東邦航空のヘリだよな。そういえば遭難救助にも度々出動していたよな。
遭難救助要請をしてしまおうかと一瞬本気で考える。
未踏ルートで滑落しているとなれば、軽傷でも充分遭難であるに違いない。
でも恥ずかしいのと、救助費用が馬鹿にならないのでやっぱり自力で脱出しよう
。
また慎重に一歩一歩登り始める。
直上したいところだが、とにかく20メートルくらい先に落ちている三脚を拾い
に
行く。
ストックはかなりの急斜面を登ったところにある。
今後の行動には必要ないし、よほど捨て置こうかと思ったが、ゴミを遺棄しては
い
けないので拾いに登る。
そうでなくても帽子とレンズキャップが行方不明、平たく言えば遺棄しているの
だ。
山よ、ごめんなさい。
ストックを拾った場所からトラバースし、日がかんかんと照りつける純白の大河
の
真ん中を登っていく。
傾斜はコンスタントに40度くらいか。
行けども行けども中崎尾根は近づかない。
口にする物といえばビタミン飴くらい。
空腹は感じていないが、力も入らない。
自分だけが頼りの、白と蒼のモノトーンの世界の中で、気力を振るいつづけるこ
と
更に1時間半。
ようやく、中崎尾根の稜線に出た。
まずは安堵のため息をつく。
荷物を降ろしてどっかと腰をおろす。
なにしろ満足に休める平地もなかったのだ。
稜線は思ったより狭い。
雪庇もせり出している。
稜線を通して踏み跡がひとつ。
春山で中崎尾根をたどる人、少ないんだなあ。
前方には穂高連峰から槍にかけての大パノラマが広がっている。
槍・穂高連峰に最も肉薄した展望台だ。
峰峰は切り立った岩場を除き純白の雪に覆われ、冬山かと見まがうばかり。
北穂の西面だけが雪を寄せつけない黒々とした岩場を全面に押し立て、滝谷の絶壁
の
存在感を誇示している。
我が愛しの槍は広々とした飛騨沢を手前に配し、おまけに穂先のこちら側に肩
の
平があるものだから、ちょっと迫力不足である。
とまれ、嫁さんに電話。てこずって遅くなったとだけ状況報告。C1000タケダをゴ
ク
ゴクと
摂取し、栄養ドリンクを飲み、はるかな稜線をたどり始める。
前途の距離を考えると、山荘到着は日没ぎりぎりになりそう。今日中に登頂はお
ぼ
つかない。
槍平に降りることも考えたが、傷の手当てをしたいこともあり、一番近い営業中
の
小屋である槍ヶ岳山荘に向かうのが最良との判断です。
それにしても眠い。そういえば睡眠不足なのだった。
2380高地?で耐えられず仰向けになる。
瞬時に眠りに落ちていた。
ほんの数分とは思うが、寝ていたので覚えていない。
再び、出発。
ピークから少し下がったところにテントを張ってスケッチをしている人がいた。
新しい踏み跡はここまで。その先はGW前半に入山した人の物とおぼしき不明瞭
な
足跡だけ。
雪庇を避けるために稜線通しを避けてトラバースしているが、これまた結構傾斜
が
きつい。
とにかく黙々と先を目指す。登山靴が次第に濡れてきた。出発前、徹底してワッ
ク
スを
塗ってきたのだが。
17時頃 千丈沢乗越付近。
もう日もかなり低い。登山者の姿も自分の他に1人だけ。さっきから飛騨沢を遡行
し
ている人影が残るのみだ。
予定ではここからジャンクションピークを登り、西鎌尾根経由で槍に達する予定
だったが、
岩場が連続するコースには今の体力では耐えられないと見越し、飛騨
沢
へ
トラバースしていく。
10歩歩いては呼吸を整え、また10歩歩いては休み、その繰り返し。
果てしないその繰り返しの末、日差しが橙色に変わるころ、もう1人の登山者に追
い
ついた。
30代くらいの男性。槍ヶ岳は初めてとのことで、わけもわからずヘルメットま
で
持ってきたとのこと。
血だらけの私の顔を見て「プロレスラーみたい」。心配して絆創膏を貼り換えてくれま
し
た。
ありがとうございます。付けていた絆創膏は血漿が溢れんばかりで眉毛に達
し
ていました。
出血が止まっていなかったようで。
写真の撮りあいをして、分かれる。自分が先行する。
飛騨乗越はまだまだ遠い。
一歩、また一歩。ただひたすら繰り返す。道案内のポールが立っている。ノッコ
シ
まで
あと10本と見て取り、カウントダウン。
9,8,7,6,5・・・
しかし最後の一本と思っていた場所まで行くと、まだまだ先が続いていた。
日は西の稜線に沈んでいく。
寒気が押し寄せてくる。だが両手は素手だ。リュックを下ろして手袋を出すのが
億
劫なのだ。
歩くことだけで精一杯。
19:15 遂に槍ヶ岳山荘に着いた。入口の外でアイゼンを外し、中に踏み入れる。
宿泊の手続き。夕食、カレーなら作れると言うのでお願いしてしまう。
それから傷の手当てをお願いする。初めて気付いたというように、しかし丁寧に
処
置してくれた。
その間に自宅と電話。
鼻や唇についた血は額から流れ出たものだと思っていたら、これもしっかり傷でした。
食堂では疲労のため寒いのでストーブを間近に当ててもらいながらカレーを頂
く。
疲れて食欲がなく、お茶と味噌汁ばかり5杯も6杯も流し込む。それでも残
飯
を
残さないようにカレーも平らげ、ご馳走様を言って自宅に電話。状況をやや丁
寧
に報告。
電話を切るや否や8時半、消灯。整理体操を行った後、固い布団の寝床
に
もぐりこむ。
山小屋の布団は雑魚寝。隣との間隔が狭く、真っ暗闇で布団の向きもわからな
い。
敷布団のような分厚く重い布団で、折ってあるのか角なのかも判然としない
始
末。
周囲が寝ている手前ペンライトをつけるわけにも行かず、中途半端な状態の
ま
ま寝る。
それでも1日14時間の行軍の疲れから,比較的良く眠れた。
5月4日(木) 槍ヶ岳山頂〜下山
行程:槍ヶ岳山荘 5:15− 大喰岳 − 槍ヶ岳山荘 − 8:10 槍ヶ岳山頂 −
槍ヶ岳山荘 9:40 − 9:50 飛騨乗越 − 11:14 槍平 11:24 − 11:48 滝谷 −
12:02 チビ谷 − 12:08 ぶどう谷 − 12:55 白出沢 − 13:01 白出沢出合 −
13:22 砂防ダム −13:42 穂高平 − 14:10 夏道分岐 − 14:30 ロープウェイ駅 −
14:33 新穂高バスターミナル − 14:40 村営駐車場 − 21:30? 名古屋自宅
明けて4日。未明ごろから宿泊者が次々に起きだしていく。5時半には寝床はガラ
ガ
ラに
なっていた。ちょっと起きだして日の出の状況を見に行くが、あまりに天気
が
良すぎて
雲ひとつなく、絵にならないので寝床に戻る。
6時ごろ、朝の槍を撮るため,大喰岳に登る。槍ヶ岳に最も近い山頂であるため、
ど
の山
から見るより大きく槍ヶ岳の姿が北に望める。
山頂はなだらかな雪原となっていて危険は皆無。
南を向けば中岳,南岳をへだてて穂高連峰が密集して見え、西には笠ヶ岳、東には離れて常念山脈。
視線を戻してひときわ大きく聳える槍ヶ岳の背後には、立山連峰と黒部源流の山々が
背景を彩っている。
空はどこまでも青く、白
い
山々をバックに槍ヶ岳の岩峰は黒い。
急峻な崖ばかりでできているため、雪と氷
は
窪んだ部分にしか
留まることを許されないのだ。
その雪と氷の面積は例年のこの
時
期に比べて明らかに多い。
それは私の好みどおりだった。
一旦山荘に戻り、カメラと三脚だけ持って穂先を往復する。
そういえばこういう山の宿は「山小屋」と総称されるけれど、収容人数300人で「
小
屋」とは変だよなあ。
穂先では悪場が続く中での8ミリ撮影に大苦戦。途中、三脚を体につけてカメラに
上
を
向かせようとしたら、異音と共に三脚を受けるネジが馬鹿になってしまった。
岩
壁に
張り付いたまま処置に窮する。結局手持ちで可能な限り撮る。
不安定な姿勢で、それも本当に剣呑な場所ではカメラをまわせない状態で、それ
で
も
危険を感じることはなく山頂着。
もう何回目か記憶していない。積雪期の登頂は2年ぶり4回目かな?無雪期には10
回
くらい
来ている。でも山頂で8ミリを回すのは初めてだ。そして雪はこれまで来た
ど
の機会よりも多い。
北鎌尾根が良く見える。無雪期には2回登っているが、積雪期に登る技量はいまの
と
ころ無い。
いつか積雪期に辿りたいものだ。
山頂は常時2〜4人の登山者が入れ替わり立ち替わり、人の途切れることが無
い。
ままよ、人を避けて撮影する。金具が外れて首の据わらないカメラをだまし
だ
まし
三脚に載せ、固定撮影。さらに手持ち撮影。代役なので自分の顔をはっきり
映
せない。
残念!
一時間近く山頂でぶらぶら撮影した後、下山。
穂先の途中で昨日の単独行者とふたたび遭遇。
めちゃくちゃビビっていました。うん、10回以上登ってる自分でもちょっと怖い
も
の。
山荘でリュックを整え、朝食のレーズンロールを食べ、下山開始。
下りは最も楽な飛騨沢−槍平ー右俣林道コースに決める。
次々登山者が登ってくるが、挨拶を返してくるのは約半数。ここ数年でも登山者
の
精神の荒廃が進んでいるようだ。
槍平もかつて無い雪の深さ。
その後もひたすらデブリの量が過去見なかったほど多い。
滝谷付近はあまりのデブリの量に飛騨沢が完全に埋まり、踏み跡が飛騨沢の左岸
に
ついている。驚き。
ブドウ谷のデブリもこれまた多い。
極めつけは白出沢。いつもこの時期には白い石がゴロゴロしている河原が、一面
氷
河の
ようなデブリで覆われている。
この冬の積雪が尋常でなかったことが一目でわかるのであった。
あとはひたすら林道を降りていく。これこそが地獄だった。行けども行けどもな
か
なか
近づかないゴール。重い荷物。重い足。深い雪。
うんざりした頃、ようやく中間点。さらにうんざりへとへとになりながら、それ
で
も
他の下山者よりは速いペースなのに、
やっぱりなかなかたどり着かない。八つ当たりの言葉を吐きながらようやくのこ
と
で
穂高平小屋。槍ヶ岳に最後の一礼をして、そのまま通過。
さらに延々地獄の行軍を続けた末、
14:30新穂高ロープウェイ。
14:33新穂高バスターミナル
14:40村営駐車場
「ひがくの湯」で汗と垢を流し、名古屋へ。
ゴールデンウィーク中とあって道路は途中かなりの渋滞。
自宅に着いたのは夜もふけてから。
さすがに疲れました。
なお、両手、特に右手に軽度の凍傷を負っており、翌日、翌々日をピークに手がパンパンに
腫れる。まったく手が握れないほど。
就寝中も痛いのには参りました。
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