The Big Interview
ビッグ・インタヴュー

「ザ・ビーチ」で、彼女はレオナルド・ディキャプリオと共演し、ニュー・ブリジット・バルドーかカトリーヌ・ドヌーブかと賞賛されているが、ヴィルジニー・ルドワイヤンは比較をするつもりはない。自分自身でしかありえないと彼女はマーク・サリスベリーに語る。

Vive la difference 違いに万歳!

それはかなりショックなことだろう。ある時は敬われてはいるがさほど有名ではないフランスの女優だったのが、次の瞬間:ドカーン!一気に注目を集め、レオナルド・ディカプリオと関係を持っていると言う噂だけでなく、彼の子供を妊娠しているのでは?とまで言われしまう。それもこれもダニー・ボイル監督作品(「トレインスッポティング」「普通じゃない」)の「ザ・ビーチ」で大役を物にしたからである。ボイルもメガスターのディキャプリオを起用した映画の監督に就任したのだ。

去年の4月、この映画のセットで会った時、騒ぎに対するヴィルジニー・ルドワイヤンの答えは、笑い飛ばすことだった。「動転しちゃうわ、でも同時に、あんな風に考え始めたら、完全にノイノーゼになるわよ。」とぎこちないが、きちんと理解出来る英語で返事をしてくれる。「距離を置くようにしてる。自分を守りたいから、私にとって最良の方法は気付かないようにして、笑っていることかな。」

今日のルドワイヤンは、シャンゼリゼの近く、パリのホテルのソファーに優雅に横になっている。去年の4月と同じく、落ちついていて自信が感じられる。タバコを手に、白いTシャツの上にVネックの黒いウールのセーター、黒のズボンに白のトレーナー、全く化粧気がないが、古今のフランスのミューズたち:カトリーヌ・ドヌーブ、ジャンヌ・モロー、ジュリエット・ビノシュ、ソフィー・マルソーと同じ魅力、洗練さと官能性を醸し出している。

アレックス・ガーランドのベストセラー小説を原作に、ザ・ビーチでは、タイで神話的な島のパラダイスを探し求めるアメリカの旅行者をディカプリオが演じている。その島へ行くために、彼は若いフランス人のカップルと仲良くなる-そこでルドワイヤンが登場する。

彼女の登場シーンは、バンコクのホテルの廊下をボディコンの白いドレスを着て、タオルを巻いたディカプリオへと歩いて来て、目が覚めるような素晴らしい登場の仕方だ。彼女がニュー・バルドーと呼ばれるのも不思議ではない。最高の賛辞を彼女に送ったのは原作者で、小説を書いた時に想像していたのは、まさに彼女だったと言う。弱冠23歳だが、ルドワイヤンはフランス若手の新星の一人として広く知られている。「並じゃないんだな。」と語るのは、10年前、最初に自分の雑誌の表紙に彼女を起用したフランス版プリミエの編集長アラン・クリュゲである。「彼女はお飾りじゃないんだ。凄く美人でフォトジェニックだし、頭も切れるしね。タフだよ。女優以外の仕事も出来ると思うな、作家とかプロデューサーだってね。」

ルドワイヤンは、'87年フランスのコメディ「青い衝動」で映画デビューを果たした。「冷たい水」('94年)やマーチャント・アイボリー作品「A Soldier's Daughter Never Cries」('98年)や昨年の「Late August, Early September」などの大役を経て子役から大人の女優へとうまく脱皮したのだ。 

'76年、パリ生まれで、彼女は郊外で育った。父のベルナールは、ビジネスマンで、母のオルガは、料理屋を経営していた。どちらかと言うと慎ましい育ち方だと彼女は言う。「貧しかった訳じゃないけど、私はブルジョワやインテリの家庭の出身ではないから。」両親を困らせたことはないわ、きちんと学校へ行ってたし、勉強もしたし、優等生じゃなかったけど、劣等生でもなかった。お利口さんだったわ。」

彼女はまた、凄く独立心が強く、16才の時、両親と弟ミシェルと同居していた家を出た。「大人だったのね、とても独立心が強くて、いつも独立したくて、本当に一人暮らしがしたかったの。でも他人の言う事は聞かないって言うのではなくて、自分のボスは自分だって思っているから。でも孤独じゃないわよ、友達も大好きだけど時々一人になりたいの、別に何するわけでもなく、読書したりタバコ吸ったりとかね。」

彼女が2才の時、母親の友人で写真家をしている人が広告用写真に女の子を探していて、ルドワイヤンはぴったりだということになり、コマーシャル同様、モデルの仕事も増え、パスタから航空会社まで、ありとあらゆるもののセールスに役だった。彼女が9才の時、また偶然にも、友人の母親が映画のキャスティングの話をし、彼女はオーディションへ行き、前述の「蒼い衝動」で主役の座を得る。

両親は自分をサポートしてくれたとの事だが、押しの強い典型的な芸能界タイプではなかった。12才の時、ヴィルジニーは自分一人でオーディションへ行くためにパリを横断していたと言う。「両親はよく保護してくれたけど、同時に私と弟のことを、独立の準備のために少しは自分達でさせてくれたのね。」と振りかえる。「母は、"娘は凄い、素晴らしいわ"って言うタイプじゃないから、オーディションへ行くのがあまり好きじゃなかったわね。」どちらかって言うと、「このオーディションへ行きたいなら、5時からよ。行きたいなら、地下鉄に乗って行きなさい。」って感じだった。

9才から16才までは、パリの子供演劇学校へ通っていた。舞台へ上がらせると言うものではなく、子供達の芸術的才能を開花させるように出来ていた。朝は勉強して、午後からダンスや演技、ピアノのレッスンをした。でもルドワイヤンに関しては、学校では完全にダメだったという。「私は恥ずかしがり屋でステージには上がれなかったわ。出来なかったの。本当よ。」とはにかみながら微笑んだ。

それでも、夏休みは、映画を撮るのに費やされた。「趣味見たいなものだったわ。」と「ミマ」(1991)や「子供泥棒」(1991)での初期の役について語る。「ワクワクしたわね、メイクをして、衣装を着て、大人と一緒にいるのが好きだったの。でも女優って仕事なんだって思えなかった、だってとてもおかしくて、楽しかったから。仕事って大変できついものだって思っていたし。自分が何をしていたのか気付いていなかったのね。」

実際、彼女は16才で、オリヴィエ・アサイヤスが「冷たい水」で、問題を抱えたティーンとしてキャスティングされて初めて、女優になる決心をする。「彼のお陰ね。彼が素晴らしい監督で、私にインスピレーションをくれたからよ。」と感謝している。「女優が何なのか初めて分かったのね。それまではゲームみたいな感じだった。あの映画に出て、これならずっと出来る、好きになれるって思ったの。」

それ以来、彼女は、フランスのヒップで、若い監督達のお気に入りになり、フランスのオスカーとも言えるセザール賞にも数回ノミネートされた。受賞したことはまだないが、98年彼女がエイズ患者に恋するミュージカル・コメディ「ジャンヌと素敵な男の子」ではパリ映画祭の主演女優賞をもらった。批評家たちが、バルドーやドヌーブと彼女を比較するが、ヴィルジニーは比較されるのがイヤみたいだ。「ああ言ってもらえるのは嬉しいけど、女優の本質は他の人とは違ってユニークであることでしょ。私はドヌーブじゃないし、彼女にはなれないもの、でもそれでいいのよ。私は私だもの。それがいいことがどうかは分からないけど、私は自分の個性を出したいだけ。」

彼女のインスピレーションになっている女優はイザベル・ユペールとジャンヌ・モローだ。そのユペールとは95年「沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇」で共演し、今では交友関係でもあり、モローとは、ジェラール・ドパルデューやジョン・マルコヴィッチと共に、フランスのテレビ制作、ヴィクトル・ユーゴ原作の「レ・ミゼラブル」で目下、共演中だ。

「ジャンヌのキャリアが大好きよ。」と彼女は言う。「ああ言う風になりないわ。独立プロの物も、超大作にも出るし、イギリスの舞台にも立つしね、色々な監督とたくさん仕事をしてるわ。私もそうしたい。映画の質とかではなくて、違った世界へ行けるってことかなあ。私にとって、俳優の仕事って、違った世界や異なる文化に接することが出来るってことなの。」

「ザ・ビーチ」は外国語で仕事をすることだったが、英語を話す役はこれが初めてではない-既にジェイムス・アイボリー監督の「A Soldier's Daughter Never Cries」に出演していたからだ。「(言葉が)違うけど、そんなに難しいわけじゃないの、おかしいけど。一番大変なのは監督が何を求めているかを理解することよ。早口で言われたると、ぼーっとしてたら、分からなくなっちゃうでしょ。」

「ザ・ビーチ」が終わると、案の定、ハリウッドから声がかかる。いくつかの企画もあったが、彼女は単に出演すると言うためだけにエキゾチックな役を演じるのには興味がないので、相応しい役が来るまでフランスで仕事することを選んだ。「レ・ミゼラブル」の他にも、彼女は既に別のフランス映画を撮影中だ。まだ題名も未定でパリを舞台にした低予算の映画で、刑務所でレイプされてしまう若い女を演じている。これに付け加えて、(他のフランス女優が羨む)ロレアル・ドリームチームの一員としてのステイタスがあるの
だ。

「違ったことをしたいの」「ザ・ビーチに出たから超大作に出たいと言うんじゃなくてよ。自分の好きな企画じゃないとね。嫌いな映画に出たことないし。自分の期待以下で失望したことは時々あったけど、ただ出演するために映画の仕事をすることはないなあ。」

彼女にとって一番大切なのは、良い監督たちと仕事をすることだ。ザ・ビーチの監督であるダニー・ボイルをベストの一人と思っている。「彼は本当に俳優が好きなのね。5日間しか撮影期間がない俳優でも主演でも、同じように接するわ。」彼女は熱く語る。「この映画の撮影では、4ヶ月間タイにいたのね。これは大変なことよ、特に監督にとってはね。制作費も膨大だし、(主演は)レオナルド・ディカプリオだしね。4ヶ月間、彼はいつも全く同じだった、禅(をして)穏やかで繊細でね。神経質になっているのを見たことがなかったもの。間違いなくストレスあったでしょうけど、私達にストレスやプレッシャーを感じさせなかった。素晴らしかったなあ。」

共演を果たしたディカプリオに関しては、「今までで、最高の共演者の一人よ。共演者にとても寛大な人。いつも色々試しているのよね。ぶってなくて、だた仕事をするのが好きな俳優なのよ。」

それは彼女も同様だ。気はパリジェンヌだが、今では自分の時間をパリのルクサンブール地区にあるアパートとスペインとの国境近く、南フランス(訳者注:ビアリッツ)の家で二分している。「ザ・ビーチ」出演後は、4ヶ月間仕事を休んで、家族や友人と過ごした。読書に、料理に、自分だけの生活。「パリは大好きよ。私の町だもの。決まってすることもあるし、パリのエネルギーが好き。必要ね。でも何もすることがない時は、パリを出て、海の近くで静かにしていたいもの。」でも一人と言うわけではない。彼女の独立心は強いが、そのどちらの家もボーイフレンドと一緒に住んでいる:その彼氏も映画業界にいる-俳優でも監督でもないが、それに関しては、ジャーナリストには教えてくれない。

これからの事については、ヴィルジニーは無関心のようだ。「どうなるのかなあ」彼女はまたマルボローに火を付けて、微笑んだ。「人生は続く…いい映画の仕事が出来たと思うの。もちろん、これまでの物とは違うわ、アメリカのメジャー作品だし、ダニー・ボイルだし、ディカプリオだしね。とても毎日は出来ない特別なことよ。」

「でも、大騒ぎされてるけど、普通の映画だと、私は考えるようにしてるわ。」と笑った。
「おかしくなりたくないもの。」★

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