ヴィルジニー・ルドワイヤン ブルブル震える

『サンタンジュ』で彼女はホラー映画に初めてだが見事に入り込んだ。同世代の女優のなかで最も幅広い役を演じて来た彼女に新しいスポットライトが当たるだろう。

彼女にはもう18年以上のキャリアがある。これまでシャブロル、ジャコー、アサイヤス、ボイル、オゾン、ラプノーやエドワード・ヤン監督たちと仕事をしてきたが、パスカル・ロジエ監督の第一回長編作品で、そのキャリアは大きく転換する。『サンタンジュ』で初めてホラー作品へ出演することになり、人里離れた山深い中で、奇妙な出来事が発生する孤児院に雇われた若い女性の役を演じる。ルー・ドワイヨン(孤児院に残った唯一の孤児を演じる)を共演者に、優しさと感情と同様に涙と恐怖を見せて、驚くような演技を見せてくれる。この役は監督のインスピレーションを刺激し、今後の可能性を更に大きくしてくれるだろう。ヴィルジニーは私たちのために大掛かりだった撮影を振り返り、さらに女優の仕事との情熱的な関係についても話をしてくれた。

 『サンタンジュ』の企画はどうやってあなたの耳に入って来たのですか?
ヴィルジニー・ルドワイヤン-『8人の女たち』のプロモ(こちらを参照)でリュディヴィーヌ・(サニエ)とフランソワ・(オゾン)と東京にいたんです、その時自分のエージェントから私宛にシナリオが来てて、早く読んで欲しいと電話がかかって来たんですね。パリへ帰ってから、同封されていた資料と一緒に一気に読んだんです。その資料には衣装のデッサンからとても明確に監督の意図が説明されていて、それで余計にシナリオが気に入ってしまったのです。

 観客としてはホラー作品はよく見る方ですか?
-好きだけと、専門家って言えるほどじゃないわ。昔は今よりも多く見ていたと思う。このジャンルはよく注目には値しないって思っている人もいるみたいだけど、それは了見が狭いと思うわ。例えば『サンタンジュ』のシナリオを読んで、ホラー作品だと言うのは解るけど、とても深い心理を描いた作品でもあるから。

 アンナという人物であなたが最も惹かれたのは何ですか?
-彼女は口数が少ないけど、自分に起こることを一つ一つ激しく生きているの。自分が目にする事が怖いんじゃなくて、自分の世界を作っているのね、それは間違いなく自分の人生が思い通りに行かなかったからよ。その世界は彼女自身の想像なのか実在するのかを決めるのは観客次第。それに彼女の少し感じが悪いことにも惹かれたわ、男性を誘惑するなんてありえないもの!これまで私はこういう役を演じたことは滅多になかったから。

 シナリオを最初に読んで感じたことが作品を選択の時、重要なのでしょうか?
-ますますそう思うわ。幸いにも私には選べる余地があるから!シナリオを読んでみて、気に入れば大抵その作品を受けるわ。時間をかけて考えてみることはしないの。そんな風に自発的に決めるのが好き、この仕事の本質に回帰するような気がして:これまでの作品との比較をしないで、ある役を演じたいかどうかだけ。これまで演じてなかった役を意図的に求めるようにはしていないけど、実際、作品次第なのよ。

 監督のパスカル・ロジエと初めて会った時のことをどんな風に覚えていますか?
-監督に会った時は、もうこの作品の出演を決めていたから・・・お互いを見て震え上がったなんてことはなかったわ(笑)。会って見て、まず安心させられたの。動き始めた自分の映画にぜんぜん酔っていなかったし。何をどうしたいのか完璧に判っていたし。それに色々話をするうちに、私の出た、私が好きな映画は監督の好みじゃないって分ったの。たからどうして私を選んだのって思ったわ、私は監督の映画の住人じゃないわけだから。監督の説明だと、確かに私が出演した作品は好みじゃないけど、ホラー作品とは必ずしも関係ない、クラッシックな感じのする人を求めていたわけなの。会ってから、監督は絶対に自分の世界をモノにするって確信できたし、私も何を期待されているのか分った気がしたわ。

 これまで馴染みのなかった世界へ入るために、どんな準備をされたのですか?
-監督は彼の好きな作品の一本、リチャード・ロンクレインの"Le circle infernal"(英語原題:Full Circle 主演ミア・ファロー)を見せてくれたの。自分の作品に醸し出したい世界を、正確により具体的に示すためにね。(中田秀夫の)『仄暗い水の中から』も見せてくれたし、ダリオ・アルジェント監督も映画もね・・・この作品を撮りたいってことよりも映画を作ってみたいという気持ちがどう生まれたのかと、これまで自分がしてきたことを説明してくれたわ。それから何度もリハーサルをしたわね、台詞の練習はほとんどしなくて、身振り手振りに関してね。『サンタンジュ』は、とても台詞が少ない作品で、耽美的っていうほどじゃないけど、スタイリッシュな雰囲気の作品よ。この最初の段階で、私の役とルーの役との関係を決めなくてはならなかったの。だから一見馬鹿げてみえるような事もやったわ、お互いの手のつなぎ方とか、他人の行動へのリアクションの仕方とか、互いを庇い合う関係はいつ逆転するか分らないこと、その過程を曖昧にしておくことなどを決めていったの。こういう準備作業は撮影現場では、基礎作りとも言えるわね。

 ルー・ドワイヨンとの共演はいかがでしたか?
-とてもよかったわ。彼女の役は、監督が好きな映画の本質を成しているのが私には分っていたの。それに彼女は信じられないような感じでこの役に体当たりしていたから。身振りの一つ一つが、すごく厳密なの。彼女と同じ行動をするには根性が必要よ:何日もわめいたり、叫んだりして過ごさなければならなかったから。どう演じたらいいのか完全に知っていたけど、彼女は自分にプロテクトをかけないの。お互い生活も仕事の仕方もまったく違うんだけど、だからこそ共演者としてうまく行ったと思う。とてもお互いに馬があったのね、2人で笑っていたし、互いに本当に親近感が湧いたと思うわ。

 監督には撮影中も安心させられました?
-ええ。迷っているところを見なかったです。心理状態や論理に手を焼くことは少ない人。監督はどうしたいのかを厳密に知っていたから、ダメだしも躊躇しなかったわ。直接的で、どんどん指示を出すけど、人からの提案もきちんと聞ける人なの。同時に私の映画のイメージは監督とは違うのね。ルーと監督とはもっと近くて、2人でよくおしゃべりしてたわ。私はもっと自然派で、彼らは私よりもゴシック調なの。だから監督が求めていることを私はいつも理解できるとは限らなくて、でも監督を信頼して前に進んで行ったの。ある時は、あまりに細かい指示が出て、ウソをつくつもりはないから、自分には足かせが付けられたような気分になったわ。イライラしちゃって・・・でも監督は何も分っていないって思うほどじゃなかったわ。ただ自分を表現するのにもう少しスペースが欲しかったって思ったことが何回かあったの。でも完成した映画を見たら、監督の考え方が理解できたから。

 監督と衝突しても仕事はできますか?
-私はとにかくそう言うのはだめ。状況によってはある点に関して衝突することもあると思うけど、でも故意に神経症的な関係には興味ないわ。誰かに逆らって映画に出たいと思わないから。信じた作品の監督の方向へ行く必要があるし、衝突は避けたいわ、だってもうそうなってしまったら、監督を軽蔑し始めるか、監督よりも自分は知的じゃないって思うしかないから。映画の撮影は複雑な仕組みだから、そんな余裕はないと思う。

 アンナの役はとてもフィジカルですね。例えばアンナは妊婦なので、演じるあなたは常にお腹に詰め物をしていなくてはならない。撮影はどうでしたか?
-確かにいつも楽しかったわけじゃなかったわ。フランスでの撮影は夜で、物凄く寒くて、早く撮影しなくてならなかったわ。ルーマニアでは、少し落ち着いて、スタッフ・キャスト共に知り合う時間もあったの、でも私が覚えているのは汚い足で、私たちを見ながら一体何をやっているだろうって思っている人たちの前で、ルーと私がスタジオで出番を待っていることね。物凄い暑い中で撮影したシーンも同じく覚えているの、偽の血が顔にかかって髪もベットリ、ラテックスで出来たお腹が溶けちゃうの。楽しくはないけど、映画の緊張感に貢献していると思うわ。

 演じるのが辛かったシーンもありましたか?
-お産のシーンが少し怖かったわ、でも最終的にはとてもうまく行ったわね。面白かったのは、この作品では一番複雑だったのは私が思っていた事と違っていて、一番難しかったのは各ディテールに注意を払うことだったの、廊下での歩き方や、私が聞こえると思っている音へ反応することとか。役柄の一貫性を失わないように注意して、仕草や行動で、この孤児院に来た若い女性の心の動きに沿って、彼女が動揺する瞬間を際立たせなくてはいけないから。つまり秘密めいていて口数の少ない人物だから、神経が高ぶるのを強調するのにヒステリーを起こすんじゃなく、小さな演技の積み重ねが必要だったの。

 この映画で印象的なシーンの一つに、子供たちの群れに囲まれて、自分の赤ちゃんに母乳を与えるところがあります・・・
-ええ、あれは撮影が大変でした。裸で目が見えなくなった設定でしたから。普通、難しいシーンは何度も撮り直して、演じているうち、すぐに羞恥心なんか無くなってしまうんです。でも肉体的な不快感とこのシーンがとても嫌なのを克服できなかったの。全てが終わるまで時間がかかったわ。カメラが回ったのは2、3回だけど、でも演出も複雑だったのね、クレーン撮影で、私はメークするのに4時間以上かかったわ。セットに着いて、何も見えないから、どこかへ連れて行ってもらったら、赤ちゃんがそこでおしっこしちゃったの・・・スタッフたちは凄く優しさを見せてくれたのだけど、私はキレる寸前だったわ。頭の中が真っ白状態で、あの日はどう撮影が終了したのか全く覚えていないくらい。

 俳優の仕事というのはマゾ的な面がありますね・・・
-間違いなくそうね。大変なシーンを撮るのに喜びを感じているわけだから。この仕事って自分が抱えている悪魔と戦う気を起こさせるのね。自分の限界に挑戦したり、これまで知らなかった壁を見つけたり、あるいはその反対で、意識しなかった開放感とか、自分の核心に直面するの。つまり自分を忘れるために自分の外へ出ることなのね。

 撮影の後は現実に戻るのに苦労しますか?
-そう感じたことはないわ。大体、私には演技に過ぎないから。時には複雑な場合もあって、追い詰められて、自問することもあるけど・・・でも演技なわけだから!それに私の生活には強い支えになってくれる家族やいつも近くにいてくれる友人たちがいるから、幸運だと思う。

 『サンタンジュ』を初めて見た時、何を感じました?
-初めて監督に会った時、話してくれた通りの作品になったと思う。騙されたって気はしなかった。トコトン出来るとこまでやった作品よ。特に監督の技量とフレーミングのセンスと撮影監督のパブロ・ロッソの仕事ぶりに感心したわ。

 この作品でパスカルの映画の製作会社の人たちとも出会いましたね:プロデューサーのクリストフ・ガンスやリシャール・グランピエール、監督の友人、ニコラ・ブクリーフ。この人たちのグループに入ってどうでしたか?
-クリストフ・ガンスやリシャール・グランピエールは個人的に面識はなかったし、ニコラもほとんど知らなかったの。彼らは Starfix(映画雑誌)の仲間なんですね。彼らと夕食を共にしながら、私が聞いたこともない映画に関して、彼らが議論するのを聞くのはなんだかクレイジーな感じがありますね。こうしたエピソード的なこと以外で、最も印象的だったのは、彼らの一貫性ですね、自分達のテイストについて全く妥協を許さないってことね。

 そうしたXX組というものはあなたが映画界で探しているものですか?
-俳優では、なかなか参加しませんね。監督やプロデューサーなら、自分の周りに才能をある人たちを集めておけるのでしょうけど。私は、色々な世界を渡り歩いていくと思えるのがいいですね、パスカル、オリヴィエ・アサイヤス、ジャン=フランソワ・リシェは自分たちのやり方で、作り出す作品には真の情熱を注いでいるわ。私はある特定の組に属したいとは思わない。私は、何より監督たちのイマジネーションのベクトルになりたいって思うの。

 その点について、俳優になってみたいという希望はどこから沸いて来たのですか?
-演じてみたいってことかしら、一番子供じみた意味でね。それに見られたいっていう気持ち、綺麗だなって思ってもらいたいっていう気持からよね。それに演技して自分自身を怖がらせたいって時々思うから。『サンタンジュ』を撮りながら、自分の欲求の原点に戻ったような気がしたわ。

 映画の撮影現場での最初の思い出って何ですか?
-クリスチャン・シャロンジュ監督の『子供泥棒』で(日本未公開:原題 Le voleur d'enfants)、マルチェロ・マストロイアンニが私にビンタをするシーンがあったの。でも彼はそのシーンを撮る前に指輪を外すのを忘れてしまったのよ!でも怒られるんじゃないか心配で、痛かったけど、そのシーンを中断したくなかったのを憶えてる。まだ13歳だったけど、もうどんなことしてもシーンを中断したら、だめって意識が芽生えていたみたい!(笑)

 その演じるという子供っぽい欲求が、自分の仕事になると意識したのは、どの作品だったのですか?
-『冷たい水』ですね。16歳の時で、もうかなりの本数の映画に出ていました。でもオリヴィエ(・アサイヤス)に出会ったのが決定的だったと思います。突然ですが、自分のシーンを撮影するためだけに現場入りしなくなったんです。全部見て、全部理解したくなったんですね。他の作品じゃなく、あの作品に出られた喜び、その意味合いを感じることが出来たんです。その時、女優の仕事は演じるだけじゃなくて、映画の企画を選択するのも仕事の一部だと分ったんですね。それ以前自分が出演した映画は嫌いって意味じゃありません。でも自分は演出や編集、フレーミングなどを意識したことがなかったんです・・・突然、子供みたいな単純な考え方が消えてしまった感じでした:初めて、自分がある世界の完全な一部になった感じがしたんですね。

 アサイヤスの後にはシャブロル監督と出会い『沈黙する女』がありましたが、何を学びました?
-シャブロル監督はリズム感覚とそのエネルギー、やろうとしていることを、嘲笑の範囲の広さを決して神聖化したくないという面が印象に残っています。

 『カップルズ』のエドワード・ヤン監督は?
-いつも物思いに耽っている監督です。撮影方法がラジカルに違っていましたね。2週間ぶっ続けで撮影したかと思うと、その後で一ヶ月撮影中止。その後映画の冒頭を再撮影して、最初とは違う結末を撮って、ある俳優を別の俳優が引き継ぐとか・・・柔軟ですが、かなり複雑なんです。

 『シングル・ガール』を撮ったブノワ・ジャコー監督は?
-この役で、カメラと仲良くなって、怖がらないけど、なにがなんでもカメラを誘惑しようとしないことも教わりました。

 "De l'amour"(日本未公開)であなたを演出したジャン=フランソワ・リシェ監督は?
-彼は私が"Etat des lieux"(日本未公開)を見てから自分から一緒に仕事がしたいんですがと伝えた最初の監督です。彼にとって映画は情熱以上のものです。信仰と言うか、生死に関わるような問題なんです。リシェ監督はアメリカ映画に強い影響を受けているのですが、自分が見た作品の重さで息が詰まっているわけじゃなくて、それで映画の味を覚えたわけです。「このシーンはテレンス・マリックの映画に出て来るような奴になるぞ」って無邪気に言っていました。

 それ以降、一緒に仕事がしたいと思う他の監督にも声をかけたのですか?
-いいえ、でもタランティーノから出演依頼があればいいと思っているんです。(笑)実際、他人の欲望を喚起するのはとても複雑なことだと思います。監督は役者に向かうのに、その人を起用したいと思うだけでいいのですが、その反対は監督には別なことほどドキドキしないのかなって思うのですけど。

 これまでのキャリアの話の続きですが、『8人の女たち』で仕事をしたフランソワ・オゾン監督で印象に残っていることは何ですか?
-フランソワは凄い才能があって、驚くようなノウハウを持っている人です。何も何者にも騙されない人ですね。彼は自分の作品は自分でフレームを決めるんです。撮影が早くで、その効率の高さには驚かされます。何かを偶然に任せることはないですね。

 "Bon Voyage"の撮影ではどんな思い出がありますか?
-ジャン=ポールは「ムッシュー・ラプノー」なんです。子供のような人ですけど、オーケストラの指揮者ですね。自分が撮っているショットのメロディが常に頭の中にあって、ソリストである我々が出す違う音を直して行くんです、そのやり方もエレガントなんですよ。

 あなたがこの仕事について考えることと、その現実との間にはどんな違いがありますか?
-ほとんど肉感的と思える演じるっていう喜びを今でも持っています。「アクション!」を言葉を聞くたびに、少しクラクラするような気分になるんです。でも少しづつ、陳腐な感じになって行くんですね。現場での仕事という意味じゃなくて、女優の仕事に付随している副次的な仕事のことですけど。10年前ならインタヴューを受けるって考えるだけで飛び上がっていたんですが、今ではむしろ食傷気味ですね。より職業的なやり方で受けてしまう分、質問への自分の返事にも自然さがないような気がしますね。

 『ザ・ビーチ』のような作品の時に起こり得るメディアへの過剰露出現象はどんな気分でしたか?
-複雑なバランス感覚でしたね。露出しすぎると、皆腹立たしいと思うんです!露出が全くないと・・・存在すらしないことになって、結果、自分がプロモーションするはずの作品や自分を売り出す人たち相手に対してもたらす結果を考えてみろということになってしまうんですから。私は年に10本の作品に出ている訳じゃないですけど、自分の露出は少し強すぎるのかしらと思いますね!でも同時に露出するのは私の仕事の一部なんです。目的は自分の作品と調和をはかることですから。でも自分は利用されているだけって思ったことはありませんけど・・・

 『ザ・ビーチ』が公開された後では、ハリウッドの誘惑に駆られたのはないですか?
-確かなことは一つですね。ハリウッドで勝負するのなら、ある一定の期間、現地にいる必要があるんです。凄い自己投資が必要になります。私はそれをやってみたいって思ったことがないんです。絶対的には、もちろん一緒に仕事をしてみたいアメリカの監督はたくさんいますよ。今はでも私はフランス人だし、フランスに住んでいるし、フランス映画が好きだし、こんなことを言うのは、高飛車なのは分ってますけど、(笑)向こうから私のとこへ来てくれないかなって!フランスの多くの女優がそうだと思うんですか、私もアメリカ映画のオーディションを受けますよ。受ける人に対して全く軽蔑心はないけど、ハリウッド進出を狙って、一年ロスで過ごそうとは想像できないんです!

 他の女優さんをライバル視しますか?
-いいえ、ある役は出来るものと自分には出来ないものがあると思うんです。実際、それでイライラすることはないですね。子役の時、たくさんのオーディションに落ちているので、免疫が付いているのでしょうね。(笑)でもだからと言って、ある映画を見ながら、あの役やこの役をやりたかったなあとは思いません。この仕事を競争だと私は思っていませんね。何かを背負っているという訳ではありませんし、女優さんが好きだからです。イザベル・ユペールが出ている映画はほとんど見ています。カトリーヌ・ドヌーヴやパトリシア・アーケットも好きです・・・"Un hiver sous la table"(原題:テーブルの下の冬:ザブー・ブライトマン演出)の舞台でイザベル・カレを見た時は、彼女から目が離せませんでした。競争とは考えないですね、凄いなぁって思うだけです。

 次回作は既にあるのですか?
-この夏、セドリック・アンジェール監督の長編第一回作品"Braco"という作品を撮ります。逃亡中の3人の強盗を描く映画です:ギヨーム・カネ、ジル・ルルーシュと私ですね。シナリオが素晴らしい出来栄えで、またギヨーム(『天使の肉体』『ザ・ビーチ』)と共演できるのも嬉しいですね。

 あなたは出演本数が多くないですが、これは意図してのことですか?
-この作品には絶対出なくちゃと確信が持てないと嫌なんです!映画には完全にのめり込みますから。その結果がどう評価されるかは別問題ですけどね。肝心なのは撮影中は誠実でいられて、自分の気持ちが変わらないで、作品に身を任せることができるかってことです。もしこれに見合うシナリオを10冊オファーされたら、全部OKしますよ。でも実際は違いますから・・・だから時には長いこと、映画に出ないと、さほど確信が持てないけど、演じるためだけにある作品にも出てみようかなと思ってしまうこともありますね。でもなんとかそうした誘惑には負けないようにしています。ロレアルとの契約のおかげで財政的な心配がないから、それが可能なんですけど。

 もしある時、娘さんが映画に出たいと言ったら、あなたはどんな反応をされますか?
-彼女に任せますね。私は彼女のために選択するつもりはありませんから。まずは大学試験に受かってからねと言うかも(笑)・・・でも彼女が女優をやりたいと言ったら私は凄く嬉しいですね。素晴らしい仕事だと思っていますから。これだけには注意しなさいってこともないですね。道を渡るときは、必ず左右を見てから、渡りなさいとは言いますけど!★


BACK