Studio N°132, avril 1998   Article Thierry KLIFA  
'98年4月ステュディオ132号  ティエリー・クリファ
 

ヴィルジニー・ルドワイヤンは、携帯電話を耳にしながら、自分が指定したブレターニュ通りの小さなカフェにやって来た。時間には厳格で、予定より少し早く着いたことも教えてくれる。テニス・シューズを履き、大きな黒にコートを着て、化粧気はなく、目の下には軽く隈が出来ていて、少し疲れているみたいだ… 数日前に、赤いドレスを着てリュック・ルーのカメラの前で輝いていた彼女を見ていなければ、オリヴィエ・アサイヤスかブノワ・ジャコ監督の作品からちょうど飛び出してきたと思っただろう。夜フリーになるのは久しぶりなんだそうだ。目下大忙しで、夜はピエール・ジョリベ監督作品の"En Plein Coeur"をジェラール・ランバン、キャロル・ブーケ共演で撮影中である。昼間は「ジャンヌと素敵な男の子」のプロモーションに精を出している、ノスタルジックであると同時に現代的なこのミュージュカル劇は、普遍的なテーマを扱っている-永遠の愛、友情、真理の追究がエイズという今日的な病に直面する。昔のミュージカル劇が大好きな彼女は、自分が好きな「シェルブールの雨傘」を最初に話題にし、ジャック・ドミー監督の映画との繋がりを尊敬を込めて話をしてくれた。でも比較をするのはそこまでだ。

彼女はそのジャックの息子である共演者:マチュー・ドミィをどう思うか聞きたがっている。皆の意見が同じであることが分かり、彼女はご満悦だ。もしジャンヌが美しいとすれば、それは、素敵な男の子の恋する瞳に自分が映っているからと言うことを分かっているからだ。ジャンヌはこれまでヴィルジニー・ルドワイヤンが演じて来た全ての役柄へのアンチテーゼなのだ。彼女は笑って人生を貪り、考えなしにセックスもする。彼女は自分に不幸がやってきても歌って、(吹き替えはエリーズ・キャロンが素晴らしい)踊る、不幸を背負い込まない。昨年の夏パリで撮影、映画の中はいつも晴れている、彼女が主人公を演じたこれまでの映画では雨が降っていた。どちらかと言うとドラマと涙で彩られたフィルモグラフィーでついにポジティブなヒロインを(演じるな)と言いたくなるが、オリヴィエ・デュカステルとジャック・マルチノーの第一回監督作品に深く、真の愛情を注ぎ込ぎこんでも、ヴィルジニー・ルドワイヤンはこう口を挟んだ:

「外見に注意しなくてはダメよ、この映画は毒入りキャンディなんだから!私がいつも悩みを抱えている気難しい役を演じているのに皆、慣れてしまっているのね。この映画では反対にコンプレックスや悩みもないおかしくて尻軽なこの女の子を演じるのは楽しかったわ。今までやったことがなかったから。この主人公は「シングル・ガール」(監督ブノワ・ジャコ)の役よりも自分に近いかもしれないけど、私に似ている訳じゃないから。とにかく、撮影の最初は、これまで演じたどの役も実際の私とは対照的なの。撮影の終わりに役柄が自分に似てくるって感じかな。でも(役に)自分自身の声、体、仕草や意思や、演技を貸しているのだから、それも当然よね。」

ひとつのイメージに固着するのを嫌い、彼女はリスクを負うのが好きだ。ある監督たちに演じて欲しいと頼まれた影の薄い役は引き受けず、ヴィルジニー・ルドワイヤンは自分がやりたいものをきちんと知っている、いや、やりたくないものが分かっていると言ったほうがいいだろう。枠にはまったイメージだけになってしまうのを嫌い、彼女はリスクを負うのを厭わない。彼女の好みは様々だ、楽しみも同様である。全てを話題にし、みんなの話をする。封切られたばかりの最新作について質問もするし、自分はエマ・ド・コーヌより半年若いわと話の途中で訂正し、業界であまり好きではない2、3の人物についての悪口も言う。ヴィルジニー・ルドワイヤンはそう言う人なのだ。彼女はステレオタイプな発言はしないことで有名だ。彼女は確かにはっきりと物を言うが、自分自身の仕事に関しても、時には容赦のない頑固さを見せることも感じ取れる。「自分が思っていることをいつも言えっていうある種、暴力的な所が私にはあるのね。女優を始めた時に演じた役がよく反抗的な若者だったっていうのも偶然じゃない。私は悲劇俳優の体つきをしているのね。とにかく、私はコメディに出るよりドラマに出たほうが居心地がいいもの。紆余曲折の人生を生きてる女性、宿命を背負ってると感じられる人物が好きなのね。」

宿命。会話に何度となく繰り返される表現だ。まるで完全に空想的で暗黙の了解の元に、彼女が小うるさい少女を演じていたあまり面白くないエロチックな小品、'87年制作の「青い衝動」にこっそりデビューを果たして以来、この6文字(DESTIN)には彼女の一風変わったキャリアを昇華させる力があった。予想に反して、ヴィルジニー・ルドワイヤンの物語は今日始まった訳ではない。その始まりは彼女がまだ生まれてなかった時代にまで遡る。一人の女性、彼女の父方の祖母は、野心からではなく純粋に女優になろうと決めていた。その当時、彼女は今では誰も知らない劇団で演じていたのだ。不幸にも、彼女には社会に認められ、栄光を知る時間がなかった。ヴィルジニーの父親を生んで数ヶ月もしないうちに、若くして亡くなった。今度はヴィルジニーが女優になると決心した時、亡き母へのオマージュとして、父親は娘にルドワイヤンと名乗って欲しいと頼んだ。二つ返事で、ヴィルジニーは祖母の旧姓を使うことにした。彼女は消えることがなかった、世代を超えた家族の夢を再び継承したことをはっきりと認識していた。

*訳注:Ledoyenを Le(定冠詞)+doyen とばらして日本語にすると「古参者,長老」の意味になる。

これで話は振り出しに戻る。彼女も知らなかったこの過去の逸話を話す時、今ではこの話も彼女の一部になった訳だが、ヴィルジニー・ルドワイヤンは、ほんの一瞬、子供のように無防備になる。彼女は偽りのない微笑を見せる。彼女はもう他同様に雑誌のグラビアに出てチャラチャラしている流行の若い女優ではなく、3歳の頃から水曜日の午後になると定期的に親に連れられ、写真撮影へと向かっていたオーベルヴィリエの女の子なのだ。「他の子たちと託児所にいる代わりに、広告の仕事をしてたのね。自分は余暇みたいなもどだって考えていたの。大人と一緒に居れたし、化粧してもらったり、衣装を着せてもらったりね。凄くバカみたいな一面があってね。母はとても誇らしげにしていたわ。そんな私を見て楽しんでいたのね。私は小さい頃、聞かん坊で、なまいきで、問題児だったのだけど、とても幸福な少女時代だったって、今では認識してるわ。」

「ミマ」に出演して以来、彼女は多くの監督の興味を引いて来ている…市場で仕事をしている彼女の父は本当の映画狂で、映画熱を彼女に伝えた。最初はアニメを見に連れて行ってもらっていたが、彼女はすぐに俳優を発見し、カトリーヌ・ドヌーブやイザベル・アジャーニのような素晴らしい女優を前に夢みて、「ラ・ブーム1・2」で大ブレイクしたソフィー・マルソーに夢中だった。'90年代の始め、いくつかのオーディションに失敗した後、彼女は初めて、大きな役をもらった。ヴィルジニーは弱冠13歳だったが、彼女の生意気さがすぐにフィロメーヌ・エスポジート監督の目に止まり、彼女にミマを演じないかと言われる。映画はヒットこそしなかったが、彼女は伸び伸びとしているお陰で、多くのプロデューサー、監督、脚本家たちの興味を集めている。「「ミマ」に出た後で、心の底では女優になりたいって思っていたけど、でもそれを他人に言うのは、まだ気が引けてたのね。「もっと大きくなったら、映画をやるんだ!」って大っぴらに言うのは想像できなかったから。」

だが予想は外れていた、と言うのも、それから一年半後に、彼女はクリスチャン・ド・シャロンジュ監督の「子供泥棒」で、マストロヤンニと共演していたからだ。もう戸惑いはなかった。偉大なマルチェロの柔軟さと優しさに魅せられ、ヴィルジニーは女優を本業にしようと言う考えを受け入れた。自分の意見なしに事を運ばれるのが嫌いな彼女は、信頼できるエージェント(ミリアム・ブリュ)を選び、一人シネマテークでベルイマン、トリュフォー、ゴダールの映画を発見して行った。「全部、理解できたって訳じゃないけど。私には分からないシンボルがあって、今でも分からないままだけどね。でも映画って何なのか本当に知りたかったの、昔の女優のことや歴史にも興味があって…自分の時代の映画に固執するんじゃなくて、昔の映画の世界も見る必要を感じたのよ!」

この瞬間から、彼女はますます上向きの風に乗って、マルセル・カルネから声がかかった。自分がフランスの文化遺産とも言える人物と関わることも良く分からずに彼女は出演に了解する。タイトル・ロールの「ムーシュ」を演じるのだが、それはたった数日だった、予算に行き詰まり、撮影が3週間中断されてしまった。「私は全然怖気づかなかったわ、彼は私の態度を気に入ってくれたみたい。「天井桟敷の人々」以外は彼の映画も知らなかったしね。「ムーシュ」は7分間のフィルムが残っているの。出来は良くないみたい…その後は音信不通。あまり親切な人じゃなかったわね。」

しかしヴィルジニーは失望している時間もなかった、すぐに「メランコリー」に出演するためにエリー・シュラキ監督の元へとシャモニーへ行く。素晴らしい共演者たちにも恵まれた:アンドレ・デュソリエ、ジャン-ユーグ・アングラード、ジャクリーン・ビセットと特にジャラール・ランバン、彼は今でも彼女の好きな俳優なのだ。セザール賞にも初めてノミネートされ、すぐにオリヴィエ・アサイヤス、ブノワ・ジャコーと言うラジカルで高名な二人の監督との仕事が続く。彼らのミューズとなり、全く違ったこの二人の作家は、仕事のやり方、アティースティックなこだわりで、彼女の映画とキャメラへの関係を変えていく。 「冷たい水」や「シングル・ガール」のような複雑で知的な作品に、自分の官能性や活力、意志の強さや若さによるもろさを表現でき、二人の監督のお陰で名声も得て、俳優修行もすばらしいスタートを切ることができた。「オリヴィエとブノワには厳しくなることを教わったわ。経験豊かで、師と仰ぐ人がいる監督と仕事をすると、自分も凄く刺激を受ける。「シングル・ガール」ではキャメラと一緒に演技することを学んだ。キャメラを恐れていてはダメって分かったのね。仕事を始めて時に思うこととは反対に、キャメラは機械じゃなくて、完全に人格を持った共演者なのよ。」

この2本の映画の後で、彼女を絶賛する記事がリベラシオン、ル・モンド、カイエ・ドゥ・シネマ、アンロクプティブルに出る。アサイヤスとジャコー監督の作品は大成功を収めた訳ではないが、パリでは彼女の話題で持ち切り、クロード・シャブロル監督が、「沈黙の女」で、ヴィルジニーの好きな女優の一人であるイザベル・ユペールと共演出来る様、小さな役をくれた。ニューヨークでも彼女は評判になっていた、ウディ・アレン、マーティン・スコセッシやアベル・フェラーラが彼女に注目していた。台北でも彼女は注目され、エドワード・ヤン監督の「カップルズ」(フランス未公開)出演のため3ヶ月間、家を空けた。 「ジャンヌと素敵な男の子」は彼女の最初の興行的にヒットする作品になるかも知れない。自信を持って、彼女はジェラール・クラウジック監督の「プレイバック」に出演するためゴーモン社と契約した、この作品は憶測ではヒットを飛ばすはずだった。いけない。これまで慣れ親しんだ閉ざされた世界とは全く異なり、ヴィルジニーは初めて失敗作を味わう。「けなされた作品に出演したのはこれが初めてね。これも人生よ!でもこの失敗で多くの事を学んだわ。以前の仕事のお陰でメチャクチャ言われたわけでもなかったし。でも反対にこれが私の初めての映画だったら、どうなってたかしらね。」

これ以後、ヴィルジニー・ルドワイヤンは完全復活している。続けて仕事をしているだけではなく、(ピエール・ジョリベ監督の作品以外にもジェームズ・アイボリー監督の"A Soldier's Daughter Never Cries"にも出演、また4月からはアサイヤスの新作も取りかかる)今月公開される「ジャンヌと素敵な男の子」は最初の興行的ヒットを飛ばす作品になるかも知れないからだ。21歳にして、10年のキャリアがあるのだが、ヴィルジニー・ルドワイヤンは映画に青春を奪われたとは思っていない。その反対である。どんな人生を想像すると尋ねると、彼女は時を置かずに、すぐ答えた:「豊かで、変化があって、特別な人生…」ここでは「運命」の話は出てこなかった。★

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