STUDIO  2000 年 2月号 

「ザ・ビーチ」のプロモーションのため世界中を掛け回っているダニー・ボイルとヴィルジニー・ルドワイヤンがパリで擦れ違う。私たちのために対話を続けてくれることになった。ギヨーム・カネも近くに居る・・・(訳注:彼の扱いは全く別ページで今回の訳文では割愛した)監督とその女優の間で、話は様々な方向へと進んで行く。

構成:ソフィー・ベナモン

今年の始め、世界中(!)で一番期待されている映画の一本、それは特にレオ・ディカプリオが主人公を演じているからでもある「ザ・ビーチ」の公開まであと一ヶ月となり、監督のイギリス人、ダニー・ボイルと国際的な活躍をした二人のフランス人の出演者ヴィルジニー・ルドワイヤンとギヨーム・カネたちは、さぞかし緊張、あるいは心配しているだろうと思っていた・・・でもそうではなかった!実際、彼らはとてもリラックスし、笑顔で、熱気があり、一月の寒さの割には薄着だ。ギヨーム・カネがジャーナリストの質問に答える一方で、ダニー・ボイルとヴィルジニー・ルドワイヤンは一緒に対話してくれることになった。ヴィルジニーはジャン=フランソワ・リシェの最新作を撮り終えたばかりで、今はドパルデューやマルコヴィッチを共演者にジョゼ・ダイヤン監督のデレビ版「レ・ミゼラブル」でコゼット役を演じるため、パリとプラハを往復しているし、ボイル監督は’98年のキャスティング以来のパリだが、だった一日後にはタイへと飛び立ち、その後にはハワイで、アメリカのマスコミからの質問にディカプリオと答える予定になっている。議論は、腰を下ろす前から、既に始まったいる。近況を話し合った後で、すぐに話題は映画へ、二人がはったりを掛けられた「シックス・センス」から、ボイル監督が最近では大好きだと言うスコットランドの新人監督リン・ラムゼーの「ラットキャッチャー」や「トイ・ストーリー2」の話に、ヴィルジニーが読んで、監督に推薦している「ヒッチコック/トリュフォー 映画術」など、こちらが気付かないうちに、対話は始まる・・・

ダニー・ボイル:フランスでは、フランス人が脇役だと、観客は失望するだろうなあ・・・ 

ヴィルジニー:そんな事ないと思う。私が見た時は、フランソワーズしか見ないなんてすぐに忘れてしまったわ。それにあの映画であれ以上フランソワーズの役に存在感を持たせるのは無理でしょうね。

ダニー・ボイル:その唯一の手段は映画自体を長くすることだけど-編集の段階では3時間あったんだ。でもそれじゃまずかっただろう。第一、僕は、長い映画が大嫌いなんだ。(笑)それに自分の言いたい事を2時間でも言えないとしたら、僕はひどい映画を作ったことになる。もちろん、犠牲はあったよ。ギヨーム(カネ)はいくつか素晴らしいシーンを失ったし、君はサメがいるぞってレオが脅かして、君が怒る愉快なシーンをカットしてしまった。DVDが出る時には、ボーナストラックに必ずこのシーンを入れるよ。(笑)実際、気に入ったシーンを捨てるのが原則なんだ。これは編集者から教わったとても良い規則だ。

ヴィルジニー:私は映画の出来に満足しているわ。お話も登場人物たちも本当に存在しているって感じで。俳優は全てのショットに
顔を出したがるっていうけど、この映画ではそうじゃないわね。

ダニー・ボイル:フランス人は素晴らしいよ!ダリウス(コンジィ、撮影監督)、ヴィルジニー、ギヨームにエレン(ド・フジュロル)は、「決めるのはあなただ。監督はあなただから。すべてしたいようにして・・・」ってね。そう言ってもらえるのは最高だ。イギリスの俳優たちは監督をそんな風に信頼してないからね。これは”フランス的な文化の例外”なんだろうね。

ヴィルジニー:監督はあなただから、あなたがリーダーよ。こう言った賞賛は確かにフランス的かも。アングロ・サクソンの人たちは、よりテキスト(台詞)に重きを置いて仕事をするわね。撮影の前にすごく役作りをするし。とても「アクター・スタジオ」方式なのよ。でもそれは尊敬とかの問題ではなくて、アイデンティティの問題なのかもね。

ダニー・ボイル:いや、違うよ。これは愛の問題だ。イギリス人はフランス人ほど映画を愛していないんだ。フランス人ほど映画に対して情熱を持っていない。時にはイライラさせられるほどだよ。全く予測がつかないからな。ある映画が世界中で失敗作だと言われても、フランスでは大ヒットと言うことがある。(笑)その逆もあるけどね!

 今度の映画で、一番自慢に思えることは?

ヴィルジニー:この映画のメッセージね。私には本当に現代の寓話に思えるわ。シナリオを読んで想像していたものよりもずっと良い出来よ。とても残酷で厳しい映画なの。

ダニー・ボイル:僕は映画のラスト・シーンだな。あのタイの農民が自分の島に居座っているコミュニティーを追い払うところ。

 どうしてですか?

ダニー・ボイル:シナリオに取りかかった時は、主題についてかなりロマンチックな考えを持っていたんだ。地球上の楽園を求めて旅立つ人達。この映画を作ろうと思った要因の一つなんだけど:国籍の異なる人々が自然の中で調和を持って生活しているのを既に想像していた。世紀末に相応しい美しいイメージだろうって。でもタイに落ち着くに従って、僕はかなり批判的になって行ってね。
そして、そんな楽園などひどいものだと確信したんだよ。このコミュニティーのメンバーたちは他人を除外して過ごしている。怪我人を森の中へ置き去りにしてしまうように、精神的、肉体的に弱い人々たちをね。楽園は万人のためにはならないって言う(キリスト教の)教義問答を思い出したほどだよ。第一、自分達のユートピア幻想を生きるために他人の土地を使っているだろう。まだ自然を敬っているならいいけど、それもしない!おまけに自分自身にも嘘を付いている。しばらくすると、これはとても我慢ならないと思えてきた。そこで最後に次の台詞をディカプリオに言わせたんだよ。「楽園は行く場所ではないんだ。もしそうなら、皆そこへ行って、全てをダメにしてしまうだろう。」楽園は、むしろ他人との関係なんだな。関係は、場所が問題なのではなく、保っていかなければならないものだからね。

ヴィルジニー:誰もが楽園を夢見るけど、でもそこへ行ったら、自分と共に同じ生活のルールや社会のコードを持ちこむわね。そして、いつも指導者を持つことになる。でも楽園を求めて旅立つのは、成長への手段でもあり、自分の幻想に人生をぶつけてみることでもあり、他の場所の方が本当に良いのかを見ることでもあるのよね。

ダニー・ボイル:「ザ・ビーチ」は冷めた映画なんだ。だからこそエンディングが厳しいのさ。確かに少しは希望もあるけど、映画の最後の画面を注意深く見て分るけど、ディカプリオの顔は笑いから哀しみへと変わっていくんだ。

 このラストはまさにアレックス・ガーランドの原作とは違っていますね。原作を裏切ったと非難されましたか?

ダニー・ボイル:それはいつもの事だよ。「トレインスポッティング」の時も、(原作の)アーヴィン・ウェルシュのファンにとやかく言われたさ。

ヴィルジニー:本の映画化って、本当に危険なことよね。

ダニー・ボイル:特にファンが付いている本はね、どうでもいいような細かい所にまでこだわるから。消えてしまったシーンを皆こぞって見つけるんだ。「リチャードが洞穴の中を泳いでいくシーンを忘れるなんて!」と言われたよ。(笑)原作に忠実にやれば良かったのだろうけど、そんなことしたら8時間の映画になってしまう。原作の本質を掴んで、新しいシーンを書き加えることにしたのさ。

ヴィルジニー:個人的には原作より映画の方が私は好き。より具体的だと思うし。

 麻薬の扱いを軽くするのを、余儀なくされたのではありませんか?

ダニー・ボイル:僕には良く分らない世界だからね。でも人がマリファナを吸っているのを見るのはかなり退屈なものだろ。

ヴィルジニー:一般的にはそうよね。(笑)

 ヴィルジニーが演じたフランソワーズと言う人物もかなり原作とは変わりましたね。二人で話合ったのですか?

ダニー・ボイル:原作ではフランソワーズは無に等しいよ。見えない存在だ。

ヴィルジニー:活動的じゃないのね。

ダニー・ボイル:気が弱く、自分の感情を表現できないイギリス人にとっての亡霊なんだよ。(ヴィルジニーが笑う)実際、一緒にフランソワーズの人物像を変えていった。(ディカプリオ扮する)リチャードもそうだよ。彼がフランソワーズを求めるのは、僕の理解では、彼女が幸福で、美人で近寄りがたいからだ。彼の欲望には実際とても攻撃的なところがある。そして一度彼女を抱いてしまうと、後は成り行きまかせになってしまう。ディカプリオとこの”すごいフランスの美人”がいるからとロマンチックなラブストーリーを期待している人は、失望するだろう。

ヴィルジニー:フランソワーズがリチャードを求める理由の一つは、彼が例の地図を持って、タイミングよく現れたからよ。おそらく彼女が一番島へ行きたがっている人物なんじゃないかしら。何かを夢見ている現代のロマンチストで、それを手に入れようとする。その結果、自分の周りでうまく行ってないことが全く見えていないのね。自分の楽園を見つけて、それが完璧であって欲しいと望むの。とても一途で、自分の欲望に閉じ込められてる女の子なの。

 オーディションの時に、ヴィルジニー・ルドワイヤンはすぐにあなたの目に留まりましたか?

ダニー・ボイル:実は知り合う前に既に彼女を予感していた。彼女の写真を切り抜いていたんだ。全ての写真を集めていると言っておく必要があると思うけどね。何かを感じる写真は、自分の映画のために、このステュディオみたいな雑誌からも切りぬいてノートに貼ってあるんだ。ある日、ホテルのレセプションに肘を付いているとても美しい若い女性の写真を見つけた。フランソワーズはこんな感じがいいなあと思ってね。この女性はモデルなんだろうなと勝手に思っていた。それで、フランス人のキャスティングを担当したケイト・ダウドへこんな感じの女性を僕は探しているんだと説明するのに、その写真を持っていくと、「この子は女優よ、ヴィルジニー・ルドワイヤンって言う名前よ。」と言われたんだ。唖然としたよ。

ヴィルジニー:それ、最近まで、私も知らなかったわ。

ダニー・ボイル:話してなかったっけ?それは悪かったね。毎日セットへも持ちこんでいたノートの写真は剥がしておいたんだ、だって、またその話をすることになったら、まずいだろうと思ってね。(笑)

ヴィルジニー:私も、驚くかも知れない話をするわね。最初に会った時、かなり暗い人なんじゃないかなあって思っていたのね。(笑)「シャロウ・グレイブ」と「トレインスポッティング」のせいだろうけど。要するに少し変わった人なんだろうって。プロデューサーのアンドリュー・マクドナルドのところへ真っ直ぐ行ったんだけど、彼の方がずっと大人しくて、あなたよりも、内向的なのよね。

ダニー・ボイル:実際、そうだね。

ヴィルジニー:それで、部屋の別の隅に、ニコニコした、別の男の人が「やあ、僕がダニーだ。」って挨拶したのね。この瞬間から大丈夫だなって思ったもの。監督に会う時って、本当に映画が出来るかどうか絶対には分らないから。でもあなたに会った時は、いい予感がしたのね。写真の話を聞いた時、本当に分った気がしたわ。

ダニー・ボイル:僕が特に良かったなと思えたのは、一緒に1シーンを演じてみたことだよ。君も知っている通り、僕は俳優にフィードバックを出すのが大好きなんだ。本気でやるよ。その時に決めるんだな。ギヨームと君が「En Plein Coeur」で既に共演しているって事にも影響されたよ、だって君にとっては、この映画はあまりに未知数が多かったよね、タイでの撮影に、スタッフは大多数がイギリス人だし、英語での演技、もしも、皆全てが辛くて、冷たく感じられても、最低、お互いに頼りあえると思ったんだ。エレンを起用した時にも、この事が頭にあったよ。君達にはフランス語で、リラックスして欲しかったからね。

ヴィルジニー:ええ、そうね。それはとても大切なことだったわ。そのお陰で、時には大笑い出来たもの。同時に一体感も感じることができたわ・・・

ダニー・ボイル:一番驚いたのは、君がすぐ英語に慣れてくれたことと、シーン毎に必要な気持ちを簡単に出してくれたことだ。映画を見てもらえばすぐに分かると思うけど、君は素晴らしい俳優だから。でもずいぶんと大変だったのではないかな?

ヴィルジニー:そうね。撮影前は心配だったけど、外国語で演技するのってとても開放的なのよね、自分が何を言ったのか良く覚えていないから。(監督笑う)だから軽い気持ちでいられるわけ。それにこの映画は英語だけど、イギリスやアメリカで話されている英語とは違うわよね、フランスや南アフリカ、イタリアやアメリカと言った世界中の訛りを混ぜたコミュニケーションの道具よね。

ダニー・ボイル:あぁ、訛りね!アメリカ人は嫌がるだろうな。アメリカでは「トレインスポッティング」を僕らに内緒で、吹き替えてしまったんだよ。「ザ・ビーチ」にはその心配はないね。助かったな!

 とにかく、これだけのプレッシャーを感じるのは初めてではないのですか、「ザ・ビーチ」はディカプリオと言う大スターを起用して予算も莫大(約50億円)な初めての作品ですよね。

ヴィルジニー:ジャーナリストたちは、毎日、その話題ばかり聞いてくるわね。プレッシャーは、その質問をされた時にだけ、私は感じてる。(笑)

ダニー・ボイル:まさにその通りだね。

ヴィルジニー:もちろん、映画にはお金がかかるわ。それは分っているわよ。でも使われたお金はきちんと画面に反映されているわ。それにタイで撮影したって事を忘れて欲しくないな。内輪で、孤立した状態で、ハリウッドのスタジオにいた訳じゃないから。誰からもプレッシャーを受けなかったし。変な話かも知れないけど、みんなでささやかな映画を撮ってるって感じだったもの。エネルギーと、感情の高まり、仕事をしてるって興奮があったわ。分るかしら?もちろんお金がかかっているのも知ってるけど、それを話題にはしなかった。

ダニー・ボイル:実際、俳優たちを守る必要はあった。おそらくレオは今、プレッシャーを感じているんじゃないかな、アメリカでの成功は自分の責任だと感じているだろうから。

 試写はやったのですか?

ダニー・ボイル:ああ。ディカプリオ扮するリチャードがコミュニティーのリーダーであるサル(ティルダ・スウィントン)と性的関係を持つのは怪しからんとアメリカ人は言うんだな。彼には普通の人間ではなく、ヒーローとして行動して欲しいと。正直、これはアメリカ人には酷な映画だよ。後半なぜあれほど暗くなるのか理解できないんだ。中でも一番嫌われたのが、ディカプリオが自分の恋人に嘘をつくことだ。何かを救うための嘘ではなく、彼女を裏切ったわけだよ。それだけなんだけれどね。人生なんてそんなもので、興味深い人物も、良くない行動を取ることもあるからね。

「ザ・ビーチ」はアメリカで受けなかったら?

ダニー・ボイル:アメリカで受け入れられるのは絶対条件なんだ、大多数の観客を動員できる唯一の手段だからね。我々や、ヨーロッパ、アジアの国の人達は、アメリカ人が自分達に興味を持ってもらうのに関心がある。そうしないと、100%アメリカ資本の映画に埋没してしまうからね。「トイ・ストーリー2」のように優れたものもあるけど、他のはねえ・・・でもこれが一番危険なことだよ。AOL/タイム・ワーナーのような大企業が自ら映画制作に乗り出して、世界を席巻してしまうだろう。もっと"国際的な"作品が必要になっていくと思う。

 撮影中、皆から距離を置いていたのは、自らプレッシャーを一人で背負うためだったのですか?

ダニー・ボイル:僕はそれほど、社交的じゃないんだ。撮影現場では皆に話し掛けるけどね。でも一日の仕事の終わりには、一人になって、瞑想する必要がある。僕が長年やってみたかったのは、"ヨーロッパ・プリン"を実現させることだったんだ、80年代によくやっていた映画の一つの形式だよ、予算だけからの理由で、イギリス、フランス、ドイツの俳優たちを脈絡なく集めてくる。ひどいものだ!皆それぞれが違う映画に出ているような演じ方なんだな。僕はヴィルジニー、レオナルドとギヨームの3人を引き合わせて、一緒に素晴らしい仕事をしてくれたのが誇らしいんだよ。

 お互い聞いてみたかったけど、まだ聞いてなかった質問がありますか?

ヴィルジニー:年はいくつ?(笑)

ダニー・ボイル:43だよ。まだ未熟だけど。

ヴィルジニー:ええ、でもいい意味でね。どちらかだとナイーブなのかも。

ダニー・ボイル:そうだね。いつも自分は少し変わっていると思っているから。(笑)僕から聞きたいのは、君はどうやってマスコミの攻勢に取り組んでいるのかってこと。物凄いからね。まるで今の俳優たちがしなくてはならない別の職業があるみたいだ。映画を"売る"必要があるんだからな。

ヴィルジニー:そう、映画を売るの、これは演技とは関係ないけどね。でも楽しくやるようにしてるわ。確かに一日に10回もインタヴューを受けたら、終いには同じような事ばっかり言ってる気がしてくるけど!でもそれは平気。日はまだ高いし、それに今日は監督と一緒にいる訳だから、仕事でも楽しいわ・・・★

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