インタヴュー フィリップ・カリエール V

Video 7 N°193, Novembre 1998

ルドワイヤンによるエロティズム

現在、ヴィルジニーは、とりわけピエール・ジョリヴェ監督の作品『天使の肉体』 で、ジェラール・ランヴァンとギヨーム・カネ(同じく「ビーチ」でディカプリオと共演)を焦らしている。気付かないうちに少女は大人になった。そしてミーハー的なところがない。映画「ミマ」主役のオーディションで、彼女は13才だった、長靴を履いて、個性的だった。既に決心していた。ああ!エスポジト監督のこの映画は湾岸戦争と同時期に公開された。興行的には失敗した。ヴィルジニーは気にしなかった。彼女はキオスクの後ろで、大きな自分の姿を見て驚く、それはパリのマガジン7が戦争勃発のニュースと映画の宣伝に彼女を表紙に出した広告だった。お金を持っていなかったので、写真に出ているのは私よと言って、その週刊誌をキオスクの人にねだった。華々しくはないがきっちりデビューを果たしてから、彼女は全てを吸収している。それは自分の成功に浮かれていないからだ。失敗作をものともせず、('91 年 クリスチャン・ド・シャロンジュ監督「子供泥棒」)落胆もあった('92年にはマルセル・カルネ監督の「ムッシュ」に出演するが、保険会社とのゴタゴタで撮影が中止になる)がヴィルジニーはアレンジされたものではなく、自分が好きな作品を選んできた。エリー・シュラキ('93メランコリー)ブノワ・ジャコ('95年シングル・ガール)またクロード・シャブロル('95年沈黙の女−セザール賞:新人賞にノミネートされる)と仕事をして多様なフルモグラフィーに沿って成長してきた。

映画作家・職人監督と仕事をして、少女は注目を浴びるようになる。「プレイバック」や「ジェンヌと素敵な男の子」が彼女のために企画されたと言っても過言ではないだろう。自分自身気付かないうちに新世代女優の旗手となったが、彼女はとても控え目な人だ。社交的でもない。読書好きで、映画にも行く。ビデオ?まさか? 録画の仕方もよく分からないと彼女は言う。無知から生まれた選択は、スクリーンで映画を発見することだ。まだ21才ながら、彼女はかなりの映画通だ。もちろんあらゆる面で早熟なのだろう。それで、ヴィルジニーは自分の魅力を活かし方を知っている。映画では、当然だ。他の人の魅力を味わうことも知っている。それもさらに当然だろう。映画での好き嫌いを語ってもらうことで、ありふれた質疑応答形式よりも彼女の人柄が伝わることだろう。

人は好きなもので成り立っていると言うではないか?
 

*「可愛い悪魔」監督: クロード・オータン−ララ

「可愛い悪魔」は特に好きな映画ではないわね。オータン−ララはほとんど、いや、全然好きではないもの。ひどい出来の映画だと思うし、大した映画じゃない。興味本位で見たけど、シムノンの小説でピエール・ジョリヴェがしたいと思っていたものとは、この映画はあまりにかけ離れているもの。30年前には、ショッキングだったのかも知れないけど、今ではどうってことない。それ以外では、バルドーは好きだし、ギャバンは最高だし、エドヴィシュ・フィエールは大ファンよ。私はバルドーじゃないってこと以外でも、今度の映画(リメーク版のこと)はオータン−ララの映画とは全く調子が違うのよ。私がスカートをたくし上げても、裸になってる訳じゃないし、このことに関しては長く話し合ったの、と言うのは、50才の中年男を振り向かせるセクシーなかわい子ちゃんのお話ではなくて、今の女の子が抱えている恐れや不安の話をしたかったのだから、その点が一番異なるわね。ランヴァンがギャバンの役をブーケがフィエールの役を演じていると言われるのは違うと思うの。私も自分がバルドーの現代版とは思っていないし。でもそう言われたら、悪い気はしないし、いい意味で取るわよ。
 

*「軽蔑」監督:ジャン−リュック・ゴダール

裸でベットにいるバルドーよりも、ピコリとの会話の方が遥かにエロチックよ。下品なファック・シーンより遥かに官能的だと思うわ。もちろん、セクシャリティは人それぞれだけど。私に関して言えば、分ってもらえると思うけど「天使の肉体」で、大好きなシーンがあるの、5区のホテルの部屋で、私の服を脱がして、キスして、ランバンが出てくるところ。この前のシーンで彼がすごくためらって、好きだって言う時、そのシーンにそれ以上深く入っていく必要はないの、どうなるのかすぐに分るんだもの。

*「ラストタンゴ・イン・パリ」監督:ベルナルド・ベルトルッチ

15才の時に見て、最近また見直したの。良くないっていう訳じゃないけど、興味が持てなかった。でもそれは世代の問題なのかも知れない。でも分ったのは、映画のセックスシーンでは滅多に感動したり心動かされたりしないってことね。ほとんど退屈させられるだけ。想像力が全くないし、オリジナルなものを撮りたいと言う口実で、誰かを垂直にベットに縛り付けても何にもならない、そそられるシーンは殆どないもの。例えば、この映画だと、性的なゲームや誘惑、言葉や態度の方が、行為そのものより遥かに官能的よ。全ての映画がそうなのよ。だって誰かとセックスすることはいつもきれいな事とは限らないわけだし、つまり光がいつも必要な箇所に射していないこともあるし、シルエットが常に美しくはないでしょ。じゃないと演出の必要があるわけ。でも演出できないことがあるとすれば、まさにそれよね。

*「ソドムの市」監督:ピエロ・パオロ・パゾリーニ

これはどうしょうもない映画ね!私はダメ。何を見るのか知らなかったし、誰も教えてくれなかったの。最初の15分間は「あれ?」と思って、本当に何を見ているのか分らなかった。プログラムを間違えて、ポルノ映画を見ているのかな?って思って。ファシズムに関して言っていることには興味があったけど、それを支えるはずの映像がどうしようもないの。それにスカトロなんて大嫌いよ。本当に汚すぎる。テーブルにあれを(ウンコが盛られた皿)持ってきた時は、ひどかった。変だけど、後は少し忘れてしまったわ、ううん、違う、思い出した、最後まで見なかったんだ。
 

*「エマニエル夫人2」監督:フランシス・ジャコベッティ

一作目は見てないけど、これは最近見たので、話をするわね。唖然とするのは、セットよ。バンコクと売春宿の。残りもねえ。ええって感じ!私、ポルノ映画を完全に見たことがないのね。イヤになっちゃうけど、本当なの。名作と言われてる「愛のコリーダ」も私はダメだった。しょうがないけど、モジモジしてしまうのよ。

*「私生活のない女」監督: アンジェイ・ズラウスキー

この映画のヴァレリー・キャプリスキーは凄いわ。一種無意識な感じが好きだった。ほら、子供みたいに、何も怖がらずにエネルギーが発散されているの。計算してないところ。彼女が裸でダンスするシーンのダイナミズム。それにあの歩き方。私に出来るかなって?思ったわ。どうかなあ。ヒステリーはあまり好きじゃないから。でもズラウスキーは「ポゼッション」や「大切なのは愛すること」など傑出した作品を撮ってるわね。でも私たちの仕事はお互いがあって成り立つ訳だから。怒鳴られたりしたら私は仕事できないな。自己嫌悪の中で仕事をしなければならない去勢者たちとはうまくいかないと思う。ズラウスキーのことを言っているんじゃないの、彼とは面識ないしね。仲良くなれるかなあ。

*「9 1/2」 監督:エイドリアン・ライン

馬鹿な映画よ! イライラしたわ。照明がひどいの、青いネオンの色とヴィデオ・クリップの照明を思い出す。冷蔵庫から漏れてる黄色い光も。キム・ベイシンガーはとてもセクシーだし、ミッキー・ルークも悪くないけど、全く信憑性のないエッチな話なの。私には出来過ぎてると思えたわ。

*「赤い航路」監督: ロマン・ポランスキー

この映画は大好き。でも私ならスカトロまで、行かないと思うけど!コヨーテとセイナーの関係は面白いわ。彼らの絶え間ない駆け引きと親密さへと引き込まれていくところ。彼らの行為に私は嫌悪感を感じない。ぜんぜんね。(パスカル・ブルックナーの)原作より映画のほうが良かったわ。ポランスキーの映画では、すべてが官能的。それにピーター・コヨーテが大好きなの。この俳優には本当にパッションを感じるのよ。

*「子供泥棒」(日本未公開) 監督: クリスチャン・ド・シャロンジュ

男の人に初めてキスしたのね。映画でした初めてのキス。相手はマルチェロ・マストロヤンニだったのよ。私は14才で彼は、75才だった。(ジェームス・アイボリー監督の)「兵士の娘は泣かない」で共演したマシュー・アマリックが29才だから、私が45才になったら、その時の私の恋人たちは12才半ね。いいじゃない!冗談はさておき、ド・シャロンジュのこの映画には、変な曖昧さは全くないの。おじいさんがティーンに恋して、彼女を誘惑するけどもちろん若すぎる相手と騒ぎを起こしたくないわけ。我慢出来なくなって、二人が熱烈なキスを交わす日までわね。その撮影の前日には私も色々考えたの。マストロヤンニは本当に凄い人だった、謙虚で、一見して下品なことをしなければならないのに私も気が引けていたの。分からない。とても奇麗に撮れて、ショッキングな感じもないし、優しさが伝わるとしても、彼が若い子とキスすることなんかないだろうなって思ってた。で、彼は全てを自分が引き受けることにしたのね。でも最後には私よりも彼が気まずい思いをしたかな。もの凄くやさしくしてくれて、私の緊張を解いてくれたし撮影はとても早かった。でも終わると、彼の目を見ることが出来なかったの。こう言うラブシーンって、おかしいけど撮る前と後で心配するんだけど、撮ってる最中はほとんど何も感じないのね。「アクション」の声がかかると、一人でに済むのよ。結局、仕事でしかないわけ。もちろん共演相手とどんな関係なのかによるけどね。私は共演者と仲たがいしたことないけど、ベットで一緒に一日過ごすのに相手のことを十分理解してないってことはあるでしょう。

*「美しき諍い女」 監督: ジャック・リヴェット

4時間完全に裸だものね。でもそれに馴染んでいるし、お話も状況にピッタリしてるから気にならないのよね。でも反対に、ありふれたベットシーンで、スタイルもそこそこだったら、興味なくなるな。監督がうんぬんと言うのではなくて、何が語られてるのかが大切なのよ。三角関係を描いたキューブリックの最後の映画(アイズ・ワイド・シャット:トム・クルーズ、ニコール・キッドマン主演)のようなものなら、(裸が出るのも)仕方ないわ。どうなるのかな。キッドマンの性器が多分映るかも。私にはそうは思えないけど。

*「メランコリー」 監督:エリー・シュラキ

初めて胸を見せたの。そのシーンに絶対必要って訳ではなかったの。両親がどう思うかって考えなかった。たぶんショックだったと思うけど、それについて道徳的にどうとかお説教はされなかった。とても若い頃から、この仕事をさせてくれたし、5年経ってから、反対するのも矛盾してるでしょ。私のボーイフレンドも何も言わなかったもの。でも我慢できない男もいると思う。でもそれを仕事にしている子と一緒なら、こう言う事も契約の一部なんだって知ってるから。でもどこでも裸になる訳じゃないしね。それに凄いはにかみ屋ではないけど、私は、慎ましいほうだと思ってるから。

*「ネイキッド」監督:マイク・リー

とても官能的な映画で、大好きよ。俳優さんたちが特別美しいくはないけどね。でもそれは大したことじゃない。気配りがあって、語られていることがきちんとしていればね。体が奇麗じゃないとか、姿勢が悪いとか、スカトロとか汚いとかじゃなくて、エロティズムは、それが正当な瞬間に面白くなるの。その女の子が小胞炎かどうかなんてどうでもいいのよ。完璧な照明で腰までシーツが掛かっている体よりも正当に撮られた汚い体の女の方が私はずっといいと思う。

*「神の喜劇」(日本未公開) 監督:ホアオ・セザル・モンテロ

フェチシズムについての驚くべき映画よ。陰毛を集めている男の話で、天才的だと思ったわ。大好きな映画。本当に知的なのよ。この映画は話法さえ知っていれば、全てを見せてもショックでもないし、考えられないなんてことはないと言う証拠よ。

*「プレイバック」 監督:ジェラール・クラウジック

飛び降りる前に私が裸でぐるぐる回るシーンがあるでしょ、あのシーンには最初から条件があったのね。絶対、バストショットで撮って、とお願いしてあったの。フルショットの、完全にヌードでスクリーンに映るのは問題外だったから。映画では、胸が見えて、最後にはお尻が見えてもいいけど、自分の性器が見えるのは絶対イヤ。バカみたいって思うかもしてないけどね。もちろん、映さざるを得なくて、それに意味があるのなら、いいわよ。でも今までは、ストーリーと関係ないから私はいつも断ってきた。お尻や胸なんて、海辺へ行ったら幾らでも見れるでしょ。ありふれてるもの。小さいとか、大きい胸だとか関係なく、現在風俗の一部だものね。でもその反対に、人の性器って、とてもプライベートなもの。じゃあボディ・ダブル(吹き替え)を使えばと言うかもしれないけど、私は笑っちゃう、結局みんな吹き替えの存在を知らないから。イヤな事に左右されるわけ。現場で裸になるのと、スクリーンで裸を見られるのでは、全然違うことなの。だって見る時は、吹き替えってるって知らないはずでしょ。「氷の微笑」や「プリティ・ウーマン」を見終わって、観客の人たちはシャロン・ストーンやジュリア・ロバーツの裸を見たって、殆どそう思っているわよ。

*「フル・モンティ」監督: ピーター・カタネロ

これはビデオで見たの。見逃した訳ではないんだけど、特別見たいって感じでもなかったから。変よね。男の人の性器は見えないのよね。恥じらいからそうなんじゃなくて、その必要がないし、映画もそこに掛かっているわけ。問題は見えるかじゃなくて、見せられるのかってことなの。その答えが一端出てしまったら、それで関心なくなってしまうでしょう。でももうたくさんって思える時あるもの、写真の洪水に、宣伝。今の宣伝を見るでしょ?胸やお尻が見えてるものばかりじゃない? ボディ・クリームとか、エランキュル(商品名?)とか。シャンプーもそうよね。別にショックでもなんでもないし、過剰反応してる訳でもないけど、ただ現代では、裸の女の子のイメージなんて、大したことないって強調したいだけよ。

*「ジャンヌと素敵な男の子」 監督: オリヴィエ・デュカステル、ジャック・マルティノ

このシーンはなかなか撮れなかったの。長回しのワンショットなのね。だから歌、カメラワークに、吹き替えと"Passe-moi le beurre et un peu de confiture"「バターとジャムを取って」を歌いながらすべて合わせなくてはいけないのよね。ジャック・ドミィへのオマージュなんだけど、このシーンは示唆に富んでるの。7、8テイクでやっと出来た美しいラブシーンなのよ。技術的にちょっと心配があるし、笑ってしまうけどね。マシュー(ドミィ)が裸なの!男が裸で、女がパンツをはいてるのは、珍しいと思うの。立場が逆転していて、おかしいのよ。私には都合が良かったけど、本当におかしかった。映画では男の人がベットから出ると寒いからってすぐ毛布に包まるのに気付いた?女は絶対寒くないのよ。裸でベットから出るの。それにスターの場合、起きるシーンでも完璧なお化粧してるの。でもセックスする時、パンツを履いたままの男なんていないもの!★

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