コスチューム・デザイナー:パスカリーヌ・シャヴァンヌ/Pascaline Chavanne
 

影響
最初,フランソワが1950年代に撮られた古典的なフランス映画を何本か見せてくれましたが、衣装は皆退屈な感じでした。同じ時期に撮られたダグラス・サークやヒッチコック監督のテクニカラーの作品における衣装が最高だと思えたのです。1930年代以降、ハリウッドはオートクチュールを美化してきたと思います。特にダグラス・サーク監督の映画ですが-その衣装はまさにスターを文字通り作り出した芸術品だと言えます。

社会的現実
ジョージ・キューカー監督の"The Women"を注意深く見れば、その衣装は1930あるいは1940年代の社会状況とは全く何の関係もないことが分かると思います。贅を尽くし、他では見たこともないようなものだからです。『8人の女たち』で、我々は衣装を現実的な物としたかったのですが、同時に、史実に忠実であろうとは思いませんでした。そうすることで創作の自由を手にすることが出来たからです。例えば現実にはあんな靴を履いてファニー・アルダンが雪の中を歩けるはずもないわけです。何より衣装の選択を決定したのは、女性たちを支配するその関係であって、彼女たちの衣装は互いに激しく戦い合う際の数ある武器とも思える訳です。

色の難しさ
フランソワ・オゾンと撮影監督は、過剰にならずにテクニカラーの本質を掴もうとしました。その結果、私に色を強調するようにと依頼して来たのですが、これにはたくさんの問題がありました。衣装があまりにも派手で、視覚的に観客たちに襲い掛かるような気がしたからです。私の衣装の色を強調するようにとセットの壁紙も特別に選ばれました。しかしダグラス・サーク監督の映画を見直して見ると、色調が過剰になると各衣装の舞台性が高まることに気付いたのです。役柄に現実味を与えるだけでなく、登場人物と観客との間に距離を生むことにも役立ちました。フランソワは、衣装がとても舞台的だった『焼け石に水』と同様、この距離を感じて欲しかったのです。『8人の女たち』では、”青の”人物、”ピンクの”人物、”緑の”人物などがいるんです。セット・デザイナーが居間に置いたオウムやインコの絵のように、これらは仕掛けに過ぎません。これは1940年代がもたらした暗さと苦しみへの反応として色を必要としたと考える事も可能です:女性たちは戦争中、抑圧していた事全てを表現する必要があったからです。それに今回は8人のスターがいる訳ですから、各女優さんが際立たなければいけません。

ディオールからのインスピレーション
50年代はオートクチュールが全盛でした。1947年にはディオールが彼の”ニュールック”でファッションに革命を起したのです。女性たちは戦時中に失われた女性らしさを取り戻そうと躍起になっていました、ディオールはそれを強く感じていたのだと思います。彼の作品のいくつかは単に世紀の変わり目まで遡る大衆的なスタイルの現代的アレンジに過ぎないのですが、彼はコルセットのような、まったく風化してしまったアイテムも復活させたのです、それは女性の体に曲線美をもたらし、戦時中は完全に過去の遺物となっていた物です。1949年のヴォーグ誌に出ているロベール・ドワノー撮影によるコルセットの古い写真を発見したのです。そこでこの映画の女優さんの数人にもコルセットをしてもらうことにしました!フランスのオートクチュールからインスピレーションを得ましたが、すごく参考になったのはハリウッド映画です。ディオール自身は1947年にニューヨークでオートクチュールのショウを行い、センセーションを巻き起こしたのです。当時のハリウッドがフランスのデザイナーたちにこぞって飛び付いていたのは驚くべきことですね!フランスの映画界が彼らに熱狂するのかそれから数年後な訳ですから。

スターに着せる
女優たち全員に私の下絵を見せ議論を重ねてから、衣装作りに入りました。カトリーヌ・ドヌーブが衣装デザインが大好きという事で、私と多くの時間を過ごしてくれました。彼女には本当に驚かされました、アイデアもたくさん出してくれます!興味深い事に、デザイナーのイヴ サン-ローラン(ドヌーブは彼のミューズですが)が最新のコレクションを発表したばかりで、それが50年代に刺激されたものだったのです。ドヌーブは最先端の事情も知り尽くしていて、その分要求も厳しい訳です。ファニー・アルダンの役はかつてのキャバレーで歌っていた歌手と言う設定なので、エヴァ・ガードナーがかつて演じた裸足の伯爵夫人のように、いつもパフォーマンスをしています。彼女は外の世界から控えめにやって来ます、頭にスカーフを巻いているので、注目されるのですが、その後で黒と赤の超ボディコンのスーツを着ているのが分るのです。監督はどうしてもあのスーツに彼女を入れようとしたのですね!最後にはあまりにタイトなので、下着さえ取るハメになったのです!スゾンの役には、ヴィルジニー・ルドワイヤンにディオール作の”ペッパー・ハット”つまり”ピーマン・ハット”をかぶってもらいました、これも監督の要求です。彼女の衣装のピンクは50年代のそれとは違って、もっとソフトでバービー人形のピンクなので、イギリスの女子学生のような効果が出ていると思います。エマニュエル・ベアールの衣装はメイドさんにはあり得ないものです、きつく締まっていて腰周りがセクシーで、ハイヒールのブーツを履いているのですから、ブニュエルの『小間使い日記』のエロティシズムを連想させます。たっぷりとしたスカートはメイドよりも女主人によりふさわしいものです。雇い主の愛人として、彼女の衣装は役柄をもっとも表していると思います。エマニュエル・ベアールはいつも、もっと過激にしてと言って、さらに高いヒールのブーツを要求していました。

オールド・ミスの衣装
イザベル・ユペールを厳格なオールド・ミスへと変身させるのが今回の映画での最大のチャレンジでした。髪型と色がこの変身での決定的な要素でした。ひっつめた髪が、彼女の役柄の渇きを表現しています。緑色を使ったのも、この色の持つ”不運さ”を利用したかったからです、それで特に派手な色合いにしたのです。彼女を醜く見せようとするためではなく、サディスティックな女教師のように見せるのが目的でした。これならすぐ役に成り切れると、イザベル・ユペールはこの衣装をとても気に入ってくれたのです。彼女が最後にこの映画で着た衣装は素晴らしかったのですが、彼女はあまり気に入ってくれなかったようです。最後のシーンでは『ギルダ』に登場したようなロング・ドレスを着て、それを突然脱ぎ捨てて欲しかった訳です。一度だけ、彼女が他の女性のライバルと見なされる必要があったのです。かつてギャビイが着たドレスが、このオールド・ミスにゴージャスな姉をやっつける機会を与えることになるのです!しかしおかしな事に、青いこのオールド・ミスの衣装が彼女には似合うのです。これで証明されたことが一つあるのです:誰もギャビイの上を行くことは出来ないのです、彼女はどうしていつも自分の服が盗まれるのか不思議に思っているのですから。

参照
フランソワと私は、アメリカ映画からキャプチャー画像を取りました。カトリーヌ・ドヌーブの格好はラナ・ターナーのメロドラマから、フェルミーヌ・リシャールの格好は『心のともしび』のメイドに似せていますし、ダニエル・ダリューの衣装は『マダムX』の継母役の衣装に似せています。ファニー・アルダンは、『裸足の伯爵夫人』のエヴァ・ガードナーと(全く同じイアリングをしているのです。)『バンド・ワゴン』のシド・チャリースに、そしてイザベル・ユペールは、50年代に多くのアメリカ映画でしばしば赤毛の女優たちが演じた脇役のオールド・ミスを参考にしました。



>BACK