Cine Live 2001年4月号
 

ジャン=フランソワ・リシェ監督にとっては、あなたはとても重要みたいですね。とにかく、彼にインスピレーションを与えたみたいですが。

それは言い過ぎだと思うけど、素敵な出会いだったのは確かです。彼が一作目の"Etat de lieux" と撮っている時で、私はこの映画は本当に素晴らしくて、同時に凄く新しい感じがしたんですね。それで私たちには繋がりで出来て、友人になりましたが、でもあまりお互い会う時間はありませんでした。ある日、"Ma 6-T va crack-er" と言う企画があって、実質的に様々な理由でとても複雑になってしまっていたんです。ほとんど絶望的な気分に落ち込んでいる彼に、ある時会ったんです。カンヌ映画祭でだったと思います。すべて投げ出したいと言うのですが、私はそれは完全に馬鹿げていると思いました。最後までやり通す彼を見たかったので、そう言うと、またやる気になったみたいですね・・・

"De l'amour" に関しては、監督はこの映画の機動力はあなただと言っていましたが、それは余計なプレッシャーにはなりませんでしたか?

誰かが私のために役を書いてくれたのは今回が初めてなんですね!とても素敵なプレゼントだと思います。本当に素晴らしい気分ですよ。この企画を彼が書き始めた時から撮影するまで、2、3年経っていると思います。まあ色々な理由でとても時間がかかってしまったんです、シナリオもたくさん変わりましたし、彼が資金調達したりとかで・・・"Ma 6-T va crack-er"は自分の経験への映画でのオマージュなんですが、今回はラブ・ストーリーにすることで、前作とは違った方向へ行くことになったんですね。そうなるまで時間がかかりましたし、それで私もやってみたいと思いました。同時に自分のために役を書いてもらうと言うのはすごく変な感じなんです、人として、それとも自分が作り出す幻想としての自分にインスピレーションを受けたのか分からないからです。この二つが結果的、同時に混ざってしまうんですね。ドキドキしますけど、私は何が一番のインスピレーションになったのかは特に知りたいと思わないです。

"Ma 6-T va crack-er"へのあなたの出演に関して監督は、こう言って部分的に答えていると思います。”あなたを選んだのは、実生活でも人々の尊敬を集められるだろう人だからだと。”

それは監督に問いただしてもらわないとね。(笑)

監督のジャン=フランソワ・リシェの話を続けますが、彼は映画について話をする時はすごく理論的で、よくエイゼンシュイタインを引き合いにだします。偶然性など排除しているように思えますが。

自分がどうしたいのか正確に知っている人です。それは良い監督の資質ですよね。でも同時にその厳密さのせいで凄く威圧的になってしまうのではないかと思っていたんですが、驚いたことに今自分の行動を完全に陳腐だったと言える人です、つまり自分が半年もの間考えてきたことを疑うことが出来る人です!これには本当に驚きましたね。俳優にとっては素晴らしいことです、自分の考えに凝り固まっていない訳ですから。彼が相談を求めてくることもあります。

あなたが演じたマリアと言う人物は、工場で働いていながら、レストランの経営を夢見ています。自分が置かれた社会状況がおそらく変わらないことを認識しているのでしょうか?

私が今回の役で好きなのは、映画が進むにつれ、彼女が独立して行くということね。彼女は最初自分では気づいてないけど、いつもたくさんアイデアがあるんです。ある日はレストランを経営することを考えたり、次の日には洋服屋さんをやりたいと考えたりね。自分の家族に囲まれていて、少し高慢ちきなんですね。世の中自分の思う通りになるって感じで、彼女には人生は複雑なものではないんです。未熟なんですね。でもそれはどうでもいいと言うわけじゃありません。彼女は脆いわけでもないんです。個性的で厚顔なんです。御店で万引きをしたのを認めないで、自分の誇りを守ろうとするプライドの高い女性です。自分に振りかかって来ることも分かっていながら、証拠さえも否定してしまう。自分ではどうにもならないんですね。それがドラマの様相を呈してくると、彼女は一気に大人の世界へ入ってしまうんです。両親も消え、一人で未来へと立ち向かい、初めて自分自身と向き合うんです。現実に全身でぶつかるんですね。

説明なく行動し、自問しない人物を演じるのは、不満ではなかったのですか?

いえ、変化していくこの人物を見せるのが仕事でしたから。この人物が大好きでしたね。それに日常生活ではいつも考えている訳じゃないでしょう。いつも自己分析している人なんていないわ。でも結局マリアは凄く苦しむことになってから自分の人生と自分が置かれた世界について分析するようになる。映画の冒頭ではそんな質問をしたりしない。恋人も仲間も両親もいる自分の小さな世界に住んでるの・・・でも痛みを知って成長するのよ。

ジャン=フランソワ・リシェ監督は、あなたやブルーノ・プッツルのようなプロの俳優とヤジット・エやストーミー・バグジーのような言わば新人たちを混ぜて起用するのが好きなようですが、彼らとの共演はどうでしたか?

とても、良かったです!ヤジットはこれまで俳優の経験はなかったんですね。まず彼が演じたすこし硬い男の子には全く似ていません。それに登場人物は皆マリアの引き立て役じゃないんです。この映画は、グループのお話で、皆存在感があって、各自がマリアと強い関係を持っているんです。偶然いるわけじゃありません。それに撮影の間は、ヤジット、ストーミー、マー・ソデュップと私には、本当の連帯感がありました。自然にそうなったんです。濃い内容の話でしたし、やることがたくさんあって、ジャン=フランソワとはいろいろなアイデアがありましたし。彼はジャン=フランソワ・ステブナン、ブルーノ・プッツルと私だけが活躍して、他の俳優はだめだとか決して考えませんでしたし、相互作用しあえたと思います。それに出来あがった映画はとても正当だと思えるんです。あり得るなと思えるし、郊外の風刺にはなっていませんから。言葉使いも”若者”向きにはしてありません。信じられるものになっています。

反対に、リシェ監督特有のアイデアですけど、信憑性を出すために、シテでの自分自身の体験、警察との関係や、労働者の世界などをこの作品へ持ちこんでいると思いますが、今度はその図式の中へ自分を入れて行くのがあなたである訳ですけど・・・

そういう経験は私にはないのは本当ですが、最終的にはその方が良かったと思います。その経験がなくてもその存在を知ることは出来ます。迷いはなかったし、自分の知らない世界へ突入すると言う印象もありませんでした。自分が生きている社会に少しでも興味が持てるなら、こういう世界があったのは知らなかったということにはならないと思います。役作りに関しては、自問しませんでした。大ブルジョワ家族出身のお嬢さんの役ならもっと役作りのために下調べしたでしょうけど。

あなたは完璧主義者なんですか?

私には決まったメソッドはありません。演じる役によりけりです。どっぷり使ってしまう世界ですけど、それは実際撮影が始まってから起こることですし本能的なこともありますけど、それだけじゃありません、演出される訳ですからね・・・それに他の俳優たちと一緒に演じないのなら、役など掴み所がなくなってしまいます。”カリム”の役を台本で読んでも、私とっては肉付けされていませんからね。その役を演じるヤジットにもちょっと会いましたが、それ以上の想像を廻らすのはとても難しいんです。だって他者の反応に応じて自分も演技しますから。演技は一人ではしないものですし、マリアはこうとかああ演じようとか私は思いません。だって、自分とは感覚の違う別の俳優さんが突然私の前に現れたり、あるいは同じ方向へ場面を持っていこうとしようとすることもありますから。繰り返しになるけど、演技って複数なんですよね。

自分はより創作に基づく役、また自分自身に近い、自分を出せる役をやっていると言う気はしますか?

創作された役ってどういうことか知らないわ。私にとっては役柄って全て作られたものだもの。他にはないんじゃない。私は役の身代わりではないし、私はマリア自身じゃないし。そうだったらのつまんないわ。もちろん、自分の身体、声、想像力を使っているけどね。でも創作された役って言っても、30キロ役のために太るとか言うことだけじゃないでしょ。女優は、通訳みたいなもの、気持ちを伝えるのよ、その役と監督のね、自然に的確にやること。ピアニストの役を演じるなら、基礎は勉強するかも知れないけど、本当にピアニストになる訳じゃないもの。麻薬中毒者を演じるのに注射しないのと同じよ!この点から見たら、私はアクターズ・スタジオ式じゃないわね。

自分を信頼してくれる監督には全てを任せるほうですか?

ある映画に出ると決めた瞬間から、その映画を信じるってことね。お互いに信じあう要求があるんです。もちろん、ジャン=フランソワとは議論もしますよ、私は機械じゃないから。でも最初には、映画作家と仕事をしたい、ある人物を演じてみたい、つまり任せたいと言うことになると思います。監督と観客の間のベクトルになれるのがいいですね。

自分のイメージをコントロールしたいと言う誘惑がありますか?

そうしたいなら、女優にはなっていないと思うわ。

それは映画を取り巻く事についても同じではありませんか、例えば写真とか?

写真やプロモーションは別よ。私は誰と仕事をするのか知りたいくらいかな。注意はするわ。あまり自分自身に似ないようにしているの。インタヴューって時々不安になるのね、ストレスを感じることもあるわ、馬鹿なことを言わないかなとか、誤解されるんじゃないかなとか・・・当然、用心しているところはあると思いますけど、それは普通でしょう。

批評には、敏感なほうですか?

そうね。全くどうでもいいとは言えないわね。自分の映画が気に入られているか、自分の演技がどう思われているか知るのに興味があるから、批評は読みますよ。こき下ろされても平気とも言えないわね、具合が悪くなってしまうほどとは言わないけど、やっぱり影響受けますよ。でも最近ではあまり囚われないようにしています、平気、全員同じ意見なんてありえないって自分に言い聞かせるようにしています。

凄く社会的な装いの役柄が多いと思われる心配はありませんか、『シングル・ガール』『天使の肉体』そして今回の"De l'amour"  と社会的な地位が役柄を左右してしまいます。

でも私たちが生きている世の中ってそう言うものですよね。私もシンデレラのリメイク版に出て御伽噺のお姫様を演じてみたいわ。ジャンル映画にも出てみたいと思いますね。

ジャンルものも好きなんですか?

大好きですよ。映画で好きなことはたくさんあります、私が女優をしているのもそう言う理由が一つですね。

あなたはよく”現実で夢を見させる”と言うのが好きみたいですね。

その通りだと思うわ。マリアのような女性に完全に自己投影できると思います、彼女が経験したことを自分もしたいとは思わないでしょうけど。毎日の生活でしていることや、いつも変化する世界にオマージュを捧げるのは重要なことだと思う。こういう独自の環境から抜け出たような無名の人を演じるのが私は好きです。

あなたのフィルモグラフィーにコメディがないのは何故ですか?

そうね、自分でもわからないわ。私自身は大好きなんですけど。素晴らしい作品がたくさんありますよね。ベベールの作品や『パリ原色図鑑』や"La confusion des genres" とか・・・映画には全てが必要です、だから映画が好きなんです。様々な気持ちや感情を味わいたいからです。笑うこともその一部ですし、そう、大きな一部だと思います。

役を断る場合、何が基準ですか?

その役が信じられない時、自分には向いてないって思うことも時々あります。自分には出来ないこともあるって分かっていますし、自分を投影できない世界もありますから。

オファーされた映画を断って、後悔した経験はありますか?

いいえ、でも断った映画を見に行って、素晴らしいと思うことはありますよ!でも他の女優が演じた瞬間から、その役は演じたその女優のものなんです。役に肉付けした人から切り離して考えることは出来ないんですね。

大人の女性の役を早くやりたいと思われますか?若者の関心とは少し離れた役柄をやってみたいですか?

近いうちに演じることが出来ると思っています、私も成長していますから。(笑)少しづつですね。でも変ですけど、もう若い母親の役を何度が演じましたね。私は映画ではよく子持ちなんです!変よね。でも役に関しては、こだわりはありませんね。”あんな役は絶対にやらない。”とか私は思ったことはありません。いろいろな違った役を演じてみたいと思っています。役柄に共通点があれば、それは仕方ありません。でも全く同じというわけではないので大したことじゃありませんけど。マタハリのような女スパイの役とか、アクション映画もやってみたいですね!でもジャンヌ(と素敵な男の子)は、ロマンチックな役で、私の大好きな役でした。

『ジャンヌと素敵な男の子」と"De l'amour" は、まず人生は何物にも勝るという価値観を共有していますね・・・

その通りね。望みさえあれば、人は何でも出来るということよね。

『ザ・ビーチ』が公開されてから、アメリカでは面白そうな企画があったのではないですか?

ええ、いろいろあったのですけど、私が気に入ったものはなかったんです。

舞台の仕事は相変わらず、断ってしまうんですか?

今はやってみたいなと言う気になりました。その気もあるんですけど、同時に怖気づいてしまうんですね。まだたくさんお話を頂いている訳ではないんですけど、出来たら嬉しいですね。

ドヌーブ、ユペール、ベアール、そしてアルダンと共演するフランソワ・オゾン監督の次回作の噂についてですけど・・・

その話は出来ませんね。(笑)

じゃあ、仮に噂だと仮定しての話だとしても、今言った女優たちと同列に並べて話題にされるのはどんな気分ですか?

噂だとしても、彼女たちと連想されるのはすばらしいことです、・・・でも何も言えません、最後は焦らされちゃったわね!(笑)★