Cine-live N°68, mai 2003

映画 “Bon Voyage”への切符を買おう、決して後悔しないでしょう!寡作で知られるジャン-ポール・ラプノー監督の起伏に富んだ冒険活劇、一等(級)のキャストが集められた、ヴィルジニー・ルドワイヤン、イヴァン・アタル、そして新人のグレゴリ・デランジェ。ご乗車下さい!

シネライブ:37年間のキャリアで、7作だけ、しかも『シラノ・ド・ベルジュラク』や『コニャックの男』のようなヒット作ばかり。ジャン-ポール・ラプノーのような稀有で才能のある監督から出演依頼があれば、断ることなど出来ませんよね?

イヴァン・アタル:レディ・ファーストと言うことで!

ヴィルジニー・ルドワイヤン:あら、ご親切に。シナリオを読む前に、もうその気になったわ。監督の作品が大好きだったし、監督本人も好きなのね、1999年のドーヴィルでの映画祭で監督が審査員長をやった時に会う機会があったの。「もっとたくさん映画を撮ってください」って言ったのを覚えているわ。監督のことを少し知っていたから、余計、一緒に仕事がしたいって思ったのね。

グレゴリ・デランジェ:依頼を受けたときは、仕事で忙殺されていた訳じゃなかったから(笑)さほど迷うことはなかったですね。

イヴァン・アタル:自分に関して言うと、僕が決めたのは監督がラプノーだったからだね。正直言うと最初は、この役にはあまり魅力を感じなかったんだ。気に入ってはいたんだけど、このラウルって役を、でも役者としては特に感じるものがなかった。それでもジャン-ポールに出演を承諾したのは、彼ならこの心優しいゴロツキに真実味を与えることができるだろうって思えたからだよ。

シネライブ:イザベル・アジャーニが演じた役は、『望郷』のような戦前の映画に出て来る女優ミレーユ・バランのようなファム・ファタールが少なからず下敷きになっていますが、皆さんが演じた役にも実在の人物が反映されているのでしょうか?

イヴァン・アタル:ラウルにはいないと思う。とにかく監督は何も僕には話してくれなかった。でもあの時代にあった事を監督自身は生きたんだ。占領が始まった時、まだ少年で僕が思うに、映画の登場人物は当時監督が知っていた人や事件を参考にしているのだと思う。

グレゴリ・デランジェ:僕が演じたフレデリックは、監督と共同脚本家のパトリック・モディアノの二人を混ぜたような人物なんだ、二人が若かった時のね。あらゆる話に首を突っ込むノッポ君で、人生と女性を追い求めている。監督がこの役の話をしてくれて、とても秘密めいていたけど、この人物は監督の分身なのは明らかだよ。それに自分の家族にもオマージュを捧げている、例えば、フレデリックのみたいにイギリスへと旅立っていった彼の叔父さんとか。こういった事が人物に真実味を与えていると思う。

シネライブ:2時間休まず走り続けている人物たちを演じるのは疲れるんじゃないですか?

イヴァン・アタル:お話は1940年6月に設定されていて、フランス全土がボルドーへと避難したんだ、だから寝泊りする場所や食料の心配とか全体的にパニックになっていて、映画のリズムも過剰になってる・・・

ヴィルジニー・ルドワイヤン:でも凄くカット数が多い映画だから、そんなに長く走ってはいないわ!

グレゴリ・デランジェ:うん、僕は一気に数100メールを走らなくてはならない森のシーンがあって、それを何度も繰り返した。背中が凄く痛くなってしまったよ!難しい訳じゃないんだけど、消耗したな。

シネライブ:それに撮影期間が5ヶ月という長丁場で、グレゴリさんは、ほとんど全カット出ているんですね。

グレゴリ・デランジェ:そう撮影の最後の方はさすがに息切れしてたよ!監督は一時たりとも僕らを休ませてくれないんだ。 “piques a vaches”と言った感じでね。

ヴィルジニー・ルドワイヤン:なあに、それ?

グレゴリ・デランジェ:ほら、もっと歩けと牛のお尻を小突く棒みたいな奴だよ。(笑)

イヴァン・アタル:(興奮して)そうだ、正にそんな感じだね!

ヴィルジニー・ルドワイヤン:当然だと思うわ、全身全霊で映画に打ち込んでいるからよ。作品と一体化しているの。現場の監督は物凄いわ。俳優たちの動きを細かく見て、俳優と同時に台詞をそらで言っているの。すべて俳優がする通りの動きを監督自身がするんだもの。前かがみになると監督もそうなるし、顔をこすれば、監督も同じ動きをするのよ。

シネライブ:少しオーケストラの指揮者みたいな感じですね・・・

イヴァン・アタル:そう、楽譜は全部暗記しているんだ。スクリプトを読むと監督はこの映画をチョークと定規を使って準備してたのが分かるんだ。映画全体が頭の中で完全に出来上がっているんだね。撮影されたシーンはすぐに編集されて、無駄になったシーンはないね。あるやり取りを別テイクで撮り直すなんてことは一度もなかった。

シネライブ:それほど厳格だと俳優たちには即興の余地はあまりないんじゃないですか?

ヴィルジニー・ルドワイヤン:私はがんじがらめだとは決して思わなかった。監督は、提案にもとてもオープンだったし・・・(少しふくれっ面をしているイヴァンを見て)確かに台詞は一字一句さえ変えさせてはくれなかったけど・・・

イヴァン・アタル:登場人物のことをよく知っていて、自分がやりたいことも厳密に分かっているから譲れないんだと思おうよ。それを理解して受け入れる事が出来るまで時間がかかったけどね、欲求不満になったけど、監督が素晴らしいのは正にその点なんだ。シナリオよりも出来上がった映画の方が数段素晴らしいから。

シネライブ:「良いドラマは良いコメディにもなる」と言うラプノー監督お気に入りのハワード・ホークスの言葉がこの映画の気質を反映していると思います。

ヴィルジニー・ルドワイヤン:戦争が背景になっているけど、この映画は何より冒険活劇だと思う・・・

グレゴリ・デランジェ:とてもロマンティックな作品でもあるし・・・

ヴィルジニー・ルドワイヤン:占領下と言うのは、背景には過ぎないの・・・

イヴァン・アタル:そうだけど、素晴らしい描かれ方をしているんだ。あの時代をとても繊細に語っているショットがいくつかあるよね。特にスフロ通りのシーン、人気がなくなって車が4台画面に入って来る。映画ではああ言う演出は滅多にないと思う。

シネライブ:この作品はいい意味で大衆娯楽と言えるでしょうね・・・

イヴァン・アタル:その通り。だからこそこの映画に参加できてとても誇らしい気持ちなんだ。映画を犠牲しても映画館へ観客を呼ぶためなら何でもするって言う映画界の風潮だろう。でもこの作品はそうじゃない。すべてギャグのためにギャグをやってはいないし、演出に優雅さがあるんだ。黄金期のアメリカ映画のコメディみたいな感じだよ。グレゴリが演じた役を見ると僕はジェームズ・スチュワートを思い出す。上品で魅力的で、それと同時に凄く可笑しいんだよ。

シネライブ:あなたは期待の新人と言う訳ですが・・・

グレゴリ・デランジェ:(迷惑そうに)さほど多くの映画に出て来た訳じゃなかったので。『将校たちの部屋』と言う作品に出演したのですが、マスクを着いていましたし。これほどの大作に出演できるなんて、素晴らしい贈り物ですね。美術も凄いし、実は4枚の板で留められている建物の外壁とか、ああいったトリックは僕には目新しくてワクワクしましたね。それに共演者たち:ヴィルジニーとイヴァンはこの映画で初めて出会ったし、アジャーニにドパルデュー・・・

シネライブ:ヴィルジニーとイヴァンは彼らと一緒のシーンがほとんどなかったですが、不満はないですか?

ヴィルジニー・ルドワイヤン:私にはレストランのシーンがあったわ。確かに短いシーンだったけど、私たちが演じた役があれ以上に交差する理由がなかったから。

イヴァン・アタル:僕はアジャーニとのシーンがあるようにって監督に頼んだんだ。「よし、考えておく」って返事だった。ある日僕のところへ来て、「やったぞ、なんとかシーンを作った」って言うんだ。僕は狂喜乱舞。それから監督がそのシーンを説明してくれた:「よし、君は修道院の庭に着いて、彼女が君の前を通る、それで“マドモアゼル”って声をかけるんだ」それがアジャーニとのシーンなんだ。あれには正直参った。(笑)

シネライブ:この映画の登場人物のように信じられないような冒険を生きるために映画に出ているのでしょうか?

ヴィルジニー・ルドワイヤン:色々な理由があるけど、それも一つだと思う。子供の時は素晴らしい事を発見できるんじゃないかと思って俳優になりたいと思ったわ。素敵な出会いもあるしね・・・

イヴァン・アタル:僕は違うな、むしろ自分が興味あるのは冒険だって言えるね・・・

ヴィルジニー・ルドワイヤン:私も同じ意味で言ったつもりよ。

イヴァン・アタル:(声を上げて、ムカツク振りをして)えっ、そうか、失礼!

ヴィルジニー・ルドワイヤン:撮影の5ヶ月間この調子なんだから。

イヴァン・アタル:(落ち着いて)僕は実際どうして自分が映画の仕事をしているのか良く分からないよ。魔法みたいな面があるからね。

グレゴリ・デランジェ:僕が好きなのは、ラブストーリーだね。それを演じるのも最高だよ。

イヴァン・アタル:そう、女の子が動機って訳か、あいつは・・・

グレゴリ・デランジェ:イザベルとヴィルジニーが相手だから、文句は言えないよ。

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