カトリーヌ・ドヌーブ 「男性がいない私の初めての映画」 *台詞についてネタバレがあります
 

シナリオを読んで:この映画に出ようと思ったのはシナリオを読んでの事じゃなくて、フランソワ・オゾン監督のこれまでの映画のせいね。長編はもちろんだけど、短編もね。自分の世界を持っている監督と毎日出会える訳じゃないから・・・彼のこれまでの作品を知らずにシナリオを読んだとしても、興味を持ったとは思えないわ。この映画のスタイルは軽演劇が原作となっているストーリーで非常に重要なものなのです。

演じることの喜び:観客にしたら自分に馴染み深い女優たちが、凄く作りこまれた役を演じているのを見るのは、ある種楽しいことなんじゃないかしら?少しづつ化けの皮が剥がれてくるこのブルジョワ女性を演じるにしても、多くの部分で自分を投げ出さなくてはならないんです。そうしないと、とても機械的な演技になってしまうし、役が自分とは正反対だと言う理由で、その影に隠れてしまうことにもなるからです。セットも人工的ですし衣装は50年代の物で登場する女性は皆、囲われたいとしか願っていないのですから。

不安:同じテンポを保つのがいつも凄く難しいですね。映画は撮影には数週間必要ですけど、お話の方は24時間で終わる事になっているのですから。役の最終的なバランスは、オゾン監督の才能ですね。

8人の女優:私が男性の登場人物がいない映画に出演するのは初めての事でした。この経験から分ったのは、女優たちとある種のハーモニーを保ちながら映画を撮ることが出来るんだと言う事です。それは無理なんじゃないかと思っていたと言う訳じゃなくて、きちんと出来るって言う証拠があるのは良いことですから。皆最後まで、ある種、陽気でした。緊張があったとしたらそれは映画のスタイルが原因だったと思いますね。全てのシーンがとても細かく切り分けられていて、すばやく撮影されましたから。

この映画が描いていること:人はいくつになっても自分の母親に気に入られたい、一番愛されたいって思っていることですね。いつも十分に愛されているかどうか不安なんです。大人になって、もうかなり時間が経っていても母親にとって子供はいつまでも子供なのですから。

女優たちの演技指導:キャストにこれだけの人数が揃うと、監督とは個人的なレベルで仕事は出来ません。フランソワはどの女優ともほとんど同じ接し方で、私たちの控え室に来るのではなく、グループで話をしていました。

秘密:意地悪な世界で成長した女性たちなのね。そして話の過程で彼女たちの弱さが露呈して、自分たちの秘密をばらしてしまう。実際だったら、私は彼女たちのためというより、個人の権利を守ろうとするわね。どのグループでも暗黙の了解があるでしょう、それは自分は知っている、あるいは他人が知ってるのが判っているとかではなくて、必然的に明確でなくてはならないことよ。他人を配慮するってことは、聞く耳を持つことで、お互いに意見を出して、自分たちの言葉の結果を考えることですから。互いに全てを言ってしまった時に、物凄く憎みあいますが、真実も見えて来るのです。『8人の女たち』で起こるのは、正にそれね。

この映画の守護的な影は?:トリュフォーでもドミーでもなくダグラス・サーク。『8人の女たち』に出てくるフランソワ・トリュフォーの台詞*は、私は好きじゃないんですが、おそらく、いや、正にそれは私にとって非常に大切なものなのでしょう。ジャック・ドミーに関して言えば、彼の世界はもっとメランコリックなものです。残酷さが滑稽さに混ざり合っているんですね。

*(訳注:Te regarder est une joie et une souffrance. = あなたを見るのは喜びであり苦痛です。この台詞はドヌーブが出演したトリュフォー作品の2本:『暗くなるまでこの恋を』と『終電車』で共演した男優に言われる。特に後者では、劇中のお芝居で繰り返し出てくる。以下『終電車』のシナリオからの抜粋:

ドパルデュー:Tu es belle, Helena. si belle que te regarder est une souffrance.
                    あなたは美しい、エレナ、美し過ぎて、あなたを見るのが辛いのです。
       ドヌーブ:Hier, vous me disiez que c'est une joie.
           昨日はそれが喜びだと言ったわ。
ドパルデュー:C'est une joie et une souffrance.
           喜びであり苦痛なのです。

『8人の女たち』でドヌーブは、自分の娘を演じるヴィルジニーに次の台詞を言います:

Suzon: Ou est-il maintenant?
Gaby: Il est...mort, avant ta naissance. Un accident de voiture. Il n'y a pas eu un jour sans que je pense a lui...et te voir pres de moi, c'est a la fois une joie et une souffrance.

スゾン:父は今どこにいるの?
ギャビィ:亡くなったわ・・・あなたが生まれる前にね。交通事故だったの。あの人の事を思わなかった日は一日だってなかった・・・こうしてあなたを近くで見るのは、喜びでもあると同時に苦痛でもあるのよ。  



LE NOUVEL OBSERVATEUR Semaine du jeudi 31 janvier 2002 - n-1943

カトリーヌ・ドヌーブ

「大家族」

「退屈するのが大嫌いな私でも、シナリオを読んだだけでは、この役を引き受けるのに十分だったとは言えないわ。フランソワ・オゾン監督の短編も長編も見てはいたけどね、特に『ホームドラマ』は『まぼろし』よりも、『8人の女たち』を彷彿させていると思うわ。オゾン監督に会ってこのとてもクレイジーで危ない作品に出演して欲しいって口説かれたの。実際、この8人の女性、8人の怪物、8つのカリカチュアは一体何なのかしら?彼女たちは、女性蔑視と同等にオゾン監督の頑固さや権威を表現していると思うわ。例えば、私が床に転がってファニー・アルダンと熱い抱擁するシーンですけど、あのシーンは文字で読んだだけじゃひどい感じよ・・・でもオゾン監督の映画的な視線を信頼していたわ、『夜の子供たち』では私がローランス・コートを浴槽に入っているシーンでアンドレ・テシネのそれを信頼していたようにね。視線ってすごく大事なものよ・・・オゾン監督が50年代を選んでいなかったら、あの映画にある軽快さや軽薄さは想像できなかったでしょう。あれほどの華やかさは現代の感覚じゃないもの。毎朝コルセットの服を着て、縫い目のあるストッキングに、付けまつげに付け爪、とても窮屈なのよ。それにオゾン監督が参考にした昔のアメリカ映画のみたいな準備時間がなかったから、リズムがあわただしかったの。シルヴィ・バルタンのシャンソン"Toi jamais"は知らない曲だったけど、あれをやれてよかったわ。歌うのが本当に楽しかったの。楽しくて、自由を感じたの!『シェルブールの雨傘』の思い出やジャック・ドミーの映画の雰囲気を思い出したわ。この経験に味をしめて、ある人に連絡して、今その人にシャンソンを書いてもらっているのよ。アルバムを録音したいと思っているのね。このオゾン監督の映画は色々な発見をさせてくれたの。女性だけの世界で2ヶ月間過ごせてすごく快適だった。こんな経験は私も初めてだった。そうは言っても、スタッフには男性もいたからよかったわ。この映画で確認できたのは、女性の本性は、彼女たちには愛が肝心なの、その他のことはアクセサリーなのだから、やはり女同士で男性を話題にすることなのよ。男性の場合そうじゃないと思うけど。それにこの撮影をやってみて、8人の女優たちがきっと互いに嫉妬していがみあうだろうって言う男性の考えを覆したと思うわ。だって皆とても仲良しだったし、素晴らしい大家族を築いていたから。これまで何度となく会ってはいたんだけと、奇妙な事に共演したことがなかったイザベル・ユペールとファニー・アルダンを良く知ることが出来て嬉しかったしね。ダニエル・ダリューは何度も映画で私の母親を演じていて、素敵なお話がそのまま続いているって感じね。リュディヴィーヌ・サニエとヴィルジニー・ルドワイヤンは、すぐ私に懐いてくれたと思うの。自分だけが目立ちたいって思った人はいなかったわよ。共同作品を作っているって思っていたから。撮影が終わって思ったのは、私は本当に幸運だってことね:自分の人生が好きなように、人生も私を好きでいてくれるの」



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