Details February 2000/Details 2000 年2月号
 

「全くのでたらめよ」とヴィルジニー・ルドワイヤンは抗議する。「完全な作り事だもの!」明らかにそれは、4ヶ月にも及ぶ「ザ・ビーチ」の撮影期間にタイから聞こえてきたふざけたゴシップの一つだった:レオナルド・ディカプリオが、美しいフランス人の共演者であるルドワイヤンを妊娠させたと言うものだった。「あまりにでたらめで、全くの嘘だもの!」とパリのブラッセリー・ ルテシアで、チキンをいじくり、英語に苦労しながら彼女は答えた。言いかえれば、去年はタイタニック・ボーイとフランスのお嬢さんが楽園でよろしくやっていると毎日のようにタブロイド紙が書きたてていたが、スクリーン外での情事の噂はかなり誇張されていたようだ。ルドワイヤンはこの手のハリウッド・ゴシップに閉口したがろうが、それに感情的にはならなかった。若者達が楽園を求め、それを地獄へと変えてしまう現代の道徳劇とも言える「ザ・ビーチ」でのディカプリオ演じる主人公を狂わせる、ビキニ姿で官能的な妖婦とは全く異なり、素顔のルドワイヤンは、コンサバな身なりをした読書家で、(映画の)プロダクションを苦しめたゴシップ・ヒステリーに対して少なからず旧世界的な物思いにさせるものを醸し出している。「私はグラマーな女の子ってイメージを伝えたくないから。」とルドワイヤンは言う。この名前は、文字通りでは「経験豊かな」と言う意味だ。ふくろうに似た黒縁の眼鏡の後ろで、彼女は眉をひそめる。彼女は短く付け加えた「いやだわ。」明らかに、彼女はたわごとを喜んで受け入れるような女性ではない。
 

「トレインスポッティング」のイギリス映画チームの監督ダニー・ボイルとプロデューサーのマンドリュー・マクドナルドが「ザ・ビーチ」にルドワイヤンをキャストした時、彼女なら色々あってもおかしくなったりしないだろうと考えたからだ。(彼女が素晴らしく美しい黒髪であることも少しは関係あるかも知れないが)「他の子ではこの超有名人と一緒に仕事をしたら舞い上がってしまうんじゃないかと思ってね。」とマクドナルドは語る。「ヴィルジニーは凄く落ち着いているんだ。」とボイルが付け加える。「彼女は、内心じゃ、映画界全体、この手の大騒ぎや節制のないところに飽き飽きしているのさ。」こんな冷静なところは、彼女が新人ではないことにも関係している。子供の頃はモデルをしていて、現在23歳のルドワイヤンは、9才で映画に出演、「ザ・ビーチ」以前、既に18本の本編に出ている(その殆どがヨーロッパであるが)。概してフランス的に元気で、独立心の強い女性を演じて来た。1995年、19歳の時にリアルタイムで撮られた10代の労働者階級を驚くべきタッチで切り取ったブノワ・ジャコ監督の「シングル・ガール」に部屋係りのメイド役で出演。ニュアンスに富んだ彼女の演技について、ヴォーク紙は「彼女は世界一の若手女優かも知れない。」と誉めた。もちろん、ハリウッドには、性急な注目を真面目に受け取りすぎ、燃え尽きてしまったセクシー女優など五万といる。しかしボイル監督の見方では、ルドワイヤンはそんなティーンスターの墓場への候補にはならない。監督が言うには、カメラの前では「彼女は(演技の)つぼを得ている。彼女を年齢では凄いことだ、物凄いことなんだよ。」でもフィルムの回転が止まると、「彼女を知るのは、とても難しい。自分で分け隔てている部分が彼女にはあるんだね。」
 

その感情的な距離が、「ザ・ビーチ」の紆余曲折(とでも言うか)のあった撮影期間、彼女には役立っただろう。ディカプリオ主演の映画はどれもメディアが大きく取り上げる。しかし撮影当初に、映画の大半が撮られたPhi Phi Leh 島の自然を映画のクルーが破壊していると主張して地元の環境保護団体から、映画制作に抗議を受けると誰が想像出来ただろうか?(抗議者の何人かは牙を剥いたディカプリオのマスクをかぶって来た)。あるいは世界中のゴシップ・コラムは舞台裏でのディカプリオの殿様扱い振りや、放蕩振りを毎日書き立てた(中でも、レオがボディガートと共に、どこへでも出かけたとか、制作会社がチャーターした1500万ドルのヨットでオフの時間を過ごしたとか)ネタがなくなった時は、トンでもない話を彼らは作りあげた。(レオが食事を毒見させているとか、裸の不法侵入者にちょっかい出したとか、木陰にレオとヴィルジニーが座っていたとか…)ルドワイヤンほど冷静を保っている人物でも、度を越えた馬鹿騒ぎに圧倒されそうだった。最初はねえ、彼女は言う、「本当に腹立たしかった。でも気にしないことに決めたの。」彼女にとっても、ディカプリオは驚くほど冷静に思えた。「とても賢いわ。ゴシップの話は一切しないの。たぶん友人とはするかもしれないけど"ほんとにひどいな"なんて絶対言わないの。」
 

恋愛情事の噂に関しては、ルドワイヤンは肩をすぼめる。濃厚なスクリーン・タイムをディカプリオと過ごしたと言っても、それはアレックス・ガーランドの原作にあるのではなく、映画の作り手がストーリーに付け加えたもので、オフカメラでも自分の世界が彼とのが交わることにはならないと指摘した。「私が知っているのは、4ヶ月間、彼は朝6時にスタートするってことだけね。"とルドワイヤンは言う。「もちろん、パーティもしてたと思うわ、でも私の知る限り、彼は凄いプロ意識の持ち主ってことね。」実際、世界一有名な映画俳優と4ヶ月間接近して仕事をして、彼女は一つのシンプルな暴露的結論に達した。彼女が言うには、「彼の事、あまり良く分らないのね。」

「ヴィルジニーの気の静め方はねえ、」とボイルは言う。「読書だ。あれだけの本は見たことがないよ。どうやってタイへ全部持ちこんだんだろうか。」彼女は読書好きなことをあまり好んで話題にはしない。「月に100冊読めても、頭の悪い人もいるでしょ。」ときっぱり言った。それでも、これまでの文学体験の名残が彼女の会話を味付けする。ニューヨークの話になれば、エディト・ワートンやヘンリー・ジェイムスへ嬉しそうに言及するし、フランス文学の話になれば、ソルボンヌ大学でマルゲリット・デュラスについての講義に潜り込んでいた頃のパリ時代を思いだすと言った具合だ。彼女の音楽の趣味さえも-ビートルズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドやボブ・ディランも幾分悔いるように"かなり古典的"だと説明してくれた。

ルドワイヤンは、中古品を売っているパリのストリート・マーケットで露天商をしていた父に、パリの労働階級の人達が住む郊外で育てられた。週末には、喜んで父親の手助けをして、客相手に"ヴァン(20)・フランよ!"と大声をあげていた。パーフォーマンスの味を初めてかみしめたのもそこだったと考えている。父は映画ファンだった。毎週火曜日にはパリへ行ってアイスクリームを食べ、映画を見た。部屋の壁に貼ったマリリン・モンロー、ジェームス・ディーンやオーソン・ウェルズのポスターを見て成長した、魅惑的な面々が、彼女を魅了すると同時に勇気を奪った。「俳優になるのは、まったく憂鬱なことだって思っていたから」とルドワイヤンは言う。彼女の両親を家庭崩壊の度合いが少ないと、とがめる。離婚はしているが、彼女の両親は昔も今でも、とても安定している。「離婚してからも休日はいつも一緒に過ごしているわ。」とヴィルジニーは語る。「父と母と義理の父ね。」どんな真のパフォーマーがそんな幸福な家庭環境で育つのか?「私は両親にぶたれたこともないし、」彼女はふざけて文句を言う、「それに私はレイプされたこともないし、13才でヘロイン中毒だったわけでもないしね。」これら明らかに公平とは言いかねる逆行にも関わらず、ルドワイヤンの才能は開花してきた。オスカーのフランス版であるセザール賞にも既にノミネートされた。演技の全てにおいて、うっとりするような官能性と独立心が混ぜ合い、発揮されている。最高潮の演技では、近年のフランス作品「プレイバック」で見せたように、その二つを物凄い確信さを持って結びつけている。この映画で彼女は、カメラの前で全裸になり踊るセクシーな麻薬中毒のロック・スターを演じた。

もちろん、パリのレストランで、上品なセーターを着て、静かにコーヒーを混ぜている少女にそのイメージを一致させるのは難しい。「あのねえ、裸になるより人前で泣くほうが難しい場合もあるのよ。」と事もなげに肩をすくめる。「本当に。」でも実際にロック・スターになるなんて、彼女は怖くて出来ないと言う。「ダメよ!それは出来ないわ。」声が大きくなった。「俳優なら、自分ではない誰かを演じるわけでしょう。ロック・スターは、歌っている歌自体が自分そのものだもの。そんなの怖いわ。」怖いと言えば、ルドワイヤンはまだ「ザ・ビーチ」の完成版を見ていない。映画が公開され、また大騒ぎになったらどうするのか、まだあまり考えてもいないのだ。でも今のところは、タイは忘却の彼方にある。最近は、映画業界で働いている彼氏とスペイン国境近くの南仏で、静かに暮らしている。家には三匹の猫(オリーブ、ルルとモーグリ)がいて、バラを植えたり、料理をして時間を過ごしている。

簡素な生活だ。国際的な名声を得ようとしている女性の生活だと考えれば、驚きが増すだろう。「僕は俳優をよく知っているんだ。」とボイルは言う。「連中は鏡があれば、それを見るよね。横目でだとしても、必ず見るのさ。」言わずもながのことだが、ヴィルジニーは見ないんだ。
「どうでもいいのよ。」彼女は肩をすぼめる、なぜ他の有名人達が常に欲する注目への要求がないとかと聞かれて、なんとか ca-er と2音節で苦労しながら答えた。「つまり、彼氏には、自分に完全に集中して欲しいけど、それは…」と彼女は言葉を選んでいる「私自身の人間関係の中で、求めていることじゃないから。」では、もし明日メディアに追い回される露出過剰の国際的なセックス・シンボルになって、ボディガードや食事の毒見をする取り巻きたちに囲まれて、豪華ヨットに身を隠すなんて心配はないわけ? 「ないわ。」とパリの冬の中へと踏み出しながら、言う。両方の頬にキスを受けるのに軽く前に傾きながら。「私もいくつか心配事はあるけど、その心配はないわ。」 ★

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