Entretien avec Bruno Solo. ブルーノ・ソロとのインタヴュー

Glory N° 1, Avril 1998  98年 4月 グローリー1号

モンパルナスのセレクトにて。約束の場所を決めたのはヴィルジニー。本当だよ。
 

ブルーノ・ソロ:ヴィルジニーに初めて会ったのは、クラブで偶然だったんだよ。でも君だってすぐに分かった。「シングル・ガール」を見た直後だったから。何も言わずにダンスに誘ったんだ。君も何も言わずに、OKしてくれて。ロックがガンガンかかっていてね。四半世紀も若返ったんじゃないかなって思わせるような奴さ。今でも覚えてるけど、君は凄くはつらつとしてて、もっと踊りたいって風だったな。僕と共演しないか?

ヴィルジニー: いいわよ。

ブルーノ・ソロ:君が一緒に仕事をしたブノワ・ジャコーやシャブロル監督と一緒に仕事が出来たらいいな。君と一緒なら、なおさらいいけど。

ヴィルジニー:「原色パリ図鑑2」に出るの?

ブルーノ・ソロ:今のところは、ヴァンサン・エルバーズとホセ・ガルシアと、ノーと言おうぜってことにしてある。監督がトマ・ギルじゃないこととシナリオが恥ずかしいくらい前作に似てると言う二つの理由でね。

ヴィルジニー:とにかくフランス映画が元気なのはいいことでしょう。

ブルーノ・ソロ:ヨーロッパの状況とフランス映画界が直面してる目白押しのアメリカ超大作のことを考えたら、まあ頑張っているんじゃないかな

ヴィルジニー: 私はアメリカか、アジアで映画に出たいなあ。

ブルーノ・ソロ:僕は、イタリアでナンニ・モレッテイと映画が撮りたいよ。

ヴィルジニー: 私はキャメロンの「ターミネイター」みたいなのもやってみたいな。

ブルーノ・ソロ:もし「タイタニック」に出てくれと言われていたら、悪い気はしなかっただろうな。

ヴィルジニー: 私は偶然女優になったのね。子供の時、覚えているのは、水曜日に時々、託児所へ行く代わりに、広告写真に出ていたの。化粧して、奇麗な服を着て、学校でも見せびらかしたりできたしね。自然の成り行きで、オーディションを色々受けて、少女を探していたキャスト担当のディレクターの目に留まって、呼ばれて、今があるわけ。

ブルーノ・ソロ:12才の時、中等学校の映画クラブをやっていたんだ。後で私立に払えるほど両親にお金がなくなってしまったので、公立のコンセルヴァトワールへ入学したんだ。皆と同じでただ働きに近い仕事をして、特にロベール・アンリコ監督の「フランス革命」ではエキストラの仕事をしたよ。

ヴィルジニー:その映画に私も出たわ、ミシェル・オーモンの娘役でね。8才の時だった。

ブルーノ・ソロ:凄いな。僕は俳優たちからさほど離れていない群集の中にいたんだ。彼らの演技を見て、本当にこの仕事がしたいと思ったよ。テレビでもエキストラをやって、目を付けてもらって、「原色パリ図鑑」へ出ることになったんだ。

ヴィルジニー:私は、「プレイバック」以外は、評論家が言う「作家の映画」ばかりに出ていたから、でも女優としても観客としても、大衆映画も作家の映画も同じに好きだけど。フランスだと、ふたつ別々にするのが悪いのよ。

ブルーノ・ソロ: イタリアやイギリスでは、演劇は高尚なものだって考えられているだろ。それに俳優は何千もの人生を生きれる唯一の仕事だよ。僕にとって一番残念なのは、マストロヤンニに会えなかったことだよ、握手するだけで良かったんだ…

ヴィルジニー: 彼と仕事したわよ。

ブルーノ・ソロ:うそっ!

ヴィルジニー: 本当よ。"Le voleur d'enfant"(子供泥棒)って映画で。彼の恋人役でね。

ブルーノ・ソロ:イザベル・ユペールが好きなんだって?僕が子供の時、"ヴィオレット・ノジエール"って映画に彼女が出ている時、道でローラースケートをしていて、彼女にもろぶつかって、怪我をさせてしまったんだ。彼女は素晴らしいと思っていたから、まったくイヤになっちゃって。君の時と同じで、僕はいつも衝撃的な出会いかたをするんだなあ。★

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