Les Inrockuptibles 2001年4月

ヴィルジニー・ルドワイヤン、気取らない若い人

新世代のスターは、作家の映画にも国際的な大作にも出演する。しかし、その輝きの向こう側のヴィルジニー・ルドワイヤンは気取らない若い女性で、何より女優を仕事を威厳を持ってやって行きたいと願っている。
 

この仕事で成功を納めるのに一番大切な素質はなんでしょうか?

意志ね。だっていい俳優はたくさんいるもの。各自才能がある訳だけど、それ以上に、ある人物を演じたいって言う荒々しい気持ちが、必要不可欠なの。その欲望を監督に強いたり、自分が望まれていなくて、その欲望を起こさせるのが無理な時は、どんなにかその役が演じたいか態度で示さなくてはダメ。例えば、『冷たい水』のオーデションは本当に骨が折れるほど大変だったのだけど、オリヴィエ・アサイヤスは、私がどれだけ彼と仕事がしたいか、どれだけこの役を貰うのが私にとって大切なのかを理解してくれたと思うわ。反対に自分は確信出来なくても、監督の気持ちが強くて、映画に出ろって説得させられることもあるの。2ヶ月もの間撮影されるのだから、やっぱり監督と俳優の間には恋愛状態って言うか、互いに誘惑しあって、お互いに求め合えないとダメなの、恋愛関係になるって言う意味じゃないけどね。魔力が必要なのよ、じゃないと頼まれ仕事になってしまうもの。『ザ・ビーチ』では、国際的なキャスティングと言う少しストレスが溜まる環境だったけど、ダニー・ボイル監督との初対面も順調で、後で彼が私の写真を見て、フワンソワーズの役は、私にって決めていたと言うことを知ったの。私に会う前に、彼はそうしたいって思っていたわけ、教えてはくれなかったけど。オーディションの時は白紙状態だから。エドワード・ヤン監督の映画以外(フランスでは未公開の『カップルズ』)で、ジャン=フランソワ・リシェ監督の"De l'amour"は、私のために書かれた初めての映画。彼に会ったのは6年前、飛行機の中だったわ、ユニフランス主催の旅行で、私から話し掛けに行ったのよ、普通は絶対そんなしないのだけど、その二日前に見た" Etat des lieux"がどんなに素晴らしかったか伝えたかったのね。彼はサラソタで開かれた映画祭へ向うフランス団の中で自分は何をするのか考えていたので、私の言葉に感動してくれて、その後、" Ma 6-t va crak-er"を撮った時、タイトル・クレジットに出てくれないかと頼まれたんですね。警察署で強姦された女の子の三面記事にインスピレーションを得て、それを次回作に一緒に仕事しないかって言ってくれたんです。私の事を考えて書いてくれたんですけど、最初は、互いに仕事をしたいという気持ちがあったんです。

後悔している選択はありました?

いいえ、正直言ってありません。『プレイバック』は失敗作ですけど、『冷たい水』ブノワ・ジャコーの2作品(『シングル・ガール』と" La Vie de Marianne")『カップルズ』『沈黙の女』と続いた作家の映画から、違うものへ行きたい気持ちが凄かったんですね。重苦しい作家の枠に自分を入れる以外の他に何が出来るのか知るのに、わき見をしたくなったんです。ピエール・ジョリヴェ監督の『天使の肉体』もありますけど、私はこの映画はよく飛ばしてしまうんですね。監督が決まる前に映画に関わったのは初めてだったの。『可愛い悪魔』のリメイクをやるとシナリオをもらって、バルドーを役を私がやると言うお話でね。私はすごく乗り気って訳でもなかったの。監督が決定してないシナリオは、私にとってシナリオは仕事の文書にしか過ぎないし、45歳の男と付き合う20歳の娘の話で、まるでそれが現在でもショッキングだとでも言うように・・・監督のジョリヴェに会うまでは少し唖然としてしまって・・・この企画を彼が取り上げて、それで私もやってみようと思ったの。ランヴァンと仕事をしたかったしね。それは特別な経験だったわ。本当にピエール・(ジョリヴェ)の映画だとは言えないけど、私は後悔はしていないわ。

役を断って後悔したことは?

引受けるかそうでないかは、監督によるわ、女優と監督の関係は、お互いに与え合うことなのよ、撮影している時は、この監督と作られた映画を見る観客のベクトルになるのは自分なんだってハッキリしないとダメ、例えば、フェラーラは素晴らしい映画作家だけど、あの時は"New Rose Hotel"に出演するには考えられなかったわ。映画もいいし、素晴らしい役だけど、それはアジア・アルジェントが見事だからよ。私はいつも白か黒か決まるフェラーラのような人と4ヶ月間一人でニューヨークにいるなんて考えられなかった。自分が望んでいるものから少しでもずれたら最低だぞと言われるような不安の中に身を置くのは嫌だったし、私は少しは精神衛生も保ちたい方だから。フェラーラに会いに言ったのは自分でも偉いと思ったけど、あの映画には自分の居場所はないと感じたし、フェラーラが理解できなかったから、彼が何を望んでいるのは分らなかったしね。そんな時は、無理強いしないほうがいいのよ。

(役の)選択の範囲はどうですか?広い方、狭い方ですか?

広い方だと思う。出演依頼は色々な人から来るから。特に"作家"と呼ばれている人たちだけとは限らないもの。純粋な作家と、より"産業的な"映画、時々はフランスの大製作会社(注:ゴーモンのこと)とのバランスが取れています。でも女性監督は私に役をくれないんです、これには驚いているんですけど、私の最初の主演作はフィロメーヌ・エスポジート監督の『ミマ』で、一緒に仕事をしたい女性監督はたくさんいるんですけどね。選択の範囲は、時によりけりですね、いつもブーメラン効果があるんです。公開される映画に左右されるんですよ。『ザ・ビーチ』の後では、提案された企画、私が興味を持てなかったアメリカ映画ですけど、ザ・ビーチの影響がありました。色々な事をやってみたいし、色々な国にも行ってみたいので、意図的に意固地になったりミス・キャストされないようにしているって訳でもありません、それはどうでもいいし、退屈な話だし、考えないようにしています。仕事が一つなら、やることも限られますし、カメレオンを演じる訳でもなく、私だと分らないように、これまで演じて来た役を忘れさせようとメークをするなんてこともないですし。結局、いつも自分は自分です。ドヌーブでもユペールでも映画に出る時は、彼女たち自身です。そう言っても、彼女たちから何かが剥れてしまう訳じゃありません。

妥協したと言う気持ちは既にありますか?

『ザ・ビーチ』が公開された時、四六時中、攻撃されたの。悪魔に魂を売ったとか、アメリカ人に買われたとか非難されたわ。映画の良し悪しや私の演技が話題にされるのなら、いいけどね、でも俳優の仕事が何であるか説明したり、常に自己を正当化しなければいけないのは大変だったわ。ジャコー監督から『ザ・ビーチ』へ乗換える権利はおまえにはないぞって感じでね、ロレアルの話なんかとても出来なかったわ!自分の仕事、自分の枠から出たって非難されたのね。でもそれがモラルの問題になるなんて!私は全く問題はなかったけど!勝手にしろって思っても、すぐにうんざりして結局そうしないか、一緒に仕事したいと思っている監督が、どこでも売られたって言われている自分を使ってはくれないだろうなって迷って・・・それは、嫌な思いだったわ。今では、本当に仕事をしたいと思っている監督はこんな事、気にもしないでしょうけど、当時の私は心配だったの、他人がどう思うかとか、"世間体"とか拒絶されちゃんじゃないかしらとか。私はいつも外国の監督とも仕事をしたかったから。ヤンの映画に出るのも、『ザ・ビーチ』に出たのも同じことなのよ、もちろん全く同じ事ではないにしろね。それに私は『ザ・ビーチ』が、社会的に認められる事だとか、"国際的なキャリア"の始まりだとか口にしたことはないし、それ以降、外国の監督と仕事をしたいと思ってはいるけど、アメリカ映画には出ていないしね。でもフランスの監督が嫌だとかじゃ全然ないわよ。俳優の仕事はすごく断片的なのね。リシェ監督の映画と、今度撮影に入るオゾン監督の映画の間に、1年仕事をしてないの。仕事待ちの期間だけど、心配はしない、自分が読むシナリオがあまり面白くなくて、自分が出ていない、オファーされなかった面白い映画を見ると、次は何をしようといつも思うけどね。でも常に仕事をするのが目的じゃないし、空き時間を全て仕事で埋めるほど仕事中毒じゃないけど、素晴らしい映画に5本連続して出演出来るんだったら、やるわよ!

ロレアルの宣伝の仕事を引受けるのは躊躇しました?

もちろん。広告の仕事をするなんて思ったこともなかったですし、いいと思っていませんでしたから。それに『ザ・ビーチ』に出演する6、7ヶ月前にロレアルのアポに行った時は宣伝の仕事をしたいかどうか分らなかったので、出て下さいとは言われなかったわ。1年間でたった2週間の仕事だと説明されるまで凄く懐疑的だったから。この仕事で財政的にはとても自由になれるんです、出たい映画を選べる贅沢を手に出来たし、それに出演料を下げて映画に出ることも可能です、もちろん働いている人の大半と比較したら、大金だとは思うけど。ロレアルの仕事には私は満足していますよ、墜落した感じはないですし、この業界を渡り歩くだけでもクレイジーなことですから。1年中フルタイムでやっている訳でもないですからね。

自分の一貫性が揺らぎません?

ううん。自分の一貫性をこういうことには求めないから。ロレアルの仕事でお金を稼ぐのは不正直でも不名誉なことではないもの。人物じゃなくて、商品を売っているのは私自身が表現しているものだから。ロレアルの宣伝だと、あれは自分なんだって分らないのね、でも映画でも自分を認識できないこともあるわ、後ろ姿は自分では見れないし、太ってると自分で思っているのに痩せて見えたりすることもあるから。でも良く見ると自分なのよ、そんな風に画面に映ることって、ショックに思えることもあるの、自分の笑い方とか、泣き顔とは知らないでしょう。『シングル・ガール』を見た時は、さすがにすぐ自分だって分ったけど、信じられなかった!宣伝のフィルムは、自分のごく一部しか跳ね返ってこないから。それが面白いのよ、私も寝起きの顔を見られたくないもの!私は形を自由に変えられてしまう材料に過ぎないの。

お金とあなたの関係は?

自分のお金は自分で稼げることはとても誇らしく思っているわ。きちんとすることをしてもらっているお金だもの。もし1年間映画に出なくても、ロレアルのお金で、アーティスチックな不安にさらに経済的な心配をしなくて済むの。ロレアルの仕事をすることで、自分の映画を選べるし、自由に動けるから。十分な予算がない映画でも、ロレアルとの仕事のお陰で、引受けることも出来る訳だしね。

あなたのエージェント、ミリアム・ブルとの関係は?

私が13歳の時からのお付き合いで、彼女のことは大好きよ。彼女は一人で仕事をしていて、事務所とは言えないわ、俳優の数が少ないから。お互い長い付き合いだから、いつにもまして自分の選択は自分でするわ。意見が合わないことは滅多にないの。彼女は私の考え方が分っているから。でも困った時は彼女がいるの。私は契約の商談なんか出来ないから、彼女がいて助かるわ!市場での私の価値を知っているし、それはやっぱり市場なのよ。だって私にはその価値があるから!(笑)でも予算が少ないから、ある映画に出るのは止めなさいって言われたことはないわ。彼女は映画の世界を知っているし、それを愛しているから・・・

この"仕事"に違和感は感じない?

ええ、大勢の人と交流があるわけでもないし。家族みたいとか、連帯しているとかでもないから。大組織の中核にいるとか言う気は全くしないわ。

カンヌ映画祭やセザール賞など、この仕事の純粋に演出的な部分は、楽しんでしまう方ですか?着飾るのは好き?

ええ、楽しんでいるし嬉しくもあるわ。学校の年末に演劇の衣装を着るみたいな感じで、毎日の生活には存在意義があるわけじゃないけど。私は現実により根をおろした映画に出ているけど、変装の喜びってあって、ワクワクするじゃない。私って覗き趣味的なところもあって、人の家へ行って、どんな生活をしているのか見るのが好きなのよ。普通の人を演じるのが好きね、だって私にとってはそういう人たちは自明のこととして特別だから。リシェ監督の映画のマリアのような人物、本当に平凡な人物を演じるのが好き、カメラが彼女に興味を示すと、特別な存在になるからよ。平凡さから役を放つことにドキドキする。私はよく通りで人を見て、後をつけてみたい気分になるのね、誰で家ではどんな風で、食べてる物や帰宅したらすぐにテレビを点けるかなとか、そういうことに凄く興味がある、スターの生活について読んだりすることよりもね。普通の人に興味があるの、だってそうじゃないのよ、そんな風に見えるだけ、それで私は胸踊るの、それで想像をめぐらせるし、そこに私には本当に知らないことがあるから。でもカンヌ(映画祭)やセザール賞は、いつもそんな風に着飾ってもいれないし、多分いつも自分はそこで何をするんだろうとか思ってうんざりしちゃうのね、やってみたいなって夢見てたことでもないし。でも楽しいわよ、嫌な仕事じゃないし、そうだったらしないもの。しんどくなってきたら、大変、そうなることもあるけど、するととても重要なことだからとか言って自分を説得した人たちに耳を貸してしまい、断れなかった自分を恨むことになるのよ。

もう2度としないと思われる仕事はなんですか?

ひどい出来の写真撮影、例えば FHMの表紙のためにやった奴みたいなの。終わるのを待っていただけ!出来る限り早く終わって欲しいから、余計にプロ意識に目覚める訳よ!そしてもう2度とやらないぞって思うの!

それでもなぜされたのですか?

悪い理由のせい。最初はイギリス版FHMだったの、フランス版の方は断ったのだけど、イギリスでは私は知られていないし、『ザ・ビーチ』公開に際してフォックス社にとっても重要だったし、イギリスの雑誌の表紙を飾れるって素敵とか思ったのね。それに私は"ノー"と言えない立場だったし、気取っていて気まぐれで分らず屋とか思われたくなかったの。一度OKしてしまったら、(撮影)チームがロンドンから来て、罠に掛かった!本当ならやりたくなかった馬鹿げた事に引きずりこまれて。自分が YES って言ったのよと思いながら、逃げもせず残って、いい気味じゃない、勉強になったでしょ!ほとんどマゾ的な感じなの!同じように、行かなくてもいい、自分が出ていない映画のプレミアに行くのも大嫌いよ、だって嘘っぽい抜け出せない状況に陥るでしょ、ホールにフランス映画界が詰め込まれた感じで、嘘を言っている自分がいる・・・お祭りとか業界のパーティとかも私は嫌い。ストレスたまるし、社会的な手管が必要みたいなところだと居心地悪くて。でもカンヌ映画祭の司会をやった時は、きちんと言う事も決まっていて、役割と目的があったし、やる事があったから。社会的な主張があるようなものだとダメ、心配でおかしくなっちゃう。そういう状況だと、自分が何を期待されているのか知らされないと嫌よ。それに私は全然社交的じゃないから、そういう場面だとすぐ退屈してしまうのね。

反対に、この仕事で好きな瞬間は?

カメラが回わって、自分が演技していることすら忘れる時、魔法のような感じで、それが続くの。いつもあの瞬間を待ちわびているのね、私が本当に好きなのはそれよ・・・

デビューしてから何が変わりましたか?

『冷たい水』に出て、オリヴィエ・アサイヤスのお陰で本当に女優の仕事をやりたいなと思ったのね、自分勝手に映画に出るために映画に出るんじゃなくて、自分がやっている事を俳優の仕事にするだけじゃなく、映画のためにフィルムを紡いでいくこと。それ以外では、ううん、仕事は変わったとは思わないわ、もちろん私の立場は変わったけどね、それにカメラが回る瞬間は、嬉しいことに変わらない、いつも印象深いわ。自分が気に入ったシナリオを読んで、その映画に出ようって思う時、いつもそわそわして嬉しくなる。でもいつも同じ不安が付きまとうの、監督の気が変わりませんようにって!

同業者をどう考えていますか?

とにかく競争相手とは考えないわ。素晴らしい女優はたくさんいるし、タイプも様々だし。もちろん同じ役を取り合うことになることもあるけど、私はいつもそれが自分に向いているかいないかを考えるわ。だから誰がに取られたとか、私が取ったとか考えることは決してない。だって自分に決定権はないし、それが出来るのは監督だから。この仕事の本質は監督の欲望に左右されるのね。もし使ってもらえないなら、仕方ないわ。また後で別の映画で使ってもらえるかも知れないしね。

今、こうしてやっている映画のプロモーションについてはどう感じていますか?

誰を相手にするかによるわね。私が行きたくない方向へ話を持っていこうとしたり、下心があったり、「これまで言ったことがないような事を言わせてやる」とかイライラさせてやる!みたいなのが見え隠れすると慌ててしまうわ。特に私生活に関する質問は、凄く心配になるのね。だって俳優の仕事は役を演じることで、私生活を話題にすることじゃないもの!★