Virginie Ledoyen dans le DVD de " l'eau froide" :
ヴィルジニー・ルドワイヤン インタヴュー『冷たい水』DVD特典から
  『冷たい水』に出た時、16歳だったの、16歳を少し過ぎてたかな。オリヴィエ(アサイヤス)がアルト社でシャンタル・プポー総指揮の作品群『その年令の全ての男の子女の子』の一本として『冷たい水』を書いたのね、その作品に出てくれる俳優を探していて、最初は非公式に大きなオーディションをしていたのね、プロの俳優を使いたくなくて、リセで探していて新しい才能が欲しかったわけ。ピエール・アムザラグが、彼はもう亡くなってしまったけど、キャスティング・ディレクターで、俳優たちを探すのに、とても長い時間をかけていたけど、見つけられなかったのね、そんな時、私がオーディションを受けたの。学校に告知があって『オリヴィエ・アサイヤス監督、この年令の俳優・女優を募集中』ってね。私は監督の『新しい人生』を見たばかりだったの。それでオーディションを受けてみると、膨大な規模で、廊下には50人の若者が待っていて、最初は横にパネルを持って撮影されたわね・・・
 でも私はもう何本が映画の経験があって、監督は当時言ってたみたいに「ずる賢い猿」みたいな俳優は欲しくないって、何度も何度もテストをしたの、一回二回、最初は『パリ・セヴェイユ』のシーン(TOP画像)を演じさせられたわ、当時2、3年前に監督した作品ね。それから違う俳優たちとテストをしたわ、この作品の主人公のシプリアン・フーケが見つかるまで、だから、そうね、半年か7ヶ月位、『冷たい水』のキャスティングには本当に長い時間がかかっているの。で、ある日電話があって、その時はまだシナリオも読んでもいなかったけど、『クリスティーヌを演じるのは君だ』って。『やったあ!』それで決まり。
 (選ばれて)当たり前とは思わなかった。オリヴィエは最初、私はあまりにも『綺麗』『ブリッ子』で『可愛い子』過ぎるって思っていたみたい、監督が求めていたのは・・・クリスティーヌの役は、とても根暗で重くて、監督は「映画の若い主役」って言うのを恐れていたの。それに疑問を感じていたからテストにも長いことかかったんだと覚えているわ、私にこの役を任せても大丈夫だって確信するまでね。
(あの役には)激しさと厳粛さがあったと思う、それは正に、そう思春期であの時、正にああいう人物へ傾倒してたから、とても複雑で興味を引かれる人物ではないかも知れないけど、でも絶対性な意味では、すごく魅力のある人物なの、かなり暗いし、すぐには好きになれないかも知れないけど、それが私には挑戦だって思えたの。 普通、自分が演じる人物は、自分に似てるかしらって私は知りたいとは思わないのね・・・
だって凄く考えて書かれた人物や世界だし、うまく演出されているから、どうにか感情輸入できるのよ、でもそれが必ずしも個人的な経験というわけじゃないしね。「私はクリスティーヌ。彼女の問いかけを私は生きた」なんて思わなかったけど、あの役はきちんと私に語りかけてきたの。どうにかしてあの若い女の子の役が自分に語りかけて来たのわけ。ある役を演じることになった瞬間、役を演じることが出来る瞬間、私はこのクリスティーヌの役を見直すの、この役は強烈で複雑だけど、同時に明快だったわ・・・凝り過ぎた役じゃなかったし・・・つまり彼女が絶対を求めていたこと、失われたロマンティズムがあったと思うから。
 オリヴィエ・アサイヤスとは2本の映画を撮って『冷たい水』はその一本目だけど、この作品は本当に開かれていたのね、つまり飛び込んで行ける役をもらえたって事かな。でもその役に惑わされないし、溺れもしなかった。当時の音楽にはすぐに魅力を感じて、好きになったし、ジャニス・ジョプリンやヘンドリックス、ヴェルヴェットやニコをまた聞いたの。当時に本当に戻ったような気分になったわ!私は76年生まれで、この映画は72年のお話だと思う、70年初頭ね、今の世代はより現実的だし、より物質的だと思う・・・でも16歳の時に自分はだれなのか、特にどんな人間になりたくないのかいう自問は全く普遍的だって思えるのね。
とにかくクリスティーヌは自分が生きてる世界で自身を認識できなくて、両親ともうまくいかないで、彼女の世界、自分の生活がとても窮屈なものになっているの、だから絶対的な渇きを覚えていて、それから恋をしても、それに満足できなくてね・・・
同時に彼女自身の社会的な限界、うんざりする生活に、うんざりの両親、家族生活の複雑さ、一種の無法地帯みたいな・・・パンク・ジェネレーションじゃないけど、その中間にいるの:「これには全部価値があるのかな?」って。この映画は人間関係を描いているのよ。確かに思春期の子が出てきて、確かに大人ではないんだけど、何かを作ってそれを壊して、でも・・・いつか親になることって、子供に食事をさせることだけじゃなくて、もちろん食べさせることはとても大事な事だけども、子供を活かせてあげることが出来たら最高なのよ!でもある時が来たら、子供は親に反抗するものでしょ、親子関係、家庭や社会環境がどんなものであってもね・・・
クリスティーヌの母親は働く女性で、問題も抱えているけど、最善を尽くそうとしてて、自分の生活を持っている人よ。常に子供の言いなりになってばかりはいられないでしょ。
とても口数の少ない役なのは事実ね・・・だから彼女が話す時は、とにかく努力してて、何がうまく行って何が行かないのかや欲しいもの欲しくないものとか、なぜ自分は悪い子なのかとか分っていないのよ。「僕が話す、君が話す」っていう古典的な枠に入ることで、とても奇妙な感じがしたけど、だけどもう一度、人物の文体に戻ってくるわけ、自らの矛盾と居心地さの悪さの中でもあまりに誠実なの、どの言葉にも重みがあるみたいに。だからクリスティーヌが長く話すときは奇妙な気がしたわ、そうした状況で撮影したことがなかったからよね。だから彼女が言ったことは・・・それ以外に言い様がないってことが明らかなの。 顔に髪がかかったり、クリスティーヌが髪の毛を触る仕草がたくさんあって、彼女がほとんど話さないのは本当だけど、単に内向的って言うわけじゃなくて・・・でも視線ではあまり話してないかな・・・私はある種類を見つけようとしたわけ・・・償いとかじゃなくて、違う表現方法を。私に思えたのは・・・彼女は苦しんでいていつも手をひねったり、髪をねじったり、爪を噛んだりしてて・・・彼女は精神科の病院へ行くのね、それはやはり何でもないことじゃなくて・・・グロテスクにならないように、頭を掻いたりしたりとか・・・彼女には必ずしも言葉では伝わらない表情が出ればいいなって思っていたの、身体の姿勢とか足を曲げたり、だからそれは準備と撮影の一部を成した何かだったの。

オリヴィエはこのシーンには全然満足してないって思うの。最初の約束だったから:彼女は髪を切って、このシーンをカットを割らないで撮影するのね。ヘアピースとか付け毛を使うなんてオリヴィエには問題外だったの。「彼女は髪を切る」それ以外何でもないシーンだったの・・・越えなくてはならない段階ね。だからこのシークエンスの前にはこんな風に髪を触っていたの、このシーンに来るためにね。女優の仕事として意識的に無意識的に、ある時点にはカットを割らないで髪の毛を本当に切るんだって知っておかなくちゃって思っていたから。それでこのシーンを長回しで撮影した時、夜でジャニス・ジョプリンが流れていて(あの曲はジョプリン自身のお気に入りなの)あれは・・・夜の・・・谷間って感じで、凄く寒くて、私はとても不安だったわ。私はショートヘアにしたことがなかったし、最初は頭でも切りつけるような気がしたの・・・それで出来ないって・・・とても儀式的な感じになったのね、こんな風に髪を一回一回つかんで房を切っていくと監督は「カット」って言ってくれないの・・・私はごまかしたくなかったし、そんな考えは浮かんでこなかったけど・・・でもただあんな風に髪をなかなかつかめなくて・・・出来ないでいたの、監督が切った時、本気なんだって分って、鏡もなかったし、最後にはかなり短くなちゃって。「カット」の声がかかった時、監督の顔を見たの、自分の顔は見なかった、何だか分らないけど、見たくなかったのね・・・監督は少しムスっとしてて・・・それから鏡を持って来てくれたの。こんな風になちゃった髪の毛を見て、ヒドイって思って、怖くなっちゃって。監督はイメージ通りに行かなかったからむくれていたわけ。でも同時にこれでもいいと思ってくれたのね・・・だからこのシーンはとても変な瞬間だったの!
私は17歳で、それが映画監督との出会いだったのね、それまでに映画に出たことはあったし、監督達と映画を作るのが好きだったけど、女優であることを本当に意識したことはなかったみたい。カワイらしくしていたらいいのよって思っていたのね、滑稽だったわ・・・それで本当に尊敬できる監督に出会えたわけで、だから映画がどんな風に出来上がるのか見るのに本当に興味を覚えたの。つまり出来上がりつつあったものを女優として、また同時に観客としても見たの。オリヴィエは僕が教えてあげるよというタイプじゃないし、そういう性格の人じゃないのね、そんな事はしないし「ああ、こうして、ああしてさ」とかは言わない人。でもオリヴィエのお陰でたくさんの映画を見るようになったのは事実ね。『冷たい水』の出演中に「私は女優になる」って思ったの、この作品以前はまだ分らなかったのだけれど。
私にとって、女優でいることって、そうある瞬間から6,7,8週間の間、独自の映画的な筆跡を持った人が作った強烈な世界に入りこむことなの、その世界は独特で、研ぎ澄まされていて、同時に観客の役にも立つし、あなたもその監督の世界に入っていく・・・素晴らしかったわ、17歳でアサイヤス監督に会えてとても幸運だったと思うの、私にとって『冷たい水』はこうした様々な事が含まれた作品なのね!


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