Mes huit femmes par Fracois Ozon / 僕の8人の女たち フランソワ・オゾン 

人形
子供の頃、僕は長いこと人形遊びをしていました。男の子の荒っぽい遊びには興味がなかったのですね。戦争映画では唯一興味を引かれた作品がありました。アマゾネスを巡る英雄伝なのですが、この伝説から生まれた女性たちが互いに戦ったり、男相手に戦いをするのが見られるのです。僕は人形と遊んで、変装させたり、髪を梳かしたり、服を着せたり、演出するのが好きでした。仕掛けや場面転換と言う事に魅せられていました。ピグマリオンと同じ気質を育んでいたのだと思います。だから今考えて見ると、『8人の女たち』は少年時代の自分の遊びに帰化することに過ぎないのだと分りました。

女たち
女性のみで映画を作ると言う考えは僕の頭の中に長い間あったのです。最近またジョージ・キューカー監督の"The Women"をとても楽しく見直して映画の原作となっているお芝居の版権について問い合わせをしました。リメークの権利は数年前からハリウッドで、ジュリア・ロバーツとメグ・ライアンが押さえていることがすぐに分ったのです。そこでこの企画はあきらめてしまいました、まずクレア・ブースが書いたお芝居自体がとてもアメリカ的で、僕はフランスの女優たちとフランス語で映画を撮ろうと思っていましたから。しかしドミニク・ベスナールの手助けのお陰で、60年代の推理劇である『8人の女たち』を発見したのです、この作品を書いたロベール・トマの存在は忘却の彼方となってしまっていますが、1970年代には大衆演劇で注目を集めた人でした、彼は推理劇を得意としていたのです。自分が書いた別の劇(Piege pour un homme)の権利をあのヒッチコックに売って財をなしたのです、ヒッチコックはこのお芝居を映画に脚色する予定でしたが、実現する前に亡くなってしまいました。『8人の女たち』は僕のフランス風"Women"の企画に理想的だと思えたのです。かなり時代遅れとなってしまったお芝居からは、全てを単純化し、状況設定と特に結末(アヌイがロベール・トマに提案したと言う)が面白いと思える推理劇の構成だけを残しました、明らかに女性蔑視と思える部分もありますが、感動を伝えることが出来ると思ったのです。登場人物たちに深みを与えながら、会話の凄いユーモアを強めて、この8人の女性たちのライバル感や家族関係をより複雑により現代的にするように心がけました。

アガサ・クリスティー
それは古典的な推理サスペンスを兼ね、アガサ・クリスティー風の筋書きで、グループの中で殺人が起こる密室劇の映画を思い起こさせるコメディを作ると言うことでした。多くの子供のご多分に漏れず、僕もアガサ・クリスティーの小説を貪り読む、ティーンエイジになって、アメリカ人たちが作った非常にアカデミックな脚色の映画を楽しく見ました、お楽しみの中心となるのはその素晴らしいキャストで、スターたちのライバル精神で遊んでいた訳です。これらの映画全ては最後のシーンのために作り上げられ、考えられていました。ついに明らかとなった真実がエルキュール・ポアロやミス・マープルの仮説を裏付ける映像によって証明されるのです。これらの作品の何本かを見直して、ロベール・トマの信じがたいクレイジーな展開をそれらしく見せるには、マルセルの殺人を巡りフラッシュ・バックを入れる必要があると思ったのです。そこで自分たちが言った事を裏付けたり、あるいは矛盾する夜中の女たちの絵を映画に散りばめることで楽しみました。これらのショットの状況(真実であれ嘘であれ)で遊ぶことで、このジャンルの映画の大きなテーマの一つに手を染めることが出来たと思います:それは家族の秘密で裏打ちされた嘘と云う事です。

女優さんたち
この映画にはいくつかの見方が出来るといいなと思いました、推理劇の裏で、映画と女優について軽く楽しく考察しているのです:女性の間に女優が見え隠れし、女優たちの間に女性が見え隠れするのです!観客が一度に登場人物のアイデンティティと女優のそれに気付くように映画スターが必要だと思ったのです。彼らはスターたちが互いに愛し合い、お互いに罵倒したり、口論したり、キスしたりするのを見るためにやって来たのです・・・サーカスのような映画なのです:檻に入れられた8人のスターたち、互いに貪りあいそうな野獣と言った感じです。いずれにせよ本当に親密なシーンは(ドミーとテシネの作品に出たカトリーヌ・ドヌーブとダニエル・ダリューは例外ですが)これまでほとんど共演したことがない有名な大女優たちの存在でしかこの映画を豊かなものには出来なかったでしょう。登場人物たちに見合っていたからあの女優たちを選んだのですが、彼女たちのこれまでの作品と過去の役から彼女達が背負っていること全てを考慮しました。キャスティングが決定してから、彼女たちのイメージ、キャリア、繋がり、フランス女優として僕が持っている彼女達の解釈を念頭に置いて、シーンを何度も書き直しました。リスクがあったのは確かだと思います。でもあの女優さんたちはユーモアがあるのです。新しい冒険への用意があり、自分のイメージと遊んでも構わなかったのです。彼女らは一緒に演技し、全員を一緒に見てもらうことが観客を刺激し楽しませることをすぐに理解してくれたのです。

シャンソン
シナリオを書きながら、この映画に音楽の幕間を挿入したいと思いました。モノローグ風で女性として女優としてコミカルだけど感動的に自分を表現して、曝け出すことが出来るというものです。技術的には完璧でないにしろ、女優たちが歌う声を聞きたかったのです。繊細さや感情を全面に出した歌い方が気持ちを揺さぶるからです。それにコンティニュティに変化がないよう台詞の声と歌う声に違いがないことが僕には重要だったのです。僕自身で歌を書くよりも自分のレコードコレクションから8人の女性たちの個性に合ったシャンソンを見つけた方がいいと思ったのです。軽くて、たいてい歌詞が陳腐な商業音楽が、どんな状況にも素晴らしくマッチすると言う特性があるのです:それ故に人気もあり時には普遍的にもなるのでしょうね。そこで全員に曲を選んだのです、彼女の性格や劣等感や絶え間なく話題となるこの映画で一番大きな不在者である男性との関係を暴露しているのです。僕はポップ歌手たち(シルヴィ・バルタン、シーラ、ダリダ、ニコレッタ、フランソワーズ・アルディ)の歌詞を選ぶのが楽しかったですね。

参考にした映画
お話を1950年代にしたことで、仕掛けの効果と同じように、あり得ないような話の展開もそうですが、この檻に閉じ込められた8人の女たちと言う途方もない状況により信憑性をもたらしてくれました。この映画の準備を進めながら、僕のインスピレーションは1940−50年代のハリウッド映画に傾倒しているのが分ったのです、セットや衣装やイメージも影響を受けています。ヴィンセント・ミネリ監督のミュージカルやダグラス・サーク監督の華麗なメロドラマのようなテクニカラーのアメリカのコメディとは対照的に、50年代のフランス映画は、デュヴィヴィエやドラノワやオータン・ララ監督たちの暗い映画に代表されるように大抵モノクロで撮られていて、僕は刺激を受けることはありませんでした。デュヴィヴィエ監督の『自殺への契約書』と似ているところもありますが、この作品よりも『人生の幻影』に近くありたいと思ったのです。そこでこの作品を通じて、あの時代の映画やアメリカのスタジオで活躍し、ハリウッドを形成した偉大な亡命監督にオマージュを捧げたいと思った訳です。この映画は彼らの作品を参考にして、スタジオが作り上げた当時の女優たちへの愛が詰まっているのです。

この本が語っているのは、僕のインスピレーションや美的探究、イメージ、写真、構成やお絵かきへの嗜好です。単に映画から派生した商品にはしたくありませんでした。映画とは別の軌跡を残せるように、映画の話を新たに語り直すつもりで時間をかけました。-家族のアルバムとノートブックの中間を行くような物にしたかったのです、そこで今一度、映画と女優たちへの愛を使えたかったのです。



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