彼女は野の花が好きで自分の娘にリラという名前を付けた。しかし映画では、才能と融合するのなら、彼女は暗さも厭わない。ヴィルジニー・ルドワイヤンは今週封切りとなるパスカル・ロジエの長編第一回作品『サンタンジュ』のヒロインだ。この作品では若い家政婦を演じ、人気のない孤児院の廊下で、子供たちの足音や声が彼女には聞こえて来る。身ごもった赤ちゃんを拒否する女性でもある。この作品でルー・ドワイヨンと共演している。ドラキュラの国での撮影から、ロレアルのミューズは元気に戻って来た、大好きな読書にまた没頭し、もうじき3歳になるリラの母親をやるために。田舎で彼女は脱皮する。新しい役を演じる度に、自分自身の皮をまた一度見つける必要がある。それが新しい役を演じるための栄養源を得る条件なのだ。

スパンコールやグラマラスなことは、映画の役や宣伝にはいい。毎日の生活では、『サンタンジュ』のヒロインは、自然体な家庭の母親である。

LA DOUBLE VIE DE Virginie /2人のヴィルジニー

Paris Match. ホラー作品である『サンタンジュ』に出演されましたね、幽霊が登場する暗い作品で、普段あなたが発している優しさとはほど遠い感じですね。

Virginie Ledoyen.シナリオを受け取った時はこの作品が定義づけられるジャンルまで考えませんでした。ストーリーに引き込まれて、アンナという人物に感動したんですね。女性の素晴らしい役で、演じがいもあるし、様々な層がありますし、母性や神経症、苦しみや女性の複雑さを同時に持ち合わせているんです。こんな役のオファーは滅多にないと思います。監督のパスカル・ロジエは全く知らない人でした。第一回作品でしたけど、こんな説明もされないけど深淵なシナリオを書く人は情熱家に違いないと思いました。とにかく器用な人という印象が私にはありましたね。

P.M.『サンタンジュ』には撮影が相当キツいと思えるシーンがありましたが・・・

V.L.シナリオを読んだ時は分りませんでした。演技をした時は、時々暴力的と思えることに自分が捕まれるようでした。例えばアンナが自分の中にいる子供に届くようにとお腹を思いきり叩く場面があるんです。そのシーンを撮った時、突然、望まない子供を身ごもった女性の苦しみを考えました。アンナを苦しめ、彼女がおかしくなってしまっている理由は、恥と苦しみをもたらすこの子供を愛することが出来ないからなんです。この映画の撮影で変だったもう一つの事は、私が単独で演技するシーンが多いのですが、でもその孤独感を感じることがなかったんです・・・セットやそこにいた亡霊たちとたぶん一緒だったからかも知れませんね。ドラキュラの国でもありルーマニアで撮影したのですから!

P.M.あなたが娘さんを妊娠していた3年前に戻ったような気になりました?

V.L.いいえ。私が妊娠していた時は、本当に幸福感に満ちていて、嬉しくて、望んで妊娠した訳ですから、アンナとは違います。でもお腹を抱えたり、母乳上げる仕草は、馴染み深いものでしたから。経験に助けられたと思います。普通、裸のシーンは居心地悪いですけど、でもお腹が大きかったり、腕に赤ちゃんを抱いていると、明け透けな視線からも守られているような気がしたんです。でもこう話していると面白いんですよね、映画で妊娠している役をたくさん演じて来たのに気付いたからです。14歳の頃から、なぜか解りませんけど、いつも妊娠してる役を演じています。クリスチャン・シャロンジュ監督の『子供泥棒』、クロード・シャブロル監督の『沈黙する女』、ブノワ・ジャコー監督の『シングル・ガール』それにフランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』。でもあの作品では、私は本当に妊婦だったの。

P.M.『サンタンジュ』の撮影中は、娘のリラちゃんと一緒だったのですか?

V.L.1ヶ月の間は一緒にいました。撮影現場には来ませんでした。自分が思うように面倒を見てあげられないのが嫌ですし、私が妊婦姿なのを見られたくなかったので・・・見ても理解できなかったでしょうけど。まだ幼いので現実とフィクションの区別ができませんから。

P.M.子供はまだ欲しいですか?真剣に考えていますか?

V.L.ええ、必ず欲しいです。でも明日という訳じゃないですけど。

P.M.監督のパスカル・ロジエは「ホラー作品で複雑で、ノイローゼ気味で根暗な生き物としての女性を自分なりに描くことが出来た」と発言していますが、彼の見方に同意しますか?

V.L.女盛りの時、彼女らが醸し出すのは、女ってとても複雑ってことだと思うんです。ノイローゼに関して言うと、ヒステリーは女性特有と言えるかも知れないけど、男性にも特有な「狂気」があると思います。アンナはとても不可解な人物なんです。自分で彼女の荷物を運びながら、その重さを感じたんですね。自分が置かれた社会の犠牲者なんですよ、強姦されたメイドで、人に仕向けられたものを見ながら生きるしか術がない女性です:呪われた孤児院へ来たんですから。私は役に身を任せてって感じでしたけど・・・

P.M.あなたはどちらかと言うとインテリの監督たちと仕事をすることが多いように思えますけど。

V.L.作家の映画が好きなのは事実ですけど、スノッブだからではありません。趣味がいい人はたくさんいるけど、作家の映画が語っていることが好きなんです。意固地で言っているわけじゃありません。このカテゴリーに入る映画で、ヒドいと思う作品もたくさんありますし、そんな映画には出たいとは思いません。出てみたいと思う笑えるコメディ作品もあります。自分たちが開拓しているのがどんな分野であれ、自らの行動をきちんと考えている人たちが私は好きですね。仕事以外でも、自信満々という人たちよりも自問する人の方が好きです。

P.M.映画では、何か目標がありますか?

V.L.若い時は、それが監督になることだと思えていたのですが、考えていくうちに自分が好きなのは、演じる人でいたいって解るようになりました。

P.M.今では女優さんが大役をもらうのは難しいのではないですか?

V.L.ええ、フランス映画はますますパターン化して来ていますね、女性さが薄れていますし、大ヒロインにはなかなかお呼びがかかりません。ゴダールやトリュフォーそしてクルーゾーたちは女性を超越させ、彼女達をミューズにした監督でした。そうした監督はとても少なくなってしまったんです。アルノー・デプレッシャンの『エスター・カーン』が多分そうでしたけど、あれももう4年前の作品ですね。

P.M.そうした理由から、映画出演せずに長い時間過ごすこともあるわけですか?

V.L.そうですね、禁欲的に選んでいます。個人レベルで投資しなくてはならない事が大きいですから。スタッフはよく面倒を見てくれますし、出演料も十分ですけど、撮影期間中は、自分の生活は二の次になってしまいます。他人になりきるのに三ヶ月、何かを止めればいいと言うんじゃなくて、完全に全身全霊でやらなくてはいけないんです。

P.M.では、映画に出ないというのは怠慢や欲がないからという訳じゃないんですね?

V.L.私はいつも仕事がない時間も必要なんですね。何もしないのが大好きというんじゃなくて、また映画に出たいって気を起こすためです。自分の仕事以外の生活からも栄養がいるんですよ。別にルールがあるわけじゃありませんけど:続けて撮影しなくちゃいけない3本の素晴らしい映画のオファーがあるなら、私はやるもの。機会と役と監督が揃っていたから、実際、連続して映画に出たこともあったし。

P.M.女優をしていないあなた自身の時には、何をしているんですか?

V.L.友人に会ったり、娘の面倒を見たり、テレビが好きな人もいますけど、私は本の虫なんです・・・一日で一冊とか二日で一冊、それから時には2週間は全然何も読まないこともあります。エッセイや漫画よりも小説が好きですね、特に19世紀の文学。いつも鞄に本を入れてあるんです。どこでも読みます、お風呂の中でも。好きな本屋さんがパリに数軒あって、何時間もかけて、読みたい本を選ぶんです。この時間だけは誰にも渡したくないですね。

P.M.スターになるためには、ある人物像というか、あるイメージを作り出すことが必要だと思いますか?

V.L.仕事をしていない時は、自分自身であろうと私は思います。欠点も長所もある自分でいたいです。人物像を作ろうとする人は、自分を擬人化して、自己風刺になってしまいます。ファッションと同じで、着ている人よりも服が目立ってしまったら、それがやり過ぎってことですから。

P.M.女優は、私生活を守れると思いますか?

V.L.思います、人目につかないように、サングラスをかけて、コソコソ生活するなんて、私はイヤだわ。私生活は当然誰にもあるし、それを共有する人たち、あなたを愛してくれ、あなたが愛する人たちは、世間の眼に晒されるのを、自分から選んだ訳じゃないから。全部、態度というか教育の問題だと思うの。それに自分の身の周りに何を置くのかのによると思うわ。私の友人たちは皆、私と同じ位、口も堅いし、だからこそ私をそっとしておいてくれるのでしょうね。

P.M.社交界には無縁といった感じで、あなたがロレアルで作りだしているグラマラスな女性のイメージとは遠いですね?

V.L.プライベートでは、メガネをかけています、かけないと何も見えないんですね、お化粧もほとんどしませんし、派手な服よりはジーンズが好きです。でもヒドイ格好でも構わないという意味じゃなくて、自然体でいたいという意味です。朝から晩まで妖婦なんて、私は興味持てません。ロレアルは完全に私という訳じゃなくて、少しだけ自分が出ていると思います。この契約のおかげで経済的な自由が持てたということ以外にも、彼らと仕事をするのはすごくクレイジーな感じがするんです。全ての女性がそうだと思うんですけど、私も気に入られたいって思う時があります、綺麗なドレスを着て、お化粧してね。宣伝をしたり、映画に出たり、写真を撮られたりして、私の女性的なエゴはとても満たされていると思います。

P.M.人生で求めているものは何ですか?

V.L.自分が自由に選択できること。好きなことがやれることですね、映画に出て素敵な役をもらえること。きちんと仕事を評価してもらって有名になりたいですね、幸せでいれて、娘にも自分にとって大切な人たちにもそうであって欲しいです。

P.M.両親は、露店の仕事をされていて、あなたもそうした環境で育ったわけですけど、娘さんもそうした芸人的な面があると思いますか?

V.L.分りません。娘といるときは私も母親になろうと努めていますし、やることはきちんとします。娘には家もあるし、きちんと動かない目印になるものがあります。自分の部屋や、自分の世界、それに習慣になっていることやしきたりに愛着を感じているんです。例えば、娘は毎晩いつも決まった時間に寝てくれるんですね。私はどこへでも娘を連れていくタイプじゃありません、友人と夕食を食べたり、ニューヨークへ3日行く時などは、娘も荷物と一緒にじゃなくて、一人で行きます。私自身、そんな風に生活したいとは思いませんから。娘には私に合わせて欲しいと思わないし、私も娘に無理に合わせようとは思いません。今日は娘と5時間は一緒に過ごさないとなんて考えたりはしないです。本当に単純にリラと一緒にいたいって思うだけですから。娘となら、何でも出来てしまうんです、ディズニーランドへも行きます、大好きなんですね。9月には3歳になりますから、幼稚園が始まります。自分が出かけなくてはいけない時は、いつも娘を置いていくのが辛いですね。でも罪悪感を感じたりはしませんよ。彼女が平気なのは分っていますから。私がいない時は、素晴らしい女性が面倒を見てくれますし、娘には最高のパパがいるから。



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