STUDIO210

ヴィルジニー・ルドワイヤン×ジャン=フランソワ・リシェ  打ち明け話

一緒に2本の作品を撮った彼ら:"Assaut sur le central 13" の公開にあたり、女優が監督にアメリカ初体験について聞く。

彼らが初めて出会ったのは、大西洋の上空、フロリダのサラソータで開催されるフランス映画祭へ向かう飛行機の中だった。1996年のことだ。ヴィルジニー・ルドワイヤンは『シングル・ガール』を、ジャン=フランソワ・リシェは初監督作品"Etat des lieux"を出品するためだ。彼はジョン・カーペンター監督を知っているかとヴィルジニーに尋ねながら話し掛けて来た、カーペンター監督の『要塞警察』をいつか再映画化したいと熱っぽく語っていた。その後、ジャン=フランソワ・リシェは"Ma 6-T va crak-er"のオープニング・シーンと"De l'amour"でヴィルジニー・ルドワイヤンを演出した。そして彼は自分の望みを叶えた:アメリカの監督が撮ったカルト映画の新ヴァージョンを演出したのだ。その作品を見て気に入ったので、ヴィルジニー・ルドワイヤンが私たちのためにジャン=フランソワ・リシェ 監督をインタヴューする役を自らやってくれた、アメリカでの冒険を詳細に話してもらうために。

ヴィルジニー・ルドワイヤン:(初めて)会った時に最初に話してくれたのが、『要塞警察』をリメイクすることだったのを憶えている?

ジャン=フランソワ・リシェ:そうだったね、うん・・・

V.L.フランスの郊外を舞台にして、いつかカーペンター監督の『要塞警察』をやってみたいって、私に話してくれたの。

J.-F.R.でも時代も変わってしまったからね。 "Ma 6-T va crak-er"の頃、しばらくして、僕の作品のプロデューサーのパスカル・コシュトゥーに『要塞警察』のリメイクをしてみたいかって聞かれてね、ずいぶんと考えた。それからフランスの恵まれていない人たちを悪いイメージで、今の社会経済的なコンテクストで見せたくないって思ったんだ。アラブ人、黒人やチビなフランス人が警察所を乗っ取るのを見せるなんて疑わしいと思った。それでこの作品はアメリカで撮ることにしたんだ。

V.L.アイデアはカーペンター監督と一緒に考えたの?

J.-F.R.いや、でもリメイクを手がける唯一の条件はカーペンター監督本人の許可をもらうことだったんだ。僕は略奪者ってわけじゃないから!幸運にもカーペンター監督は僕の  "Ma 6-T va crak-er"を3回も見てくれていて、再映画化権を僕にくれた。それでニコラ・ブクリエフと一緒にN.Y.へ行ってシナリオを書こうとしたんだけど、出来なかったんだ!シナリオを誰なら書いてくれるか決めるのにアメリカ映画を見始めたよ。それで『交渉人』を偶然見て、この作品は同じ構造をしているんだ。この映画のシナリオを担当したジェームス・デモナコに会って、シナリオを彼が引き受けてくれることになった。彼には何にも増して警察署内でのいざこざに僕が興味を持っているところだとだけは伝えておいた。彼は10週間でシナリオを書き上げてくれたよ。

V.L.カーペンター監督にもそれを読んでもらったの?

J.-F.R.ああ。でも一番感動したのは、出来上がった映画を気に入ってくれたことだよ。"違う作品で、タイプも違うけど、スピリットは同じだ!”って言ってくれたんだ。あれ以上の言葉は望めないよ。リメイクというよりもむしろ脚色を演出したと自分では思っている。

V.L.私にはあなたの映画を見て、よく知っている者からすると、矛盾するかも知れないけど、これまでで一番個人的な作品だって思ったわ。

J.-F.R. "Etat des lieux"と共に、そうだろうね。

V.L.ええ、でもこの作品ではより誠実で、特にこれ見よがし的な部分が少なくなってると思ったの。

J.-F.R. 実際僕に似ているんだろうね、より成長したと思うし、生活にも変化があったし、よりバランスが取れているんじゃないかな?

V.L.是が非でも、もう自分の話を正当化しようとはしない。

J.-F.R.それは考えたことがなかったね、でも僕が撮った最初の3本の映画は何かに対して賛否を問うように出来ていたけど、今度の作品では賛成の態度しか示していないんだ。

V.L.自分のために出来たわけね!

J.-F.R.そう、でも映画愛のためでもあるんだ。この作品は作家の映画だよ、矛盾もたくさんあるけど、アメリカを象徴している。特徴のあるアメリカなんだ、酒を飲み、自分たちが選んだものに固執し、仲間を失って、学習しないアメリカ。依然アメリカン・ドリームの理想の中で生きてて、最後にいつも正義は勝たなくてはいけないんだ。

V.L.イーサン・ホークが背中を撃って人を殺すシーンを受け入れてもらうのは大変だったんじゃない:ああいうのはアメリカ映画では
滅多に見ないと思う。

J.-F.R.彼らの文化に完全に反しているんだろうね。『ラスト・シューティスト』で、ジョン・ウェインが似たようなシーンの撮影を拒んでいる。まず僕もプロデューサーたちに反対されたよ。それからイーサンと話をして、あのシーンはなぜあのようにしかイメージ出来なかったのかを彼に説明したんだ。話を聞いて、「賛成だよ!」って言ってくれた。彼がプロデューサーに、あのシーンの撮影は、あの方法でしか撮れないと説明してくれた、編集で選択肢がないようにね。

V.L.自分の映画の編集をしなかったのは、これが初めてね。

J.-F.R.そうだね、でもスタジオの要求で、シナリオの90%は絵コンテを描いた。それでフレームが決まるから。

V.L.制作費を見積るために、絵コンテを描いてと頼まれたの?

J.-F.R.その面もあるだろうけど、それだけじゃない。アメリカでは、フランスと違って、 プロデューサーも給料制なんだ。役割は二重:資金調達と、問題が発生した際にはカバーしてくれる。絵コンテのないシーンを撮って、うまく行かなかったら、彼らが守ってくれるわけさ!

V.L.編集を全部一人でするってことは考えなかった?

J.-F.R.ああ。制作費を切り詰めるために、編集は撮影と同時進行なんだ。ビル・パンコウに編集してもらった、ブライアン・デパルマ監督の『カリートの道』を担当したのは彼なんだ。モントリオールでの撮影中、彼は編集を横で進めてくれて、進捗状況を見せてくれた。仕事に取り掛かる前に、絵コンテ通りにやって欲しいって伝えただけ。それで最初のヴァージョンは2時間20分という上映時間になった。

V.L.1時間45分に短縮するのにあなた自身でシーンを削ったの?

J.-F.R.うん、ファイナル・カットは僕に委任されていたから。(最終編集権:フランスでは、常に監督が最終権を持っているけど、アメリカではプロデューサーが持つことが多い)クレイジーかも知れないけど、ビルとは全てで意見が合ったんだ!でも最初は簡単じゃなかったよ!警察署の中に8人がいて、その全員の視点に興味があるんだからね。外にいる人間は数えていないよ。これは難問だった・・・でも自分を守る最良の手段だったんだ。編集が複雑でも、その時、僕の意見を聞くことは出来ないと知っていたからね。リズムを失わずに、全ての視点から描く必要があった、他はヒッチコックの話を読んで、分ったんだけど、自分が求めているものを手にしたら、撮影を止めなくてはならないって;カメラを回さずに、編集で自分が望んでいない画面でつないでしまわれないようにするためにね。プロデューサーたちも最初はうんざりしてたけど、撮影一週目が終わる頃には、ラッシュを見てスタジオが熱を帯びて来たのが感じられた、あとは自分がやりたいように進めることができたよ。

V.L.最終結果が自分のものにならないって心配はなかった?

J.-F.R.もちろんあったよ。毎日が戦いさ。僕もバカじゃない;プロデューサーたちのために、フランスで3本の作品を撮ったわけだから!だからこの作品が成人指定を受けるための戦いもあった。受け入られるのに苦労したよ、成人指定は観客動員が4割減になってしまうからね。だけと誰でも見ることが出来る作品にするために悪ふざけさせられるのは御免だからね!出来る限り自由にやりたかったし、ローレンス・[フィシュバーン]やイサーン・[ホーク]に売れる映画を作りたかったから:『ブリット』や『ダーティハリー』とか『フレンチ・コネクション』のような登場人物がアウトローで、殺人が痛みを伴って描かれている、3発弾丸を喰らった奴がスローモションで倒れることがないような一連の作品に属するような感じのね。

V.L.この映画では特にハードだと思ったわ、暴力描写にも意味付けされていたわね。

J.-F.R.暴力を描くことには興味がないんだ!それでデパルマ監督の作品のようにスペクタクルになるのなら、それもいいけどね。でも暴力と戯れてみたいとは全く思わないね。僕の映画に出て来る人物が殺人を犯すときには、裏の意味があるわけじゃない。反対に映画は見世物でもあるから、バイオレンスもスペクタクルになるんだ。レオーネやペキンパーのような監督が暴力を神格化したとしても、常に危険性を感じるよね。今アメリカで見ることが出来る事と比較しても、僕のこの作品は非常に暴力的だと思う、でももしその暴力が存在するとするなら、それは登場人物に共感してくれているからじゃないかな。『バッド・ボーイズ』という映画があって、僕の好きな作品なんだけど、主要人物それは、アクションであり、車であり、カーチェイスでもある。 "Assaut..."では異なる人物たちの苦しみであり、結果的に暴力は押さえられているんだ。

V.L.あなたの作品にはある種、ハリウッドへのパスポートを求めているようなところがないわね。「オレがやることを見てろよ」って言うような立場に決していないし。

J.-F.R. やはりそれは運良く僕にファイナル・カットがあったからね。アメリカ人の良いところは、人間関係が明白なところだね。そんな風に、僕はいつでも誰か他の監督に代わる危険性があるのを分っていた。でも僕を信頼もしてくれたんだ。自分の才能を証明することが出来れば、アメリカ人はますます権力を与えてくれるんだよ。撮影現場では、1、2度はうんざりもさせられたけど、でもその戦いには勝てたと思う。例えばSWATのシーンだけど、僕は本物のSWATのメンバーに出演して欲しかったんだけど、現場に来たのはスタントマンで、僕はスタントマンでは同じ緻密な動き方はできないって説明したけど、本物に出てもらうのは予算がかかり過ぎる!仕方なくそのシーンはスタントマンで撮影したけど、連中の動きはまるで熊のように鈍いんだ!で面と向かって、オレは熊と一緒に仕事はしたくないからって言った。それからトランシバーを手にして、スタッフに(プロデューサーの)ジェフリー・シルバーが監督を引き継ぐからと説明してやったよ。それで自分のトレイラーへシケこんだ。2時間後に、僕が望んだSWATの連中が来て、一発OKで撮影は終わり。もちろんその後はロスした時間を取り返すのに躍起になって動いたよ。ああいった面ではアメリカ人は凄いね、変にエゴが強いって訳じゃないんだ。でもギブ・アンド・テイクさ。でもこのシーンの撮影は予算オーバーだったから、他のシーンでは予算を節約できるようにやり繰りしたけどね。

V.L.完成後には、例の試写をやらされたの?

J.-F.R.ああ、でも83%は「凄い、良い」という点数をもらえたんだ。自由に編集を終えることも出来るようになるし、システム的にはクレイジーな印象を持たれるかも知れないけど、最終的にはコード化されたジャンル映画にとっては、悪いことじゃないと思う。最初の観客の反応で調節できることもあるしね。僕はレネ監督が撮るような作品を作るわけじゃないからさ!"Assaut..."のような映画では、常に全てが分りやすくなくてはいけないから、最初に見た観客の感想は、それを確認できるんだ。

V.L.自由さって話が出たけど、俳優たちは自分で選ぶことが出来たの?

J.-F.R.うん、でもだれかを強制的に起用して欲しいと言われてはいないけど、ただラッパーを起用した方がいいと言われたよ、それでジャ・ルールを選んだ。他の役には、俳優、女優さんのリストをもらった。

V.L.ベン・アフレックとかマット・デーモン、パトリシア・アーケットやヒラリー・スワンクに(カメラ)テストをしたんでしょう・・・

J.-F.R.ヒラリー・スワンクとマリア・ベロのどちらかで長い間迷っていてね、でも2人の主役男優:イーサンとローレンスと良く合うのはマリアだった。

V.L.自分が賞賛する俳優たちを前にして、選ぶことが出来るのに、最終的には選ばなかったっていうのはおかしな感じでしょうね。

J.-F.R. パトリシア・アーケットとは変な気持がしたね。彼女はテストは受けずに、ただ話をしただけなんだ。彼女は自分が想像した役に入り込んで、その役が話しをするような感じで僕に話していたよ。それに僕が書いたシナリオに関して信じられないような事も僕に教えてくれたんだ!怖かったよ!あの役を演じるには、彼女はあまりにも深遠過ぎると思った。この作品がB級映画だからね。

V.L.英語での意思疎通は常に問題なかったの?

J.-F.R. ああ、僕は言葉の壁に苦しんだ経験はないんだ、プロモーションの時は別だけど!(笑)アンソニー・ホプキンスが説明していたことがあったけど、リドリー・スコット監督は、演出のためにはたった2語しか使わないって:faster と slower だけ。僕は、最大100語位は必要不可欠だと思うな。うまく理解してもらえなかった場合には、ジェスチャーを使ったね!一つだけ心配だったのは、役者さんたちが、自分の演じる役の心理を僕と議論したがる時なんだ。イーサンが長々と話してくれたんだけど、僕はだた Yes とだけ言っていたんだけど、全然分らなかった!(笑)

V.L.それはフランス語でも嫌なんじゃないの!(笑)

J.-F.R.僕の役割は、扉を開けることができる鍵を与えることなんだ。いつもニュースを伝えるってことじゃないと思う。

V.L.この作品のお蔭で、次回作のオファーは増えた?

J.-F.R.ああ、目標だった(公開後)最初の週末のまでに800万ドルの収益が上がった。これで常に後ずさりして、蓄えておかなきゃという考えになって、安心できる。低予算の作品を撮ってデビューしたから、それが今では有利になった。今では競り過ぎられてる気もするよ、5,6千万でシナリオをオファーされて、自由がなさそうだって思う自分がいるわけだから。

V.L.じゃあ、もうフランスでは仕事しないってこと?

J.-F.R.もちろん、違うよ。でも脚本家が見つからないんだ。皆、監督になりたがるからだね!

V.L.もうシナリオを自分で書くのはたくさんなの?

J.-F.R.(シナリオを)書くのは2年間はかかってしまうからね、それが嫌だって言うのは君も分っているよね。でももし明日にでもエリック・ロメールが僕に脚本をオファーしてくれるなら、すぐにでも撮るよ。同じ2年でも書くより、撮影で過ごせるほうが僕は好きだね!でもフランスとアメリカどちらかを選ぶってことじゃない・・・

V.L.選ぶのはストーリーってことね?

J.-F.R.そうだよ。 現在の僕の夢は "Etat des lieux"のような作品を再映画化することなんだ、でもジョージ・クルーニやブルース・ウィリスが出るような作品をオファーしてくる。自分にないものへ人は向かいたくなるんだろう!(笑)初めて、今選べる立場にいるんだ。でも英語のシナリオを読むのに10時間かかってるよ!(笑)

V.L.「パリのコミューン」みたいな大作が撮れるんじゃない、いつも夢だって言ってたでしょう・・・

J.-F.R.あるいはローザ・ルクセンブルグの生涯を描く作品・・・でもこんな作品を撮るには、自分はまだ未熟だって思う。あるいはむしろ、まだ早すぎるってことかな。歴史のこの時代にとても惹かれるんだ。それに歴史家とどっぷり付き合う必要があるだろうね;とても時間がかかる企画だよ。シナリオの進み具合を調整することは出来るだろうけど、自分で書くとなると話は別だ。演出の勉強をするのに十数年かかった;執筆を学ぶのにもう十年費やす気はないなぁ・・・

V.L.またアメリカで撮ることになったら、今回の作品からどんな教訓を得たと思う?

J.-F.R.俳優たちに自分を100%信頼してもらえるようにしたいね。制作会社は監督を潰すことはあっても、俳優を潰すことはしないんだ。

V.L.俳優たちが自分に付いて来てくれてるって、どんな時、分ったの?

J.-F.R.ローレンスはすぐ分った。彼は大きな映写室を持ってて、友人たちに"Ma 6-T va crak-er"を見ろって強制してたくらいなんだ!他の俳優たちには、信頼を勝ち得なくてはいけなかった。俳優たちのサポートがなければ、厄介払いになる。例えば、ローレンスとの撮影初日だけど、一度マスターショットを撮り終えてから、手や足などの挿入カットを撮った・・・するとプロデューサーが顔を引きつらせているんだ、こっちへ来るなり、言われたよ:「スター相手にそんな事を頼むな!侮辱されたと思われるぞ:早く謝って来い」ってね。事実、俳優たちのギャラがあまりに高額なんで、アメリカではプロデューサーたちが全てのショットを集めてて、足や手の撮影にはスタンドインを使うんだ・・・それで詫びを入れに行くと、ローレンスが言ってくれた:「頼まれれば、欲しい挿入カットをやってもいいよ」と。彼みたいな男が自分の味方だっていうのは本当に凄いよ。この作品では自分がいかにツイていたか分った。フランスと同様の自由さが持てたと思う。こんなことはももうないだろうと思わざるを得ないね。

V.L.でも一度成功したわけだから、2度目もあるかもね?

J.-F.R.例外に偶然出会ったんだって思っているよ、カサベテスやシュトロハイムの話が出来る映画通のプロデューサーたちでね・・・

V.L.アメリカのプロデューサーは皆、無知だって思っていたの?

J.-F.R.いや、でもまず第一に彼らは商人なんだ、またそれを隠そうともしない!マイケル・ベイ(『アルマゲドン』『パール・ハーバー』の監督)のような監督たち優先で探している。可笑しいのは、この作品には当初、ベイかジェフリー・シルバーのどちらかをプロデューサーとして選ぶことができて、僕はアントワーヌ・フークワの『トレーニング・デイ』を制作したジェフリーを選んだ。でもマイケル・ベイ監督の作品が存在するのもいい事だと僕は思う。映画産業がそれで前進して、他の作品も撮れるようになるから!僕はどんな作品だって反対ってことはないな、アニエス・ヴァルダもマイケル・ベイもね。今度の映画を準備していた時も、フランス映画を浴びるほど見た。ロメール、ピアラやヴァルダ監督たちの作品。あるシーンを撮影する前に、『5時から7時までのクレオ』を3回続けて見た、そのシーンはこの映画とは無関係だったけど。でも見なければ、そのシーンは絶対失敗してたと思う。それに映画のオープニングシーンのために『勝手にしやがれ』も繰り返し見た。好き嫌いに関係なく、ゴダールはやはり天才だよ!彼がいなければ、最初のシーンは平凡な切り返しのショットで撮影していただろう。ゴダールがいなかったら、きっとこのシーンはなかっただろうね。


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