8 femmes: Ozon Interview STUDIO Magazine fevrier 2002

『8人の女たち』の出発点は何だったのでしょうか?

フランソワ・オゾン:もう以前から女性だけで映画を撮って見たかったのです- 実は短編映画の脚本も書いていたんですね、その短編は撮らなかったのですが、女性しか出てこない映画なんです。僕の映画では、そう、男性がしばしば不在なんですね。『ホームドラマ』では父親を消してしまいましたし、『まぼろし』では夫が失踪してしまいます・・・それに自分の好きな作品に、ファスビンダーの"Les larmes ameres de Petra von Kant"(原題直訳:ペトラ・フォン・カントの苦い涙)とキューカーの "Women"があるんです。最初はこのキューカーの傑作のリメイクをやろうと考えていました。"Women"を再見して、この映画の原作となっているお芝居の版権を買おうと思ったのですが、その権利はあのジュリア・ロバーツとメグ・ライアンが所有していて彼女達もこの数年間、再映画化を考えているようなのですが、実現していないのです。アメリカへ出向いて、「僕にはその用意がある。」と言おうかなとも、ちょっと思ったのですが、僕は英語はあまりうまくないし、それにフランスの女優と仕事をしたかったのですから。すると僕のエージェントのドミニク・ベスナールがロベール・トマが60年代に書いた推理劇『8人の女』を紹介してくれたのです。

ロベール・トマはどんな人物なんですか?

大衆演劇を書いていた人で、同性愛者で、社交家だったのですが、現在では彼の事を覚えている人は少ないのですが、70年代には名声の頂点を極めて、特に推理劇は彼の得意分野でした。"Piege pour un homme seul"(原題直訳:たった一人の男への罠)と言う作品の映画化権をヒッチコックへ売って一財産築いたのです。そのヒッチコックは映画化する前に亡くなってしまいました。2000年の9月にあったサン・セバスチャンの映画祭に『まぼろし』を出品した際、ドミニクが話題にした劇を読んでみました。ちょっと時代遅れな印象もありましたが、同時に推理劇としては、8人の女性たちと一人の男がある家にいて、その男が殺され、犯人は彼女たちの中の一人だと言う筋書きはなかなか面白いし、効果的なのです、結末も魅力的ですし、全体的に見れば感動をもたらしていました。そこから、スタートしたのです。

ご自身の脚色で、どんな味付けをされたのですか?

劇の大筋はそのままにしましたが、ユーモアを強めて、会話を激しいものへ変え、登場人物に深みを出そうとしたのです。あの8人の女たちの家族関係や対抗意識をより複雑に、さらに現代的にしようと試みました。最初は一人でその作業を進めていたのですが、後でマリーナ・デ・ヴァン(『ホームドラマ』に出演:『まぼろし』の共同脚本:監督でもある)にも参加してもらいました。彼女には主にシナリオのエンディングの部分と、登場人物の何人かに磨きをかけて、膨らませてもらいました。実際、面白かったのは、キャスティングが終わった時点で、選ばれた女優たちを元にして、脚本を練り直したのです。お互いの関係を夢想したり、目配せをさせたり、彼女たちのこれまでの出演作品を参考にしたりと、少しやり過ぎた部分もありますが・・・

この企画が発足してから、どの女優たちを選びたいのか分っていたのですか?

正確には分りませんでした。シナリオを書く作業と平行して、キャスティング・ディレクターのアントワネット・ブラと話を始めていました。すぐに「こんな特別なストーリーには、スターたちを起用したら最高だね。」と互いに言っていました。推理劇と言う最初の段階を超えて、女優たちについての映画を作る可能性も生まれた訳です。僕の映画と女優たちとの関係についてもですね。このミステリアスな殺人の影で、スターたちが愛し合い、喧嘩し合い、キスし合うのです。そこでこれが理想的なキャスティングだろうと、役柄に見合う女優たちを選んで行きましたが、見合うと言うだけじゃなく、彼女たちのオーラやこれまでの役柄も参考にしました。そこで僕達は夢を見始めた訳です:ギャビィにはカトリーヌ・ドヌーブがいいじゃない?それに妹の役にはイザベル・ユペールはどう?役柄が逆にならなければだけど。彼女たちの母親を演じるのはダニエル・ダリューはどうかな;義理の妹の役にはファニー・アルダンを、メイドの役にはエマニュエル・ベアールは?など。女優に詳しいドミニク・ベスナールにもひっきりなしに話をしていました、彼はどの女優が誰とは一緒に仕事をしたがらないことまで知っていますから。

それは誰と誰なんです?

それは彼に聞いてくださいよ!(笑)

キャスティングはどの女優から始めたのですか?

正確には覚えていませんが、多分カトリーヌ・ドヌーブからだったかな・・・同時に祖母の役にはダニエル・ダリュー、家政婦の役にはフィルミーヌ・リシャールと動かせない役もありました。原作の劇ではあの役は黒人ではないのですが、僕は白人以外の人物でフィルミーヌのような人が欲しかったのです。これは女優の映画でもあると決まった時点から、他の女優ほど有名ではない女優がいるのが面白いと思いました。そこで別の質問が浮かんで来たのです-スターとは誰なのか?スターとは何なのか?という事です-それは社会的な次元と、この劇が持つ「階級の衝突」と言う面も広げると思います・・・ダニエル(ダリュー)には既に『まぼろし』でシャーロット・ランプリングの義理の母親の役をオファーしたのですが、「養老院で、部屋着を着たような意地悪ばあさんの役を演じるなんて嫌よ。ダバコを吹かしている陽気なおばあさんの役があったら、連絡して」と言われてしまったのです。『8人の女たち』の祖母はタバコは吸いませんが、とりあえず彼女に連絡しました。すぐにこの役を引き受けてくれました。『まぼろし』のお陰でキャスティングはかなり楽だったと思います。まだ封切り前でしたが、サン・セバスチャン、アカプルコ、トロントと映画祭で上映されて、口コミがとても良かったのです。それでカトリーヌにはビデオを見せました。

                     

彼女の反応はどうでしたか?

とても気に入ってくれたようです。ロベール・トマの事を彼女は知っていて、そのアイデアに強く引かれた訳ではないのですが、『8人の女たち』の企画はオリジナルで変わっていて、面白いと言ってくれました。8人の女優さん全員に歌をうたってもらうと言うと更に興味を持ってくれました。ドミーからラース・フォン・トリアーまで、彼女は音楽、ダンスや歌が重要な役を果たす企画にいつも凄く乗り気なんです。そこですぐに他の女優たちと一緒に仕事をするのも構わないかどうか聞いたのです、「全然平気よ、全く構わないわ。」と言う返事をもらいました。カトリーヌが承諾してくれたから、イザベルに彼女の妹役をオファーしました、どの役をやるのか説明しないで既に連絡はしてあったのですけれど。ミスキャストが面白かったのです。最近イザベルはあまりにも控えめで落ち着いた、その場にいないような役を演じていたので、過剰とも言える彼女を見たかったのです。「女性版ルイ・ド・フネスみたいな感じだよ!」と彼女に言ったのですね。どの女優にも自分のイメージに合った役で、しかも驚かせることが出来る役を演じて欲しかったのです。若手には配役を考えて、すぐにヴィルジニー(ルドワイヤン)とヴァヒナ・ジョカンテが浮かびました。でも撮影が始まる数週間前にヴァヒナが妊娠してしまったために、彼女の代役を探さなくてはならなかったのです。そこで『焼け石に水』で既に仕事をしたことがあるルディヴィーヌ(サニエ)を考えました・・・

説得するのに一番苦労したのは誰でしたか?

ファニー・アルダンとエマニュエル・ベアールです。基本的には出演を承諾してくれたのですが、突然乗り気ではなくなってしまったんですね。ファニーは出演オファーをした時、こんな面白いことを僕に言ったのですよ:「私は知的な女よりも馬鹿な男と食事する方が好きね。ってある時言ったことがあるから、女性は私を少し警戒してるの」と。顔には出しませんが、彼女は挑発するのが好きなのです。カトリーヌが出演を承諾してくれたので、この役は彼女以外にはいないと伝えました。ファニーはカトリーヌと仕事をしたがっていたので、OKしてくれました。エマニュエルのためらいは違っていました。当然のことかも知れないのですが、彼女はルイーズと言う役その物に懐疑的でした。それでマリーナとかなりやり直した部分がありました。この登場人物を別なところへやるようにと背中を押してくれたのです、そこでメイドに関して調べたりもしました、ジャン・ジュネの作品とか。実際、ためらいや言い訳があったのですが、キャスティングに関してはほとんど一番やりやすかったと言ってもいいと思います。と言うのは一人が承諾すると、全て芋づる式に出来たからです。結果的には全て早く事が運びました。9月に僕は原作のお芝居を読み、11月にはシナリオの第一稿を仕上げ、そして4月には撮影を始めていたのですから!あれだけのキャスティングだと映画は別の次元を帯びて来るんです。狂ったような感じの何かがありましたね。僕には、演技、喜び、感情と言った、映画で自分が好きなもの全てを促進してくれたような気がしました。

この映画への出資も簡単だったのではないですか?

ええ、もちろんです、『まぼろし』への出資では地獄を見ましたけど。誰も出資しようとしてくれなかった!でも『まぼろし』がヒットしたので、事がより簡単に運びました・・・でも『8人の女たち』はおよそ5倍の制作費です。

と言うと?

フィデリテの僕のプロデューサーが5000万フランで完成したのです。他のプロデューサーたちなら、その倍はかかっていたでしょう!比較すると、『ホームドラマ』が300万フランそこそこで、『まぼろし』は1200万フランを少し超えたくらいなのです。

映画を50年代に設定したのはなぜですか?

50年代が好きなんですね;あの年代のファッションが好きですし、この映画が綺麗で、女優さんたちも美しくあって欲しかったからです。-そう言って説得した訳ですよ!(笑)同様に撮影監督のジャンヌ・ラポワール(『焼け石に水』『まぼろし』も撮影)とダグラス・サークのメロドラマやミネリのミュージカルのような50年代に作られたアメリカ映画のテクニカラーの質感を呼び戻そうとしたのです。衣装やセットもそれに合わせて仕事をしたのですから。音楽も同様です。特に僕が素晴らしいと思ったのは、女優さんたちが僕が望んだとおりにスタッフを構成させてくれたことですね。例えば、まだ若い衣装係のパスカリーヌ・シャヴァンヌも起用出来たのです。「大作」だからと言う理由で、自分に予算がない時に働いてくれたスタッフを忘れたり、変えたりしたくなかったんです・・・

                                    

この映画は意図的にとても様式化されていますね、派手な色使いに描かれた背景画など・・・

ええ、この映画は古典的で、自然主義的であるというつもりはありません。別なレベルにあると思います。人工的だと言う事は、きちんとその役割が果たせれば、気持ちを揺さぶることへの妨げにはならないのです。その反対だと言ってもいいでしょうね・・・

初めて、女優さん全員が集まった時は、どんな様子だったのですか?

全員が揃う前に、小さなグループに分け、来てもらったのです。二人づづ、あるいは三人づづ、撮影に入る前にリハーサルしたいシーンによってです。胸躍るような経験でしたね、カトリーヌはダニエルと、ヴィルジニーはイザベルと、エマニュエルはイザベルとカトリーヌと言う例外を除き、しかも密接なシーンを一緒に撮ったと言う訳でもなく、お互いこれまで全く一緒に働いたことはなかった訳ですからね。ファニー、イザベルそしてカトリーヌが顔を合わせたのはこの映画が初めてだったのです。物凄いキャスティングが実現したぞと思いました・・・でもすぐに各自仕事に入って行きました。僕自身、「この女性達が誰なのか、この女優さんたちが誰なのかを忘れなくては、うまく行かないぞ。」と思いましたね。そして全てがごく普通に進みました・・・スタジオ撮影と言うこともあって、凄く快適でしたから:各女優さんに支度部屋があったし。肝心な仕事に集中できるように、自分のカードはしまっておくのが重要だったのです。それに女優さんたちが凄く早く役柄を掴むのを見て驚きましたね。それも才能なんでしょうけど・・・

覚え書きの中で、「この映画には各世代を代表する大女優たちを起用し、彼女たちをサーカスの猛獣たちのように対立させる。」と書いていました。撮影中の女優さん同士の関係はどうだったのでしょうか?

(対立)の激しさは、映画にあって、撮影そのものにあった訳ではありません。女優さんは一般的に、男優よりも知的なのです。エゴも男性に比べたら小さいですしね。最初は互いに観察しあって、互いに敬っていた時間がありました。それから互いにとても注意を払っていました。全員が皆努力していたと思いますが、他人を観て、一緒に仕事をすることを楽しんでくれたと思うのです。多くの人たちに業界人も含めて、「注意しろよ、地獄を見るぞ、取っ組み合いの喧嘩をするだろうな。」などと言われたのですが、お互いに顔を合わせる時には、まったくそんな事はないとすぐに分りました。それに彼女たちには本当に仕事仲間なんだと言う強い絆があったと思います。

それはお世辞じゃないのですか?

違いますよ!全体的には、大きな問題が全くなかった撮影でした、もちろん緊張もありましたが、それはどの映画でも同じです。それ以上のことはありませんでした。それに幸運だったのは、彼女たちが全員同じ時にフリーだったことです。準備と撮影と全てが早く出来たのです。撮影自体も7週間半だけだったのですから。緊張も積み重なる時間もなかったのです。正直言うと、プロモの時の方がちょっと複雑でしたね!(笑)撮影段階では、皆同じ船に乗っていて、僕が船長だったわけですけど。プロモーションでは、干渉させられることも多くて、事が複雑になってしまう。撮影では、皆一緒でしたから、エゴも消えてました。プロモでは皆別々で、各自自分自身の生活や活動、要求を取り戻していましたから・・・

撮影時に一番大変だったのは何ですか?

すぐさま難しいと思えたことは、例をあげると、ドヌーブやユペールが画面の中心にいて、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアールやヴィルジニー・ルドワイヤンたちが何もせずに画面に映るだけのシーンをやりくりすることでしたね。その反対もまたしかりですが。でもすぐに全員がこの映画の原則を理解してくれたと思います、(脚本が)バランス良く書かれていましたしね:各女優たちが勇気を出したり、独自の瞬間を見せるシーンがあります・・・複雑だと感じたのは、8人の女優さんがいる訳ですから、8通りの仕事の仕方があるのです。多くの説明を必要とする女優さんもいましたし、そうじゃない人もいます。演出の意図を知りたがる人もいれば、そうじゃない人もいるのです。カトリーヌは僕のコンテの説明をして欲しいと言って、動き方を探し出して、動きの中で演技をするのです。イザベルは凄く訓練された女優ですが、演出の意味合いついて、提案もしてくれました。エマニュエルは毎回違うやり方で演技をして、こちらを驚かせてくれました・・・最初の週は、”自分の頭の中を8分割しておかないと、大変なことになる。”と思いました。そう出来たと思います。それにおそらく今回はいつもほど出演者たちときづなを持てなかったのです。でも自分を8等分には出来ませんでしたから、ある種遠慮があったと言うか、女優さん達へは中立の立場を取る必要がありました。彼女達とは、他の映画の場合よりも親しくすることが出来なかった訳です・・・それが一番悔やまれることですね。

                                        

皆さん、ラッシュの上映には参加されたのですか?

カトリーヌは仕事の参考になるからと来ていました。最初はそれが心配だったのです、これまで起用した俳優さんたちはラッシュを見に来なかったですから。でも実際来てくれて良かったのです、僕が求めていたものをより理解してくれたからです。それで面白かったのは、彼女が試写の後で”あのシーンのあなたは素晴らしかったわよ。”と言って、他の女優にも声をかけてくれました。

女優へ対するご自身の愛をどう説明できますか?

(沈黙して)いくつかの面がある愛だと言うことが出来ると思いますけど・・・

憧れ、魅惑、残酷さ?

ええ、その全てですね、まだ他にもたくさんありますが・・・

子供の頃、映画好きになったのは女優のせいですか、それとも女優を好きになったのは映画のせいですか?

それはとてもステュディオ・マガジン的な質問ですね!(笑)その両方だと思いますけど。映画好きになったのはジーン・ティエリーのせいです。『レースを編む女』のイザベル・ユペールや『昼顔』のカトリーヌ・ドヌーブもそうですし。ロミー・シュナイダーのせいだと思います。女優-役柄と言う分けられない、その混同したものが僕には本当にショックだったのです。

ロミー・シュナイダーの名前を口にされましたが、『8人の女たち』では正にエマニュエル・ベアールが彼女の写真をエプロンから、カトリーヌ・ドヌーブの足元へ落とすシーンがありますが、なぜあのシーンを?

撮影の段階では、僕の母親が20歳の時に撮った写真を入れたのです。彼女が女優さんたちに囲まれると言うことが嬉しかったんですね。でもあまりに個人的過ぎるとも思ったのです。これは女優たちの映画ですから、女優の写真の方がもっと面白いだろうと思い、少年時代に自分が好きだった女優は誰だったかと自問してみました。それはロミー・シュナイダーでした。そこで彼女の写真を入れることに決めたのです。それにソテー監督の作品でエマニュエルとも本当に繋がりがありますし、70年代にはロミーとカトリーヌをよく対比させていたことへも響きますしね。あの二人は僕の意見では多くの共通点があると思います。そこでロミーの写真を持つ手を再撮影したのです。完成した映画を見せる前にカトリーヌには断っておきましたけど・・・

ロミー・シュナイダーで、一番感動したことは何だったのですか?

僕は『プリンセス・シシー』のロミー・シュナイダーを好きになったんですね。自分が意識して見た最初の女優だったと思います。自分は彼女と一緒に成長したんだって言う印象があったのです。『プリンセス・シシー』にはいくつかエピソードがありましたし、その後彼女が撮った他の映画も見ることになったからです。僕が感動したのは、彼女の美しさ、人間性、彼女の訛りも好きでした。-訛りを持った女優さんが好きなんですね。ロミー・シュナイダーは何か魔法のようなものを放っていました。また彼女には深い悲しみも感じ取れるのです。それに彼女は完全に自分を曝け出していて、一種なすがままと言う感すらあるのです。『まぼろし』を撮った時、彼女のことを考えました。それをシャーロット・(ランプリング)にも伝えたので、彼女がロミー・シュナイダー的な何かを見出してくれたと思います。

                                     

映画ファンにとってはトリュフォー監督が『暗くなるまでこの恋を』と『終電車』で使ったフレーズに関して、カトリーヌ・ドヌーブとファニー・アルダンの美しいシーンもありますね・・・

"Vous regarder est une joie. Et aussi une souffrance..."(あなたを見るのは喜びであり、また苦痛でもある。)キャストが決まった時点から、一人一人の女優さんを念頭においてシナリオを書き直したことは既にお話しました。カトリーヌとファニーの二人はトリュフォーの映画でどちらも素晴らしい役を演じましたし、彼女たちは共にトリュフォーを愛していたんですね。この映画では彼女たちはある種、少しライバルのような感じなので、このセリフで演じたらいいと思いました、このトリュフォーのフレーズが自然に浮かんだのです。と言うのもこれは他の多くの人もそうだと思いますが、僕が強く感じている事だからです。でも後になって、”この台詞をどうやってカトリーヌに言わせたらいいんだろう?”と思いました。撮影を始める前のある日、カトリーヌとファニーの二人と読みあわせをしたんですね。彼女たちに新バージョンのシナリオを渡しました。台詞を音読しながら、このフレーズに来たのです。僕は、ヴィルジニーが演じたスゾンの役を演じていました。カトリーヌがトリュフォーのフレーズを僕に言って、微笑んでくれたのです。僕は、真っ赤になって、”失礼ですけど、少し盗作しちゃいました。”と口ごもると、彼女は”ううん、素晴らしい借用だわね。”と言ってくれたのです。ファニーは何も言わずに、にっこりしてくれました。その後はこの台詞に触れることはありませんでした。撮影の段階でカトリーヌが最終的にこれでいいのかと自問した以外はですけど。そのまま撮ってどんな具合かを編集で見ることにしました。感動しているファニーが大きく後ろに映っているので、思ったよりもうまく行きました・・・

あの二人を全く予期しない状況に置くことにも躊躇しませんね・・・

彼女たちのような女優は、あれほどのキャリアがあって出演作も多いですから、それが好きなんですよ。予期せぬ事が。全ての女優がそうです。彼女たちがやってみたいと思えるように、何か凄いことをさせる必要があるんです:とにかく平凡ではだめなんです。イザベル・ユペールとカトリーヌ・ドヌーブに大喧嘩しろと毎日言う聞く人はいないでしょうし、ダニエル・ダリューをビンで殴るようにカトリーヌ・ドヌーブに言う人もいないでしょうから!

各女優さんたちに歌わせたシャンソンは、誰がどの歌をうたうのか決める前に、もう選んであったのですか?

すべて、大体同時にやっていました。この企画は長い間、少しづつ作業を進めていた訳です。映画スターとフランスのポピュラー音楽のスター:フランソワーズ・アルディ、シルヴィー・バルタン、ダリダ、マリー・ラフォレ、ニコレッタ、シーラと言った人の何か同等のようなものを探していたのです。自分が好きだった多くのシャンソンについても考えました。このお話、登場人物と女優さんたちに一番合う歌を選んだつもりです。この映画は偉大な変人たちへの目配せが一杯詰まっているんです!(笑)『恋するシャンソン』の事をあげた人もいましたが、あれとは違います。原則が同じではないですから。レネ監督の作品では、僕は映画で聞こえて来る歌が短すぎるし俳優も口パクで、少し不満を覚えました。歌手をやってほしいと言うのではありませんが、女優たちが歌うのを聴いて欲しかったのです。もちろん歌う技術は完璧ではありませんが、彼女たちの声には繊細さや感情があるのですから・・・

映画の公開と同時に発売になった本で、この映画は”少年時代のお遊びへの逆戻り”に過ぎないと発言しています・・・

そうです。子供の頃、僕は長い事、人形遊びが好きだったんですよ。変装させたり着替えさせたり髪型を変えたり、演技させたりして遊んでいたのです。楽しみについて映画を撮りたいと思った時から、少しクレイジーなことが、僕を少年時代へと押し戻したのですね。特にこの映画にはお人形さんの家と言う側面があると思います。セットをどうするとか、色使いや、歌もそうですけど。人形の家でストーリーを考えて、信じられないような人物たちを創造する。そこにはまた遊んでいる子供が持つ操作的な面もあります。ほとんどカタルシスが起こるようなあの感じです。

あの8人の女性の一人に自分を重ねるとしたら?

間違いなく、ルディヴィーヌ・サニエが演じた人物だと思いますね。映画を見てもらえれば、その理由が分ると思います・・・

上映が始まってから、観客たちの反応で何が印象的でしたか?

一番印象的なのは、この映画は多様な見方ができると言うことですね。何十通りの見方が可能なのです。僕が一番感動したのは、見てくれた多くの人たちが喜んでくれたことです。僕は喜んでもらうために映画を撮ってきたわけではないし、それを最優先させてはいませんから:でも嬉しかったと感謝されるのは、満更でもない気分です。これまで味わったことがなかったですね。

ジャーナリストたちの質問で一番驚いたのは、どんなものですか?

皆、女優さんたちのゴシップを欲しがるんです。特に女性誌。でもまあ、それも当然かも知れません。この映画の見所を作ってくれた女優さんについて皆、あれこれ想像するんですから。

ではどんな返事をされたのですか?

今は、何も言いませんよ!でも後で全てを話しますよ。赤裸々な真実をあらいざらいねと!いやぁ、冗談ですよ・・・(笑)★



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