Airplay's Liner Notes

「確か、モーリン・マクガヴァンのアルバムでプレイしたときだったよ。一緒に(参加)していたDavidが、セッションの後に”凄く良いバラードが浮かんだ”って言って、”じゃー、せっかくだから、僕らでデモ・テープを作ろう”ということになったんだ。次の日にスタジオに入って曲を完成させ、詞は当時のDavidの奥さん、B.J.Cookに書いてもらった。それが、僕の唄った「Should We Carry On」だったんだ。そしてDavidがそれをトミー・モトーラの所にもっていくと彼はとても気に入ってくれて、それをRCAのスタッフのに薦めてくれたんだ。当時、彼はHall & Oatesのマネージャーをしていたから、RCAの人たちととても仲が良くてね。契約はすぐに結べたんだけれど、その後すぐにトミーはマネージャーをやめてしまい、それと共に彼と親しい(RCAの)A&Rマンも皆いなくなってしまった。だから、Airplayはレコード会社からほとんどプッシュしてもらえなかったんだ...」(Jay Graydon)
AORのバイブル、教科書として、本当に多くのファンを魅了したAirplayのアルバム、『Airplay』。70年代中盤からLAのスタジオ・シーンで活躍してきた2つの才能:Jay Graydon(Guitar)とDavid Foster(Keyboards)がひとつのユニットとして形を作り、1980年代の幕開けと共にリリースされた彼らにとってワン&オンリーのアルバムである。ここには当時の最先端と呼ばれた斬新なアレンジ、プレイ、エンジニアリング、全てが収められている。その2年前、78年にデビューを飾ったTOTOをさらに洗練させたようなGuitarとKeyboardsの絡み。そして、都会派ソウルと呼ぶのがピッタリなメロウな風。押しと引き、このふたつが最高の形で調和しているからこそ、彼らのサウンドはひとときのブームで終わることのない、高い評価を受けているのだ。そう、「このアルバムこそが生涯のベスト・アルバム」、そういう人は僕のほかにもかなり多く存在する。そして、そんな思い入れタップリの作品だけに書きたいことは山ほどなのだが、やはり定石どおりに彼らのバイオを紹介しよう。
まずJay Graydon。彼は1949年10月8日LAの生まれで、68年頃からジャズ系のSessionを始め、そして74年頃からポップ系のレコーディングにも顔をだすようになる。新しいスタイルを持ったプレイヤーとして一躍注目を集めるが、そんな名声を一気に広めたのがSteely Dan 77年のアルバム『彩(Aja)』に収められたでのGuitar Soloであろう。そのSoloにはLee Ritenoir、Tom Scottほか、超一流と呼ばれるソロイストたちが次々に挑むが、どれもOKを取ることが出来なかった。そして7人目のチャレンジャーとなったJay GraydonのSoloが見事に採用され、彼の株は一気に上昇した。同じ頃、Michael OmartianをリーダーとするSession Unit、Rhythm Heritageにレギュラー・メンバーとして参加、アルバムを2枚リリース。また、1979年からはプロデュース業にも力を入れ、Manhattan Transfer、Al Jarreauを次々に大ヒットさせる。さらに、George Benson、DeBargeを始め、80年代以降も確実にヒットを放ち、その緻密なサウンドは多くのマニアから絶賛されている。91年にはClif Magness & Glen Ballardと結成したPlanet 3でアルバムを発表。93年には初めてのSolo作『Airplay For The Planet』をリリースし、翌94年1月の初Solo公演でその音楽的な集大成を披露してくれた。
続いてはDavid Foster。彼はカナダ人で生まれはブリティッシュ・コロンビア州ヴィクトリア、1949年11月1日。72年にDonny Gerrard、B.J.CookらとSkylarkを結成。翌年春に「Wildflower」のトップ10ヒットを放つ。その後LAに移り、Session活動をスタート。George Harrison、Rod Stewartほかのアルバムに参加し一躍その名を広める。その後ダニー・Kootch、Jim Keltner等とAttitudesを結成、2枚のアルバムをリリースする。1975年にBruce MillerのAlbum『Rude Awakening』を手掛けたのを手始めに70年代後半には売れっ子Producerの一人となり、Hall & Oates、Alice CooperほかにHitをもたらす。以後も、Chicagoの「Hard To Say I'm Sorry」からNatalie Cole「Unforgettable」、Whitney Houston「I Will Always Love You」まで数え切れないほどのHit曲を製作。また、83年からはSolo活動も行ない、映画『St.Elmo's Fire』のサントラから自身のPianoによる「愛のテーマ」が大Hit。これまでに7枚のSoloをリリースし、94年の4月には”JT Super Producer's”の第一回目Artistに抜擢され、見事なShowを披露してくれた。
といった2人が初めてであったのは73年頃。とあるクラブでの事だったらしいが、その後20年来ずっと親友関係を続けている。そして、2人での仕事は76年から急激に多くなり、一緒に曲を書くことも少なくなかったようだ。そして、そんな中のひとつであり、本作にも収められている「After The Love Is Gone」がEarth, Wind & Fireに取り上げられ、Grammy Awardにまで輝くことに。この辺りから、彼らの活動、そして人気はよりクロスオーバーしたものへとなっていく。
さて、Airplayを語るときにもう一人忘れてはならないのがハイ・トーン・ヴォイスのSinger、Tommy Funderburkだ。現在はBruce Gaitschと共にGroup、King Of Heartsを結成。また、それ以外にもThe Front、What If、BostonといったGroupでLead Singerを務めた華やかな実績を持っている彼だが、生まれは1952年5月6日ノース・キャロライナ州シャーロットで、LAに移ってきたのは1978年、Gospel Singer、アンドレ・クラウチの薦めによってだという。AirplayのAlbumに参加するまでの経緯はこんな感じである。Tommyは敬虔なクリスチャンであり、ある日1人でLAの教会に行ったところそこで隣合わせたのがEW&FのBassist、ヴァーダイン・ホワイト(モーリス・ホワイトの弟)だった。Tommyは”自分も歌を歌うんだ”とアピールし、EW&Fのリハーサルに顔をだすことに。そしてPhilip・ベイリーのPartを地声で唄い、皆から大きな注目を集める。そして、それを観ていた作詩家のAllee Willisが”あの白人はいったい誰?”と興味を持ち、”会ってほしい人がいるんだけど”と、TommyをAirplayの2人に紹介したらしい。
JayとDavidの2人はすでにAlbumの準備を着々と進めていたが、JayとしてもAlbum全曲のLead Vocalを取るつもりはなく、Keyの高い曲を唄うVocalistを探していた。そこで紹介されたTommy Funderburkはいっぺんで彼らに気に入られ、3人目のMemberとして迎えられるのだった。さて、それではAlbumの各曲を聴いていこう。以前は曲毎のCreditがなかったのだが、Jay Graydonの記憶を頼りにそれぞれを解説してみたい。
さて、最後にBack Musicianについても少々。Drumsは1・2・4・5・8・9・10の7曲がJeff Porcaro、そして3・6・7がMike Bairdのようである。さらに、Steve Lukatherが6・7の2曲でハードなリズム・Guitarを担当。Jayが世界最高のリズム・Guitaristと絶賛するRay Parker,Jr.が4で単音によるちょっとしたバッキングを付けている。Bassは全曲David Hungate。現在はナッシュヴィルでマイ・ペースの音楽活動を送っている彼だが、80年当時はTOTOのMemberとしてとてもタイトなPlayを披露していた。エンジニアはHumberto Gatica、Keith Olsenといった超一流が手掛けているが、それでも最終的なミックスはJay Graydon自らが担当している。だからこそ、本作はどうしようもないAirplay Soundになっているのだと思うが...如何なものであろうか?

中田利樹
Special Thanks To Mr.Jay Graydon