
数しれないアーティストに作品を提供し続けている一人のアーティストがいる。「仕掛人(クリエイター)」(コンポーズ、アレンジ、パフォーマー、プロデューサー)として、目を見張るばかりのかつやくをしているのが"David Foster"その人なのである。その「仕掛人(クリエイター)」が初めての日本のステージに立ったのが1987年。5月3日から5日にかけて、Davidは、東京・昭和女子大学人見記念講堂で、初の来日講演を行っている(大阪は6日/愛知は8日)。このときのコンサートを焼き付けた方々も多いことでしょう。当時のコンサートはギタリストのLee Ritenoirとスペシャル・プロジェクトを組んでの来日だった。
David Fosterがたどってきた軌跡をバイオグラフィー的に追ってみよう。カナダの出身。1950年、太平洋岸にあるBritish Columbiaの州都、Victoriaに生まれた。誰でもがそうであるように、Davidも多感なハイスクール時代をすごした。そして、ひとつのカルチャー・ショックを受ける。同年代と同様に"The Beatles"との出逢いだった。どちらかというとそれまでクラシック一辺倒だった音楽の方向性が、"Popular Music"へと興味をそそられていった。当時、"ビートルズ・エイジ"らが同様に彼らのフォロワー的なバンドを結成したのと同じように、Davidもハイスクールの友達同士で"ティーンズ・ビート"なるバンドを結成。地元のパーティーなどでプレイしていたらしい。このバンドで後年、渡英したがあまりぱっとせず、数年で母国に帰国。バンクーバーで数年間スタジオ・ミュージシャンとして腕を磨いたのち、1973年に"Slylark"を結成。「Wildflower」(全米チャート9位、年間25位)のヒット曲にめぐまれ、まずまずのスタートを切った。そのヒットと共にカナダから活動の本拠地をロサンゼルスに移している。この当時、数年後に結成することになる、あの"Airplay"のパートナー、"Jay Graydon"とめぐり逢っている。ヒット曲に安住しない彼は、心機一転、本格的な活動をロサンゼルスで開始する。1974年頃から超一流アーティストのレコーディング・セッションに明け暮れる時代が始まった。
1970年、すでに"The Beatles"は解散していた。が、Davidは、Ringo Starr、George Harrisonら各々のソロ・アルバムのレコーディングに参加。Ringo Starrのアルバム「Goodnight Vienna」に収録されている「Call me」では、アコースティック・ピアノを演奏している。1975年には、George Harrisonが主宰する"ダーク・ホース・レーベル"からリリースされた「ジョージ・ハリスン帝国」にも参加。後に、ダニー・コーチマー、ジム・ケルトナー、ポール・ストールワーズらで結成した"Attitudes"として、ダーク・ホース・レーベルからアルバムをリリースしている。また、バンド結成時と同時期にDavidは、数々のレコーディング・セッションにアーティスト、コンポーザー、アレンジャーとして参加し、その"ファーストコール"のポストを確立した。
ダリル・ホーツ&ジョン・オーツ。彼らもまた、Davidのプロデュースによるアルバムで、スターの座を確立したと言っていいだろう。Davidがプロデュースしたアルバムは、1978年、通算11枚目としてリリースした「Along The Red Ledge [赤い断層]」と、1979年に発表した「X-Staic [モダン・ポップ]」である。このアルバムからは、「Wait for Me」がヒットした。以来、Hall&Oatesの活躍はご存じの通り。これをきっかけとしてDavidは、トータル・クリエイターとしての"プロデューサー"の地位を確立した。そして、同時期の"Earth, Wind & Fire"との出逢いを忘れるわけにはいかない。1979年にリリースされた「I AM [黙示録]」のレコーディングでは、全9曲中6曲で共作者としてクレジットされている。中でも極めつけのバラード「After The Love Has Gone」が収録されている。Jay Graydon、Bill Champlin(現Chicago)、と共作による作品でもある(後の「Airplay」にも収録されてある)。DavidとEW&Fの関係はさらに続く。準メンバー的な働きは、固い結束を誇るEW&Fにとっても、Davidにとっても重要なことであり、特に、Davidにとっては、それ以後のミュージック・シーンに与えた影響力を生み出した時期でもある。「I AM」に続いて、1980年の大作「Faces」(2曲を共作)、「Raise! [天空の女神]」(1曲を共作)、「Electric Universe」(2曲を共作)に各々に作品を提供している。
1973年にSkylarkで成功した当時、DavidはカナダからL.A.へと活動の地を移し、数々のセッションでめくり逢ったのが"Jay Graydon"であった。Jayは文句なしのギタリストだ。と同時に、ソングライター、アレンジャー、プロデューサーとしての実力も計り知れないものを持っている。"Jay Graydon"とは?例えば、1980年前半に、"Manhattan transfer"の「Extensions」や、脅威的な声域の持ち主、"Al Jarreau"の「Jarreau」などのコンポーズ、アレンジ、プレイヤー、プロデュースにいたるトータルな仕上がりのアルバムを作っている「仕掛人(クリエイター)」だ。そのJayとヴォーカリストの"Tommy Funderburk"とDavidの3人で、1979年にあの"Airplay"を結成。そして同年末に「Airplay [ロマンティック]」をリリース。そのサウンドは、内外を問わず枝葉のように数多くのアーティスト達に影響を与えた。その"Airplay"を支えるミュージシャン達を見てみると・・・・。
以上の4人は、言わずと知れた"TOTO"のオリジナル・メンバー(残念ながらすでにDavid HungateとSteve Porcaroは脱退。さらにJeff Porcaroは皆さんのご存じの通りです)。レコーディングは、この4人を中心に行われ、下記のSession Memberがさらに参加している。
- Jeff Porcaro(Ds)
- David Hungate(Bs)
- Steve Lukather(G)
- Steve Porcaro(Synthesizer Programming)
この他に、Back Vocalist、Horn Playerが数名ずつ参加している。Back Vocalistで参加しているのが、現在、"Chicago"の重要なポジションを受け持つ"Bill Champlin"だ。BillとDavidの関係は、Billの1stソロ・アルバム「Single」、2nd「Runaway」まで遡り、1st、2ndともDavidのプロデュースによるもので、サウンド・カラーはAirplay的なものにまとまっている。また、レコーディング・エンジニアは2作とも"Humberto Gatica"で、後にDavidとの関係は切っても切れないものになっていく。Hornで参加している"Jerry Hey"は、"Seawind"のHorn Playerで、もちろんアレンジもこなす。Davidとは、EW&Fの一連の作品でいっしょにセッションを参加している。Jerryのホーン・セッションの巧みさは、「Airplay」に収録されている「Nothin' You Can Do About It [貴方には何も出来ない]」、「Bix」を一聴していただければ、そのアレンジ・センスや曲に対するマッチングの度合いなど他を寄せ付けない勢いが感じられる(もちろん、EW&Fの作品でも同じことが言える)。この「Airplay」は後で、国内に"AOR [Adult Oriented Rock/アメリカではAlbum Oriented Rock]"の火付け役となった1枚であることは間違いない。
- Mike Baird(Ds)
- Ray Parker, Jr.(G)
- Pete Robinson(Synthesizer Programming)
- Jerry Hey(Trumpet/Horn Arr.)
- Bill Champlin(Back-Vo)
AORと言えば、そのミュージック・シーンの中で忘れてはならない主人公(アーティスト)がいる。"Boz Scaggs"である。1980年にリリースした「Middle Man」のレコーディングで、Davidは全9曲中6曲をBozと共作しており、そのサウンド面でのつながりの強さを感じとることが出来る。と、同時にこのアルバムをサポートしている中心的なミュージシャンは「Airplay」のセッション同様、Jeff Porcaro、Steve Lukather、David Hungateなど。この中心的な3人は、Bozのソロ・アルバムですでに参加している常連である。1976年の「Silk Degrees」、1977年の「Down Two Then Left」に参加しており、当時、彼らは"超売れっ子のセッションミュージシャン"で、Bozのレコーディングをきっかけにして、1977年にTOTOを結成している。「Middle Man」の中にもDavidお得意の"バラード"が収録されている。「You Can Have Me Anytime [トワイライト・ハイウェイ]」がそれだ。Bozの甘くソウルフルなヴォーカルが、Davidのサウンドを歌い上げていく(間奏のGソロはカルロス・サンタナ)。このアルバムもまた、BozとDavidが生み出したAORの代名詞の一つとなった1枚である。
以上はDavidが関係した代表的な映画である。(1)には、Boz Scaggsの「Look What You've Done to Me [燃えつきて]」。(2)には、同じBozの「The Perfect One」。Chicagoの「Prima Donna」(「Chicago17」にも収録)。Davidの「Night Music」。(3)は全曲をプロデュース。(4)には、Davidの「Gazebo」、「Water Fountain」、「3 Theme [3つの主題]」。(5)には、Davidの「Stealing Home [君がいた夏]」、「And When She Danced(Love Theme from Stealing Home) [君がいた夏(愛のテーマ)]」、「Home Movies」、「Stealing Home(Reprise) [君がいた夏]」、「Katie's Theme」。以上の作品は、Davidが作曲や演奏、プロデュースしたものである。また、下記の映画のサントラにDavidは、様々なかたちで参加している。
- 「Urban Cowboy」[1980年]
- 「アーバン・カウボーイ」/主演:ジョン・トラボルタ
- 「Two of a Kind」[1983年]
- 「セカンド・チャンス」/主演:オリヴィア・ニュートン・ジョン、ジョン・トラボルタ
- 「St.Elmo's Fire」[1985年]
- 「セント・エルモス・ファイヤー」/主演:ロブ・ロウ、デミ・ムーア
- 「The Secret of My Success」[1986年]
- 「摩天楼はバラ色に」/主演:マイケル・J・フォックス
- 「Stealing Home」[1988年]
- 「君がいた夏」/主演:ジョディ・フォスター
初来日時のインタビューによると、数々の映画音楽に参加しているDavidの夢は、いつか映画をまるごと制作することらしい。
- 1982年
- 「ライブ・イン・ニューヨーク」
- 「青い恋人たち」
- 1984年
- 「フットルース」
- 「ザ・ナチュラル」
- 「ゴーストバスターズ」
- 1985年
- 「ホワイト・ナイツ[白夜]」
「ホワイト・ナイツ [白夜]」のサントラには、後のDavidのソロ・アルバム「David Foster」に収録された「tapDance」が収録されている(ちなみに、曲中のタップダンスは、"Gregory Hines")。- 1986年
- 「ベスト・キッド2」
主題歌「Glory of Love」をPeter Ceteraが歌い、映画同様ヒットした。
1969年4月、"Chicago Transit Authority"は、"James William Guercio"のプロデュースによるアルバム「Chicago Transit Authority [シカゴの軌跡]」でデビューを飾った(当時、LP2枚組のデビューは驚異!)。"Chicago Transit Authority"とは現在の"Chicago"です(すでにご存じのことと思います)。デビュー・アルバム1曲目「introduction」が表すように、"ブラス+ロック=Chicago"の図式を用いて、痛烈なメッセージを社会に叩きつけるそのサウンドは、"ニュー・フロンティア精神"を探求し続けるものだった。が、しかしである。1970年代後半から泥沼に入り込んだように、Chicagoはその音楽性を見失っていった・・・。その低迷期から復活し、ターニング・ポイントとなったアルバムは、1982年、Davidのプロデュースによる第16作目「Chicago 16/Love Me Tomorrow」だ。デビューからオリジナル・メンバーだった、"Terry Kath/G"が1978年1月23日に起こった突然の事故死以来の泥沼を打破するがごとく、Chicagoは、本アルバムで復活したのだ。本アルバムから新メンバーにDavidの旧友でもある"Bill Champlin/Vo & Key"を迎えている。前述したように、BillはDavidと共にEW&F、Boz Scaggs、Lee Ritenoirらに作品を提供したり、数多くのレコーディングに参加している実力派だ。本アルバムからシングル・カットされ、ゴールド・レコード(ミリオン・セラー)になった「Hard to Say I'm Sorry [素直になれなくて]」を始め、全10曲中7曲を当時のメンバーだった"Peter Cetera/Vo & Bs"らと共にDavidはペンをふるっており、コンポーズ、アレンジ、プレイヤー、プロデューサーにいたるまで全力投球でこのアルバムを仕上げている。さらに、1984年の第17作目「Chicago 17」、1986年の第18作目「Chicago 18」とDavidはプロデューサーに迎えられ、その成果はすでにご存じの通り。この当時までに、グラミー賞に20数回ノミネートされ、1984年の「Chicago 17」で最優秀プロデューサーに選ばれている。「素直になれなくて」を筆頭に、第16作目以降のアルバムから数々のヒット曲が生まれた。これらのヒット曲は、Davidの"プロデュース力"と、Chicagoの顔とも言うべきPeter Ceteraの甘くせつない"ミリオン・ダラーヴォイス"なしでは考えられないものだった・・・。が、しかし、「Peter Cetera、Chicagoを脱退!!」のニュースが1985年6月に飛び込んできた。そのニュースを知ったChicagoフリークは只々「隲然」とした。その後、Peter Ceteraは、Chicago在籍中に発表した、1st Album「Peter Cetera [夢のライムライト]」に続く、2nd Album「Solitude〜Solitare」を1986年6月にリリース、本アルバムに収録されてある、映画「ベスト・キッド2」のメイン・テーマ曲「Glory of Love」は、「素直になれなくて」を彷彿させるラヴ・バラードで、Peterと共にDavidが共作している。Davidのプロデュースにより、黄金時代を復活させたChicago。そして、新たな道を切り開いたPeter Cetera。そこには、もっとも代表的なデヴィッド・サウンドが展開されている。
1977年に、TOTO結成。1979年に、Airplayの「Airplay」。1980年に、Boz Scaggsの「Middle Man」が各々リリースされた。そのAORの波が日本にも上陸し、当時のアレンジャー、コンポーザーに与えたその影響力は計り知れないものがあった。そして、日本国内にもDavidは、作品の提供やプロデュースを行い始めた・・・。以上の3枚は、Davidが関係した(コンポーズ、アレンジ、プレイヤー、プロデューサー)代表的なアルバムである。
- 1981年、「Hot Baby」/尾崎亜美
- 1984年、「Daydream Coast」/河合奈保子
- 1988年、「Citron」/松田聖子
(1)は、1981年にリリースされた尾崎亜美のソロ・アルバムで、すべてのアレンジを担当。このレコーディングに参加した中心的なミュージシャンは下記の通り。(2)は、1984年にリリースされた河合奈保子のソロ・アルバムで、アレンジ、デュエット、プレイを担当。収録されている「Live Inside Your Love [あの夏をもう一度]」は、Davidと、「Love Assistant [ひとりで泣かないで]」では、Peter Ceteraと各々デュエットしている。このレコーディングに参加した中心的なミュージシャンは下記の通り。
- Steve Lukather(G)
- Jay Graydon(G)
- Jeff Porcaro(Ds)
- Tom Keane(P)
- Neil Stubenhaus(Bs)
- Tom Scott(Sax)
(3)は、1988年にリリースされた松田聖子のソロ・アルバムで、コンポーズ(全10曲中9曲)、オール・アレンジ、プロデュースを担当。収録されている「Every Little Hurt」では、Davidとデュエットしている。ちなみに、ミックス・ダウンは"Humberto Gatica"が行っている。このレコーディングに参加した中心的なミュージシャンは下記の通り。
- Jeff Porcaro(Ds)
- Mike Porcaro(Bs)
- Bill Champlin(Key & Back-Vo)
- Peter Cetera(Vo & Bs)
以上、おおまかではあるが、各レコーディングに参加したミュージシャンを挙げてみた。各々のアーティストを見れば、Davidの人脈図式を理解するための中心的なブレーンであることが分かる。例えば、(1)や(2)のJeff Porcaro、Steve Lukather、Steve Porcaro(David Hungate脱退後のTOTOに加入。Jeffとは兄弟)は、Boz Scaggsの「Middle Man」他、多数のレコーディング・セッションにDavidと参加している。また、(1)と(3)のJay Graydonは、言わずと知れた旧友。(1)に参加しているTom Keaneは、後に、Davidのソロ・アルバム「The Symphony Sessions」に収録されている「Piano Concerto in G [ピアノ・コンチェルト]」等で共作している。Jay Graydon同様、(2)のBill Champlin、Peter Ceteraもお馴染み。(3)のJason Scheffは、Peter脱退後のChicagoに新加入したルーキー(Chicago加入時は弱冠24歳だった)。同じ(3)に参加しているSaxのDavid Boruffは後の映画「セント・エルモス・ファイヤー」のメイン・テーマでSaxをプレイしており、Davidのインスト作品には書かすことのできないブレーンのひとり。つねにすぐれたアーティストの協力のもとでDavidのサウンドは生まれ出されていく。そして、それがベースになり、プロデュースするアーティスト(ここでは、代表的な"尾崎亜美"、"河合奈保子"、"松田聖子")の持ち味、音楽性、パーソナリティー等々をそこなわず、魅力を発揮させながらサウンドを作り上げていくのだ。
- David Boruff(Sax)
- Jay Graydon(Key & Synthesizer Programming)
- Jason Scheff(Back-Vo)
さて、ここまで数々のアーティストとDavidの関係を簡単に紹介してきた。当然、以上に挙げてきたアーティストは、ごく一部でしかない(数え切れない作品を提供し続け、多数のレコーディング・セッションに参加してきたことは言うまでもないだろう)。
最後に、David Foster自身のソロ・アルバムについて紹介してみよう。
現在は、以上10枚のアルバムがリリースされている。(但し、1はLPのみでリリースされたがすでに廃盤で代わりにCDがリリースされている)。(1)(2)は、日本国内のみでリリースされたアルバム。(1)は1983年、(2)は1985年に発表され、Davidと南里高世との共同プロデュースにより制作(サウンド・デザインからリリース)。(1)(2)とも、全10曲。但し、(1)にVocal Numberが2曲、(2)には、1曲。で、残りは全てInstrumental。仕上がりはどちらかというと、"ラヴ・バラード・インストゥルメント集"といったものになっている。
- 1983年 The Best of Me
- 1985年 The Best of Me
- 1986年 David Foster
- 1988年 The Symphony Sessions
- 1989年 Time passing
- 1990年 River of Love
- 1992年 Rechordings
- 1993年 A Touch of David Foster
- 1994年 Love Lights The World[12inch]
- 1994年 Love Lights The World
それでは、(1)と(2)の違いについて多少紹介しよう。(1)1983年 The Best of Meの場合
(2)に収録されていない、Vicki MossとDavidのデュエット・ナンバー「Love at Second Sight [愛の予感]」を収録。"Vicki Moss"は後に、Davidが音楽プロデュースした、映画「セント・エルモス・ファイヤー」のサントラの中の「If I Turn You Away」を歌っている。また、(1)のレコーディング・エンジニア&ミックスをベスト・パートナーの"Humberto Gatica"が担当。(2)1985年 The Best of Meの場合
(1)に収録されていない、Davidがプロデュースした、Chicagoのミリオン・セラー・チューン「Hard to Say I'm Sorry [素直になれなくて]」のInstrumental Versionを収録。(2)のレコーディング・エンジニア&ミックスは、1988年にリリースされたBoz Scaggsの「Other Roads」のプロデュース、エンジニアも手掛けた"Bill Schnee"が担当。(1)(2)に収録されている曲目は上記の曲を除けば全て同じ。だが、レコーディング・エンジニア&ミックスに関しては、前述したように、(1)がHumberto、(2)がBill Schnee、と各々行っており、どちらのミックス・ダウンに軍配が上がるかは、みなさん自身の耳で確かめて下さい。こうして2枚続けて、最初のソロ・アルバムが日本国内からリリースされたことは、Davidの人気がおのずと高いことを証明している。「本格的な、そして真の「ソロ・アルバム・デビュー」は(3)の1986年にリリースされた「David Foster」だ。プロデュースは、DavidとHumbertoの共同。エンジニアはHumberto。
アルバムの内容は、本アルバムを制作する時点までに関与してきた映画音楽(「セント・エルモス・ファイヤー」、「カラー・パープル」、「ホワイト・ナイツ」)を含む、バラエティーに富んだ仕上がりになっている。
収録されている曲目の代表的なものを紹介しよう。
アルバム1曲目の「Love Theme from St.Elmo's Fire(Instrumental) [セント・エルモス・ファイヤー(愛のテーマ)]」は、1985年にグラミー賞にノミネートされ、Instrumentalとしては久々に大ヒットしたナンバー。1985年10月5日付のビルボードで、最高第15位にランクインし、10週に渡ってベスト40位以内にランクされ続けた。ちなみにこの曲でサックスを吹いているのが、"David Boruff"。また、"John Parr"が歌った同曲は、同年9月に全米No.1となった。2曲目の「Theme from The Color Purple [カラー・パープルのテーマ]」は、ピュリッツァー賞を受賞したアリス・ウォーカーの原作をスティーブン・スピルバーグが制作・監督した映画「Color Purple」のテーマ曲。音楽は、Quincy Jonesが担当。DavidはQuincyをバックアップし、サントラに協力している(ちなみに1985年に製作された映画)。5曲目「The Best of Me」は、アルバム「The Best of Me」に収録されていた同曲のニュー・ヴァージョン。旧ヴァージョンは、Davidのソロ・ヴォーカルだったが、ニュー・ヴァージョンは、1983年の映画「Second Chance」のサントラで一緒だった"Olivia Newton-John"とデュエットしている。全米チャートの上位にランクされた曲でもある。6曲目の「tapDance」は、1985年の映画「White Nights [ホワイト・ナイツ/白夜]」(監督:テイラー・ハックフォード/主演:ミハイル・バリシニコフ、Gregory Hines)のサントラで使用された曲。タイトル通り、曲中で軽快なタップダンスのステップを聴かせているのは、"Gregory Hines"。9曲目「Playing with Fire」には、ChicagoのHorn Sectionの3人をゲストに迎えている。その3人とは・・・。以上の3人は、Chicagoのデビュー以来のオリジナル・メンバーである。DavidのサウンドにどのようにHorn Sectionが絡んでいるかが聴きもの。最後の「Saje」は、初来日公演時セカンド・ハーフの曲目に演奏された、ピアノ・ソロ曲(公演時にはまだ曲名がついていなかった)。暗闇のステージの上で、スポット・ライトを浴びながら静かにピアノを弾き始めたDavidを思い出す方々も多くいるのではないだろうか?この公演時のインタビューでDavidが語っていた、オーケストラとのセッションが実現して完成したアルバムが(4)「The Symphony Sessions」だ。
- James Pankow (Trombone)
- Walter Parazider (Saxophone)
- Lee Loughnane (Trumpet)
カナダの"バンクーバー・シンフォニー・オーケストラ [The Vancouver Symphony Orchestra]"との共演で、プロデュースは、David(前作「David Foster」に続く本格的なアルバムの第2弾である)。それでは、収録されている曲目の代表的なものを紹介しよう。まず、1曲目「Piano Concerto in G [ピアノ・コンチェルト]」は、オーケストラのパワーとクラシックの優雅さが、Davidのサウンド・エッセンスと結合されたもっともいい例だ(ピアノ・ファンには、クラシカル的なフレーズを初めとするDavidの魅力がたっぷりと入ったナンバーだ)。Tom Keaneとの共作。6曲目「Winter Games」は、1988年にカナダのカルガリーで開かれた「第15回冬季オリンピック/カルガリー大会」のテーマ曲として作曲されたもの(現在でもTV等のバックなどによく流されているので、一度は聴いたことがあるでしょう)。7曲目「Water Fountain」は、1986年の映画「The Secret of My Success [摩天楼はバラ色に]」(監督:ハーバート・ロス/主演:マイケル・J・フォックス)サントラで使用された曲。音楽は、Davidが担当。オーケストラと共演しているため、サントラとは、当然、違うヴァージョンになっており、サントラと聴き比べてみるのもアレンジの勉強になるのではないだろうか。本アルバムは、Davidの音楽性の幅広さ、そして完成の深さを「再認識」させる仕上がりになっているのではないだろうか?