
それまで名古屋でウッディ・ガスリー、ジャック・エリオット等のホーボー 系フォークを好み、フォーク・パンクな音をやっていたという玉川裕高 (Vo,G)と、友人の可知良二(B)が'89年、東京に移り、'90年頃結成。当初は ビートルズやエルビス・コステロ、ロック・パイル等のパブ・ロックを基本 とするポップな音楽を志向し、4人組だったが、'92年頃にキーボードとドラ ムが抜け、岩本憲治(DS)が加入してトリオ編成となった。'93年6月にオズ・ ディスク第一弾リリースとして、アルバム『12AX7A』でレコード・デビュー。
そのノイジーかつポップなサウンドは折からのグランジ・ブームもあり、ダ イナソーJRを思わす轟音ギター・ロック・トリオ、として話題を呼んだ。 '95年暮れにはオズの新レーベル、EHEからセカンド・アルバム『HIPGELLO』 を発表。'97年に入ると、岩本が脱退。後任として、以前、玉川とTee Vee Dinnerというバンド(現ラブ・クライの三沢ヒロキが在籍したスプール・フィ ンガーズの元メンバーのバンドで、玉川はヒップゲローと掛け持ちだった)に 参加していた高阪正雄が加入。'97年暮れには、それまでも準メンバーとして 度々ライヴに参加していた長谷川陽平(G)が正式に加入、久々に4人編成と なったが、1998年、5月のライヴを最後に残念ながら解散してしまった。
HIPGELLO | |
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『12AX7A』(OZD-001)
1・酸素と真空管
1993.6.25 |
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『HIPGELLO』(EHE-001)
1・褐色の鉄
1995.11.10 |
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| Compilation | |
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『エレキの節穴』(EHE-000)
1995.8.31
*Hipgello Appears On 1 track "匹夫下郎の独り言(Live)"
備考;恐らく1stアルバム発表前のライヴ音源。10分にも及ぶ熱演。 |
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『Window to the world』(par-cd-018)
1996.8
*Hipgello Appears On 1 track "味覚を失った口にビスケット"
備考;2ndアルバム時の未発表作品で、ヴォーカルが入らず終いで |
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玉川裕高 with フリーボ | |
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[Single]
『玉川裕高 with フリーボ』(AGR-1004)
1・解決の糸口
1997.9
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| Compilation |
『エレキの節穴』(EHE-000)
1995.8.31
*玉川裕高 with フリーボ Appears On 1 track "靴底"
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『Window to the world』(par-cd-018)
1996.8
*玉川裕高 with フリーボ Appears On 1 track "靴底"
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