十二人の怒れる男 12 Angry Men
公開:
1957年
12人の怒れる男
製作:
オリオン・ノヴァ・プロダクション

ヘンリー・フォンダ

レジナルド・ローズ
監督:
シドニー・ルメット
原作:
レジナルド・ローズ
脚本:
レジナルド・ローズ
撮影:
ボリス・コーフマン
音楽:
ケンヨン・ホプキンス
出演:
ヘンリー・フォンダ

リー・J・コッブ

エド・ベグリー

ニューヨークのある法廷に、殺人容疑の少年の裁判の陪審員として召集された12人の男達。 最初の投票で11人が有罪と認める少年の犯罪に、1人の陪審員が疑問を持つ。 彼は議論と説得を重ねながら、残り11人の陪審員たちを説得してゆき、最後には全員一致で判決を無罪に導く。 民主主義の本質ともいえる陪審員制度をエキサイティングかつ感動的に描いた硬派なディスカッション・ドラマ。

CBSテレビは、レジナルド・ローズの原作を、フランクリン・J・シャフナーの演出、フランチョット・トーン主演でテレビ・ドラマ化して高い評価を獲得。 このヒット・テレビ・ドラマの映画化に興味を示したユナイテッド・アーティスツ社はヘンリー・フォンダに出演をオファー。 ハリウッドの試写室でテレビ版を見て強い衝撃を受けたフォンダは、主演だけでなく最初で最後のプロデューサーを引き受けて映画製作の資金を調達した。 ローズは映画版の脚本も担当するが、テレビ版はオリジナルの脚本を20分もカットしたものであったので、映画用にストーリーを引き伸ばす必要はなかった。 監督にはテレビ界で5年間で500本近いライブ・ドラマを制作して経験を積み、これが映画監督デビュー作となったシドニー・ルメットが抜擢され、 フォンダ(8番陪審員)と対立する11人の陪審員たちは全員ルメットとフォンダが直接オーディションを行って選考し、 『波止場』(54)のリー・J・コッブ(3番陪審員)以外は、マーティン・バルサム(1番陪審員)や エド・ベグリー(10番陪審員)といった主にテレビやブロードウェイで活躍する演技派の性格俳優たちが集められた。 物語の大半は実際に陪審員たちが使用する490メートル X 730メートルの陪審員室で行われるため、フォンダはブロードウェイ演劇での稽古方法を採用。 リハーサルに2週間費やして俳優達に役作りと物語の展開を把握する十分な時間を与えた。 リハーサルの間、ルメットはテレビ版の撮影も担当した撮影監督のボリス・カウフマンと共に陪審員室を歩き回って、 理想的なカメラの配置や構図そして照明効果などの撮影の前準備を行い、 陪審員室のセット内で俳優を動き回らせる事は難しかったため、セットの壁を取り外し可能にしてカメラのアングルを変えることによって、 あたかも室内で激しいアクションが行われているように見せた。 また、狭い陪審員室は閉鎖的な空間を作りだし、その結果、俳優たちの息の詰まるような緊張感を盛り上げる事にも成功した。 ルメットは編集でフラッシュバックなどの時間配列を解体する映像テクニックは一切使わず、映画の上映時間と物語の進行時間を一致させてリアリズム溢れる演出を披露。 映画はニューヨークのマンハッタンで撮影されるが、撮影には17日しかかからず、制作費も予算を1000ドルも下回る30万3000ドルで完成。 フォンダとルメットは映画を小規模に公開して口コミによって観客を集めようと考えていたが、 スタジオはこの映画にヒットの可能性を見出して、製作者達の考えとは裏腹に大々的に公開。批評家からは高い評価を得たものの、客の入りは散々で興行的に失敗した。 第30回アカデミー賞では作品、監督、脚色賞の3部門でノミネートされるが無冠に終り、ベルリン映画祭では最優秀作品賞を獲得。 また、この映画は入り組んだ人間同士の説得と対立の素晴らしいお手本となっているため、 アメリカの企業では従業員たちの人間関係を教育する教材として使われている。

97年には『フレンチ・コネクション』(71)のウィリアム・フリードキン監督が、ジャック・レモン(8番陪審員)とジョージ・C・スコット(3番陪審員)を主演に迎えて テレビ用映画『12人の怒れる男 評決の行方』としてリメイクした。


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