2001年 宇宙の旅 2001: A Space Odyssey
公開:
1968年
2001年
製作:
M-G-Mスタジオ

スタンリー・キューブリック
監督:
スタンリー・キューブリック
原作:
アーサー・C・クラーク
脚本:
スタンリー・キューブリック

アーサー・C・クラーク
撮影:
ジョフリー・アンスワース
出演:
ケア・デュリア

ゲイリー・ロックウッド

ウィリアム・シルヴェスター

月で地球外生命によって埋められたと思われる黒石版(モノリス)が発見され、木星で新たに発見されたモノリスの謎を解明するため、 ボーマン船長以下5人の科学者を乗せたディスカバリー号は木星に向かう。 航海の途中、任務の遂行を優先するコンピューターのHAL9000は乗組員に対して反乱を起こして4人を殺害。 生き残ってHALを停止させたボーマンは木星でモノリスと遭遇し、人間の知識の限界を超えた未知のトリップに巻き込まれる。 SF映画が子供向けのお伽話と思われていた時代に、 科学的な考証を盛り込んで徹底的なリアリズムを追及した、未知の宇宙映像に哲学的なテーマを盛り込んだSF映画の不朽の名作。

核戦争を笑い飛ばしたブラック・コメディ『博士の異常な愛情』(63)をヒットさせた監督のスタンリー・キューブリックは、 次回作としてリアルなSF映画の製作を思い立ち、インドに住むSF小説の大御所アーサー・C・クラークに手紙で相談を持ちかける。 二人はニューヨークで落ち合ってストーリーについて話し合い、クラークが50年に発表した短編小説『前哨』をベースにして長編小説を執筆し、それを使って脚本を執筆するという方法を採用。 5万語の草稿が出来上がると、キューブリックはこの企画をM-G-M社とシネラマ社に売り込み、スタジオは600万ドルの予算で映画化を承認。 キューブリックは1965年の4月からスタッフとキャストを集め始め、映画の美術監督を『鉄腕アトム』などで知られる日本のアニメーター手塚治虫に依頼するが、手塚は自分のスタジオの仕事で手一杯だっためにこの申し出を断った。 映画の製作は『ロリータ』(62)以来キューブリックが慣れ親しんだイギリスで行われ、ロンドンのボレアムウッド・スタジオには巨大なセットを建造。 撮影は65年の12月から始まるが、その直前まで映画のエンディングは決まっていなかった。 型にはまった従来の技法に不満なキューブリックは、強い衝撃を受けたカナダの短編映画『ユニヴァース』(60)の特殊効果チームに映画の特殊撮影の依頼しようとしたが、 撮影がイギリス行われる事になったため、イギリスとハリウッドで活躍する特殊効果のエキスパートを起用。 『博士の異常な愛情』の特殊効果を手掛けたワリー・ヴィヴァース、後に『スターウォーズ』(77)の特撮を手掛けるダグラス・トランブルらが205もの視覚効果シーンを担当し、 「人類の夜明け」のシーンなどの風景を作り出したフロント・プロジェクションや、 ボーマン船長の木星トリップ・シーンでの光の帯を作り出したスリット・スキャン装置を始めとする数々の新しい特撮技術を開発した。 また、無重力の宇宙空間を再現するために、宇宙船や俳優をスタジオの屋根から吊り下げて撮影。 スタジオ内には75万ドルかけて直径12メートルもあり時速3マイルで回転する観覧車を思わせるディスカバリー号のセットを建造して、 セットとキャメラを同時に回転させることによって俳優達が無重状態で生活しているような雰囲気を作り出し、 月着陸船のスチュワーデスが円形の壁を歩くシーンなどでセットとキャメラを180度回転させてスチュワーデスが壁を歩いているように見せた。 当初、ディスカバリー号が向かう惑星は土星の予定だったが、特殊効果で土星の輪を表現するのが難しいという理由から木星に変更され、 ディスカバリー号のコンピューターの名前は、ギリシャ神話に登場する知恵の女神アテナにして声も女性が吹き込む予定だったが採用されず、 ギリシャ時代の哲学者ソクラテスの名前も上がるが、最終的にHAL9000(ハル)に落ち着いた。 映画のクライマックスに登場するリアルな「スター・チャイルド」はファイバー・グラスで出来た人形で、光り輝く泡の上に二重焼きして幻想的なイメージを作り出した。 また、キューブリックはボーマン船長が身長3m近い緑色のエイリアンと遭遇するシーンと、 エイリアンが住む光の都市を映画のクライマックスに登場させようとして、数種類のエイリアンを試作させるがデザインが決まらず、 最終的にストーリーの変更によって映画には登場しないことになり、光の都市はボーマン船長の木星へのトリップ・シーンに一部流用された。 キューブリックは『スパルタカス』(60)で一緒に仕事をした作曲家のアレックス・ノースに映画音楽を依頼。 ノースは短い製作間で体をこわしながらも、昼も夜も休み無く働いて40分の曲を書き上げるが、キューブリックはノースが作った映画音楽を使わず、 テスト試写の際に間に合わせの音楽として使った、シュトラウスの「美しき青きドナウ」や「ツァラトゥストラはかく語りき」などのクラシック音楽を正式なサウンドトラックに採用した。 キューブリックはテスト試写を繰り返しながら映画の再編集を行い、余分なシーンや全てのナレーションが削除された最終バージョンを1968年の4月に一般公開。 予定よりも16ヶ月も遅れ、制作費も450万ドル超過したこの映画の今までにないリアルで斬新な特殊効果に人々は驚嘆するが、 セリフが少なく説明的なナレーションは全くないために、哲学的で複雑なストーリーが理解出来ないと苦情を申し立てる観客が続出した。 同年の7月にはクラークの小説が出版され、神秘的で難解な物語の謎を解く鍵として全米で100万部を売るベストセラーとなった。 第41回アカデミー賞では監督賞、脚本賞、美術監督・装置賞、特殊視覚効果賞の4部門にノミネートされ、特殊視覚効果賞を受賞。 映画は後のSF映画のビジュアル・イメージだけでなく、ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグといった次世代の映像作家たちにも強い影響を与えた。

84年にはピーター・ハイアムズ監督が、今作で未解明のディスカバリー号の行方やモノリスの正体の解明に挑んだ続編『2010年』を手掛けた。


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