巴里のアメリカ人 An American In Paris
公開:
1951年
巴里のアメリカ人
製作:
M-G-Mスタジオ

アーサー・フリード
監督:
原作:
アラン・ジェイ・ラーナー
脚本:
アラン・ジェイ・ラーナー
撮影:
アルフレッド・ジルクス

ジョン・アルトン (バレエ・シーン)
音楽:
ジョニー・グリーン

ソール・チャップリン
出演:
ジーン・ケリー

レスリー・キャロン

オスカー・レヴァント

第二次世界大戦でパリに来て、画家としての修行を続けるアメリカ人のジェリー。彼は友人のピアニストのクックと共に立ち寄ったクラブで美しいフランス人女性リズと出会う。彼はリズに夢中になるが、彼女に婚約者がいる事を知るとジェリーは彼女の事をあきらめようとする。ハリウッド・ミュージカルに初めて本格的なモダン・バレエを取り入れた作品で、ガーシュウィンの歌と華麗な踊りで恋の喜びと悲しみを綴った、アカデミー作品賞に輝くミュージカル映画の金字塔。

ミュージカル映画製作者のアーサー・フリードは、長年夢見た「アイ・ガット・リズム」や「バット・ノット・フォー・ミー」などガーシュウィンの名曲をふんだんに盛り込んだミュージカル映画の製作を思い立ち、アイラとジョージ・ガーシュウィン兄弟から映画に彼らの曲を使うという条件つきでガーシュウィンの代表曲「パリのアメリカ人」のタイトル使用の権利を取得。フリードはタイトルと、パリに住むアメリカ人が主人公という以外何も決めていなかったものの、スタジオからは製作の許可を得る。彼は主人公の候補として『イースター・パレード』(48)で共演したフレッド・アステアとジュディ・ガーランドの共演を考えたが、今回のミュージカル・シーンにはバレエが含まれることもあって、バレエ・ダンサーとしても一流のジーン・ケリーを起用。ヒロインには2年前ケリーがパリの舞台で発見した当時17歳のバレエ・ダンサー、レスリー・キャロンが大抜擢される。ケリーはミュージカル・シーンをパリでのロケーション撮影を希望するものの、経済的な理由から不可能だったためにロサンゼルスのM-G-Mスタジオにパリのセットを製作。20年近くパリの街を研究してきた美術監督のプレストン・エイムスは、ミュージカル・シーンに必要な広いスペースを取り入れながらもパリの街並みを完璧に再現。ラストのミュージカル・シーンでは、ルノワールやゴッホら著名なフランスの印象派の画家達の画風を模して構成して、パリの幻想的な雰囲気を作り出すことに大いに貢献する。撮影開始の前日、キャロンはスタジオに無断で髪を短くしてしまったため、彼女の髪がのびるまで撮影のスケジュールは変更され、キャロンには専用のヘア・ドレッサーが付けられた。撮影もほとんど終了し、主題曲「パリのアメリカ人」によるクライマックスのバレエ・シーンの撮影を残すのみになると、ミネリはヒット作『花嫁の父』(50)の続編『かわいい配当』(51)を監督するために撮影現場をはなれる。ミネリがいない間、ケリーはバレエ・シーンの入念なリハーサルを6週間行い、『配当』の撮影を終えたミネリが現場に復帰すると、準備していた撮影に取り掛かる。最初、スタジオはこの17分間半にも及ぶバレエ・シーンに観客は興味を示さないと考えていたが、ケリー、ミネリ、フリードの説得と、2年前に公開されたイギリス製バレエ映画『赤い靴』がアメリカでも興行的に成功したという実績もあったため、スタジオはこの54万2千ドルの制作費をかけたバレエ・シーンの撮影の許可を出す。このクラシック・バレエとボードビル・スタイルのタップダンス見事に融合させたクライマックス・シーンは、踊り、衣装、舞台、色彩、証明、撮影が見事に融合した傑作と絶賛されてハリウッドのミュージカルに新風をもたらす。今作はスタジオの思惑とは裏腹に、観客からは絶大な支持を受け、その年の興行収入第6位を記録。第24回アカデミー賞では7部門にノミネートされ、『欲望という名の電車』(51)や『陽のあたる場所』(51)といった強豪たちを押しのけて作品賞、オリジナル脚本賞、カラー撮影賞、カラー美術監督・装置賞、ミュージカル映画音楽賞、カラー衣装デザイン賞の6部門を獲得し、ケリーは振り付けにおける業績が称えられて名誉賞が贈られた。


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