ベティ・デイヴィス Bette Davis

本名:
ルース・エリザベス・デイビス
ベティ・デイヴィス
愛称:
ワーナー5人目の兄弟
職業:
製作者、俳優
生年:
1908年4月5日
出身国:
アメリカ
出身地:
マサチューセッツ州 ローウェル
没年:
1989年10月6日
代表作:
『黒蘭の女』(38)
『イヴの総て』(50)
『何がジェーンに起こったか?』(62)

デイビスが幼い頃に両親は離婚し、彼女は母親と妹共にニューヨークに移り住む。子供の頃はダンサーとしての成功を夢見ていたが、高校に入るとダンスを辞めて俳優を志すようになり、学生劇や地方の劇団に参加する。その後、ニューヨークの演劇学校に入って演技を磨き、28年にオフ・ブロードウェイ劇『The Earth Between』で本格的に俳優としてデビューし、1929年に彼女が21歳の時に出演した『Broken Dishes』でブロードウェイ・デビューを果たす。30年にユニバーサル社は彼女をハリウッド入りさせて『バッド・シスター』(31)で映画デビューさせる。『懐かしき故里』(31)などに出演させるが、デイヴィスにスターの素質がないと感じたユニバーサルの幹部は彼女を解雇する。翌年、デイヴィスはワーナー・ブラザーズ社と7年間の専属契約を交わし、最初は便利な娘役として使われていたが『The Man Who Played God』(32)の出演を機に注目を浴びるようになり、34年RKO社に貸し出されてサマセット・モーム原作の『痴人の愛』に出演、RKOの大物女優たちが演じるのを断った男をたぶらかす悪女ミルドレッドを迫真の演技で演じて、演技開眼しただけでなく、映画ファンに強烈な印象を与え、アカデミー賞にノミネートされなかった彼女の為に抗議運動が起こったほどだった。35年には『青春の抗議』で初のアカデミー主演女優賞を受賞、キャリアを優先するデイヴィスは、満足のゆく役を与えようとしないワーナーに不満を持つようになり、36年彼女はワーナーから与えられた仕事を蹴って停職処分となる。デイヴィスはイギリスに渡って映画製作を試みるが、ワーナーはそんな勝手を許さず、彼女は契約の破棄を求めて法廷で争うが、判決はスタジオを支持する。ワーナーはデイヴィスをなだめるために裁判の費用を負担し、彼女が希望する役を与えるようになる。その結果、38年には『黒蘭の女』で2度目のアカデミー賞を獲得、30年代にはもっとも才能に恵まれたスターと評され、「ベティ・デイヴィスの目」と呼ばれる大きな目にふさわしい意志の強い個性的なヒロインを次々と演じて、「ハリウッドのファースト・レディ」と呼ばれた。『風と共に去りぬ』(39)のスカーレット・オハラ役候補の一人となるが、ワーナーがエロール・フリンをレット役に起用することを条件にした為、役はヴィヴィアン・リーに奪われてしまう。40年代に入っても彼女の快進撃は続き、冷酷な女性を演じた『月光の女』(40)や『偽りの花園』(41)、恋をして美しくなる女性を演じた『情熱の航路』(42)などの質の高い作品で名演技を披露、ルールに縛られず自由奔放に生きる意志の強い女性や、小悪魔的な魅力を持つヒロインを演じて演技派女優としての地位を確立する。41年にはアカデミー協会の会長に選ばれるが、授賞式を一般に開放しようという案が協会に受け入れられなかった為、わずか2ヵ月で辞任してしまう。49年にワーナーとの契約が切れると、病気のクローデット・コルベールに代わって演劇界の内幕ドラマ『イヴの総て』(50)に出演。悪女としてのイメージと、全ての女優の敵である老いさえも役作りに利用して、若い後輩にスターの座を奪われる中年の横暴な舞台女優マーゴを好演してカンヌ映画祭主演女優賞を獲得、演技派女優の名を欲しいままにする。また、『イヴ〜』の撮影中、共演者のゲーリー・メリルと恋に落ちて、50年に4度目の結婚する。50年代に入ると出演作は減少するが、61年にはフランク・キャプラ監督の『ポケット一杯の幸福』に出演して余裕ある演技を披露、62年には往年のライバル、ジョーン・クロフォードと共に『何がジェーンに起ったか?』に出演、すっかり恐くなった顔と声を生かして醜悪な精神異常の老女を怪演して新境地を開拓、『禁じられた抱擁』(63)、『誰が私を殺したか?』(64)、『ふるえて眠れ』(65)などホラー色の強い作品への出演が相次ぐ。60年代からは映画だけでなくテレビにも進出、79年には『Strangers: The Story of a Mother and Daughter』の演技で、テレビ界のアカデミー賞であるエミー賞の主演女優賞を獲得する。80年の『呪われた森』以降はテレビでの活動が中心となり、87年には往年のサイレント映画スター、リリアン・ギッシュと共演した『八月の鯨』で映画に復帰、ホラー・コメディ『おばあちゃんは魔女』(89)が彼女の遺作となる。3度目の夫との間に生まれた娘バーバラ・デイヴィス・ハイマンは、85年に暴露本『My Mother’s Keeper』を発表、デイヴィス自身も『This N That』と『Betty Davis, The Lonely Life』の二冊の本を出版している。自我が強く、『イヴの総て』のマーゴ役さながらの放漫な態度と厳しい口調はスタッフや共演者を困らせるが、演技に関しては確固たる信念を持ち、自分の考えを押し通そうとして監督と衝突する事は日常茶飯事だった。しかし、彼女は常に自分の年に相応しいキャラクターを驚くほど巧みに演じて、ハリウッドの女優を語る上では欠かせない演技派俳優の一人として演技一筋に生きて、死の瞬間まで常に大スターであり続けた。アカデミー主演女優賞を2度受賞、ノミネートされること10回、しかも5年連続ノミネートの偉大な記録はいまだに破られていない。

紹介作品

偽りの花園(41)

出演

イヴの総て(50)

出演



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