バート・ランカスター Bart Lancaster

本名:
バートン・ステファン・ランカスター
バート・ランカスター
職業:
俳優、監督、製作者、脚本家
生年:
1913年11月2日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ニューヨーク
没年:
1994年10月20日
代表作:
『地上より永遠に』(53)
『OK牧場の決闘』(57)
『エルマー・ガントリー/魅せられた男』(60)

五人兄弟の四男として生まれるが、家庭は貧しく、雪かきや靴磨き、新聞の売り子をして家計を助けていた。 子供の頃から読書が好きで、映画はダグラス・フェアバンクスの冒険活劇に熱中し、家で映画のシーンを演じて家族を楽しませていた。 学生時代はスポーツに励み、高校ではバスケットボールの選手として活躍。 卒業後はバスケットボールの奨学金でニューヨーク大学に進学し、体育教師を志して勉強に励んでいたが、退屈な授業に嫌気がさして2年で中退。 友人のニック・クラヴァートと共にアクロバット・チーム"ラング・クラヴァート"を結成し、サーカスなどで空中アクロバットの花形として活躍した。 39年、ランカスターが指を負傷したためチームは解散。 モデル、消防士、ウェイターなどの職を転々としながら暮らしていたが、42年に海軍に入隊。 北アフリカ、オーストリア、イタリアなどで戦い、戦線慰問団の一員となって慰問ショーの演出や出演をこなした。 除隊後はニューヨークに戻り、45年の舞台『A Sound of Hunting』でブロードウェイ・デビューを果たすが、好評を得たものの舞台は3週間で打ち切りになる。 その後、製作者のハル・B・ウォリスと知り合い、彼と契約してアーネスト・ヘミングウェイの短編を映画化した『殺人者』(46)の大役に抜擢される。 ランカスターが演じたオープニングで殺される謎の男スェードは好評を博し、以後『白昼の暴動』(47)、『私は殺される』(48)、『裏切りの街角』(49)などフィルム・ノワールを中心に活躍。 ハリウッドの映画製作に疑問を感じていたランカスターは47年、友人の紹介で知り合ったハロルド・ヘクトと共に独立プロダクション"ヘクト=ランカスター・プロ"を設立。 子供の頃のアイドルだったダグラス・フェアバンクスの冒険活劇を彷彿させる『怪傑ダルド』(50)や『真紅の盗賊』(52)、サーカス時代の経験を生かした『空中ぶらんこ』(57)などを手掛けて、 並外れた運動能力を生かしたリアルでダイナミックなアクションを披露した。 その後、ジェームズ・ヒルが製作チームに加わり、アクション映画だけでなく、 低予算作品ながらもテレビ・ドラマを映画化してアカデミー作品賞を含む主要4部門に輝いた『マーティ』(55)や、ニューヨークの芸能コラムニストの実態を赤裸々に描いたカルト映画『成功の甘き香り』(57) など娯楽性と芸術性を併せ持った映画も製作して大きな成功を収め、俳優兼製作者の先駆けとなった。 53年にはベストセラー小説の映画化『地上より永遠に』に出演。人間味溢れるウォーデン曹長を熱演してアカデミー主演男優賞に初ノミネートされただけでなく、 浜辺でのデボラ・カーとの情熱的なラブ・シーンは映画史に残る名場面となった。 アクションだけでなく演技もできることも証明して大スターの地位を手に入れたランカスターは次々と大作、話題作に出演。 アクション西部劇『ヴェラ・クルズ』(54)ではニヒルな悪役を演じて共演のゲーリー・クーパーを喰う演技を見せ、 史実を元にした『OK牧場の決闘』(57)では実在の名保安官ワイアット・アープを熱演し、ドク・ホリデイに扮した友人のカーク・ダグラスと息の合った演技を披露。 55年には『ケンターキー人』で監督デビューを果たしたが、19年後の『真夜中の男』(74)まで再びメガホンを取ることはなかった。 60年、ヘクト・ヒル・ランカスター・プロは財政的な理由から倒産するが、 同年には『エルマー・ガントリー/魅せられた男』に出演。酒と女をこよなく愛す堕落したエセ伝道師をパワフルかつ魅力的に演じて念願のアカデミー主演男優賞に輝いた。 若者の非行を描いたドラマ『明日なき十代』(61)では、監督のジョン・フランケン・ハイマーと意気投合し、 実在した終身犯にして鳥類学者の男を演じてオスカーにノミネートされた『終身犯』(61)、ダグラスと再共演した政治サスペンス『五月の七日間』(63)、 ナチスから名画の奪還を試みるレジスタンスの活躍を描いた『大列車作戦』(64)スカイダイバーたちの恋と友情を描いた『さすらいの大空』(69)の5本の映画で一緒に仕事をした。 63年には巨匠ルキノ・ヴィスコンティの熱いラブコールに応えてイタリア映画『山猫』に主演。 アラン・ドロンやクラウディア・カルディナーレなどヨーロッパ映画界を代表する俳優たちを相手に、初老のシチリア貴族を堂々と演じ切りヴィスコンティの期待に応えた。 68年の『泳ぐひと』では友人のプールを泳ぎながら自宅を目指す男を熱演して、映画はアメリカン・ニューシネマの一本としてカルト的な支持を得た。 70年のオールスター・キャストのパニック映画『大空港』では 墜落の危機に直面した旅客機の機長を演じて往年のタフガイぶりを披露。映画はその年最大のヒットを記録した。 71年には舞台『Knickberbocker Holiday』のロサンゼルス公演に参加。久しぶりの舞台出演だったが、高い評価を得ることは出来なかった。 反戦主義者のランカスターは政治活動にも積極的に参加し、 『ワイルド・アパッチ』(72)、『ダラスの熱い日』(73)、『合衆国最後の日』(77)など自分が出演または製作した映画にもインディアン問題、人種差別、政治の腐敗などのメッセージを盛り込んでいった。 75年の『家族の肖像』では再びヴィスコンティと組んで濃厚な演技を披露。 その後も、ベルナルド・ベルトリッチ監督の大河ドラマ『1900年』(76)や、ヌーヴェルヴァーグの鬼才ルイ・マル監督の『アトランティック・シティ』(80)などヨーロッパの監督作に出演。 後者では初老のギャングを哀愁漂う演技で好演して四度目のオスカーにノミネートされた。 81年に入るとテレビ出演が多くなり、『Cattle Annie and Little Britches』(81)では撮影中に心臓発作に襲われたが、奇跡的に回復して映画は無事完成。 回復後も精力的に俳優活動を続け、サプライズ・ヒット作『ローカル・ヒーロー/夢に生きた男』(83)では風変わりな企業家に、 ベストセラー小説の映画化『フィールド・オブ・ドリームス』(89)では野球の夢を諦めた老医師に扮して助演ながらも印象に残る演技を披露。 91年にシドニー・ポワチエと共演したテレビ映画『裁かれた壁〜アメリカ・平等への闘い』が遺作となり、94年に心臓麻痺が原因でこの世を去った。
三度の結婚歴があり、戦線で知り合った二度目の妻ノーマ・マリー・アンダーソンとの間に5人の子供をもうけ、次男のウィリアムは脚本家として大ヒット作『がんばれ!ベアーズ』(76)を手掛け、 次女のジョアンナは製作者としてベット・ミドラー主演の『殺したい女』(87)などを手掛けた。

紹介作品

殺人者(46)

出演

地上より永遠に(53)

出演

成功の甘き香り(57)

出演



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