バーバラ・スタンウィック Barbara Stanwyck

本名:
ルビー・スティーブンス
バーバラ・スタンウィック
愛称:
ミッシー
職業:
俳優
生年:
1907年7月16日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ブルックリン
没年:
1990年1月20日
代表作:
『ステラ・ダラス』(37)
『レディ・イヴ』(41)
『深夜の告白』(44)

5人兄弟の末っ子として生まれるが、2歳の時に母親を亡くし、2年後にレンガ職人の父親は蒸発。 4歳で孤児となった彼女は里子に出されるが、里親のもとを転々としたあと、10歳の時にコーラス・ダンサーの姉ミルドレッドに引き取られる。 姉の恋人からダンスを教わり、13歳の時に学校を中退。電話会社などで働いていたが、15歳の時にジークフェルド・フォーリーズのコーラス・ダンサーの一人に選ばれる。 長い下積みの後、26年にはブロードウェイの人気舞台『The Noose』の主役に抜擢され、翌27年にはミュージカル『Broadway Nights』のダンサー役で映画デビューを果たすが、舞台での更なる成功を求めて映画よりも舞台活動に専念する。 28年にはボードビルの人気俳優フランク・フェイと結婚。フェイと共にハリウッドに移り、『壁の中の声』(29)や『Mexicali Rose』(29)などの映画に出演。 彼女の最初のヒット作となった30年の『希望の星』ではフランク・キャプラ監督とめぐり会い、彼と意気投合したスタンウィックはキャプラ演出のメロドラマ『奇蹟の処女』(31)と『たそがれの女』(32)にも出演する。 ワーナー・ブラザーズ社と専属契約を交わしたスタンウィックは、『夜の看護婦』(31)や『紅唇罪あり』(33)などのギャング映画に出演し、キャプラ映画やエドナ・ファーバー原作の『母』(32)などで見せたメロドラマ風の役柄とは違った一面を披露して更なる人気を博す。 33年には中国を舞台にした壮大なメロドラマ『風雲のチャイナ』でキャプラと4度目のコンビを組み、35年には映画界で成功できずに酒に溺れたフェイと離婚。喧嘩の絶えない泥沼の結婚生活から解放され、ワーナーとの契約からも解放されてフリーランスの俳優となったスタンウィックはジョージ・スティーブンス監督の『愛の弾丸』(35)に出演し、実在の女性ガンマン、アニー・オークリーを好演。 『愛怨二重奏』(36)では甘いマスクで人気を博したロバート・テイラーと共演し、二人の間は公私共に親密な関係となる。 25年のサイレント映画のリメイク『ステラ・ダラス』では、娘の幸せのために親権を放棄する母親を熱演。その心打つ演技は好評を博してアカデミー主演女優賞に初ノミネートされる。 37年の『This Is My Affair』ではテイラーと再び共演。39年にテイラーと2度目の結婚をしたスタンウィックは、キャリアの面でも頂点を迎え、 セシル・B・デミル監督の大河ウェスタン『大平原』(39)やウィリアム・ホールディンの映画デビュー作『ゴールデン・ボーイ』(39)などに出演。 40年のプレストン・スタージェスの脚本による『Remenber the Night』ではコメディのセンスを披露。翌41年にはスタージェスの監督、脚本による『レディ・イヴ』に出演。この作品でヘンリー・フォンダ扮するウブな蛇学者を虜にする女詐欺師を演じたスタンウィックは、コメディエンヌとしての才能を遺憾なく発揮しただけでなく、イーディス・ヘッドがデザインした華麗な衣装を見事に着こなしてトレンド・セッターとしての地位を確立する。 41年にはキャプラと5度目で最後のコンビ作となった『群集』でゲーリー・クーパー扮する浮浪者を架空の自殺志願者に仕立て上げる女性記者を好演。 同年にはハワード・ホークス監督の『教授と美女』でクーパーを誘惑するダンサーを演じて2度目のオスカーノミネーションを受ける。 44年にはフィルム・ノワールの傑作『深夜の告白』に出演。フレッド・マクマレイ扮する保険セールスマンをそそのかして夫殺しを手伝わせるファムファタール(悪女)を熱演して絶賛を浴び、3度目のオスカー・ノミネーションを果たしただけでなく、44年度のアメリカの女優の最高所得者となる。 女優の頂点を極めた後も、幅広い役柄をこなせる女優として活躍を続け、48年の『私は殺される』では殺人計画を知った病弱な女性を演じて、4度目にして最後のオスカー・ノミネートを受ける。 50年代に入っても安定した人気を保ち、『タイタニックの最後』(53)のようなメロドラマから、『四十丁の拳銃』(57)などのウェスタンまで様々なジャンルの映画に出演。54年の『重役室』ではジューン・アリソンをはじめとする豪華出演陣によるアンサンブル演技が評されて、他の共演者と共にヴェネチア国際映画祭の審査員特別賞を受賞する。 51年にはテイラーと離婚し、『タイタニック〜』で共演したロバート・ワーグナーと恋に落ちるが、23歳の年齢差がある2人のロマンスは長くは続かなかった。 60年代に入ると『青春カーニバル』(64)でエルヴィス・プレスリーと共演し、『The Night Waker』(65)では元夫のテイラーとの再共演を果たすが、映画出演は減り、主にテレビを中心に活躍。 60年から61年まではテレビ番組『バーバラ・スタンウィック・ショー』のホストと主演を務め、日本でも人気を博した『バークレー牧場』(65〜69)では出演だけでなく製作も務めて、新しい世代のファンを獲得しただけでなく、両作品でエミー賞を獲得する。 81年には、その功績が称えられてアカデミー名誉賞が授与され、83年のテレビのミニ・シリーズ『The Thorn Birds』では3度目のエミー賞を獲得。87年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞が授与され、90年に心不全でこの世を去る。

紹介作品

レディ・イヴ(41)

出演

教授と美女(42)

出演

深夜の告白(44)

出演



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