キャリアの半ばで引退したハリウッド・スター、トニー・ハンターは、親友のマートン夫妻が執筆した舞台『バンド・ワゴン』で古巣のブロードウェイへカムバックを果たすが、
舞台演出はメチャメチャ、ダンス相手のギャビーともウマが合わずに舞台は大失敗に終わってしまう。
心機一転したトニーは舞台を自分流に作り変えて地方公演を敢行するのだが・・・。
M-G-Mミュージカルの立役者アーサー・フリードと、『巴里のアメリカ人』(51)のヴィンセント・ミネリ監督が手掛けたシネ・ミュージカルの傑作。
ハワード・ディーツが作詞を、アーサー・シュワルツが作曲を手掛け、アデールとフレッドのアステア姉弟が出演したレビュー『バンド・ワゴン』は、
31年の6月にブロードウェイで上演されると大好評を博して、260回の上演を記録するヒット作となった。
しかし、アデールはこの舞台を最後に芸能界から引退を表明して、英国王室と親しいチャールズ・キャヴァンディッシュ卿と結婚。パートナーを失ったアステアはソロとして映画俳優の道を歩み始めた。
長年アーサー・シュワルツとハワード・ディーツの音楽を基にしたミュージカル映画の製作を希望していたM-G-M社の製作者アーサー・フリードは、彼らの曲をふんだんに盛り込んだ映画を企画。
最初、映画のタイトルは『バンド・ワゴン』で使われた曲から取った『アイ・ラブ・ルイーザ』だったが、
後にM-G-Mはタイトルの権利を20世紀フォックス社から買い取って舞台と同じ『バンド・ワゴン』に変更した。
フリードは『恋愛準決勝戦』(53)でアステアとアデールをモデルした脚本家コンビ、ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンに脚本の執筆を依頼。
二人は出来上がった脚本の主人公がまたしてもアステアに似ていたので、彼が出演を承諾するか心配するが、二人が脚本を通して説明するとアステアは気に入って出演を承諾した。
フリードはバレリーナのギャビー役に、『雨に唄えば』のプロダクション・ナンバー「ブロードウェイ・バレエ」でジーン・ケリーの相手役を務めたシド・チャリシーを推薦。
しかし、女優との身長の差を気にするアステアは、実際にチャリシーに会って自分がチャリシーよりも背か高いことを確かめるまで彼女を起用することに賛成しなかった。
コムデンとグリーンがモデルになっているマートン夫婦役にはオスカー・レヴァントとナネット・ファブレーが起用され、
舞台監督のコルドヴァ役にフリードは『ローラ殺人事件』(44)のクリフトン・ウェッブにオファーされたが、彼は自分の役が小さすぎると考えて出演を辞退。
エドワード・G・ロビンソンやヴィンセント・プライスらが考慮されたが、最終的にウェップが紹介したイギリス人のダンサー兼歌手のジャック・ブッキャナンに決まった。
『アニーよ銃を取れ』(50)の「ショウほど素敵な商売はない」のような曲が欲しかったフリードの要望で、ディーツとシュワルツは30分程で「ザッツ・エンターテインメント」を作曲。
この曲はM-G-Mミュージカルの名場面を集めたアンソロジー映画『ザッツ・エンターテインメント』シリーズのタイトル曲にも使用され、M-G-Mミュージカルを代表する歌となった。
ダンスの振付は、これが初めての映画となった元バレエ・ダンサーのマイケル・キッドが担当。
アステアはキッドが自分が嫌うクラシック・バレエの堅苦しさを踊りに取り入れるのではないかと心配していたが、
フィルム・ノワールを彷彿させる「ザ・ガール・ハント・バレエ」など独創的なダンス・シーンを創造。
その後も『略奪された七人の花嫁』(54)や『野郎どもと女たち』(55)などのミュージカル大作を手掛けてその才能を遺憾なく発揮した。
また、アステアはミネリの監督としての指導があいまいすぎると感じ、気分によって演出を変えるやり方にも満足できずに、腹を立ててセットを飛び出したこともあった。
一方、ファーブレーは真剣に仕事に打ち込むアステアの姿になじめず、アステアが冷たくよそそよしい人だと感じていた。
スタッフやキャストとの関係はギクシャクしていたものの、完成した映画はM-G-Mミュージカルの最高傑作という評価を受け、興行的にも大きな成功を収めた。
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