ジョッシュとダイナのバークレー夫妻はミュージカル・コンビとしてブロードウェイで大きな成功を収めていたが、
気分屋の二人は私生活と舞台裏ではもめごとばかり起こしていた。
ミュージカルだけでは飽き足らないダイナは、演技派女優への転向を目指してシリアス・ドラマに出演。
それが原因で二人は別居してしまう・・・。
ミュージカル映画の黄金コンビ、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが10度目にして最後の共演を果たしたミュージカル映画。
48年に公開されたフレッド・アステアとジュディ・ガーランド共演のミュージカル『イースター・パレード』はその年の興行成績第2位を記録。
『イースター〜』の製作者アーサー・フリードは、再びショー・ビジネスの世界を舞台にしたアステアとガーランド共演のミュージカル映画の製作に取り掛かり、
ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンがアステアのRKO時代のパートナー、ジンジャー・ロジャースがシリアスな役柄を望んでコンビを解消したという話を元にして執筆した『ブロードウェイのバークレー夫妻』の映画化を企画する。
監督のチャールズ・ウォルターズ、振付師のロバート・アルトン、撮影監督のハリー・ストラドリング、美術監督のセドリック・ギボンズなど『イースター〜』の製作に関わったスタッフが大勢起用され、
ミュージカル・ナンバーのためにハリー・ウォーレンとアイラ・ガーシュウィンが抜擢される。
アステアは自身のダンス・スタジオのために考えた踊りの宣伝するため、2人に「Swing Trot」というダンス曲の作曲を依頼。
2人は最初この曲に興味を示さなかったが、アステアの熱意に負けて作曲し、「Swing Trot」は映画のオープニングのダンス曲となった。
ウォーレンとガーシュウィンはこの映画のために9曲を提供。
その中の一曲「Shoes with Wings on」は、ディズニー・アニメーション『ファンタジア』(40)の「魔法使いの弟子」からヒントを得て、リズミカルに動く靴の中で靴の修理屋に扮したアステアが踊るという特殊効果を駆使した映画ならではのダンス・ナンバーとなった。
ガーランドは『イースター〜』完成後に長期休暇を約束されていたが、映画を一刻も早く完成させたいスタジオは彼女に休暇を与えずにリハーサルへの参加を強要。
ガーランドはアステアよりも少し遅れてリハーサルに参加したが、体重をコントロールする薬と睡眠薬の飲みすぎで心身を乱れさせていたうえに、
リハーサル開始から2週間経つと、疲労と偏頭痛による不眠症が原因で欠勤したり何日も休むようになった。
その後、ガーランドは撮影所に全く足を運ばなくなってしまい、彼女の主治医は精神的に動揺しているガーランドがこのまま映画を続けることは難しいとフリードに忠告する。
フリードはガーランドの解雇を決め、彼女の代役としてアステアのかつてのパートナー、ジンジャー・ロジャースに出演を打診し、
アステアとの再共演に興味を持ったロジャースは、ガーランドの2倍以上の2万2500ドルの出演料で出演を承諾する。
主役の交代によって脚本と歌はロジャースに合うように変更が加えられ、ガーランドが歌う予定だったものを含めて9曲以上もの曲が没になった。
ロジャースにとってミュージカル映画出演は『カッスル夫妻』以来9年ぶりだったが、彼女は何年ものブランクをものとせずにアステアのパートナーを見事につとめた。
ロジャースの提案で、37年の『踊らん哉』で使われたジョージ・ガーシュウィンの名曲「They Can't Take That Away from Me」が再使用されてノスタルジックな雰囲気に華を添えたが、ハリー・ウォーレンはガーシュウィンの12年前ものヒット曲を使うことを快く思っていなかった。
自分が解雇された事が信じられないガーランドは、この映画で彼女が着る予定だった衣装を着て映画のセットに突然現れ、狂気じみた行動でロジャースを怯えさせたため、ウォルターズに腕をつかまれてセットから追い出された。
完成した映画はRKO時代のアステア=ロジャース映画ほどの洗練さと輝きはなかったものの、2人のコンビ再結成という話題もあってまずまずの成功を収め、
第22回アカデミー賞ではカラー撮影賞にノミネートされた。
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