我等の生涯の最良の年 The Best Years Our Lives
公開:
我等の生涯の最良の年
製作:
サミュエル・ゴールドウィン・プロダクション

サミュエル・ゴールドウィン
監督:
原作:
マッキンレー・カンター
脚本:
ロバート・シャーウッド
撮影:
グレッグ・トーランド
音楽:
エミール・ニューマン
出演:
フレドリック・マーチ

マーナ・ロイ

ダナ・アンドリュース

第二次世界大戦が終了し、故郷の町「ブーンシティ」に帰郷した三人の復員兵。アルは出征前に勤めていた銀行に再び迎えられるが、退役軍人への融資を任される。軍務以外についたことがないフレッドはなかなか仕事を見つけることが出来ず、出征時に結婚した妻は彼を見捨ててナイトクラブで働く。そして、戦争中に両腕を失ったホーマーは自分の姿にコンプレックスを抱き自暴自棄になる。3人とも戦争がもたらした様々な問題に直面しながらも幸せを勝ち取ろうとしてゆく。名匠ウィリアム・ワイラー監督が、戦勝国であるアメリカで戦後の社会問題となった復員兵問題に真っ向から挑み、復員兵たちの葛藤をドラマティックに描いた力作。

第二次世界大戦が終了すると、何百万人ものアメリカ兵が帰国する。彼らは戦後の生活に夢を馳せるが、現実は彼らに厳しく、破綻した生活を送る者が続出した。特に戦争中に負傷して体に生涯を持った人々の生活はさらに厳しかった。製作者のサミュエル・ゴールドウィンはまだ戦争の最中であった1944年の8月のタイム誌に掲載された元海軍たちの実社会復帰への問題の記事を読み、復員兵たちを主人公にした映画のアイディアを思いつく。彼は小説家のマッキンレー・カンターに電話をかけて、タイム誌の記事を基にした映画用の物語の執筆を依頼する。自身も元空軍であったカンターは快く引き受けるが、彼がまとめたエッセイ風の物語はなんと434ページにものぼり、映画化するには長すぎるため、カンターのストーリーは小説『Glory for Me(私の栄光)』として出版される。ゴールドウィンは彼の望むものを手に入れることは出来なかったが、復員軍人たちの戦後社会での葛藤を描くというアウトラインが出来上がったので、ピューリッツァー賞受賞者で、フランクリン・ルーズベルト大統領のスピーチ・ライターを勤めていたロバート・E・シャーウッドにカンターの小説を基にした脚本の執筆を依頼する。彼は脚本執筆前にゴールドウィンと、復員したばかりのワイラー監督と共に何日も話し合って映画の内容を煮詰めてゆき、出来上がった脚本は、出版社が映画版の小説化を希望したほどカンターの小説からかけ離れたものとなった。ゴールドウィンは何十ものアメリカの都市のロケーション・ハンティングを行い、最終的にオハイオ州のシンシナティを映画の舞台となる「ブーンシティ」の撮影場所に決める。ワイラーは映画に現実味を与えるために、俳優達には自分達の普段着を着用させ、メーキャップも最小限にさせる。両手に鉤のついた義手をはめて復員兵の1人を演じたハロルド・ラッセルは、本来は映画俳優ではなかったが、彼が出演したドキュメンタリー番組を観てラッセルの身の上話に心動かされたゴールドウィンとワイラーは彼の起用を決め、シャーウッドに依頼してラッセル演じるのホーマーのストーリーを ラッセルの実体験を基にしたものに変更させる。映画は観客と批評家の両方から絶賛を浴び、第19回アカデミー賞では8部門にノミネートされ、作品賞、主演男優賞(マーチ)、助演男優賞(ラッセル)、監督賞、脚色賞、編集賞、劇・喜劇映画音楽賞の7部門で受賞する。 ラッセルはアカデミー助演男優賞だけでなく、映画への出演を通して傷病兵の仲間に勇気と希望を与えた功績から特別賞も贈られた。彼はこの作品に出演した後、宣伝関係の仕事についたが、1980年に再び俳優として『サンフランシスコ物語』に出演した。


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