ブルー・スカイ Blue Skies
公開:
1946年
ブルー・スカイ
製作:
パラマウント・スタジオ

ソル・C・シーゲル
監督:
スチュアート・ヘイスラー
原案:
アーヴィング・バーリン
脚本:
アラン・スコット

アーサー・シークマン
撮影:
チャールズ・ラング・ジュニア

ウィリアム・スナイダー
音楽:
アーヴィング・バーリン

ロバート・エメット・ドーラン
出演:
フレッド・アステア

ビング・クロスビー

ジョーン・コールフィールド

第一次世界大戦後のブロードウェイ。 人気ダンサーのジェドは新しい舞台の相手役にメアリーを抜擢するが、彼女はジェドとのロマンスの噂を恐れて出演を断ってしまう。 ジェドの親友でクラブの経営者ジョニーの説得でメアリーは出演を承諾し、舞台は大きな成功を収めたものの、メアリーはジョニーと結婚。 メアリーに去られたショックでジェドは酒に溺れるが、足を折って踊れなくなったジェドはラジオのアナウンサーとしてカムバックを果たす。 ハリウッド・ミュージカルを代表する二大スター、ビング・クロスビーとフレッド・アステアの歌と踊りを贅沢に味わえるミュージカル映画。

42年に公開された、ビング・クロスビーとフレッド・アステアがアーヴィング・バーリンの名曲に合わせて歌って踊るミュージカル映画『スイング・ホテル』は大ヒットを記録し、 製作元のパラマウント社は再びアーヴィング・バーリンの名曲を集めたミュージカル映画を企画。 『スイング・ホテル』の製作と監督を務めたマーク・サンドリッチが再び製作と監督を担当し、主演は前作でも主演をつとめたビング・クロスビーが再び起用された。 クロスビーの相手役には、ニューヨークでクラシックやポピュラー音楽に合わせてバレエ・スタイルのダンスを踊るタップ・ダンサーのポール・ドレイパーを抜擢。 美人俳優のジョーン・コールフィールドがヒロインのメアリー役に起用されるが、彼女のダンスはドレイパーのレベルには程遠く、ドレイパーはリハーサルでいつも彼女も見下すような態度をとっていた。 撮影が開始された直後にサンドリッチが急死してしまい、計画は白紙に戻るが、ソル・C・シーゲルが製作者を、スチュアート・ヘイスラーが監督を務めてサンドリッチの後を引き継いだ。 映画の撮影中、ドレイパーの尊大な態度に腹を立てたコールフィールドはセットを飛び出してしまい、彼女に夢中になっていたクロスビーもドレイパーの態度に我慢できずにセットを去ってしまう。 シーゲルとヘイスラーはドレイパーを解雇して、代役として前作でクロスビーの恋敵を演じたフレッド・アステアを抜擢。 しかし、『ヨランダと泥棒』(45)と『ジーグフェルド・フォーリーズ』(46)が失敗に終り、落胆していたアステアはこの作品を最後に引退を決意する。 バーリンの上品でなじみ深い32曲ものメロディが贅沢に使われ、 この映画のために新たに書き下ろされた「A Couple of Song and Dance Men」は、このクロスビーとアステアのデュエット曲は映画のハイライトの一つとなった。 アステアはこの作品で6曲踊り、その中でも「Puttin' on the Ritz」では、たえず新しいアイディアに挑戦するアステアが、 彼のトレード・マークのトップハットに燕尾服を着て、8人のミニチュアのアステアと同時に踊るという斬新で奇抜なダンスを披露。 しかし、アステアは自分のダンスをコピーしてミニチュアのアステアを作ることを許さず、まったく同じ踊りを8回踊ってこのナンバーを作り上げた。 自分の最後の出演シーンが撮り終わったアステアは、出演者とスタッフの前で嫌っていたヘア・ピースを取り、それをステージに投げつけて引退を宣言した。 ナイト・クラブ「コパカバーナ」の人気スター、オルガ・サン・ファンの出演も話題となって、映画は前作同様大きな成功を収め、その年の興行成績第3位を記録。 40年代に公開されたミュージカル映画の中では8番目の高収益を上げる大ヒット作となった。 第19回アカデミー賞ではミュージカル映画音楽賞と歌曲賞(「You Keep Coming Back Like a Song」)の2部門にノミネートされたが、無冠に終わった。

芸能界から引退したアステアは、ダンス・スタジオの経営や競走馬の育成などで引退生活を楽しんでいたが、 怪我をしたジーン・ケリーに代わって『イースター・パレード』(48)に出演してハリウッドにカムバックした。


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