クラシック映画史1886-1969

- 1800年代 -

1886

  • カンザス州から移り住んだ不動産業者の妻ウイルコックス夫人が、カリフォルニア州に購入した土地を「ハリウッド(ひいらぎの森)」と名づける。

1889

  • ジョージ・イーストマンが開発した世界初の透明ロールフィルムがコダック社によって市場に送り出される。このフィルムの登場によってトーマス・エジソンは映画撮影用のカメラ「キネトグラフ」を開発。
  • トーマス・エジソンとW・K・L・ディクソンが活動写真の映写機「キネトスコープ」を発明。

1891

1893

  • エジソンが最初の映画撮影所を建設。光を遮るために壁を黒く塗っていたことから、「ブラック・マリア(囚人護送車)」と呼ばれていた。
  • シカゴのワールド・フェアにキネトスコープが出品される。

1894

  • キネトスコープ専用の劇場「キネトスコープ・パーラー」がニューヨークにオープン。

1895

  • リュミエール兄弟がパリのグラン・カフェの地下で、彼らが開発したスクリーン投写式映写装置「シネマトグラフ」を使った初の映画興行を行う。

1896

  • エジソンが開発したスクリーン投射式映写装置「バイタスコープ」がニューヨークのコスター&バイアル音楽堂で一般公開され、アメリカもスクリーン投射式の時代に突入する。

1897

  • パリのサン・ドニ大通りに「シネマトグラフ」の常設館「シネマトグラフ・リュミエール」がオープン。

- 1900年代 -

1902

  • 「シネマトグラフ」を見て映画に魅了された奇術師ジョルジュ・メリエスが、大掛かりなトリック撮影を駆使して最初のSF映画『月世界旅行』を発表する。

1903

  • アメリカ映画史上初の本格的なプロットを持った映画『大列車強盗』が公開。

1905

  • ペンシルベニア州ピッツバーグに最初のニッケルオデオン(5セント映画館)がオープン。
  • 映画業界紙「ヴァラエティ」が創刊される。

1908

  • トーマス・エジソンらが映画の撮影・上映・配給の特許を管理する会社モーション・ピクチャー・パテンツ・カンパニー(Motion Picture Patents Company / MPPC)を設立。事業を統括して映画産業を独占する。

1909

  • 初の映画スタジオがゼリグ社によってロサンゼルスに開設される。
  • 「アメリカの恋人」と呼ばれた最初のハリウッド・スター、メアリー・ピックフォードが映画界入りする。
  • 映画製作スタジオのRKO社が創立される。

- 1910年代 -

1910

1912

  • 「喜劇の父」と呼ばれたマック・セネットがキーストン社を設立。「キーストン・コップス」などの喜劇映画や「水着美人」を売りにして大きな成功を収める。
  • 連邦通商委員会がエジソンの映画特許会社MPPCを独占禁止法違反で起訴する。
  • 映画製作スタジオのユニヴァーサル社とパラマウント社が創立される。

1913

  • 映画ファンのための初めての映画専門誌「フォトプレー」が創刊される。
  • ハリウッド初の長編映画『ザ・スクォー・マン』が製作される。
  • ボードビル芸人チャールズ・チャップリンがキーストン社と契約。

1914

  • 第一次世界大戦が勃発。
  • チャールズ・チャップリンの有名な「浮浪者スタイル」が誕生。
  • 「映画の父」と呼ばれるデビッド・ウォーク・グリフィス監督の『アッシリアの遠征』で初めて映画のために衣装がデザインされる。
  • 最初の連続活劇『ポーリンの危機』が公開され、連続活劇映画ブームが起こる。
  • アメリカ映画最初の女性監督ロイス・ウェーバーによる『ベニスの商人』が公開。

1915

  • D・W・グリフィス、トーマス・ハーパー・インス、マックス・セネットがトライアングル映画社を設立する。
  • 映画スタジオが作り上げた最初のスター、ゼダ・バラが『愚者ありき』で映画デビュー。フランス人芸術家の父とエジプト人の母を持ち、サハラで育ったと宣伝された。
  • D・W・グリフィス監督が製作した長編大作『国民の創生』が公開され、2ドルの高額な入場料が話題になる。

1916

  • イタリア製の史劇に強い影響を受けたD・W・グリフィスが、『イントレランス』を発表。「スペクタクル」という新しいジャンルを確立する。

1917

  • マックス・フライシャーが実写の動作をアニメーションに引き写す装置「ロトスコープ」の特許を得る。

1918

  • 第一次世界大戦が終結。

1919

  • 監督のD・W・グリフィス、俳優のダグラス・フェアバンクス、メアリー・ピックフォード、チャールズ・チャップリンが独立プロ、ユナイテッド・アーティスツ社を設立する。
  • フィラデルフィアの劇場チェーンが他の劇場チェーンを束ねて、製作、配給、劇場公開までを管理した初めての映画スタジオ、ファースト・ナショナル社を設立する。

- 1920年代 -

1921

  • ロスコー・アーバックルが若手女優の強姦と殺害の罪で起訴されるが、無実の判決が下る。
  • 『シーク』の公開によってルドルフ・バレンチノの人気は絶頂になる。

1922

  • 腐敗したハリウッド映画と業界を自主的に取り締まる事を目的として、元郵政長官のウィル・へイズを招いてハリウッドの自主規制機関であるアメリカ映画制作者配給者協会(MPPDA、へイズ・オフィスとも呼ばれる)が設立される。

1923

1924

  • 女優のエドナ・パーヴィアンスとアパートにいた石油王コートランド・ダインズが、女優メイベル・ノーマンドの運転手と口論になり、運転手がメイベルの拳銃を発砲してダインズに傷を負わせる。
  • 新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストが所有するヨット、オナイダ号に招待された映画監督のトマス・インスが不審な死を遂げ、ハリウッドでは愛人のマリオン・デイビスとの不倫に怒ったハーストが撃ったという噂が流れた。
  • フライシャー兄弟が初めて音がついたアニメーション『ソング・カートゥーン』シリーズを製作。
  • メトロ、ゴールドウィン、メイヤーの3つの映画会社が併合してM-G-M社となる。
  • 映画製作スタジオのコロムビア社が創立される。

1925

1926

  • 『血と砂』(22)の二枚目俳優ルドルフ・バレンチノが、胃潰瘍のため31歳の若さで急死。一万人を超えるファンがニューヨークでの葬儀に殺到する。
  • ハーバード・カルマス博士がテクニカラー社を設立する。
  • 日本では「極楽コンビ」と呼ばれた、スタンリー・ローレルとオリバー・ハーディがコンビを組んで売り出す。
  • エレクトリック社が開発した「ディスク式トーキー」を採用して、伴奏音楽と音響効果と映像を初めてシンクロさせたトーキー映画『ドン・ファン』が公開。
  • セルゲイ・エイゼンシュテイン監督のソ連映画『戦艦ポチョムキン』がアメリカで公開。

1927

  • 『あれ(イット)』に主演したクララ・ボウが、庶民的な魅力で新時代のセックス・シンボルになり、以後同様の魅力を持った女優を「イット・ガール」と呼ぶようになる。
  • 監督セシル・B・デミル、俳優のダグラス・フェアバンクスらが発起人となって「アメリカ映画芸術・科学アカデミー」を設立し、フェアバンクスが初代会長に就任。
  • 興行界の大立者シド・グローマンによってハリウッドに「グローマンズ・チャイニーズ・シアター」が建設される。
  • 『アンクル・トムの小屋』に出演したジェームズ・ロウが、黒人として初めてタイトル・ロールに名前が掲載される。
  • 初めて俳優の声が撮影と同時に録音されたトーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開され大ヒットを記録。
  • 航空映画『つばさ』が公開され、一部の劇場ではスクリーンが横に広がる「マグナスコープ」が採用される。

1928

  • 『港々に女あり』、『人生の乞食』で人気を高めた女優ルイズ・ブルックスが、ドイツの巨匠G・W・パプストに招かれてハリウッドを去る。
  • ミッキー・マウスが初登場したウォルト・ディズニー製作の短編アニメーション『蒸気船ウィリー』が公開。
  • セリフ、音楽、効果音、実音などすべての音を聞くことが出来た初のオール・トーキー映画『紐育(ニューヨーク)の灯火』が公開。

1929

  • 10月24日ニューヨークのウォール街で株式市場が暴落。世界的な大恐慌が始まる。
  • ミュージカル『ラヴ・パレイド』でエルンスト・ルビッチ監督はセリフが歌にかわっていくという手法を試みる。
  • ロサンゼルスのルーズベルト・ホテルで第一回目のアカデミー賞授賞式が開かれる。
  • 「銀幕の恋人」と呼ばれたジョン・ギルバートが初のトーキー『彼の栄光の夜』に出演。甘いイメージとまったくかけ離れた声を披露して人気が急落する。
  • セットにレールを敷いて台車に載せたキャメラを動かしながら撮影する「移動撮影」を初めて用いた『喝采』が公開。
  • 出演者全員が黒人の映画『ハレルヤ』が公開。

- 1930年代 -

1930

  • 「セックス爆弾」ジーン・ハーロー『地獄の天使』でデビューし、セックス・シンボルとしての地位を確立する。
  • アニメ・キャラクターのベティ・ブーブとドナルド・ダックがスクリーンに初登場する。
  • 映画業界紙「ハリウッド・レポーター」が創刊される。
  • 反戦映画『西部戦線異状なし』がドイツで上映禁止となる。
  • アカデミー賞のラジオ中継がはじまる。
  • 『嘆きの天使』が公開され、マレーネ・ディードリッヒが衝撃的なハリウッド・デビューを飾る。
  • グレタ・ガルボが初のトーキー『アンナ・クリスティ』に出演。彼女のスウェーデン訛りのハスキー・ボイスは好評をもって迎えられる。

1931

  • 『サンライズ』のF・W・ムルナウ監督が交通事故で死亡する。
  • 舞台俳優クラーク・ゲイブルが映画界入りする。
  • 技術進歩によって昔の映画がばかばかしいものに見えるという理由から、メアリー・ピックフォードが自分の主演したサイレント映画を全て買い取る。
  • 不況のあおりを受けて経営状態の悪化した8社の大手の映画スタジオが、モルガンとロックフェラーの2大財閥の傘下に入る。
  • 映画のダブル・フィーチャー(二本立て興行)が始まる。
  • 『魔人ドラキュラ』『フランケンシュタイン』が公開され、共に大ヒットを記録。怪奇映画ブームがおこる。
  • ギャング映画ブームの火付け役となった、『犯罪王リコ』が公開。
  • 黒人が経営する映画会社が製作した初のトーキー『The Exile』が公開。

1932

  • ハリウッドでの成功を果たせなかった若い舞台女優ペグ・エントウィッスルが、ハリウッド・ヒルズにある「HOLLYOOD」の看板のHの上から投身自殺する。
  • キャサリン・ヘプバーンが『愛の嗚咽』でスクリーン・デビューを果たす。
  • ウォルト・ディズニーが短編『森の朝』で初めてアニメーションをカラー化する。
  • オールスター・キャストで、同じホテルに泊まる人々の人生模様を描いた『グランド・ホテル』が公開され、大ヒットを記録。
  • 後に11本も製作されるジョニー・ワイズミュラー主演のターザン映画の第一弾『類人猿ターザン』が公開。

1933

  • サイレント時代の人気喜劇俳優ロスコー・アーバックルが心臓発作で死亡する。
  • 『キングコング』の公開で、映画の本格的なラジオ宣伝が始まる。
  • フォックス社が5歳のシャーリー・テンプルと出演契約を結ぶ。
  • 経済不況のあおりを受けて、映画の製作費は削減されて映画館の3分の1近くは閉鎖に追い込まれる。
  • ハリウッド業界紙「デイリー・バラエティー」が創刊される。
  • 最初のドライブイン・シアターがニュージャージ州カムデンにオープン。
  • 史上最高のダンス・チーム、フレッド・アステアジンジャー・ロジャースが初共演した『空中レビュー時代』が公開。

1934

1935

  • ウィル・ロジャースが飛行機事故で死亡する。
  • 振付師バズビー・バークリーの乗った車のタイヤがパンクして対向車と衝突。この事故で3人が死亡し、バークリーは殺人罪で告訴される。
  • 当時7歳のシャーリー・テンプルがマネー・メイキング・スターのトップに踊り出る。
  • B級映画や連続活劇専門の製作会社リパブリック社が創立される。
  • 映画スタジオのフォックス・フィルムと20世紀プロダクションが合併して20世紀フォックス社となる。
  • テクニカラー」と呼ばれる3色法を採用した本格的なカラー長編映画『虚栄の市』が公開。

1936

  • ドイツがポーランドを侵略。第二次世界大戦が始まる。
  • グレタ・ガルボの相手役として知られたジョン・ギルバートが自殺する。
  • M-G-M社の大物プロデューサー、アーヴィング・G・タルバーグが37歳の若さで急死する。
  • プライス・ウォーターハウスがアカデミー賞の投票集計を開始する。
  • ドイツから亡命したフリッツ・ラング監督らが中心となって、ハリウッドで反ナチズム同盟が結成される。
  • ベティ・デイヴィスが専属のワーナー・ブラザーズ社との契約を破棄しようとして裁判沙汰となるが、判決はスタジオ側の勝訴となる。
  • メアリー・アスターが二度目の夫と離婚し、娘養育費をめぐって争っていたとき彼女の日記が公表されてしまい、そこに記されていたメアリーの秘密が暴露される。
  • ハンフリー・ボガートが『化石の森』の好演によって悪役スターとして人気を博す。

1937

  • ジーン・ハーローが肝臓障害が原因で死亡する。
  • 音楽家のジョージ・ガーシュウィンが脳出血で死亡する。
  • 20世紀フォックス社の撮影所で火災が起こり、大きな被害が出る。
  • ウォルト・ディズニーが3年かけて製作した世界最初の長編カラー・アニメーション『白雪姫』が公開され、800万ドルもの興行収入を記録する。
  • ニューヨーク・タイムズ紙が天才子役シャーリー・テンプルを「国民の天使」に選出する。

1938

  • 連続活劇スター、パール・ホワイトが肝臓疾患で死亡する。
  • アメリカの犯罪率を低下させるのに最も功があった人物として、ギャング映画スターのジェームズ・キャグニーが警察に表彰される。
  • オーソン・ウェルズがH・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』のラジオ放送中に火星人来襲の臨時ニュースを挿入。約175万のアメリカ人をパニックに陥れる。
  • 製作、配給、興行の三部門をかかえる8大メジャー・スタジオとその25の支社が独占禁止法違反で地方裁判所から訴訟を起こされる。
  • 『キッド』(21)の子役スター、ジャッキー・クーガンが子役時代の収入を奪ったとして実母と継父を訴えるが敗訴する。
  • 第二のグレタ・ガルボとしてオーストリアからハリウッド入りしたルイズ・ライナーは、『巨星ジークフェルド』(36)と『大地』(37)でアカデミー主演女優賞を連続受賞するものの、これがプレッシャーとなって早すぎる引退をする。

1939

- 1940年代 -

1940

  • 第12回アカデミー賞では『風と共に去りぬ』が8部門を独占するが、「ロサンゼルス・タイムズ」は授賞式の前に結果を発表してしまい、翌年から封をした封筒を使う有名なシステムが採用される。
  • ドイツ軍がパリに入城したため、ルネ・クレールやジャン・ルノワールといったフランス映画の巨匠達は祖国を離れ、渡米してハリウッドに活動の場を移す。
  • ハリウッドが戦争協力や国家PR映画を政府のために製作する条約を結ぶ。
  • 実写映画の4倍の制作費を掛けてレオナルド・ストコフスキーが指揮するクラシック音楽とアニメーション映像を融合させたウォルト・ディズニー製作のアニメーション『ファンタジア』が公開。
  • ワーナー・ブラザーズ・アニメーションの看板スター、バッグス・バニーが誕生。
  • ネコとネズミの追いかけっこを描くアニメーション『トムとジェリー』が初めてスクリーンに登場。
  • アルフレッド・ヒッチコック監督がハリウッドに招かれて文芸映画『レベッカ』を撮る。
  • チャールズ・チャップリンが『独裁者』を製作してナチズムを痛烈に批判する。

1941

  • アメリカが日本、ドイツ、イタリアに宣戦を布告。
  • 営業用のテレビ放送が開始される。
  • アメリカに亡命したフランスのジャン・ルノワール監督が20世紀フォックス社と契約。
  • 斬新な映画テクニックに満ちたオーソン・ウェルズの処女作『市民ケーン』が完成するが、モデルになった新聞王ウィリアム・R・ハーストによって映画の公開が妨害される。
  • アメリカの議会で2人の上院議員がハリウッド映画はアメリカをヨーロッパの戦争に参入させる意図を持って製作されていると言ってハリウッドを激しく非難する。
  • ダシール・ハメットの小説を映画化してフィルム・ノワールの原型となった『マルタの鷹』が公開され、主演のハンフリー・ボガートが、ハードボイルド・スターとしての地位を確立する。
  • グレタ・ガルボが映画界からの引退を表明。

1942

1943

1944

  • パラマウント社が初めて映画のテレビ・コマーシャルを放映。
  • 『大自然の凱歌』(36)の女優フランシス・ファーマーが、精神状態が不安定な為に精神病院に収容され、54年までロボトミーの手術を受ける。
  • ABCラジオがはじめてアカデミー賞を全国ネットで完全中継する。
  • 元競泳選手のエスター・ウィリアムズがM-G-Mに招かれて水中ミュージカル『世紀の女王』に出演。「水着の女王」、「ハリウッドの人魚」などと呼ばれて映画ファンに親しまれる。

1945

  • 第二次世界大戦が終結。
  • 映画製作配給者協会、通称へイズ・オフィスの会長ウィル・H・へイズが引退。エリック・ジョンストンが新会長に就任して、協会の名称も「アメリカ映画協会」に改められる。
  • ハリウッドの撮影所組合会議と撮影所国際同盟とが対立し、3月には大規模なストライキに突入。10月にはワーナー・ブラザーズ社のスタジオで警官隊がスト派を催涙弾で排除する事件が起こる。
  • ジャン・ルノワール監督がアメリカの農民を描いた『南部の人』を撮る。
  • FBI捜査官(Gメン)たちの活躍をドキュメンタリー・タッチで描くセミ・ドキュメンタリー映画『Gメン対間諜』が公開。

1946

1947

1948

  • トラスト法に違反するため、映画会社が所有する映画館の売却命令が下される。
  • バート・ランカスターが独立系製作会社ヘクト=ランカスター・プロダクションを設立。俳優兼製作者の先駆となる。
  • 引退を宣言していたフレッド・アステア『イースター・パレード』でカムバックを果たす。
  • ロバート・ミッチャムがマリファナの吸飲の罪で逮捕され、2か月間刑務所に服役する。
  • ニュージャージー州に車だけでなく小型飛行機でも映画を観ることが出来る「ドライブ・イン&フライ・イン・シアター」がオープン。
  • ニューヨークで大規模なロケーション撮影を敢行したセミ・ドキュメンタリー映画『裸の町』が公開。

1949

  • イングリッド・バーグマンが家庭を捨ててイタリアに渡り、監督のロベルト・ロッセリーニと暮らしはじめる。
  • M-G-M社製作のミュージカル『踊る大紐育』がミュージカル史上初めてニューヨークの市内でロケーション撮影を行う。
  • アメリカ映画協会会長エリック・ジョンストンと映画スタジオの経営者、製作者たちとの間で非米的映画人を職場から追放する協定が結ばれる。
  • 赤狩りの聴聞会で証言を拒否した「ハリウッド・テン」に有罪の判決が下る。

- 1950年代 -

1950

1951

  • フランスで映画批評雑誌「カイエ・デュ・シネマ」が創刊。
  • ハリウッドで非米活動委員会による二回目の聴聞会が開かれ、監督のエリア・カザン、俳優のリー・J・コッブらが委員会に忠誠を誓い、共産主義の疑いのある友人の名を挙げる。
  • 製作者のウォルター・ウェンジャーが、妻で女優のジョーン・ベネットへの嫉妬から彼女のエージェントを射殺する。
  • ハリウッドのタイクーンの一人でメジャースタジオM-G-Mの社長ルイス・B・メイヤーが辞職する。
  • コロムビアユニヴァーサルパラマウント社が旧作のテレビ放映をはじめる。
  • 『欲望という名の電車』が公開され、アクターズ・スタジオ仕込みの役になりきるメソッド演技が注目される。
  • 黒澤明監督の『羅生門』がアカデミー最優秀外国語映画賞を受賞。

1952

1953

1954

1955

  • ジェームズ・ディーンがカーレースを見に行く途中、車の衝突事故で死亡する。
  • カリフォルニア州アナハイムに巨大テーマパーク、ディズニーランドがオープン。
  • 『ジャイアンツ』(56)の俳優ロック・ハドソンが自分が同性愛者であることを隠す為にフィリス・ゲートと偽装結婚する。
  • 『ピクニック』でヘリコプターによる空中撮影が初めて用いられる。
  • 稲垣浩監督の『宮本武蔵』がアカデミー最優秀外国語映画賞を受賞。
  • 初めてロックンロールを映画に取り入れて校内暴力を描いた『暴力教室』が公開されるが、PTAによる上映禁止運動が全米に起こる。
  • トッドAO方式の70ミリ映画『オクラホマ!』が公開。
  • 麻薬中毒者の現実を描くフランク・シナトラ主演の『黄金の腕を持つ男』が映倫の認可を受けずに公開。

1956

  • グレース・ケリー『上流社会』を最後に引退して、モナコのレーニエ皇太子と結婚する。
  • モンゴメリー・クリフトが自動車事故で顔面を損傷する。
  • エルヴィス・プレスリーが『やさしく愛して』で映画デビューを果たす。
  • テレビ・ドラマを映画化した低予算映画『マーティ』がアカデミー作品賞を受賞。
  • ハリウッド・テン」の一人として、ハリウッドから追放された脚本家のドルトン・トランボが、ロバート・リッチの仮名で書いた『黒い牡牛』でアカデミー脚本賞を受賞。
  • 日本の怪獣映画『ゴジラ』(54)がアメリカで公開。

1957

  • ハンフリー・ボガートが咽喉ガンで死亡する。
  • 『フランケンシュタイン』(31)の監督ジェームズ・ホェールが自宅のプールで死体となって発見される。
  • 『Saint Joan』(57)の撮影中、ジャンヌ・ダルク役のジーン・セバーグが生きながら焼かれそうになる。
  • メジャー・スタジオの一つRKOが倒産。
  • 人気テレビ・ドラマ『ルーシー・ショー』のルシル・ボールとデジー・アーネス夫妻がRKO社の撮影所を買い取る。
  • 『めまい』(58)の女優キム・ノヴァクが給料に不満を持ってストライキを起こす。
  • アメリカ映画で初めて黒人男性と白人女性とのロマンスを描いた『日のあたる島』が公開。

1958

  • タイロン・パワーが『ソロモンとシバの女王』の撮影中に心臓麻痺で死亡する。
  • エリザベス・テイラーの夫で、『80日間世界一周』(56)のプロデューサー、マイケル・トッドが映画のキャンペーン中に自家用機の墜落事故で死亡する。
  • ラナ・ターナーの15歳の娘シェリルが、母親の愛人である元ギャングのジョニー・ストンパナートを刺殺する。
  • パラマウント社が1948年までの映画750本のテレビ放映権を5000万ドルで売却。
  • M-G-M ミュージカルの名プロデューサー、アーサー・フリードが手掛けた最後のミュージカル『恋の手ほどき』が公開。

1959

- 1960年代 -

1960

  • クラーク・ゲイブルが心臓麻痺で死亡する。
  • ハリウッドの俳優組合が映画のテレビ放映に反対してストライキを行う。
  • ジョン・ウェインが、自ら監督と主演を兼ねた『アラモ』でアカデミー作品賞を取るために巨額の資金を投入して大々的なキャンペーンを展開。
  • 黒澤明監督の『七人の侍』(54)を西部に置き換えたユル・ブリンナー主演のウェスタン『荒野の七人』が公開。
  • 全米を恐怖に陥れたアフルレッド・ヒッチコック監督のショッカー『サイコ』が公開。
  • フランク・シナトラ、ディーン・マーティン、サミー・デイビス・ジュニアら「ラット・パック」が初共演した『オーシャンと11人の仲間』が公開。

1961

1962

  • ハリウッドを離れて海外で映画を製作する「ランナウェイ方式」が盛んになり、この年に製作された映画の約30パーセントは外国で撮影された。
  • 芸能総合会社MCAがメジャー映画スタジオのユニヴァーサル社を買収。
  • 『クレオパトラ』撮影中のエリザベス・テイラーが、共演者で愛人だったリチャード・バートンが妻のもとに戻ろうとしたのを知って半狂乱状態になって入院する。
  • マリリン・モンローが自宅で遺体で発見される。睡眠薬の飲みすぎが原因だった。
  • イギリスの諜報員007ことジェームズ・ボンドが活躍するスパイ映画の第一作『ドクター・ノオ』が公開。
  • 48人ものスターを起用してノルマンディ上陸作戦を完全に再現した『史上最大の作戦』が公開。

1963

  • テキサス州ダラスでジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される。
  • 『四十二番街』のミュージカル・スター、ディック・パウエルがガンで死亡する。
  • ワーナー・ブラザーズ社の映画撮影スタジオが大規模な火災に見舞われる。
  • フランク・シナトラの息子シナトラ・ジュニアが誘拐され、3ヵ月後24万ドルの身代金を払って釈放される。
  • 黒人市民権運動団体(NAACP)がハリウッド映画における黒人の扱いを非難し、スタジオは一定の黒人を映画に登場させる事で合意。
  • ヒットが見込める映画を複数の映画館で一斉に公開する「プレミア・ショーケース」が始まる。
  • 第一回ニューヨーク映画祭が開催される。
  • カンザスで世界初の複合映画館(シネマ・コンプレックス)がオープン。
  • 制作費の高騰で一時は完成が危ぶまれた4000万ドルのスペクタクル 史劇 『クレオパトラ』が4年もの制作期間を経て無事完成する。
  • 『野のユリ』でシドニー・ポワティエが黒人俳優として初めてアカデミー主演男優賞を受賞。

1964

  • 『カサブランカ』(42)の性格俳優ピーター・ローレが脳出血で死亡する。
  • イタリア製のマカロニ(スパゲッティ)・ウェスタンが人気を博す。
  • テレビ用に製作された最初の長編映画が放映される。

1965

  • サンドラ・ディーが映画会社と長期契約した最後の大物女優になる。
  • オットー・プレミンガー監督が、『或る殺人』(59)のテレビ放映の際に36回コマーシャルを入れることを中止するよう訴えるが、翌年の裁判で敗訴する。
  • レイ・ドルビーが「ドルビー音響システム」を開発。
  • 全米にドライブイン・シアターやミニ・シアターの需要が高まる。
  • 『サウンド・オブ・ミュージック』が興行記録を塗り替えるほどの大ヒットを記録。

1966

  • モンゴメリー・クリフトが心臓麻痺で死亡する。
  • ミッキー・マウスの生みの親ウォルト・ディズニーが肺ガンで死亡する。
  • 『少年の町』(38)の俳優ミッキー・ルーニーの妻で女優のキャロリン・ミッチェルが愛人のミロス・ミロセヴィッチに殺害され、ミロセヴィッチはキャロリン殺害後に自殺する。
  • シャーリー・マクレーンが製作が中止された映画の出演料をめぐって20世紀フォックス社を訴え、翌67年に勝訴してフォックスはマクレーンに80万ドルを支払う。
  • 俳優のロナルド・レーガンがカリフォルニア州知事に選出される。
  • メジャー・スタジオのパラマウント社が自動車や航空機部品の製作会社ガルフ&ウェスタンに併合される。
  • ボンド映画第5作『007は二度死ぬ』が日本で撮影されるが、エキストラが投げた手裏剣が国宝姫路城の白壁を傷つけて問題となる。
  • 卑猥な言葉が数多く登場する『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』が公開。ナッシュビルでは、劇中にわいせつな描写があるとして劇場支配人が逮捕される。

1967

1968

  • 25年版『ベン・ハー』でタイトル・ロールを演じたラモン・ナヴァロが自宅で十代の強盗に惨殺される。
  • アメリカ映画製作者協会はアルファベット(G、PG、R、X)による4段階の年齢制限システム「レーティング」を採用。
  • ゴードン・パークスがメジャー作品初の黒人映画監督になる。
  • スウェーデン映画『私は女』がセックスの場面があるとして、アメリカの税関で没収される。
  • シドニー・ポワティエ、オシー・デイビスらが黒人芸術文学アカデミーをニューヨークに創立、ブラック・パワーの文化的な拠点となる。
  • ロサンゼルスで差別主義者たちがテレビ局を脅迫してシドニー・ポワティエ主演の『野のユリ』の放映を中止させる。
  • 第41回のアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされていた『冬のライオン』のキャサリン・ヘプバーンと『ファニー・ガール』のバーブラ・ストライサンドが同数の票を獲得して同点受賞する。
  • 五月革命のあおりを受けてフランスのカンヌ映画祭が中止される。
  • 『2001年宇宙の旅』が公開され、ダグラス・トランブルの特殊撮影と「スリット・スキャン技術」によって見事に再現された宇宙世界はSF映画のイメージを一変させる。
  • 猿が人間を支配する世界を描いた『猿の惑星』が公開され、その衝撃的なエンディングが話題になる。

1969

  • 『哀愁』(40)のロバート・テイラーが肺ガンで死亡する。
  • ジュディ・ガーランドが睡眠薬の飲み過ぎで死亡する。
  • ロマン・ポランスキー監督の妻で女優のシャロン・テイトが自宅でチャールズ・マンソンとその一味によって惨殺される。
  • 『美人劇場』(41)の女優へディ・ラマールが、ゴーストライターによる自伝の間違った描写によって名誉を傷つけられたとして編集者に2100万ドルの損害賠償を請求する。
  • 俳優のポール・ニューマン、シドニー・ポワティエ、バーブラ・ストライサンドらが独立プロ「ファースト・アーティスツ」を設立する。
  • フランシス・フォード・コッポラ監督が独立プロ「アメリカン・ゾエトロープ」を設立する。
  • 『真夜中のカーボーイ』がX指定(成人指定)作品として初めてアカデミー作品賞を受賞。
  • カンヌ映画祭で新人監督賞を受賞した低予算のヒッピー映画『イージー・ライダー』が大ヒットを記録。

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