荒野の決闘 / いとしのクレメンタイン My Darling Clementine
公開:
1946年
荒野の決闘
製作:
20世紀フォックス・スタジオ

サミュエル・G・エンジェル
監督:
原作:
サム・へルマン

スチュアート・N・レイク
脚本:
サミュエル・G・エンジェル

ウィンストン・ミラー
撮影:
ジョー・マクドナルド
音楽:
アルフレッド・ニューマン
出演:
ヘンリー・フォンダ

ビクター・マチュア

リンダ・ダネール

牛を追ってカリフォルニアに向かうワープ兄弟は、途中立ち寄ったトゥームストーンの町で、クラントン一味に弟のジェームズを殺されて牛を奪われてしまう。一度は保安官を辞めたワイアット・アープだが、弟の復讐の為に再び保安官となり、肺病やみでアル中だが腕の立つ賭博師ドク・ホリディの助けを借りてクラントン一味に挑む。そんな時、東部から美しい女性クレメンタインがやってきて、アープの心は揺れ動く。 西部劇の巨匠のジョン・フォード監督が、実在の名保安官ワイアット・アープを主人公に、彼の逸話の中でも特に有名なOK牧場での戦いを名匠ジョン・フォードが詩情豊かに描いたウェスタン活劇としてだけでなく、一級のラブロマンスとしても楽しめる傑作西部劇。

フォードは46年に独立製作会社アーゴシー・プロダクションを設立し、『逃亡者』(47)の製作準備に取り掛かっていたが、長期契約を交わしていた20世紀フォックス社であと一本監督する契約が残っていた。 フォードに成功が確実な映画を監督してもらいたいフォックス社の社長ダリル・F・ザナックは、幾つかの脚本を検討した後、ランドルフ・スコット主演で40年に『フロンティア・マーシャル』として映画化されたことのあるワイアット・アープとOK牧場の決闘の伝説の再映画化を企画。 サミュエル・エンジェルとウィンストン・ミラーが書き上げた『いとしのクレメンタイン』の監督をフォードに依頼する。 フォードは最初は乗り気ではなかったものの最終的に演出を引き受け、主役のワイアット・アープを演じたヘンリー・フォンダやウォード・ボンドをはじめ一緒に仕事をした事のある気の合う俳優たちを起用。 撮影は46年の5月から始まり、主なロケーション撮影はフォードのお気に入りの場所モニュメント・バレーで行なわれ、のんびりとしたペースで撮影は進められた。 フォードは退屈すぎると感じた脚本の説明的なシーンの大部分を削除してしまい、代わりに登場人物の性格描写やスラップスティックなユーモアの即興演出に力を入れた。 クラントン一家の家長を演じたウォルター・ブレナンはフォードとうまが合わず、二人は一度激しく口論して、その後ブレナンは二度とフォードとは一緒に仕事をしないと宣言した。 また、ドク・ホリディを演じたビクター・マチュアは撮影中フォードから始終罵倒や冷やかしを受けて精神不安定な状態に陥ったが、いつも以上に仕事に打ち込んで抑制のきいた素晴らしい演技を披露した。 フォードが粗編集したバージョンを見たザナックは、細部の説明のくだりを省いたフォードの大胆な演出にはあきれてしまい、ザナックは自ら再編集を行う。 彼はフォードが熱を入れた感傷的なシーンや低俗なお笑いのシーンを30分ほどカットして、物語の筋を分かりやすくした。 音楽は巨匠アルフレッド・ニューマンが担当。1849年のカリフォルニアのゴールドラッシュを歌った西部の民謡をもとにした主題歌「いとしのクレメンタイン」は、映画の成功と共に愛唱歌として世界中で親しまれるようになり、日本でもタイトルを『いとしのクレメンタイン』に変えてリバイバル公開された。 出来上がった作品は、壮大なモニュメント・バレーを背景に、史実にこだわらず、娯楽的なアレンジが全編に施されながらも、フォードらしいダイナミックかつ繊細な演出と映像美が観る者を魅了する傑作となり、観客からも批評家からも好評を博して450万ドルもの収益を上げる大ヒット作となった。

ワイアット・アープとOK牧場の決闘のエピソードは、アープにバート・ランカスターを、ドクにカーク・ダグラスを配したジョン・スタージェス監督の『OK牧場の決斗』(57)として再び映画化され、スタージェス監督は67年に『OK牧場の決斗』の後日談を描いた『墓石と決闘』を発表した。 90年代に入って西部劇が再びブームになると、カート・ラッセルがアープを演じるアクション色の濃い『トゥームストーン』(93)と、ケヴィン・コスナーがアープを演じる伝説よりも史実に基づいた『ワイアット・アープ』(94)の二本のアープの半生を描いた映画が作られた。


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