デビー・レイノルズ Debbie Reynolds

本名:
メアリー・フランシス・レイノルズ
デビー・レイノルズ
愛称:
レイア姫のママ
職業:
俳優
生年:
1932年4月1日
出身国:
アメリカ
出身地:
テキサス州 エル・パソ
没年:
----
代表作:
『雨に唄えば』(53)
『年頃ですモノ!』(58)
『不沈のモリー・ブラウン』(64)

貧しい家庭に生まれ、父親が大恐慌で仕事を失うと、一家は母方の両親のもとに移り住む。 レイノルズが7歳の時に一家はハリウッド近郊のバーバンクに移り住み、学校に入るとスクール・バンドやガール・スカウトに積極的に参加した。 48年には美人コンテストに参加してミス・バーバンクに選ばれると、ワーナー・ブラザーズ社とM-G-M社から注目され、 ワーナーのスクリーン・テストを受けて見事合格し、週給65ドルで契約を結ぶ。 スタジオの総帥ジャック・ワーナーから「デビー」という芸名を与えられ、地元の高校とスタジオの学校で学びながら高校ではバーバンク・ユース・シンフォニーに所属して歌手として活躍。 ベディ・デイヴィス主演の『花嫁の季節』(48)で端役として映画デビューを果たし、 『The Daughter of Rosie O'Grady』(50)では初めてセリフのある役が与えられるが、スタジオはレイノルズの才能を持て余して契約の更新を拒否した。 50年にはフレッド・アステア主演のミュージカル『土曜は貴方に』に出演してM-G-Mと週給300ドルで7年の長期契約を結び、 この世界最大と謳われた映画スタジオで更なるダンス、歌、演技の特訓を強いられた。 ジェーン・パウエルの妹を演じたミュージカル『Two Weeks with Love』(50)では演技だけでなく歌を2曲披露。 高校を卒業すると慰問団に参加してカリフォルニアや韓国の米軍基地を訪問する。 M-G-Mの重役ルイス・B・メイヤーはミュージカル大作『雨に唄えば』(52)のヒロイン役にレイノルズを抜擢。 彼女はダンス経験の少なさをほとんど感じさせない踊りを披露して主演のジーン・ケリーとドナルド・オコナーと堂々と渡り合い、一躍注目を集めた。 50年代の中頃にはハリウッドの人気女優の仲間入りを果たし、テレビの人気アイドルでポップ・シンガーのエディ・フィッシャーとのロマンスは大きな話題を呼んだ。 55年に2人は結婚し、翌56年には娘のキャリー・フィッシャーが誕生。 同年にはフィッシャーの映画初主演作『歓びの街角』(56)では夫婦初共演を果たし、ある日突然赤ちゃんを世話する羽目になった女性の苦闘をコミカルに描いた今作は結婚の話題も手伝って大ヒットを記録する。 リチャード・ブルックス監督の『The Catered Affair』(56)では初めてドラマティックな役柄をこなし、 大ヒット作『Tammy and the Bachelor』(57)で彼女が歌った主題歌は、ビルボードで5週連続ナンバー1を記録するヒットとなった。 58年には息子のトッドをもうけるが、同年フィッシャーの親友で興行師のマイケル・トッドが飛行機事故で急死し、 失意の妻エリザベス・テイラーを慰めていたフィッシャーはテイラーと恋仲になり、レイノルズ、テイラー、フィッシャーの三角関係はマスコミの大きな注目を集めた。 連日新聞のゴシップ欄を賑わしたこのハリウッド史上最大のスキャンダル劇の結末は、テイラーとフィッシャーの結婚によって決着。 夫を奪われたレイノルズは離婚後も精力的に仕事を続け、『恋に税金はかからない』(59)、『ひとこと言って』(59)、『それはキッスではじまった』(59)など得意の恋愛コメディ映画などに出演。 59年と60年にはマネー・メイキング・スターの第5位に選出され、60年には独立プロダクション「ハーマン・プロ」を設立。 ABCテレビと100万ドルで3年間のテレビ出演契約を結び、『A Date with Debbie』など彼女が主演と司会を務めたテレビ番組が作られた。 また60年には製靴会社の社長で億万長者のハリー・カールと再婚。60年代に入っても『ママは二丁拳銃』(61)やシネラマ大作『西部開拓史』(62)などのヒット作に出演し、 64年の『不沈のモリー・ブラウン』はその年のヒット作の一本となっただけでなく、レイノルズはアカデミー主演女優賞に初ノミネートされた。 しかし、健全なセックス喜劇で絶大な人気を博したドリス・デイに押されて彼女の人気は急落し、 60年代の終わりごろからはラス・ヴェガスの舞台に立つようになり、俳優だけでなくナイトクラブのエンターテイナーとしても活躍。 69年には彼女が主演を務めたコメディ番組『The Debbie Reynolds Show』が放映されるが、テレビ局との契約の問題で翌70年に打ち切られてしまう。 夫の浮気と財政難が原因で73年にカールと離婚。同年にはヒット舞台のリバイバル『Irene』でタイトル・ロールを演じてブロードウェイ・デビューを果たし、 その演技は絶賛を浴びてアウター・クリティック・アワードのミュージカル部門主演女優賞を獲得した。 舞台終了後はラスベガスのショーに出演しながら、舞台版『アニーよ銃を取れ』の西海岸興行や、短命のテレビ・シリーズ『Aloha Paradise』(81)などに出演。 84年にはリチャード・ハムレットと3度目の結婚を果たして、88年には自伝『Debbie:My Life』を出版。 91年にはラスベガスのカジノを買い取り、「デビー・レイノルズ・ホテル&カジノ」と名付けられたこのカジノにはM-G-M映画で使われた貴重な衣装や小道具などが展示され、レイノルズのショーもここで行われた。 ハムレットとは94年に離婚し、カジノも経営がうまくいかず97年に倒産。 90年代中頃から再び映画に出演するようになり、アルバート・ブルックスの母親を演じてゴールデン・グローブ賞にノミネートされた『Mother』(96)や、大ヒットしたコメディ映画『イン&アウト』(97)などに出演。 2001年にはシャーリー・マクレーン、エリザベス・テイラーらと共にテレビ映画『だって女優ですもの!』に出演して、映画ファンに健在ぶりをアピールした。
最初の夫エディ・フィッシャーとの間に生まれた娘のキャリー・フィッシャーも母親と同じ道を歩んで俳優となり、世界中で大ヒットした『スター・ウォーズ』3部作のレイア姫役で一躍有名になった。 また、母親であるレイノルズとドラッグに溺れていた頃の自分自身との関係を赤裸々に綴ったフィッシャーの半自伝的小説『崖っぷちからのはがき』はベストセラーとなり、 90年にマイク・二コルズ監督によって『ハリウッドにくちずけ』として映画化された。

紹介作品

雨に唄えば(52)

出演

西部開拓史(62)

出演



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